異国のクラスメートたち



ケントとジェイソン 食堂にて


最近巷で不穏な空気が流れている。
どうやら日本や中国からは遠くの国で戦争が始まるらしい。
街を歩いていても、TVをつけても「伊拉克(イラク)」「科威特(クウェート)」という国名を聞く。

・・・いや、正確に言えば国名ぐらいしか聞き取れないんだけどさ。(-_-;
おねえたま:Pi-ちゃん、短波ラジオでNHKニュースが始まるよ。
Pi-子:あ、聞く、聞く〜。


まだまだインターネットなどなく、一部の人たちが*1「パソ通」していたような時代です。
私は中国語がよく分からない、ということもありましたが、日本のように情報が湯水の如く流れてくる国ではないので、短波ラジオが唯一タイムリーに手に入る情報だったのです。

旬ちゃん:Pi-ちゃんもこっちの部屋に来てたんだ。ちょうどニュースが始まる時間だね。
同屋(同室)の旬ちゃんもおねえたま&浩子(ハオズ)の部屋へやってきて、みんなでラジオを見つめながらニュースを聞く。
いや、ラジオだから見てることもないんだけど、なんとなく・・・ね〜。
昭和初期のTVがない頃はきっとみんなこうしていたんだろうな〜。

以前からイラクは、クウェートが石油の採掘のために国境を侵犯していると主張しており、両国の間では、国境をめぐる対立が続いていたのだが、 1990年8月2日、イラクはクウェートに侵攻し、8月8日にはクウェートをイラクの第19番目の州として併合すると宣言したのだ。
国際連合とアラブ連盟はただちにイラクを非難し、ほとんどの貿易を停止する経済封鎖を行った。

その後もイラクはクウェートの占領を継続し、国連の度重なる撤退勧告をも無視したため、11月29日に国連は「対イラク武力行使容認決議」を決定。
翌1991年1月15日を撤退期限としていたのだが、イラクは撤退する様子を見せず、期限はあと数日に迫っていたのだ。

浩子:戦争になっちゃうのかねぇ?
Pi-子:イラクも、もう退くに退けなくなってるんじゃない?
おねえたま:まさか自分の留学中に戦争が始まるとはね。幸いにも日本にも中国にも戦火は及ばないと思うけど。
旬ちゃん:友達が北京に留学してるんだけど、アメリカの留学生と中近東系の留学生がピリピリしてたり大きい大学は大変みたいだよ。 うちの大学は留学生の数が少ないからまだいいんじゃない。

鄭州大学は日本人が13人、アメリカ人が5人、2国のみで人数も全員で20人に満たないぐらいだし。

おねえたま:でもアメリカ人はちょっと神経質になってる感じがする。何日か前に娯楽室へ行ったらアメリカ人留学生と英会話の先生たちが すごい真剣に話してて、入りづらい雰囲気だったよ。
旬ちゃん:国連軍とはいえ、アメリカがメインになってるからね。
Pi-子:ベトナムみたいに泥沼になっちゃったら*2徴兵もあるのかな?
おねえたま:アメリカ人の前で戦争の話はやめた方がいいかもね。

(゜ー゜)(。_。)(゜−゜)(。_。)ウンウン

浩子:アメリカ人といえば、今日ケントたちとご飯食べに行く約束したけど一緒に行く?
Pi-子:たまにはいいかもね。


こうしてアメリカ人留学生のケント、ウィリアム、ジェイソンとご飯を食べに行くことにした。

浩子:どこまで行くの?
ケント:う〜ん、正門の近くにある海鮮料理屋に行くか・・・
ウィリアム:麺のうまい店があるって聞いたけど、そっちにする?

ちなみに会話は中国語です。

Pi-子:・・・なんか、すごい視線を感じるんだけど。
旬ちゃん:うん、そうだね。

マジで中国に来たばかりの時みたいだ (「最初の1日」参照)

さらにあちらこちらから「老外(ラオワイ)」という言葉が聞こえてくる。
"老外"とは日本語にすると「外人さん」といった意味合いで、私たち日本人も中国では外国人なんだけど、それよりも肌、目、髪の色が違う欧米人を指すことが多い。
中国語で頭に"老"とつけるのは敬語でもあるのだが、日本語の「外人」と同様からかいの意味も無きにしもあらず・・・

おねえたま:私たちなんかは見た目じゃ「外国人」って分からないからこんなに注目を浴びないけど、彼らは外に出るだけですごいプレッシャーだね。
Pi-子:確かに。でも、私たちも9月はこんな感じじゃなかった?
旬ちゃん:門馬(メンマ)と今野(ジンイエ)に最初に会った時に日本人だって思わなかったけど、同じになってるんじゃない?

あ、なるほどね。(^_^;

一行はウィリアムの言っていた"麺のうまい店"に到着した。
店員:いらっしゃい!XXXXXXX?
お店に入るなり店員が私に話しかけてきた。

え〜、ちょっと待って〜!!
私全然聞き取れてないから、どうせだったら隣にいるウィリアムとかに聞いてくれないかな?

ウィリアム:はい、XXXXXXXですけど・・・
私が分からなくて、ウィリアムが流暢な受け答えをしたので驚いている店員。
そりゃ、見た目じゃ私が中国人だと思うもんね。

7人で食卓を囲み、中国語で会話を続けるが・・・半分以上ついていけないのでちょっと凹み (_ _)
ジェイソンは同じ初級班だけど、彼の場合読み・書きはイマイチだけど、ヒヤリングと会話は私より全然できるから会話についていけてるみたい。
日本人は漢字が分かる分、耳より目に頼ってしまうのだろうな、きっと。

ウィリアム:でさ、Pi-子はXXXXX?
Pi-子:あ、ごめん。ちょっと分からなかった。浩子、今ウィリアム何て言ったの?
浩子:え・・・戦争が始まりそうな日付と時間を当てるって賭けをしてるんだって
ウィリアム:後でシートをまわすから"ここ"って思うところに自分の名前を書いておいて。一口1元から受け付けるよ。


はいいいいいっっっ!!!???
さっきまで「アメリカ人は神経質になってるみたいだから戦争の話はやめよう」なんて言っていたところだったのに!?

誰が神経質になってるって!?

ケント:Pi-子は日本では英語専攻だったんだろ?中国語が分からなかったら英語で話してもいいよ。
目が点になってると、私が意味を理解できていないと思ったのか、それはフォローのつもりなのかもしれないけども
英語なんてもはや中国語よりできないから!

Pi-子:と・・・ところでカミーユはどうしたの?(話を変える)
カミーユというのはアメリカ留学生の中で唯一の女子学生。

ジェイソン:あれ、知らないの?彼女は結婚して彼のところから通学して、寮にはほとんどいないよ。
Pi-子:えっ、年末にちらっと聞いてたけど、本当に結婚したんだ!?

交換留学生としてアメリカの大学に学籍をおいたまま中国に来て、つきあって半年しないうちに結婚するとは!
さすが思いきりアメリカン!!(←若干意味不明)

浩子:フレディもいないね。
ウィリアム:フレディ?・・・フレディねぇ・・・

フレディのルームメイト、ウィリアムは困ったように笑った。



旬ちゃん:どうやらフレディ、最近仲間はずれになってるみたいだよ。
Pi-子:やっぱり。学食でも日本人の方に来るし、ちょっとおかしいなぁ〜とは思ってたんだけど。

食事から戻り、自分たちの部屋で話をしていたところ

トントン

Pi-子:誰だろ?

ドアを開けるとフレディが立っていた。
まさに"説曹操、曹操就到(曹操の話をすれば曹操が来る/噂をすれば影)"

Pi-子:何だよ〜、フレディ。(日本語)
フレディ:"何だよ"ってどういう意味?"このタコ!(日本語)"と同じ?
Pi-子:ど・・・どこでそんな言葉を?
フレディ:今野(ジンイエ)に教えてもらった。

もっとまともな言葉教えてやれよ!(-_-;

フレディ:それから、藤田(トンティエン)にも教えてもらったよ。
旬ちゃん:どんな言葉?
フレディ:"セップク"

ニコニコしながら手にしたペンで自分のお腹をつついてみるフレディ
"*3介錯"も一緒に教えてやれよ!(-_-;;

旬ちゃん:何?どうしたのフレディ?
フレディ:そうそう、明日から1週間授業休むって先生に言っておいてくれる?今日言うの忘れちゃったんだよ。

ルームメイトのウィリアムに言わずに、わざわざ旬ちゃんに言いに来るとはそうとう関係悪化してるな。

旬ちゃん:いいけど、どこか行くの?
フレディ:ママが香港に来るから行ってくる。
Pi-子:ママに会いたい〜?
フレディ:いや、別に・・・

お、意外な反応。
日本人以外、アメリカ人でも中国人でも「お母さんに会いたいか?」って聞かれるとたいてい「もちろん!」という答えが返ってくるのに

フレディ:ママは今でもボクのことを子供扱いして・・・小さい頃から誕生日にはいつもぬいぐるみをくれるんだけど、今でも続いてるんだよ。
20(はたち)過ぎた男がママからぬいぐるみもらうのかよ。

フレディ:中でも一番のお気に入りを実は中国に持ってきているんだ。
嫌がっている口ぶりとはうらはらにすご〜く、うれしそうに話すフレディ。

もしかして、こいつ マザコン!?

察するにさっきの「いや、別に・・・」というのは、マザコンって周囲からからかわれてるから?
そう思うとなんか納得がいくような・・・(^_^;



数日後、戦争はとうとう始まってしまった。
1991年1月17日、多国籍軍によるイラクへの空爆が開始したのだ。(*4湾岸戦争の開始)

実は"紅熊猫"(赤いパンダ)?
Pi-子:戦争始まったね。あの賭けは誰が勝ったの?
浩子:ウィリアムが当てたって喜んでたよ。

みんな賭けた金額は1元とか小額だったけど、塵も積もれば・・・いくらぐらいになったんだろ?

団長:何で言いだしっぺが当てるんだよ!
数元の損をした団長。

団長:あれは絶対に偶然なんかじゃない・・・ウィリアムは開戦の日を知ってたんだ。
藤田:そう、留学生とは世を忍ぶ仮の姿・・・

また何か変なこと言い出すし (-_-;

団長:あいつは実はCIAのスパイなんだよ!!
藤田:コードネームは"紅熊猫"(赤いパンダ)"だ!!

あ〜、そんなことも・・・あるわけないじゃん!

浩子:でも、もしかしたら本当かも。ウィリアムのお父さんがFBIに勤めたことあるって言ってたし。

浩子(ハオズ)、CIAFBI全然違う組織だからね!!

CIA(Central Intelligence Agency / 中央情報局)・・・アメリカ合衆国の情報収集と分析・対外工作を行う諜報機関
FBI(Federal Bureau of Investigation / 連邦捜査局) ・・・複数の州に渡る犯罪や、テロ・誘拐・スパイなど重犯罪、連邦職員の犯罪の捜査を担当する司法省下の組織

(Pi-子)



*1パソコン通信の略。1980年代後半から1990年代前半の頃に盛んに行われた。専用ソフト等を用いてパソコンとホスト局のサーバ(またはノード、ホスト) との間で通信回線により通信を行うサービスである。世界中のネットワーク同士が結ばれているインターネットに比べ、パソコン通信は原則として特定のサーバとその参加者(会員)の間だけの閉じた ネットワークである。インターネットが登場してから徐々に衰退し、現在はほとんどみられない。
*2国家が国民に兵役に服する義務を課す制度(徴兵制度)である。現在アメリカは志願制だが、徴兵制が停止しているだけで、18歳以上の男子は兵役登録の義務がある。 日本では1945年に廃止になった。
*3介錯(かいしゃく)とは切腹に際して、腹を切る時の痛みを軽減するために対象者の首を刀で刎ねること。
*4湾岸戦争はイラクがクウェートからの撤退勧告に従わなかった為、1991年1月17日の多国籍軍によるイラクへの爆撃(「砂漠の嵐」作戦 operation desert storm )から開始された。 1ヶ月に亘る空爆により、イラク南部の軍事施設はほとんど破壊され、2月24日には空爆は停止、地上戦(「砂漠の剣」作戦operetion desert saber)に突入した。 クウェートを包囲する形で、イラク領に侵攻した。同年3月3日イラク代表が暫定休戦協定を受け入れる事により終結した。
日本は戦争費用(総計約135億ドル)のみを負担。 クウェートは戦後、参戦国などに対して感謝決議を出したが、日本はその対象に入らなかった。