旅立ち



鄭州大学当時のパンフレット


中国へ出発!とうとうこの日が来てしまった。
Pi-子両親に成田空港まで送ってもらう。

Pi-子母:あんたはヤジ馬根性旺盛で口が軽いから心配よ、お母さんは。
お母さん、心配するかケンカをうるかどっちかにしてください。

Pi-子母:天安門事件みたいな事が起こったら見物なんてしに行っちゃダメよ。
Pi-子:参加はしないけど、見物へは行くかもしれない。
(ぼそ)
Pi-子母:政治的な話もしちゃダメよ。逮捕なんかされたらたいへんだから。
いや、政治的な話ができるほど中国語が上達するとは思えないから、それは大丈夫!

理事長:留学生のみなさん、今後の日程の説明をしますから集まってください。
事前に日程表をもらっていたから、分かっているけれど、日程を説明してもらう。
鄭州にある鄭州大学と開封にある河南大学の留学生たちが一緒に行くことになっていた。
成田から上海へ行き、初日は上海をちょっと観光し、その後それぞれの大学へ向かう予定だった。

説明を聞いている間、Pi-子母は留学生たちとその親御さんたちのところへ挨拶にまわっていた。
・・・子供じゃないんだからさ。(いや、子供だ)

親が挨拶をする姿を見ていたら泣きそうになってしまったので、別れの挨拶をそこそこに、悟られないよう足早に出国審査へ向かう。



上海で1泊した翌日は半日市内観光。
上海はそれほど見所があるわけじゃないけど、玉仏寺(白玉で刻んだ釈迦像があることで有名、寺の名前もこれに由来している。)、豫園(明代の官僚が父の為に建てたお屋敷と庭園)、 虹口公園(魯迅のお墓と記念舘がある)、上海博物館(文字通り博物館。歴史的な文物を数十万点収蔵している。)などを回る。

透け透けスカート
しかーし、Pi-子にとって一番インパクト大だったのは、庭園の美しさでもなく、博物館の文物でもなく、上海のお嬢さんたちの服装でした。

街の中で歩いている女の子たち、夏だから・・・だけど薄すぎませんか?というぐらいの極薄のスカートで腰のところだけ違う布で作られている。
上海流オシャレなんだろうか?と思いながら見ていたら・・・

違う布を使っているわけじゃなくて
スカートが透けてパンツが見えますよ!!!


・・・ということでございました。
この時、上海では「セミの羽ルック」といって、透ける服が流行っていたみたです。
カルチャー・ショッ〜ク( ̄□ ̄;)
この後、まだカルチャー・ショックは続くのですが・・・


蘭州行きの列車に乗り鄭州へ向かう

上海から鄭州へは列車で12時間、特快で10時間ぐらいだとか・・・
日本じゃちょっと信じられない。やっぱり中国は広いわぁ。

列車が上海を出て少しいくと「いかにも中国の農村」という風景になり、しばらくは感動して眺めているが・・・すぐに飽きた
この広大な国で広大な時間をつぶすには、やはり「おしゃべり」が一番メジャーな方法のようだ。
留学生の中にはさっそく乗客とおしゃべりをしていた人もいた。

よく見るとおしゃべりしているのは試験の時に「鄭州、いいですよ」と言っていた女の子だ。
さらによく見るとだんだん困ったような顔になってきたんだけど・・・?
Pi-子:何話してるの?
前に座っていた女の子1:え〜、実はね・・・

彼女の名前は「浩子」某公立大学の中国語学科の学生さんということだった。

浩子:今、実は「ゴルバチョフのペレストロイカについてどう思うか?」って聞かれてて・・・そんなこと言われてもねぇ
そうねぇ、そんなこと日本語で聞かれても何て答えていいか・・・

乗客のおじさん、今度は私に向かって何かをたずねてきた。
Pi-子:え・・・私分からない。Sorry, I don't speak Chinese.
浩子:あの・・・上海列車事故についてどう思うか、だって。

上海列車事故とは・・・1988年3月24日、上海市郊外で列車が正面衝突。この中には日本の高校の修学旅行御一行様がいて、生徒26人と教師1人が死亡、 5人が重体、41人が負傷するという大惨事となった。原因は運転手の信号確認ミスだったが、この運転手は衝突寸前に飛び降りて無事だったというのが 何とも中国らしい。

Pi-子:どう思うかって・・・たぶん、補償問題のことでしょ。
補償問題、要はお金の問題です。中国は当初、100〜200万円を提示していたそうですが、日本側にしてみれば格安。交渉は難航します。
しかし、事故の被害にあったのは日本人だけではなく、中国人犠牲者はほとんど何ももらえず、日本人だけ補償をするというのです。
日本サイドだと、国の列車が事故を起こして、補償がない、または(日本の物価からすれば)人の命があまりにも安すぎる。
ということですが、
中国サイドだと、中国の被害者は何も補償してもらえず、日本人だけ、しかも(中国の物価からすれば)割高の補償を与えようとしている。
・・・とは如何なものか?

いや、でもそんな話をここでするのも如何なものか?(^_^;
だってママから「政治の話はするな」って言われてるし〜

なんとかその場を誤魔化すと、おじさん、また何やら尋ねてきた。
Pi-子:次は何て?
浩子:・・・給料はいくらか、って。


そ・・・そんなこと答えられないよっ。この人、人がよさそうな顔しているけど、私のお財布を狙ってるのかしら?
Pi-子:私は学生なのでお給料はもらっていません。
浩子に通訳をしてもらうが、また何か言われている。
浩子:・・・あの、お父さんのお給料はいくらか、って。(^o^;
お父さんのお給料〜!?

なんで初対面のあんたにそんなこと言わんとあかんねん!
(←謎の関西弁)

はぁ、疲れるわぁ・・・中国人とのコミュニケーション。



その後もおしゃべり→景色を見るを繰り返し、夜になったので就寝、そして朝になり、しばらく走ると開封に到着。
ここで河南大学の留学生は降りていった。

窓の外を見ていると河南大学の職員の方が駅のホームの中まで迎えにきていた。
列車が2時間遅れていたというのに、待っていてくれたのかな・・・あ、あれ、あれ?

Pi-子:あれ、理事長さん、河南大学の留学生と一緒に降りちゃったけど、私らはどうするの、団長?
団長:さ〜、どうすんだかな?「鄭州の人は中国語できる人が多いから」って降りていっちゃったよ。

団長といっても留学生の中の一人に過ぎず、しかも男性陣の中で一番年上という理由で団長にさせられてしまった。
この人の風格を一言で表すと「森のクマさん」(目つき悪いけど)

団長:俺だって中国語できねぇよ。
え・・・マジ?
団長:ま、河南大学みたいに学校の職員が迎えに来てくれてるんじゃねぇかなぁ・・・
そう思いたい。

ほどなく列車は鄭州に到着・・・っつーか、到着したの?
だって、ここプラットホームじゃないじゃん、土の上じゃん。ここで降りろって!?
団長:今、工事中なんだってよ。

え〜、でも土の上〜!?
鄭州は河南省の省都だし、開封よりも大きい街って聞いていたけど、開封のが駅が立派だったよ!?
人の流れに沿っていくと、やっと出口までたどり着けた。ほっ。
でも、大学の人・・・迎えに来てないの!?
浩子:どうしよう、列車で預けていた荷物・・・お昼休みは受け取りできないから2時にもう1回来いって言ってるよ。
現在12時ちょい過ぎ。2時間後にもう1回来るの・・・絶対にイヤだ
この時は大人数x大荷物だったので、荷物を預けましたが、預けると有料になる上、↑こんな仕打ちをされるので、よほどでない限り預けない方がよいでしょう。

千里さん:あ、私の友だち迎えに来てくれてた〜、よかった〜。
留学生の中の一人、千里さんのお友だちが迎えに来てくれていて、彼の助けを借りて荷物を受け取ることができた。(いくらか余計に払ったらしい)

千里さん:こっち、こっち、タクシー捕まえてくれたから。
これまたお友だちの助けで・・・まったく、大学関係者は何やってるんだ!?

がらがらがら・・・
悪路の上、重いスーツケースを転がしていくけど、うまく進まないこと・・・。(^_^;;;
めげずに荷物をひきずっていくと、いきなり一人の男が私の荷物をひっぱっていこうとするではないですか!?

白昼堂々、しかもこんな大人数いるってとこでかっぱらいとはいい度胸じゃんか!
盗られてはたまらないので、ひっぱり返す。

千里さん:荷物持ってあげるから、お金をくれって言ってるわよ。
あ・・・そうゆうことか。でも、そんな余計なお金はないよ!
Pi-子:断るのには何て言えばいいんですか?
千里さん:「不要(プーヤオ)」。
Pi-子:ありがとうございます。・・・ぷーやお、ぷーやお!

お兄ちゃんは「不要」といっても尚着いてきたが、何とか自力でタクシーまで持っていく。

こうして、や〜っと、大学へ。

(Pi-子)