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超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―

渚 美鈴/作

第20話「永遠の絆 -次元を超えて-」

【目次】

(1)ファースト・コンタクト 

(2) 侵攻軍来襲!

(3) 激闘

(4) アインⅣ対フライア

(5)  遥のガーディアン 

 (6) 反撃の時

(7) 巨人降臨

(8) 裂けた次元 ~オプションZ発動~

エピローグ  


20-(1)ファースト・コンタクト  


「大統領。お会いしますか? 」
「? 」
「フライア。コードネーム『フェアリーA』に」
「まさか……本当に、会えるのかね」
アダムFEのレイモンド少将に確認をとるため、直接電話をかけたロジャー・S・パワー合衆国大統領は、突然の申し出に腰を抜かしそうになった。
「ええ。その前に、執務室の人払いをお願いします。」
パワー大統領は、執務室内にいた国務長官や秘書官らにしばらく席をはずすよう指示する。執務室の鍵を閉め、だれも居なくなったこと確かめる。
「……では、これから伺います」
「はあ? 何を言って…………? 」
大統領が目を上げると、いつの間にか、執務机の前に二人の人物が立っていた。一人は次期大統領候補とも噂された男、もう一人は、清楚で小柄な日本人女性だ。
「おひさしぶりです。プレジデント」
「…………」
電話の向こうから返事はない。
「レイ、一体どうやって……来た? 」
「フライアと一緒に、テレポートして飛んで来ました」
 レイモンド少将は、にこやかに笑いながら、そばにいた少女を振り返る。
「ご紹介しましょう。こちらの女性が御倉崎由梨亜さん、妖精たちがこの世界に派遣した超次元戦闘妖兵フライア。我々のコードネームでいう『フェアリーA』です」
「な、なんだってぇ! 」
パワー大統領は、素っ頓狂な声をあげる。
「信じないのですか? テレポートという超能力を目の前で見ても? 」
「いや……。そうじゃない。どうぞ、座って」
パワー大統領は、レイモンド少将と由梨亜に応接用ソファーを勧めると、インタホンでコーヒーを3つ届けるよう秘書に伝える。それから、自分もゆっくり席につくと、ほっと一息ついてから話し始めた。
「あー、お噂は、よく耳にしております。あー、ミス……フライア? 」
「プレジデント。申し遅れました。彼女は日本語しか話せない……」
レイモンド少将があわてて注意しようとするのを由梨亜が止める。
「ごめんなさい。私、英語は、ほんの少ししか話せません」
緊張と固い表現ではあるものの、由梨亜の口から英語が流れ出す。
そこで改めて席を立ち、大統領と握手する。
「私、御倉崎由梨亜。私、フライアをしています」
固い表現ではあるものの、意味は通じる。
「アメリカ合衆国大統領のロジャー・S・パワーです。お会いできて光栄です」
そこに、秘書官がコーヒーを運んできた。秘書官は、人払いをしたはずの執務室に客人がいるのに一瞬驚いたものの、黙ったまま、てきぱきとコーヒーを配っていく。キャンディーやクッキーといったお菓子の載った小皿もある。
「どうぞ。コーヒーでも……」
パワー大統領は、そう言って由梨亜にコーヒーを勧めると、レイに小さな声で耳打ちする。
「レイ。本物なんだろうな? 」
「プレジデント。まだ信じてないんですか? 」
「聞いていたフライアの姿と全然違うじゃないか? 」
「あれは、戦う時だけの姿で、普段は普通の女性ですよ」
「なんでフライアの姿で来なかった? 」
「フライアの時は、話せないんです」
「そ、そうなのか? 」
「大統領と直接話していただこうと考えて、こうして伺ったのですが……」
「…………」
パワー大統領は、そこで改めて由梨亜に話しかけた。
「すまない。ミス……ミクラザキ。あなた、本当にフライアなんですか? 」
由梨亜はこっくりと頷く。
「いや、とても信じられないな。こんな年若い乙女のような人が、ODMのような怪物と戦っているなんて……。いかがでしょう。ここで、その『ヘンシーン』とか言って、フライアの姿をぜひ拝見させていただけないでしょうか」
由梨亜は、困った顔をしてレイの方を見る。
「大統領。ヒーローというのは、変身する様子は、普通見せないものです。それに、彼女の変身の場合は、下着姿になってしまうもので、戦う必要もないのに変身するのはできるだけ避けたいのです」
「君は、彼女が変身するのを直接見たことがあるのかね? 」
「はい……」
パワー大統領の顔が少し強張る。
「ずるいじゃないか。君には見せて、大統領の私に見せないというのは? 」
「いや、ずるいとかそう言うことじゃなくて……。彼女の変身は、見世物じゃ……」
レイは、懸命になだめようとするものの、大統領はへそを曲げて納得しない。
「わかりました。私、やります。『ヘンシーン』。」
由梨亜は、ソファから立ち上がると、「あまりジロジロと見ないでくださいね」と日本語で言って腕時計を握った。そして、フライアへの変身が始まった。 

 フライアの姿を見せてからというもの、パワー大統領の態度は一変した。
 まるで人が変わったかのように、レイと由梨亜の話に懸命に耳を傾け、合衆国、そしてアダム北米方面司令部(NA)として最大限の協力を約束した。
「なるほど、『キプロ』は、『アインⅣ』はこの世界侵攻の障害となるフライア抹殺のため造られたマシーンだと……言ったんだな」
「大統領。これは、ネバダ砂漠の地下から彼らが撤退した時期とも符合します。彼らは、侵攻が困難なネバダ砂漠から、日本に戦力を集中する方向に方針転換したのです」
「我が軍の戦力を日本に集中して迎え撃ちたい気持ちは、わかる。しかし、確実にネバダ砂漠には来ないという根拠がなければ、合衆国大統領として首を縦に振るわけにはいかないだろう」
「しかし……ここで戦力を分散させても、各個撃破されるだけです。今、日本には、撃破された『アインⅣ』の残骸が広範囲に散らばっています。もはやその残骸全てを回収することは不可能です。彼らが、その残骸を目標にして、侵攻してくれば、それを食い止める方法は我々にはありません」
流暢な英語だけで交わされるレイと大統領の会話に、由梨亜は、割って入るタイミングがなかなか取れない。
「あ、あのう……」
「何かね? ミス・ミクラザキ」
由梨亜の小さな声に気づいた大統領が、優しく声をかける。
「ニーズヘグ……んー『システムF』は、いくつある? 」
パワー大統領が、レイの顔を見る。
「……コンパット・パワード・スーツ(CPS)「ブラック・ベアⅡ」は、ヨーロッパ、中東・アフリカ、中南米、豪州各方面司令部配置分も含めて、九十機近くが温存されているが……」
「全部、必要。日本に欲しい……。そして、SEBは外して……」
「しかし、SEBなしでは……」
パワー大統領は、その要求に驚く。
「大統領。彼女は、それをすべてコントロールすることができるんですよ。SEBなしでも……」
レイが由梨亜の補足を行う。
「SEBなしで、起動させることができるというのか? 」
「なしで、戦える。する」
「わかった……。アダム全方面司令部にも私から協力を伝えよう。しかし、聞くところによると『アインⅣ』は、かなりの強敵と聞く。戦力を集中する意図はわかるが、勝算はあるのかね」
 パワー大統領の言葉に、由梨亜は指を口元へ持っていって、考え込むような仕草をしながら答える。
「人が死ぬ。嫌」
 レイが側から由梨亜を補則する。
「大統領。彼女は、この前の『救出作戦』で、たった7機のCPSを率いて、『ジガロ』に攫われた人たちを全員救出したんです。しかも、一人の犠牲もなく……。信じてください」
パワー大統領は、黙ったまま、由梨亜を見つめる。
その厳しい視線を受けても、由梨亜はまったく動じない。にっこり微笑むだけだ。
「OK! わかった。合衆国の総力をあげて協力しよう。バチカンにも伝えて、アダムも総力をあげて協力させる。CPSだけではない。オプションが試作開発している全戦力を挙げて戦うことを約束する。」
パワー大統領の力強い言葉に、レイと由梨亜は、思わず顔を見合わせた。

「すごいな……」
日高は、由梨亜から合衆国大統領と会い、アメリカ軍とアダムの協力を取り付けたことを聞いて驚く。
由梨亜は、日高のアパートに来て、その日、レイモンド少将とアメリカまでテレポートして会ってきたことを報告していたのである。
「あ、でも妖精兵士……『フライア』だから……当然か」
「そんなこと……。日高さんだって、私が知らない間に、ニーズヘグを……システムFを自分のものにしちゃってるでしょう? 」
「は? 」
 由梨亜の指摘を受けても、日高は意味がわからない。
「ほら。次元ポケットで、システムFをロボットに変化させて着けてきて、『ジガロ』から私を……フライアを助けたでしょう? 」
 由梨亜が何を今さらという口調で指摘する。
「あれ? あれは、由梨亜が……フライアが着けさせてくれたとばかり思っていたけど……? 違うのか? 」
「違います! 日高さん、今、右のズボンのポケットにニーズヘグを持ってるでしょう? 」
 由梨亜に指摘され、日高は、驚いてポケットを探る。
出てきたのは、「北斗赤十字中央病院襲撃事件」の時に、戦場となった病院内で拾った黒いゴムボールだ。しかも2個に増えている。
感触が気に入って持ち歩いていただけなのだが……。
「これ? これが……システムF? これは、病院が次元超越獣に襲われたときに、拾っただけなんだけど……? あれ? 二つに増えてる……」
「拾っただけ? ……おかしいな。日高さんは、フライアと相性がいいから、馴染んじゃったのかな? 」
「フライアと……キスしちゃったから……かな? 」
「……」
 突然、由梨亜は立ち上がると日高の膝の上に座り込む。
「いや! 」
「は? 」
「いつも……フライアのことばっかり……。私のことも見て……」
「あ、いや、そんなつもりじゃ……」
 日高の唇が、由梨亜の熱いキスでふさがれる。
 大胆な由梨亜の求愛に、日高も身体が熱くなり、由梨亜を抱きしめてしまう。熱いディープキスで、二人の唇の間に唾液が糸を引く。
「ごめんなさい。焼きもちなんか……。でも私のこと、もっと見て、知って欲しいから……」
 見つめる日高の視線を感じて、由梨亜の頬が少し赤くなる。
 焼きもちからくる大胆な行動と羞恥心のギャップを見て、日高の心は萌える。
 由梨亜が、日高の持っているシステムFに触れる。
「このニーズヘグからは、温かな心が伝わってくる。日高さんの心が生きている……。きっと日高さんを守って、この世界を守る強い力になってくれるはず……」
「よせやい。買いかぶりすぎだ。俺はそんなすごい人間じゃない。」
由梨亜は、黙って聞いている。
「第一、これの使い方も知らないのに……。どうやって世界を守るって言うんだよ? 」
「使い方なんてない。ニーズヘグは、良き心の求めに応えるの。」
「そんないいかげんな……。もしもの時、うまく使えなかったらどうするんだよ? 」
「信じる心があればいい。思い通りになる仕組みは、信じる心の退廃につながるというのが、妖精たちの考え。」 
日高は、思わず頭を抱える。
言うことはわかるが、だんだん宗教じみてきたなと感じてしまう。
由梨亜は、そんな日高を抱きしめる。
胸の膨らみに顔をうずめていると、女性特有の匂いが日高の鼻をくすぐる。
「だから、私をもっと愛して……。いっぱい、いっぱい愛して……」
日高は、由梨亜をお姫様抱っこして、立ち上がり、奥のベッドルームへと運ぶ。
「わかった……必要なんだね? 」
日高が決心して、ベッドの上の由梨亜に覆いかぶさる。
熱いキスの雨を由梨亜の全身に降らせていく。
「ん……。必要じゃないけど……日高さん、そう言わないと愛してくれないから……」
日高の動きが一瞬止まり、人差し指で由梨亜の頭をつんとする。
「こいつぅ」
「だって……。でも、愛を確かめ合うことは大切。これからの二人のためにも……」
「世界が今あぶないって時に……これでいいのかな。由梨亜は、これから世界を守るために戦わなきゃいけないっていうのに……」
日高を包み込む由梨亜の中は、温かい。
「妖精に言われたから……ただ使命のために戦うことなんて……もうできない。私は……私たち二人の住む世界を守るために戦うの。愛する人のためだから……戦える。だから、日高さんは、私にいっぱい愛を注いで。注がれた愛の分だけ……私は……フライアはきっと強くなれ……る。」
高まる快感に、日高はじっとしていられず、つい腰を打ちつける。
あん。
由梨亜があげたあえぎ声に、日高は軽く暴発する。
世界を守る救世主とか、人類を守るヒロインだからじゃない。
俺は、ここにいるごく普通の、少しエッチな女の子として、由梨亜を愛しているのだ。
一方、日高の腕に抱かれて、由梨亜は快楽に没頭する。
今は、何も考えたくなかった。
強大な敵との戦いも、復讐に狂った御倉崎のことも。
目の前に愛してくれる人がいる。
愛してくれる人の期待に応えたい。そのためなら……死んでもいい。
その悲壮な思いに胸がキュンとなり、心が震える。
 二人の愛情交歓は、その夜遅くまで続いた。

 

20-(2)侵攻軍来襲!


アイン侵攻軍の来襲が予測される中、国防軍は、道東を中心に厳重な警戒態勢を敷いていた。
「アイン」がこの世界に侵攻する時の目印となることを恐れ、国防軍は、北海道の大地に散乱した「アインⅣ」の残骸を懸命になって集め、溶鉱炉または火山の火口へ投げ込んで処分することを計画し、即座に実行に移していた。
しかし、「アイン」の侵攻は、予想以上に早かった。
処分する「アインⅣ」の残骸の一部を積んで、北斗空港を飛び立った輸送機からの緊急連絡の第一報は、離陸30分後のことだった。
「メーデー。メーデー。機内に異変。あ……『アイン』だっ! ……」
それだけで通信は途絶える。
護衛のF15からも報告が入る。
「『こうのとり』に異変! 墜落する。パイロットの脱出は確認できない……。いや、まて、何か出てきた。小さいロボット? ……『アイン』だ。『アインⅡ』?小型の奴が……飛び出してきたぞ」
「タンゴリーダー! 数は? 出てきたのは、何機だ? 」
「5機……いや7機だ。ちくしょう。『こうのとり』の墜落が止まった。空中に浮かんで、アリのように湧いて出てくるぞ」
「こちらアルファリーダー。タンゴリーダーは、退避しろ。近くにいるDDG188『しまかぜ』が目標をロックオンした。まもなくハープーンの攻撃が始まる」
「タンゴリーダー。ラジャー」

空中に静止しているC1輸送機が空中分解し、中から巨大な円盤状の物体が現れる。その下部から、次々と「アインⅡ」が飛び出してくる。
円盤状の物体は、「アインⅡ」の輸送船のようなものらしい。
離れたところから監視を続けているF15は、やがて南の空から白い尾を引いて飛来するミサイルの群れを確認した。
行けーっ。
タンゴリーダーが見守る中、3発のミサイルが、次々と円盤状の物体に命中し、爆発の炎と煙が空中に炸裂した。しかし、円盤は無傷のまま空中に静止している。ミサイル攻撃は、バリアのようなもので阻止されたようだ。
「タンゴリーダーよりアルファリーダー。ターゲットは無傷のままだ。さらなる攻撃を求む」
「こちらDDG『しまかぜ』。現在……『アインⅡ』と交戦中! 」
だめかっ……。
空中に飛び出した「アインⅡ」の何機かは、ミサイル護衛艦「しまかぜ」に襲いかかったようだ。
タンゴリーダーが絶望に陥りかけた時、突然、円盤状の物体に何かが激突し、赤い波紋が空中に広がる。しかも、物体はそれを貫いて、爆発する。
グワアーン。
爆発と同時に、円盤は浮力を失い、ゆっくりと海上に降下していく。そこを再び直撃が襲う。
今度は、一撃で円盤が大爆発を起こし、バラバラの破片となって飛散した。
「な……何が? こちらタンゴリーダー。ターゲット消滅。繰り返す。ターゲットは撃墜された」
「こちら、アメリカ太平洋艦隊所属BB67『モンタナ』。太平洋艦隊は、合衆国大統領命令により、『アイン』迎撃作戦に参加する。四百六ミリ主砲弾のプレゼントは役にたったかな? CVN78『トーマス・C・キンケード』からの攻撃隊も発進した。」
交信と同時に東の空から、三角形の飛行物体の編隊が近づいてくる。A12「アベンジャーⅡ」だ。たちまち、周囲に残った「アインⅡ」と交戦に入る。
「こちらタンゴリーダー。貴軍の支援に感謝するっ」

 一方、北海道のカルデラ湖には、2機の「アインⅣ」に守られた巨大な円盤が出現し、地上に「アインⅢ」の集団を展開させはじめていた。
 この時は、早期警戒衛星からの探知情報を受け、オプションSの先制攻撃が実施され、大きな戦果をあげた。S3攻撃衛星が放った「神の槍」が次元を超えた直後の「アインⅣ」の一機を直撃し、一瞬にして消滅させたのである。
「神の槍」は、電磁カタパルトで地上に撃ち込まれる超速の巨大タングステン弾だ。その運動エネルギーは、小型核爆弾に匹敵する。
ただし、その報復によって、オプションSのその他の攻撃衛星群は、攻撃軌道に遷移する前に片っ端から撃破され全滅した。
 一方、機甲師団を先の「アインⅣ」との戦闘で失って、地上戦力が枯渇していた帝国国防軍は、ここで国防軍技術研究本部が「オプションR」のもと試作した「イ21号」兵器に粘着性発泡剤を搭載して、「アインⅢ」の展開する橋頭堡に突入させた。
 「イ21号」兵器は、異次元からの侵入拠点破壊のために製作されたもので、そのルーツは昭和7年に陸軍が開発した98式小作業機、99式破壊筒にまで遡るロボット兵器だ。無人の豆タンクから、不整地走破力向上のため、二足歩行へと進化した「イ21号」は、特に武装を装備していない。
 偵察、破壊のための装備は、別途搭載して対応するというコンセプトであり、今回はあえて、敵の厳重な警戒センサーを突破するため、爆発物等の武装は搭載しなかったのである。
それが功を奏し、「イ21号」は、「アインⅢ」の警戒ラインをやすやすと突破し、集結地点のほぼ中心で粘着性発泡剤を放出、数十機の「アインⅢ」を行動不能としたのである。
それでも、「アインⅢ」の集団は、百機近くが生き残り、やがて進撃を開始した……。
 
「『アインⅢ』約百機、大型輸送母艦一隻、『アインⅣ』一機。道東を南下中。」
「極東ソ連航空軍より、爆撃隊を発進させるとの報告がきています」
「北海道・国鉄で輸送中の『アインⅣ』の残骸からも、本日13時54分、次元干渉波を検出。次元干渉警戒レベル、フェーズ5が発令されました」
「涼月市郊外に、『アインⅡ』多数出現。次元干渉警戒レベル、フェーズ1突入。機動歩兵部隊が交戦開始しました」
「西ドイツより連絡。オプションG発動。宇宙爆撃機『ゼンガーⅡ』を発進させたそうです」
「岩手県沖二百八十キロ、本日14時21分、海中より「アインⅣ」1機出現。次元干渉警戒レベル、フェーズ1再発令。アメリカ太平洋艦隊が現在交戦中。戦艦『アイオワ』、『ニュージャージー』大破。『モンタナ』『ミズーリ』戦闘中」

「だめだ。多すぎる……。とても対応しきれない……」
 対次元変動対応部隊の機動歩兵部隊に対する出動要請が、各戦線から次々と送られてくる。だが、状況は、対次元変動対応部隊のわずか5機の機動歩兵でどうにかなるレベルではない。
「……堪えろ。敵の主力は、まだ現れていない」
 霧山司令の言葉にレイモンド少将が頷く。
「そう、次元超越獣ファイルに記載されている『アイン』Ⅰにあたる巨大な奴が、まだ現れていない。おそらく侵攻の主力はそいつだ」
「しかし、このままでは、敵に橋頭堡の確保を許してしまいます。対次元変動対応部隊のシステムFを搭載した『蒼龍』であれば、『アインⅡ』、『アインⅢ』程度であれば、何とか撃滅できるかもしれません」
 須藤副司令は、司令部に入ってくる悲鳴のような報告に耐えられないとでも言うように訴える。
「須藤! 冷静になれ。1機や2機なら何とかなるが、この数では、所詮無理なんだ。あきらめろ」
「アダムも今、全CPS、「ブラック・ベアⅡ」を集結させる方向で作業を進めているはずだ。それまで……」
「日高一尉より、最優先コール。『フェアリーA』と一緒に『剛龍』で出撃するそうです」
「なに? 」
司令部内に、期待と喜びの入り混じった空気が漂う。
「まて。まだだ。まだ早い」
霧山は、困ったように答えるが、通信オペレーターは続ける。
「『がんばっている味方を見殺しにはできない』と……フライアが言っているそうです」
須藤副司令は、ほっとしたような表情を見せる。一方の霧山司令は、思わず目頭を手で押さえる。
その肩をレイモンド少将がポンと叩く。
「行かせてやれ。戦士は、戦略では動かんよ。ハートで動くんだ。」
「そうかもしれないが……彼らは貴重な決戦戦力だ……」
「我々に……『フェアリーA』に命令できる権限はない。それよりも、何かあった時のために、ヒダカを一緒に行動させた方がいいだろう」
レイモンド少将は肩をすくめながら、霧山司令をなだめた。
「仕方がない。日高に命令!命にかえてもフライアを守り通せっ!」
 
「行くのか? 」
 日高は、待機中の「剛龍」の中で、自宅にいるはずの由梨亜と会話を交わす。
 日高がシステムFを持っているためか、音声ガイドから流れてくる由梨亜の声は、隣にいるように感じるほどクリアだ。
 実際は、佐々木邸にいるはずで、携帯電話を使うこともなく会話が通じるはずがないのだが……。
「ええ。」
「敵は、数が多い。霧山司令が言っているように、一人で全部カバーしようとするのは、無茶だぞ。」
「…………」
「オッケー。お供する。君一人には……しない。」
日高は、外部スピーカーをオンにする。
「神谷整備班長。フライアと一緒に行ってきます。」
対次元変動対応部隊の全機動歩兵部隊が待機している中で、日高の「剛龍」だけが動き出す。
「おう。行って来い。フライアと一緒に敵を蹴散らしてこいっ。」
神谷整備班長が声をかける。
残った機動歩兵部隊のパイロットたちが、敬礼して見送る。
第2機動歩兵戦隊の相棒の三塚二尉、第1機動歩兵戦隊の東一尉、比嘉二尉、そして第3機動歩兵戦隊の宮里一尉と吉田二尉。
みんな、歴戦の勇士たちだ。
日高もキャノピーを閉じながら返礼する。
ようし。行くぞ。フライアのところへ。
日高が走り出した瞬間、「剛龍」は、ふっと消える。

「……すげえな。」
東一尉が感心したようにつぶやく。
「まったくだ。フライアに好かれると、とんでもない能力まで身につけることができるのかね。」
宮里一尉も目の前で見たことがまるで信じられないというように。目をこする。
「その分、たいへんな目に遭ってるはずだ。日高はよくやっているよ。」
神谷整備班長は、日高の消えたハンガーの出入口を眺めながらつぶやく。
好きな女のために戦うんだ。
男としてこれほど燃えるシチュエーションはないだろ。
がんばれよ。日高。

 

20-(3)激闘!


 岩手県沖で展開されているアメリカ太平洋艦隊の戦艦部隊と「アインⅣ」の戦闘は、「アインⅣ」の展開する防御シールドと、戦艦部隊の四十・六センチ主砲を中心とするすさまじい火力との力比べとなっていた。
 「アイオワ」、「ニュージャージー」を強力なビーム砲で大破炎上させたものの、「モンタナ」、「ミズーリ」が交互に叩き込む主砲弾、他の艦艇から浴びせられる火器やミサイルの雨により、「アインⅣ」は防御シールドの展開に専念せざるをえなくなっていた。特に、四十・六センチ主砲弾の近距離からの直撃は、防御シールドを展開して空中に浮遊する「アインⅣ」を激しくぐらつかせた。
「くそっ! あと一押しだというのに……。」
 戦艦「モンタナ」に座乗し、アメリカ太平洋艦隊の指揮をとるバーニー中将は、歯軋りしながら戦況を見守る。
「閣下。このままでは、弾切れになる恐れが……。」
「モンタナ」艦長のレブソン大佐が、懸念を伝える。
すでにかなりの砲弾を消費し、直撃を浴びせているにも関わらず、「アインⅣ」は、まったく無傷だ。反撃されれば、こちらは確実にやられるのに。
「敵のエネルギー量にも限界があるはずです。本体に主砲の一撃を浴びせることができれば……。絶対にチャンスは訪れます。それしかありません。」
ロバート・マッキャンドレス作戦参謀は、継続を訴える。ここが正念場だと考えているのだろう。
しかし……。
そこに監視員から報告が入る。
「第2砲塔上に金色の人影!機動歩兵と……妖精? フェアリーAですっ。」
「なにっ! 」
「ばかな、爆風で死んでしまうぞっ! 」
艦橋内部に援軍への期待と、無謀な場所への出現に対する驚愕が広がる。
主砲の射撃が続く中、機動歩兵がレールガンを構える。フライアも両腕を伸ばして「アインⅣ」を狙う。
「へ、平気なのか? 」
「違います。あの金色の光は、たぶんバリアみたいなものです。それで二人とも守られているんですよ。」
ロバート・マッキャンドレス作戦参謀が、推測を述べる。
機動歩兵のレールガンが火を吹くのと同時に、フライアは両手4門のハンドメーザーを最大出力で発射する。
光線が直撃し、「アインⅣ」の防御シールドがゆがむ。そこにレールガンの弾丸が着弾し、真っ赤な波紋の中心に大穴が開く。そしてそこへ「モンタナ」、「ミズーリ」の四十・六センチ主砲弾が飛び込み、「アインⅣ」の前面装甲に大穴を開けた。
ズグワアァァァァン!
大音響とともに火柱が噴き出し、「アインⅣ」がゆっくりと降下していく。
「やったっ! 」
「モンタナ」の艦橋内に歓声があがる。
「止めをさせっ! 一気に片付けるっ! 」
バーニー中将が叫び、艦隊からの集中砲火が「アインⅣ」に浴びせられた時、機動歩兵とフェアリーAの姿は見えなくなっていた。

日高一尉が単身出撃してから十五分後、国道の第一防衛ラインが突破された。
このため、司令部は、対次元変動対応部隊の5機の機動歩兵の投入を決定、涼月市へ突入しようとする「アインⅢ」と「アインⅡ」の大群を迎え撃った。
対次元変動対応部隊の機動歩兵と全国から集められた「剛龍」が迎え撃つ。
「比嘉っ。三塚。俺に続けっ! 」
 東一尉の「蒼龍」1号機が、猛然とダッシュする。システムFが起動しているため、その機動性と視界も、そして発揮されるパワーも桁違いだ。
 「アインⅡ」に肉薄し、防御バリアをぶち抜いて、ミニガンの集弾をその巨大な目玉のようなセンサーアイに叩き込む。
 「アインⅢ」の3本脚の間に滑り込んで、スピアで脚の付け根に大穴を開けて行動不能にする。その頭部にニードルを打ち込み、ワイヤを引っ張って横転させる。アスファルトに叩きつけられた頭部の装甲がゆがみ、触覚のような光線砲が周囲に乱射される。後続の「アインⅢ」は、そのため、一旦停止せざるをえなくなる。
「『アインⅢ』は、国道から逸れて行動するのは困難だ。接近戦で仕留める! 」
 比嘉二尉の「蒼龍」5号機が、「アインⅢ」の隊列に潜り込み、十二・七ミリ機関銃とミニガンを乱射する。密集隊列のためか、防御シールドは展開されていない。たちまち、数機の「アインⅢ」がその場で爆発炎上する。
 ズグワーン!
 はるか後方の「アインⅣ」や円盤型の母艦に対して、大気圏を突き抜けてきた宇宙爆撃機「ゼンガーⅡ」が燃料気化爆弾を投下し、核爆発かと思うような爆風が襲ってくる。
「やったか? 」
 東一尉は、はるか後方で起こった攻撃の戦果に期待する。
「敵母艦大破。後方ノ「アインⅢ」多数ガ機能停止。『アインⅣ』ワ無傷。」
「ちっ。全滅じゃねぇのかよ。」
「敵母艦着地地点ニ、新タナ次元干渉波ヲ検出。」
「なに? 」
 黒煙が漂う戦場から見つめる先、「アインⅣ」の上空に、さらに2機の「アインⅣ」が出現する。そして、そのさらに後方に、それよりもさらに巨大なロボットが姿を現した。かすんで見えるその大きさは、高層ビル並みだ。
 来た……。「アインⅠ」が……。
 東一尉は、思わず唾を飲み込む。その背中を冷たい汗が流れた。

「貨車を切り離せっ! 」
 輸送中の『アインⅣ』の残骸を目印にして、次元を越えてきたのだろう。貨車の天井をぶち抜いて、「アインⅡ」が次々と現れる。
すでに数機の「アインⅡ」がそこから飛び立ち、列車と並行に飛行している。
列車は、山間部を製鉄所のある室蘭市へ向かって走っているが、このままでは、「アインⅡ」を市街地へ運んでしまうことになる。
「やむをえん。爆破しろっ。」
貨車には、万が一を想定して高性能爆薬が仕掛けてある。
再び、「アイン」の残骸を広範囲にぶちまけることになるが、こうなってはどうしようもない。
ドォオオオーン。
爆発によって線路をはずれた貨車が横転し、崖下へと転落していく。数機の「アインⅡ」と思しきもののも爆発に巻き込まれて破壊され、残骸を線路脇に撒き散らす。
「さ……最悪だ……。」
列車を止め、状況確認をしていた双眼鏡の視界に、谷底から木々を押し退けて現れる巨大な「アインⅣ」の姿が飛び込んでくる。
やがて、「アインⅣ」の腹部のシャッターが開き、ミサイルのようなものが撃ち出された。
なんだ?
ミサイルは、空中に浮かぶ金色の人影めがけて突進するが、その前面で爆発する。しかし、続いて金色の光の中で爆発が起こり、人影が落下していく。
あれは……フライアか?
驚いて見ているそばに、機動歩兵「剛龍」が突然出現し、兵士に声をかける。
「日高だ。貨車を一台借りるぞ。」
「え? 」
「剛龍」が最後尾の無人の貨車を持ち上げて、ジャンプした。
信じられない力だ。機動歩兵にあれほどのパワーがあるとは信じられない。しかも、自分よりもはるかに重い貨車を持って、数十メートルもジャンプできるなど、ありえない光景だ。

貨車を槍のように抱えて、日高は、「アインⅣ」に上部から襲い掛かる。
「アインⅣ」が赤い防御シールドを張り、貨車が激突する。
しかし、そこに日高の「剛龍」はいない。
防御シールドを張る直前、日高は空間を飛び越え、「アインⅣ」の機体に取り付いていた。
その間、「アインⅣ」の攻撃は、日高の「剛龍」にではなく、フライアに指向されていた。
ブォォォォォン!
落下から懸命に回復したフライアに向け、両腕の高周波砲が発射される。
フライアの身体を包む金色のシールドが震え、フライアが耳のあたりを押さえ、その身体が硬直したようになる。再び落下が始まり、木々の間に落下してフライアの姿が見えなくなる。
「フライアっ!」
日高は、「アインⅣ」の背部から伸びるアンテナにしがみつき、スピアを機体に突き刺す。防御シールドの性能に頼っているためか、その装甲版はそれほど厚くない。
早く片付けなければ、フライアが危ない。
ガシッ。ガシッ。
装甲版に大穴を開け、その内部に腕を突っ込んで、火炎放射を全開で注ぎ込む。しかし、その間に、「アインⅣ」は、機体両脇に装備された棘状の砲塔から、すさまじいレーザーの連射をフライアが墜落したあたりの林に発射した。
燃え上がる木々の間から業火が広範囲に広がっていく。
さらに腹部からミサイルが続けざまに撃ち込まれ、連続して着弾し、大爆発を起こす。
「くっそぉーっ。」
怒りのエネルギーが「剛龍」の火炎放射に注ぎ込まれたのか、「アインⅣ」の機体を垂直に火炎が貫く。しかし、それでもフライアに対する「アインⅣ」の攻撃は止まらない。
両腕から今度は白熱の太いビームが発射され、フライアの墜落地点を一掃した。キノコ雲が沸き起こり、爆風で「アインⅣ」自身も傾き、転倒する。
うわあああっ。
日高は、転倒した「アインⅣ」の機体前面を駆け抜け、象の鼻のように伸びる首にスピアを叩きつけた。「アインⅣ」のセンサーアイのついた首がザックリ裂けて折れる。しかし、それでも「アインⅣ」は、機能を停止しない。
胸部にある銃座らしきものが動くのを見て、日高はスピアで破壊する。
決定的なとどめを刺す武器がない。
「剛龍」も「蒼龍」も、次元超越獣という生き物との戦いを想定しているため、ロボットのようなタフな相手と戦うには、武装が貧弱なのだ。
携帯火器にしても、携行できる量が限られる。
武器が……もっと強力な武器が欲しい。
フライアを……由梨亜を守るために、強い武器が欲しい……。
今やそれは、日高にとって切実な願いだった。
腹部のシャッター部分からミサイルの弾頭が見えるのに気づいた日高は、そこに駆け寄り、無理やりミサイルを引き抜き、逆さまにぶち込む。
もはや、危険とか、無謀という考えはふっとんでいた。
突き出たロケットモーターに向けて、火炎放射を浴びせる。
ドゴオーン。
ロケットが火を吹き、やがて内部で爆発が起こった。
爆発は機体上部まで連鎖し、最終的に大爆発を起こして機体が飛散した。

フライアっ。
振り返った日高の目に、フライアがいた辺りを飛び交う「アインⅡ」の姿が飛び込んでくる。
激怒した日高は、一気に空間を飛び越え、「アインⅡ」に襲い掛かった。
日高は知らないが、「剛龍」の背中にフライアと同じ羽が生えて羽ばたく。
並行して飛行しながら、ブーストパンチで加速したスピアで「アインⅡ」の胴体を真っ二つに叩き斬る。引きちぎった「アインⅡ」の胴体を別の機体に叩きつける。ブーストパンチの連打で「アインⅡ」をボコボコにし、地面に叩きつける。阿修羅のような「剛龍」の奮戦は、「アインⅡ」を全滅させるまで続いた。 

 

20-(4)アインⅣ対フライア

「フライアっ!だいじょうぶか? 」
 日高の声に、フライアとなった由梨亜は、はっと気がついた。
 金色の防御シールドに守られていたため、大きな傷はないかと思われたが、「剛龍」から降りてきた日高がフライアの右腕に包帯を巻いている。白い包帯には、血がにじんでいる。
「だめだ。フライア。『アインⅣ』とこれ以上戦ったら、危険だ。」
(だいじょうぶ。これくらいたいした傷じゃない。)
 日高は首をふる。
「さっきの戦いを見てわかった。『アインⅣ』は、フライアの事を十分研究して造られている。おそらくその武器は、フライアの弱点とかを突く形で考案されているだろう。そのまま戦うのは、危険すぎる。」
(一度戦えば……なんとかなる。)
 フライアは、少し頭をふりながら立ち上がる。
「だめだ。だめだ。だめだ!フライア……君が死んだら……由梨亜も……。そうなったら俺は、とても耐え切れない……。」
 膝をついたまま下を向いている日高の頭を、フライアが抱きしめる。
(だいじょうぶ。覚えていて。あなたの……私を思う気持ちがある限り、私は死なない。)
 そう言うと、フライアは、フワッと浮き上がる。
(先に行くね。)
「行くな……。」
 日高は、浮き上がるフライアの脚をつかまえる。
(……? )
 フライアが再び着地する。
「さっき、戦況を確認した。涼月市郊外には『アインⅣ』が3機、そして、主力の『アインⅠ』もいる。このまま戦えば、たとえフライアでも無事にはすまない。行っちゃあダメだ! 」
(さっきは、油断しただけ。だいじょうぶ……。)
 フライアは、日高の手をはずすと、再び舞い上がった。
「……! 」
 その瞬間、日高の心に、フライアの微かな思いがパルスのように飛び込んできた。そして、フライアは消えた。
「や……やめろっ。……死ぬんじゃないっ。」
 フライアの悲壮な覚悟を知って、日高は再び「剛龍」に乗り込んだ。

フライアは、防御シールドを張り巡らした上で、空間転移先を定めて跳んだ。
「アインⅣ」の不可解なミサイルは、空間転移の間隙をぬって突っ込んでくる。防御シールドごと空間転移することで、「アインⅣ」のミサイルが防御シールド内に入り込むことを防ぐのだ。
 案の定、涼月市郊外の戦場上空に姿を現したフライアは、「アインⅣ」の放った数十発のミサイルを食らう。
 防御シールド内への突入は防いだものの、その爆発の威力はすさまじい。
 フライアの前には、三機の「アインⅣ」が遠巻きに展開している。配置も攻撃の軸線上に味方が布陣しないよう計算されつくしている。
フライアは、グングニルを取り寄せ、正面、中央にいる「アインⅣ」に投げつける。マイクロブラックホールに匹敵する超重力を発するグングニルは、防御シールドを張った空間ごと相手を飲み込む力がある。
それに対して、「アインⅣ」は、お尻の先から前に突き出た三叉状の棘をグングニルに向け、そこから白い球状の光を発射する。
ブワアァァァ……・ン!
白い光の玉がグングニルと接触し、不可解な音を発する。グングニルは、その超重力を発揮することなく、「アインⅣ」の防御シールドに弾かれて、地上に突き刺さる。
フライアが驚く間もなく、両サイドに展開している「アインⅣ」から、多彩なレーザー光線が雨あられと降り注ぎ、フライアの防御シールドに炸裂する。フライアも両手からハンドレーザーで応戦するが、効果はない。
一機ずつ、倒さないと……。
フライアは、正面の「アインⅣ」にティアラから暗黒のビームを放った。
次元波動ビームと呼ばれるこの空間破壊兵器は、ビームの通り抜けた空間をごっそり消滅させていくものだ。
しかし、象のような首の先についたアンテナが点滅すると、「アインⅣ」が縦に真っ二つに分かれて、その間に虚無の空間が生じる。
ビームは、その虚無空間を貫いて消滅した。
効かない? そんな……。
フライアの心に動揺が走る。
ブォォォォォン!
そこに、右手の「アインⅣ」の両腕から高周波砲が発射される。
寄生体の聴音域を刺激され、フライアは、一瞬目の前が暗くなり、その身体が硬直する。
ま、また……。
懸命に防御シールドを保持するが、意識が遠のきかける。シールドを失えば、三機の「アインⅣ」が連射するレーザー光線によって穴だらけにされるだろう。

うおおおおぉぉぉぉっ!
突然の雄叫びとともに、一機の「剛龍」が右手の「アインⅣ」の防御シールド内に出現した。
ストンと地を蹴り、両手のスピアを前に伸ばして、ブーストパンチで回転加速し、「アインⅣ」の両足の間に激突する。
巨大なドリルのような攻撃は、金色の防御シールドの尾を引きながら、「アインⅣ」を一気に垂直にぶち抜いた。
脚部のバランサーや支持架構造を破壊され、「アインⅣ」は、その場にドスンとへたり込み、やがて大爆発を起こして火柱をあげた。
(日高さんっ。)
空中に飛び出した「剛龍」は、日高の乗機だ。そこに「アインⅡ」の群れが向かっていくのが見える。
とっさに、フライアは、右手のハンドレーザーを乱射する。
レーザーの直撃を浴びた二機の「アインⅡ」が火達磨になって空中を爆発四散するが、残りの機体は、「剛龍」に殺到する。
フライアは、とっさに空間転移する。それと同時に「アインⅣ」が腹部のシャッターから、ミサイルを発射する。
「アインⅣ」とフライア、日高の「剛龍」の激しい戦いが続く。

堂島遥は、窓から人通りのなくなった涼月市の街並みを眺めていた。
 異次元からの侵略者がこの涼月市に接近しているため、遥の通っている北斗青雲高校をはじめ、市内全学校が休校となっている。
 クラスメートもほとんどが家族と共に避難しているはずだ。それでも、遥は父親とともに、市内の自宅に留まっていた。
 市街地上空を国防軍の戦闘機が次々と駆け抜けていき、遠雷のような爆発音が時々遠くから鳴り響いてくる。それが、この都市に迫る危機を実感させる。
 市内で戦闘が始まるとなれば、巻き込まれて命を落とす可能性が高い。
それでも、遥は避難する気になれなかった。
亡き母の思い出が残るこの家を離れることは、今の遥とって耐え難いものだったのである。
 それは、新しい父親の洋介にとっても同じだったらしい。
二人は、そこで初めて親子として意見の一致を見て、二人そろって自宅に留まっていたのである。
「遥。テレビで侵略者と戦っている妖精が写っているぞ。」
居間でニュースを見ていた洋介が、2階から降りてきた遥に声をかける。
「妖精? 」
「知らないのか? 侵略者や怪獣と戦う妖精の格好をしたヒロインのことさ。ヨーロッパやアメリカでは、救世主、メシアとか呼んでるみたいだけど。本当に居たんだな。正義の味方……人類の守り神……。」
洋介の言葉に遥は、興味を持ってテレビを見る。
テレビでは、郊外で起こっている「アインⅣ」とフライアの戦闘の様子が最大望遠で実況中継されている。
「何が『正義の味方』よ。何が『メシア』よ。こんなの偽者に決まってるじゃない。怪獣なんかと戦うだけで、本当に守って欲しい人間は守ってくれない。こんなの本物の救世主なんかじゃないわ! 」
遥は、洋介の「正義の味方」という賞賛の言葉につい苛立ってしまう。
 洋介は、それに対して何も言わない。
 テレビでは、空を飛ぶフライアのズームアップが映る。
 金色の豊かな髪。黒いボディースーツに、トンボのような羽根が背中で羽ばたいている。時折、金色の光がその周囲に輝く。
 似てる……。
 遥は、その姿に、つい見入ってしまう。
 その姿は、遥が、暴力団員・大西たちに拉致され、暴行されている時に、助けに来てくれた謎の怪物の姿を思い起こさせる。
 遥は、その怪物こそ、お母さんが呼んでくれた守護神だと思っていた。
 遥の希望を受け、お母さんの仇をとってくれた守護神だと思っていた。
 守護神の名前は、ナーヒン・トゥリー・ムルトゥルワ。
 まさか……あなたなの?
 遥は、つらい記憶と同時に、啓示で告げられた名前を思い出す。
 いても立っても居られず、遥は、家を飛び出した。

ブォォォォォン!
日高の「剛龍」と一緒になったフライアを、「アインⅣ」の高周波砲が襲う。
「アインⅣ」の高周波砲は、致命的なものではないが、寄生体の聴音域を刺激し、フライアに異常事態を起こしつつあった。
「フライア? 」
日高の見ている前で、フライアが意識を失い倒れかかる。意識を失っただけじゃない、髪の色が変色しているのだ。背中の羽根もみるみるうちに収縮していく。
「い……いかん。」
日高の「剛龍」は、意識を失ったフライアを抱え、安全な場所へと跳んだ。
跳んだ先は、戦場から離れた、涼月市上空だ。
空中に現れると同時に、その側に「アインⅣ」が追撃のため放った双極誘導ミサイルが空間転移してくる。
「やば……。」
しかし、ミサイルは目標を見失ったらしい。そのまま円を描いて旋回し、やがて空中爆発した。
日高の「剛龍」は、その間に、フライアを抱えて、人通りのなくなった街へと降りていく。大通りに一人の人影が見える。
誰でもいい。今、フライアには、助けが必要だ。
日高は、呆然と見上げている少女らしき人影に向かって降下していった。

涼月市上空で炸裂するミサイルの爆発。
堂島遥は、それに続いて、金色の光に包まれ、守護神に似た姿の妖精を抱えて降りてくる機動歩兵を見上げて立ち尽くしていた。
その金色の光は、どこか懐かしい。
やっぱり……。
着地した機動歩兵が、妖精を地上にそっと降ろして横たえ、パイロットが降りてくる。
「君。手伝ってくれ。」
パイロットから声をかけられ、遥は恐る恐る近づく。
パイロットと目が合う。
「はるか……。堂島遥さん? 由梨亜の友達の……? 」
「え? はい……。」
相手は国防軍の機動歩兵パイロットのようだが、遥にそのような知り合いはいない。
けれど、パイロットが抱えている妖精の姿を見て、遥はさらに驚く。
「ゆ、由梨亜……。な、なんで? どうして? 」
妖精の髪は金色から栗色に変わり、顔立ちは由梨亜そのものだ。少しずつ耳の部分が変化を続けていて、触覚が髪の中に引き込まれていく。
右腕に巻かれた白い包帯は、赤く染まり、よく見ると全身ボロボロだ。
思わず側に駆け寄った遥に、日高は事実を伝える。
「知らなかっただろうけど、次元超越獣と変身して戦っていたのは、由梨亜なんだ。今、少し意識を失いかけているから、一時撤退してきたんだけど、水でもないかな? 」
「まってて。」
遥は、立ち上がると、近くの自動販売機に駆け寄る。電気は供給されているから、動くはずだ。
購入したミネラルウォーターを持って駆け戻る。
由梨亜が?ひょっとしたら由梨亜が……私の守護神だったの?
 

 

20-(5)遥のガーディアン

喉に流れ込む冷たい水。
無意識のうちに、喉が鳴る。
「あわてないで……。」
声がする。
身体の中に入ってきた冷たい水に、胃が反応して軽く痙攣気味に収縮する。
ゴホ、ゴホッ。
軽く咳き込む。
身体全体に染みとおるような活力、生き返るようなエネルギーの波動に、由梨亜は目をさます。
そこには、心配そうに覗き込む二人の人間の顔があった。
「日高さん……。それに遥まで……。」
遥は、目覚めた由梨亜の顔に、母親の姿がダブり、つい涙ぐんでしまう。
「由梨亜だったのね。私を、大西たちから助けてくれたのは……。」
遥の問いかけに、由梨亜は一瞬、青ざめてしまう。
ばれた?
私がフライアだということが、遥に知られてしまった?
それは、正体がばれたというだけではない。
フライアの力で、中途半端な手助けをしたせいで、遥は最愛の母親を失ってしまったという思いが、由梨亜には強い。
ばれてしまった今、どんな非難を浴びせられるのか?
恐ろしさが心をぎゅっと締め付ける。
次の瞬間、遥は無言で由梨亜を抱きしめていた。
「は、遥……? 」
「……。」
「私……。私は……。」
由梨亜は、何か言わなければと思うものの、言葉が見つからない。
遥が由梨亜を強く抱きしめたまま、ポツリとつぶやく。
「生きて……。死んじゃ……ダメよ。」
その言葉に、由梨亜の心は揺れる。
「ゆ、許してくれるの? 」
「何を? あたしを助けてくれたのに? 」
「私が……もっとしっかりとしていたら……。」
「バカね。由梨亜は一生懸命、私のためにがんばってくれたじゃない。しかも、こんな……すごいことやってるなんて……知らなかった。」
「……。」
「お母さんのこと……気にしてるの? 」
「……。」
「あなたのせいじゃないわ。悪いのは大西たちよ。由梨亜は、私のかわりに敵討ちまでしてくれたでしょう? 」
「それ……私じゃない。……キプロ……ナーヒンよ。」
「え? じゃあ、私を助けたのは、由梨亜じゃないの? 」
由梨亜は、自分が知っている事件のことをすべて遥に打ち明ける。
誘拐された遥を救ったこと、キプロがフライアに化けて、大西たちを殺傷したこと、今、キプロは敵となっていることを洗いざらい、遥に伝えた。
遥は、意外な話にただ黙って聞くだけだ。
「じゃあ。やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ。二人で私のために……。でも、良かった。由梨亜が私のために人殺しにならなくて……。私、由梨亜がそんなことしてるって……知らなかったから……。」
キュラキュラキュラ……ズズズズ……!
突然、無限軌道の軋む音と地響きが轟き、交差点を横切って「アインⅢ」が一機現れる。
「まずい。二人とも、こっちへ! 」
日高は由梨亜を抱えあげると、遥とともに近くの建物の影に隠れる。
「防衛ラインを突破されたんだ……。」
日高は、唇をかみしめる。
「アインⅢ」は、路上に停止している日高の「剛龍」を確認すると、頭部から2本のビームを発射した。
ビームが貫通し、やがて炎があがって「剛龍」が爆発四散する。
キャアアッ!
遥が悲鳴をあげてしゃがみこみ、「アインⅢ」は、脚部の無限軌道の向きを変えて、日高たちが隠れている建物の路地に接近してきた。
「逃げるぞ。ここにいたら見つかる。」
日高が由梨亜を抱えたまま、路地の奥へ奥へと入っていく。遥があわてて後を追う。ゴミ箱や放置された自転車を避け、角を曲がって、隠れる。
狭い路地の中に、巨大な「アインⅢ」は、入ってこれないはずだ。
しかし、次の瞬間、日高と遥は、その場で凍り付いてしまった。
隠れた角のある路地の両側、建物と建物の間の狭い隙間から巨大な機械の目がこちらをじっと見ているのだ。
別のロボット?「アインⅡ」……。
その機械の腕がゆっくりと持ち上がる。その腕の先端に銃口らしきものが見える。
絶対絶命……。
そんな思いが日高の頭をよぎる。
しかし、「アインⅡ」は、その腕を完全に持ち上げる前に爆発する。
日高は、抱えている由梨亜の両手から左右に放たれたレーザー光線が、一瞬早く、両側の「アインⅡ」を倒したことを知る。
「ゆ、フライア? 」
日高の抱えていた由梨亜は、いつの間にかフライアへと変身を遂げていた。
フライアは、日高の腕からするりと降りると、路地の中をサーチしている「アインⅢ」に突っ込んでいく。
(二人とも、早く逃げて。)
日高の心にフライアとなった由梨亜の声が響く。
日高は、肩から吊るしたホルスターから銃を抜いて、スライドを引く。
「遥。悪い。一人で逃げてくれ。俺は、由梨亜を……フライア一人に戦わせるわけにはいかないんだ。」
日高は、フライアの後を追って駆け出していく。
遥は黙ったまま、路地の片隅で、通りに飛び出していく二人を目で追う。
フライアがジャンプし、巨大な目玉の怪物の頭部に飛び乗ると、拳を叩きつける。怪物の頭部を2条の光線が貫き、光線がその身体を縦に真っ二つに切っていく。
倒壊していく「アインⅢ」の頭部にいるフライアに向かって、小さなロボットが側から襲い掛かる。それを日高の拳銃が側面から銃火を浴びせて阻止する。
なんで? ……恐くないの?
遥は、そこにヒラヒラと落ちてきた白い包帯の切れ端に気がつく。それは、さっきまで由梨亜の右腕に巻かれていたものの一部だ。
少し茶色くなった汚れは、由梨亜の血だろう。
日高に向きを変える「アインⅡ」に今度は、フライアから発射された白銀のブーメランが命中し、空中分解させる。
必死でかばいあいながら戦う二人の姿を見ていると、なぜか、胸の中に、熱いものが込み上げてくる。
死なないで。二人とも……死なないで。
遥は、ふらふらと二人が懸命に戦っている通りに向かって歩いていく。
見届けなければ……。二人の無事を祈らずにはいられないから……。
路地から出ようとしたところで、ロボットが横切って行く手を遮る。
「どいてよ! 見えないでしょ! 」
思わず叫ぶ遥の声に、ロボットが振り返る。それは、「アインⅡ」とか呼ばれている奴だ。
「……! 」
両腕の銃口が遥に向けられる。
お母さん……。助けて……。
バシィーン!
「アインⅡ」が吹っ飛び、そこに不思議な姿の男が立っていた。赤銅色の逞しい体をしたネィティブ・インディアンの男。
ナーヒン!
私のもう一人のガーディアン。その名は、ナーヒン・トゥリー・ムルトゥルワだ。
「……無茶ナ事ヲスルモンジャナイ。」
「ナーヒン!助けに来てくれたのね。」
「……。」
思わぬ展開に、遥の声が上ずる。
「お願い!あの二人を助けて!」
「私ノ正体ガ、君達ノ言ウ『キプロ』、次元超越獣ト知ッテ……ソレデモ、私ニ、助ケヲ頼ムノカ? 恐クナイノカ? 」
「だって……あなたは、私のために悪い奴らをやっつけてくれた……。あなたは、私のためにお母さんが連れてきてくれた人だって、信じているから……。」
「人デワ ナイ。今ワ……モウ……。」
「話ができる……。心がある……。だから私たちは……同じよ。」
眼光鋭いインディアンは、その言葉にしばらく黙ってしまう。
「ソレワ、私ノ素顔ヲ……見テイナイカラ……言エルノダ。」
遥は、ナーヒンのその言葉に、深い絶望と拒絶されたものの悲しみ、そして試されるのだということを感じ取る。
「……いいえ。私は、あなたを信じているから、お願いしているの。あなたのどんな姿を見ても……その気持ちは変わらない。」
そんなに恐い姿をしているの?
遥は、さすがに恐くなったものの、逃げるわけにはいかない。
遥が見ている前で、インディアンの姿が消え、白い不釣合いな大きなヘルメットをかぶった、不可解な姿の人物が現れる。
一瞬、ドキッとしたものの、遥はほっとする。
「マダダ。私ノ素顔ワ……。コレカラ見ルノワ、私ノイタ世界ノ人間ガ、私ニ加エタ仕打ちノ結果ダ。」
やがて、白い大きなヘルメットがはずれて、中からキプロの素顔が現れた。
「……! 」
遥は、それを見て、目を瞠る。
「な、なんで……見えるの? 」
(ン? )
「……なんで、話ができるの? ご飯……どうしてるの? 」
(……? )
遥の驚きは、キプロの素顔の見た目に向けられていなかった。そこに加えられた残酷な仕打ちの結果に対する、素直ないたわりの心から出た、ごく自然な疑問だった。
(ははっ。はははっ。)
あまりにも予想外の反応にキプロは笑ってしまう。
笑っている……。私の心が?
それは、はるかな昔、遠い記憶を思い起こさせる。母の腕に抱かれたわずな時間に感じた……遠いかすかな幸せな時の記憶。
キュラキュラキュラ……。
そんな懐古の時間も、そう長くは続かない。
通りの向こうから「アインⅢ」の集団が無限軌道の音を立てながら迫ってくる。フライアは、日高を守って「アインⅡ」の集団と交戦中だ。
(彼ラヲ……助ケルワケデワナイ。)
「え? 」
遥の見守る中でヘルメットを被りなおしたキプロは、再びインディアンの姿に変わる。
「オ前ノ気遣いニ感謝シテ、応エテアゲルダケダ。……ダカラ、ソコニ隠レテ、見テイルトイイ。」
キプロは、いやナーヒンはそう言うと、フライアと日高に襲い掛かる「アインⅡ」の群れに突撃していった。
赤銅色のたくましい体が宙を飛び、「アインⅡ」を蹴り倒す。一機の「アインⅡ」の脚をつかみ、ブンブン振り回して、数機の「アインⅡ」に横殴りで叩きつける。たちまち、十機近い「アインⅡ」が残骸へと変わる。
「ああ……かっこいい。」

 

20-(6)反撃の時

 涼月市へ進撃する「アインⅢ」と「アインⅡ」の大群と機動歩兵「蒼龍」、「剛龍」部隊の激戦は続いていた。地上戦での不利を補うために投入された航空戦力は、「アインⅣ」のアウトレンジ攻撃により、損耗率が9割に達する損害を受け壊滅。「剛龍」部隊は、その戦力の三分の二が撃破され、戦線は、さらに涼月市側へ一キロ後退、一部の「アインⅢ」と「アインⅡ」は、涼月市内へ突入していた。

「『剛龍』第5、第6、第7戦隊全滅。国道支線から涼月市内への侵入を許してしまいました。現在、本州から増派された74 式戦車の戦車大隊がカバーにまわっていますが、侵攻速度が速すぎて対応できません。」
「航空支援はどうした? 」
「航空軍は、戦力の7割を失っています。陸上軍の攻撃ヘリを中心に低空域からの支援攻撃を展開していますが、数が多すぎて……。」
霧山司令は、通信オペレーターの回答に腕組みしたままだ。
「司令。このままでは、部隊が分断されて各個撃破される恐れがあります。帝都防衛を諦め、後退しましょう。三塚の『蒼龍』2号機も大破して放棄されています。弾薬も消耗が激しい上に、損害が大きすぎます。」
須藤副司令が、進言する。
フライアと連携して帝都・涼月市を死守する考えだったが、そもそも敵の侵攻目的は、単に拠点確保という意味しかないはずだ。
後退は戦術的な敗北となって士気の低下を招くかもしれないが、戦略的には固執する理由はない。
戦いは、始まったばかりなのである。
短期決戦ではなく、長期戦を視野に……。
霧山司令が、口を開こうとしたその時、アダムFEのレイモンド少将が司令部内に入ってきた。
「待たせたな。キリヤマ! 」
オペレーターが入ってきた通信を確認し、飛び上がって報告する。
「司令。援軍です。アダムNAのリーランド少将指揮下の機動歩兵第1軍、ブアマン少将指揮下の第2軍、スペンス准将の第3軍が到着。戦線後方に空挺降下を開始しました。」
「アダムEU、アダムOA、アダムCS各機動歩兵部隊より通信が入りました。我れ、涼月市上空に空挺降中。」
「アメリカ太平洋艦隊バーニー中将より。空母CVN78『トーマス・C・キンケード』より、無人攻撃機FA45発進。「モンタナ」、「ミズーリ」他よりトマホーク巡航ミサイルで「アインⅠ」に対する航空攻撃を行うとのことです。」
「DD重工の佐々木会長より、緊急連絡。工場で完成したばかりの機動歩兵「剛龍」13機、試作機1機をトレーラーで運んでいるそうです。パイロットの派遣と、実弾装備の提供を求めています。」
霧山司令は、顔を紅潮させて立ち上がる。
「よしっ。残存機動歩兵軍を「蒼龍」を中心に再編。対次元変動対応部隊は、総力をあげて反撃せよ! 機材を失った機動歩兵戦隊は、DD重工と連絡、『剛龍』を受領して、戦線に復帰せよ。」
レイモンド少将が側に立って、霧山司令とがっしり握手する。
「援軍……感謝する。」
「当然だ。これは、日本だけの戦いではない。人類の存亡をかけた一戦なんだ。」
霧山司令と須藤副司令の赤い目を見て、レイモンド少将は、微笑む。
「我々は、負けんよ。絶対に……。フライアも必ず、助けにきてくれる。」

反撃は、グアム基地から飛来したステルス爆撃機B2による精密誘導ミサイル、艦隊から発射された巡航ミサイルなど、アウトレンジからのミサイル攻撃で始まった。
その攻撃の合間に、CPS「ブラック・ベアⅡ」の大群が輸送機から空挺降下していく。
帝国軍は、対次元変動対応部隊を中心に、アダム側から供与された「シルバーイーグル」十数機、工場からロールアウトしたばかりの機動歩兵で編成された新規部隊を加えて再編、国道での反撃を開始した。
涼月市内へ進入した「アインⅡ」「アインⅢ」に対しても、CPS「ブラック・ベアⅡ」の大群が輸送機から空挺降下し、市街戦を繰り広げて駆逐していく。
SEBを外したものの、システムFがフル起動した「ブラック・ベアⅡ」の性能は格段に向上し、「アインⅡ」「アインⅢ」ともほぼ互角に戦っていた。
標準装備したレールガンは、「アインⅡ」「アインⅢ」の防御シールドをぶち抜き、近接戦闘に持ち込んで圧倒していく。
激戦の範囲は、道東の三分の一まで拡大し、激しい攻防が続いた。

「味方だ。」
フライアの防御シールドに守られながら、日高は空挺降下してくる「ブラック・ベアⅡ」の大群に、思わず声をあげる。
防御シールドの外では、不思議なインディアン姿の男が、「アインⅡ」を相手に、信じられないことに素手で立ち向かっている。
力が……力が欲しい。
フライアの防御シールドに守られてばかりの自分が情けなくなってくる。
日高は、ポケットの中のシステムFを握り締める。
「ん? 三つ? 」
ポケットの中に、3つシステムFをあると感じたそのとたん、日高の身体に異変が起こった。
身体全体が金色の光に包まれ、黒いゴムのようなものが、身体の表面を覆っていく。それは見ているうちにサイズこそ違うものの、使い慣れた機動歩兵「剛龍」そっくりの形状に変化していく。
フライアとなった由梨亜は、変身していく日高と目が合うと微笑む。
その防御シールドの背後から、一機の「アインⅢ」が無限軌道をきしらせながら、猛スピードで突っ込んでくる。
「あぶないっ! 」
日高がジャンプし、フライアの展開している防御シールドを突き抜けて、「アインⅢ」に強烈なカウンターパンチを見舞う。
バキーン!
「アインⅢ」の首がへし折れ、球体状の頭部が、アスファルトの道路に落下して、グシャッと潰れる。日高は着地と同時に右腕からスピアを展伸し、今度は、無限軌道のついた3本脚のうちの1本を叩き斬る。
バキバキイィィィーッ!
構造材が機体重量を支えきれなくなり、頭部を失った胴体もアスファルト道路に倒壊する。
やれる……。これなら、なんとか戦える。
日高は、身体に装着された機動歩兵もどきの性能に、高揚感を覚えてフライアを振り返った。
「……? 」
そこにフライアの姿はなかった。
見回すとインディアン姿の男と遥が、並んで立って見つめている。
さっきまで、次々と襲ってきた「アインⅡ」や「アインⅢ」だが、新たな姿が現れる気配はない。しかし、市街地の各地から聞こえる爆発音や破壊音は、援軍の「ブラック・ベアⅡ」部隊と「アイン」の集団との間で激しい戦闘が続いていることを示している。
「遥っ。フライアは……由梨亜は、どこだ? 」
日高の問いに、遥はポツリとつぶやく。
「行っちゃった……。」
「え? 」
「一人で行っちゃったの……。」
日高が唖然としていると、遥の側にいるインディアン姿の男が、たどたどしい日本語で話しかけてくる。
「戦士。魂ノ伴侶。……後ヲ追ウツモリカ? 」
「? ……当たり前だ。」
「『フライア』ワ、死ヲ覚悟シテイル。ダカラ……オ前ガ来ルコトヲ、望ンデイナイ。」
日高は、その問いかけに笑って答える。
「死なせない。『フライア』は……いや由梨亜は、絶対に死なせない。」
「ソノ程度ノ力デ……何ガ出来ル? 『アインⅣ』ノ力ヲ甘ク見ルナ。」
「ご忠告ありがとう。だけど、俺は行くよ。全力で由梨亜を守るよ。行かなきゃダメなんだ。そうだな……。由梨亜は……俺が行かないと絶望して何をするかわからないから……。」
日高は、そう言うと、ジャンプした。
目的地は、フライアと「アインⅣ」が戦っている戦場だ。

「行かないの? 」
人の気配がなくなった通りで、遥がナーヒンに問いかける。
「……ナゼ? 」
「……なんとなく……。」
「私ニ 戦ワナケレバナラナイ理由ワ、無イ! 」
キプロ(ナーヒン)は、少し苛立ったように言い放つ。
「ごめんなさい。あたし……頭悪いから……うまく言えないけど……。ナーヒンが、あたしの思う通りの人だったら……きっと、そうすると思うから。」
キプロ(ナーヒン)は、その言葉に衝撃を受ける。
論理で説得してくると思っていたのだ。
「ソンナ期待ヲ、サレテモ……ナ。」
「ごめんなさい。ごめんなさい。無茶なこと言ってしまって……。」
「ナニッ! 私ガ、恐レテイルト言ウノカ? 」
キプロ(ナーヒン)が怒ったのを知って、遥はビクッとする。
「ごめんなさい。今、言ったこと……忘れて。私もわからないの。ナーヒンに、もしも何かあったらと思うと……心配だし……。由梨亜たちも助けたいけど、あたしには何の力もなくて……。本当は、自分で何とかすべきなのに……。今まで、あたし、ずっと逃げていてばかりだったから……。」
キプロ(ナーヒン)は、シュンとなりながら懸命に取り繕っている遥を黙って見つめる。
そのインディアン姿の表情には、温かいまなざしが宿っていた。
それは、キプロ(ナーヒン)にとって生まれてはじめて感じる不思議な感覚だった。

リーランド少将指揮下の機動歩兵第1軍、ブアマン少将指揮下の第2軍、スペンス准将の第3軍は、「アインⅠ」を守る「アインⅣ」に行く手を遮られ、苦戦を続けていた。
円盤型の大型輸送母艦を奇襲攻撃で爆沈させ、周囲に展開していた「アインⅡ」や「アインⅢ」は、あらかた撃滅したものの、「アインⅣ」には、通常兵器はことごとく弾かれ一向に損害を与えられない状況が続いていた。
「リーランド少将。第一戦隊ヒッグス大尉より、緊急連絡。「アインⅣ」さらに多数出現。弾薬の補充を求む。」
「空挺降下させた補給物資があるだろう。」
「こちら、ヒッグス。弾薬は、すでに八割を消費。『ブラック・ベアⅡ』は、システムFのおかげでエネルギーの心配はないようですが……このままでは白兵戦しか方法がなくなってしまいます。」
戦線後方にMV22「オスプレイ」で降下し設置された現地司令部には、苦闘の状況が次々と伝えられる。
それは、ブアマン少将指揮下の第2軍、スペンス准将の第3軍も同様だ。
リーランド少将は、急造の野戦指揮所のテントから出ると、木々の間から見える前線の様子を双眼鏡で確認する。
巨大なカブトムシのような姿の「アインⅣ」が十機、「アインⅠ」を守るように周囲に展開し、防御を固めている。
天空から煙の尾を引いて多数の巡航ミサイルが「アインⅠ」に突っ込んでいくが、「アインⅣ」の両腕から発射されるビームが一瞬にして消滅させてしまう。
その「アインⅣ」の周囲は、次々と浴びせられる火力に反応して真っ赤だ。
おそらく強力な防御シールドで覆われているのだろう。
「あいつさえ……『アインⅣ』さえ、いなければ……。」
リーランド少将が歯軋りしながら見つめていると、突然、ゴマ粒のような人影が、一機の「アインⅣ」の側に現れた。
「アインⅣ」を包む赤い球状の膜を金色の膜が包み込み、雷鳴のような音と火花を散らしながら急速に縮んでいく。
ズグワアアアーン!
地響きのような空震が轟き、金色の球状の膜が一瞬拡大したものの、瞬時にしぼんで消滅する。そこに「アインⅣ」の姿はない。
「! ……『フェアリーA』だ。メシアが来た……。」
リーランド少将は、すぐに野戦指揮所のテントに引き返した。
 
 

 

20-(7)巨人降臨

フライアは、激突覚悟で、「アインⅣ」の至近距離に空間転移する。
 二機目の「アインⅣ」の背後に回ると、そこから他の「アインⅣ」に向けて光波カッターを最大サイズまで拡大して、連続して撃ち出す。
 全幅十メートル近い光のブーメランは、弧を描いて飛んで、三機目の「アインⅣ」に突進する。
 「アインⅣ」の両腕から放たれたビームがそれを迎え撃つ。しかし、ビームが命中する瞬間、光のブーメランは消滅し、次の瞬間、「アインⅣ」の防御シールド内部に突然出現して、「アインⅣ」を真っ二つにする。
 四機目の「アインⅣ」は、象のような首の先についたアンテナを点滅させ光のブーメランの軌道上に別の空間を作り出し、攻撃をかわす。
 フライアに背後につかれた二機目の「アインⅣ」は、腰部のサイクルレーザー砲塔を旋回させ、掃射してくる。しかし、レーザーが達する前にフライアは再び空間転移する。転移先は、四機目の「アインⅣ」が、光波カッターをかわすために、自身の体の間に作った空間だ。
 四機目の「アインⅣ」の間に生じた空間に現れたフライアの手には、機関銃が握られている。それが片側の「アインⅣ」の胴体に向け猛射を始める。
ズガーッ。ズガガーッ。
機関銃は、毎分千発の発射能力を持つミニミだ。
フライアは、銃下部弾倉の弾丸をすべて撃ち尽くすと、ミニミを捨てる。
その手に今度は、1メートルほどのパイプ状の武器が現れ、反対側向けて肩に担ぐ。
 それは、84ミリ無反動砲「カール・グスタフ」だ。
 バックブラストの火炎と煙を発して、発射された砲弾が、「アインⅣ」の内部に飛び込んでいく。
 別空間とともにフライアが消えた時、「アインⅣ」は外観上、何の損傷も受けたようには見られなかった。しかし、しばらくすると装甲板が内部からボコボコと膨らみ、亀裂が生じた部分から薄く煙が上がり始める。動きも停止し、その周囲に張られていた赤い膜も消えてしまう。
 どこからか飛んで来たレールガンの一撃が、「アインⅣ」の腹部を貫通すると、真っ赤な火柱をあげて爆発四散する。
次っ! え?
フライアは、空間転移したところで、目標の移動を確認する。
ほぼ無敵に近い「アインⅣ」は、ほとんど定位置から動くことはなかった。しかし、突然のフライアの接近戦に三機を失ったためか、「アインⅣ」の布陣に変化が生じつつあった。
反重力場推進を使って、空間を捻らせながら、「アインⅣ」が移動していく。
 「アインⅠ」を防御するための単純な円陣から、三機単位のデルタフォーメーションに切り替わっていく。その意図は不明だが、考えている余裕はない。
 フライアは、再び一機の「アインⅣ」を特定し、その背後に空間転移する。
ブォォォォォン!
そのとたん、フライアを高周波砲の直撃が襲う。
しまった……。
フライアの寄生体の部分が悲鳴をあげてパニックに陥る。
無意識に固めた防御シールドに、両側の「アインⅣ」からサイクルレーザー砲の雨が降り注ぐ。
高周波砲の直撃から逃れようと、フライアは急上昇するが、向けられる高周波砲の数は増え、さらに威力を増すばかりだ。
聴覚器官から脳髄に錐を撃ちこまれるような激しい激痛が走り、視界が暗転しかかる。
ドグワァァァァン!
すさまじいロケット噴射の尾を引いて、スピアを展開した一機の機動歩兵が猛スピードで「アインⅣ」を背後からぶち抜く。
大破した「アインⅣ」を確認して、他の二機の「アインⅣ」がフライアに向けていた高周波砲をビーム砲に切り換え、機動歩兵に向けて発射する。
しかし、機動歩兵はビームをかわし、急上昇する。ビームが捕捉したのは、背後から機動歩兵に大穴を空けられ、大破した「アインⅣ」だ。
ズドォォォォォォォン!
天空まで届けとばかり大爆発が生じて、爆煙が火山の噴火のように立ち上り、黒煙が辺り一帯に立ち込める。
「由梨亜っ! 」
飛び込んできた声に、フライアとなっている由梨亜の意識がもどってくる。
(日高さん……。)
フラフラしながら、かろうじて空中に浮かぶフライアの側に、日高の「剛龍」が駆け上ってくる。その背には、フライアと同じ羽が羽ばたいている。
(すごい……。なんで……そんなに……私のために……。)
フライアの瞳が、涙でにじむ。
来てくれると信じていた。
きっと助けに来てくれると信じていた。
それでも心の奥底では、信じきれない自分がいて、由梨亜の心は揺れ動いていた。一人でいると不安に押しつぶされそうで、日高といる時は、身体で愛を確かめ合うことで安心感を得ようとした。今は、壮絶な戦いの中に身を置くことで、その不安を忘れようとしていたのだ。
「こいつら……もう許さん。」
日高の頭髪が逆立ち、怒りのオーラが周囲に拡散していく。
それと同時に、日高の「剛龍」の周囲に黒いボールが次々と現れ、その機体に張り付いていく。三十個近い数が張り付いたとき、日高の「剛龍」は、ほぼ「アインⅣ」と互角の大きさになって、地上に降り立っていた。
巨大機動歩兵!
想定外の敵の出現に、「アインⅣ」は沈黙する。

「なんだ。あれは? 」
霧山司令が驚きの声をあげる。
レイモンド少将も、須藤副司令も、ただ口をポカンとあけて、ライブ中継の映像に見入るばかりだ。
「あれは……日高一尉の7号機……。」
ペイントされた7の数字を見て、須藤副司令が答える。
「は? そんな……ばかな? 」
突然出現した巨大な機動歩兵は、一機の「アインⅣ」に組み付き、猛烈なパンチを浴びせて、横転させる。すると、もう一機の「アインⅣ」が突撃し、巨大機動歩兵は、カウンターのフックで応戦する。
一方でフライアは、別の三機の「アインⅣ」の猛攻を一身に引き受け、ビーム兵器の応酬を展開している。
そして、唯一残ったもう一機の「アインⅣ」も、地上で見え隠れする何かと戦闘を繰り広げているようだ。
「アインⅠ」を守る敵の戦力はない!
「今だ。全軍、『アインⅠ』に攻撃を集中しろっ!」

霧山司令の叫びが届いたのか、そびえたつ「アインⅠ」の周囲から、ミサイルが雨のように降り注ぎ、レーザーの白い針が次々と突き刺さっていく。
音速を超えるレールガンの弾丸が命中すると、周囲にすさまじい波動と爆発音が生じる。
それでも「アインⅠ」は、まったくびくともしない。
生き残った3機のAH1攻撃ヘリが低空から突撃し、対戦車ミサイルを至近距離から全弾叩き込み、ホバリングしながら二十ミリガトリング砲の掃射を浴びせる。
さらに、そこに千歳基地から発進したQF4「ファントム」の爆装機の編隊が現れ、一機ずつ緩降下していく。そこでようやく「アインⅠ」が反応し、塔のようにそびえ立つ胴体の各所から砲塔が姿を現し、対空砲火を撃ち上げはじめる。
しかし、被弾してもQF4は、突撃を止めない。
QF4は、旧式化したF4「ファントム」戦闘機を標的機として改造した、無人特攻機だ。火炎を引きながら、「アインⅠ」に激突し、搭載した5トンの爆弾が大爆発を起こす。
飛来した6機のうち、4機の特攻を受けたが、「アインⅠ」はまったく無傷だ。どうやら「アインⅣ」などとは異なる防御シールドを展開しているようだ。

「どけーっ! 」
日高は、2機の「アインⅣ」の首を捻じ切って完全に叩きのめすと、フライアと交戦している1機にタックルし、そのまま「アインⅠ」に激突させる。
グシャベキベキ……ッ!
完全にスクラップと化した「アインⅣ」を抱え上げ、「アインⅠ」に叩きつける。「アインⅠ」は、叩きつけられた「アインⅣ」の残骸をクレーンのような腕で払いのけ、日高の巨大機動歩兵に鉤爪を突きたててくる。
ガシィィィィィィン!
巨大な身体があれば、どんな敵でも白兵戦でも戦える。
それが日高の結論だった。
必死に受け止めた日高の目の前、「アインⅠ」の胴体の一部がスライドし、巨大な砲口が現れる。
(日高さん! ダメっ! 逃げてっ! )
突然、由梨亜の絶叫が頭の中に響き、日高は、至近距離から撃ちこまれるビームを避けようとするが間に合わない。
ズバッ! ドムッ!
鈍い音がして、巨大機動歩兵の胴体をビームが貫く。さらにビームは、一瞬にして巨大機動歩兵の左腕まで消滅させる。
日高の巨大機動歩兵がよろめき、膝をつく。
止めを刺そうとする「アインⅠ」に、周囲から残った機動歩兵「蒼龍」、「剛龍」、CPS「ブラック・ベアⅡ」がわらわらと殺到する。
「アインⅠ」は、自らの身体に機動歩兵やCPSが取り付き、破壊活動を始めるのを無視するかのように、ほとんど動かず、日高を牽制する。
「ブラック・ベアⅡ」から発射されたレールガンが、「アインⅠ」の対空砲台を破壊し、頭部のレーダー状のアンテナを叩き壊す。それで「アインⅠ」は、特に機動歩兵を払いのけるでもなく、じっとしたままだ。
巨大なビーム砲の砲口が、クイッ、クイッと小刻みに動き、日高の巨大機動歩兵が動けば即座に発砲する構えを見せている。
その間にも、東一尉の「蒼龍」が、スピアで装甲板を破壊し、内部へ突入する道を切り開く。
一方、2機の「アインⅣ」をようやく撃破して、フライアは、巨大機動歩兵の頭部に飛びついた。
(日高さん! だいじょうぶ? しっかりして! )
フライアの声を聞いて、巨大機動歩兵の頭部がパクッと開く。そこに日高がいた。見たところ無傷だ。
「だいじょうぶ。俺の方はビームの直撃は受けていない。」
日高の答えに、フライアはほっとして、巨大歩兵の肩に座り込んでしまう。
「それより、あと一息だ。あとちょっとで、『アイン』たちを全滅させられる。」
その間にも、「アインⅠ」の巨大な腕が根本から破壊され、へし折れる。胴体各所から上がる黒煙を見ても、「アインⅠ」が確実に破壊されつつあるのはまちがいなかった。
戦場をモニター画面で確認していた霧山たちが、勝利を確信した時、突然それは起こった。
バリバリバリーッ!
「アインⅠ」の全身から稲妻のような光が周囲に放射された。
「? 」
バンッ!
強烈な電気ショックのようなエネルギー衝撃波が、日高を襲う。そのショックに、フライアが反応し、瞬間的に防御シールドを張って、日高とフライアは守られる。しかし、機動歩兵やCPS部隊は無事では済まなかった。
「アインⅠ」の身体からバランスを崩し、力を失って、バラバラと地上に落ちていく。
「東一尉っ。三塚っ。みんな……。」
あまりにも一瞬のことに日高の心臓が凍りつく。
みんな……まさか……そんな。
恐ろしい予感が頭をもたげてきて、身体が震えだす。
(だいじょうぶ。……死んではいない。意識を失っただけ……。)
「由梨亜……。」
(三塚さんも、東一尉も、宮里一尉も、比嘉二尉も、吉田二尉も……みんな、みんな無事よ。生きてる。)
「よ、よかった……。」
日高がほっと胸をなでおろしている間に、「アインⅠ」に大きな変化が起こりつつあった。
キリンのように長い首が根本から折れ、胴体が真っ二つに裂けていく。
そして、バラバラになった残骸の中から、一条の光が立ち上がる。
「な、なんだ? 」
(とうとう……裂けてしまった……。)
フライアが唇をかみ締めて見つめる先で、光は、ファスナーを開くかのように2つにパックリと割れて、円形に開いていく。その円の中にぽっかりと水面のような漣が広がり、鏡のように光を反射している。
そして、漣が収まった時、日高は、驚きのあまり目を瞠る。
巨大な光で囲まれた直径数百メートルに及ぶ円の向こうには、まったく別世界が広がっていた。
青く澄んだ青空の下、緑豊かな大地に伸びるコンクリートの道路。その向こう側に、びっしりと並んでいるのは、数十機の「アインⅣ」をはじめとする侵攻軍の一大戦力だ。
「アインⅡ」だけでも数百機、その他、見た事のない機種も含めると、総数は数千機を超えるかも知れない。
国防軍やアダムが総力をあげて撃破した「アイン」の数を遥かに上回る圧倒的な戦力を目の当たりにして、日高は脱力感に襲われた。

 

20-(8)裂けた次元~オプションZ発動~

「多すぎたんだよ……。我々は、奴らの侵攻をあまりにも多く許してしまった……。次元の壁は、その過剰な負荷の蓄積に耐えられなくなったんだ……。」
 対次元変動対応部隊の司令部で、レイモンド少将がかすれた声をあげる。
「次元ポケットとか言うものではないのですか? 」
 霧山司令が尋ねる。
「ノゥ。あれは次元断層だ。それも桁違いの……。あの向こう側は、「アイン」たちの世界につながってしまっている……。」
「切り離すことは、できないんですか? いや、ひょっとしたら、ひとりでに消えてしまうかも……。」
 須藤副司令が上ずった声で質問する。
「そうであればいいが……。我々の次元世界の壁が裂けてしまった……のだ。そのままでは元に戻ることはないだろう。それどころか、あの向こう側から、さらに「アイン」達が侵入してくれば、さらに裂け目は大きくなっていくだろうな……。」
 レイモンド少将の言葉は冷静だが、その語る内容は絶望的なものだ。
「なんとか……なんとかできないんですか? 」
 霧山司令の悲痛な声が司令部内に響く。
 その時、オペレーターが、外部からの通信を告げる。
「し、霧山司令。レイモンド少将。合衆国大統領から緊急連絡が入っています。衛星回線を使ったテレビ会議システムで対応します。」
 やがて、司令部内の大型モニターに、パワー大統領の顔がアップで映し出された。
「レイ! 私だ。そちらの状況は確認済みだ。これからZオプション、『青い盾』を発動させる。」
「大統領。使えるんですか?あれはまだ研究開発中では……。」
 レイモンド少将が、驚いたように確認する。
「そうだ。『青い盾』は、技術上の基礎研究が終わって、地球全領域展開のための試作機が完成したばかりだ。だが、こうなってしまったら、それに賭けるしかないだろう。」
 白瀬やオペレーターの同時通訳で、霧山たち日本人の司令部要員も、大統領の話の内容を少しずつ理解していく。
「『青い盾』とは……一体なんです? 」
 霧山司令の質問に、レイモンド少将が答える。
「『青い盾』は、対次元防衛シールドシステムのことだ。崩壊しつつある次元の壁を修繕するパッチのようなものと考えていいだろう。
 次元超越獣を完全に駆逐できないなら、入ってこれないように、次元の壁にさらに別の防御のための壁を作る。あるいは壊れかけた次元の壁を元に戻すというコンセプトで開発が進められてきたものだ。アダムが考案した究極のプランだ。」
「そんなすごいものが開発できていたのなら、なぜ早く使わないんですか? 」
「いろいろあって……な。」
 レイモンド少将が言葉を濁す。
「話は後だ。……テスラ派の科学者たちの同意もすでに得て、現在起動させるための準備を進めているが、現地の諸君には、どうしてもやってもらわなければならないことがある。」
 モニター画面の大統領が、話に割ってはいる。
「? 」
「裂けた壁の向こう側から、これ以上の敵の侵入を阻止してもらいたい。わかりやすく言うと、『青い盾』が稼動して壁をつくるまで、敵を拘束して欲しいのだ。」
「無理です。すでに我々は、ほとんどの戦力を失っています。今頼りにできるのは……。」
 霧山司令の視線の先を皆が追う。
 そこには、フライアがズームアップされたモニター画面が映っている。
「私が……頼もう。」
 レイモンド少将が、ポケットから携帯電話を取り出す。
「え? 」
 司令部にいた全員が、目を剥いてレイモンド少将を見つめるが、少将は、その奇異なまなざしを無視し、電話をかけはじめる。
 すると、ズームアップされたモニター画面のフライアが、いつの間にか携帯を手に持って、耳の辺りにあてている。
「フライア? 私だ。レイだ。」
 モニター画面のフライアがうなずく。
「いいか。よく聞いてくれ。この前話した通り、これからオプションZを発動して、次元の壁をこちらで強制的に閉じる。だから、これ以上の敵の侵入を防いでもらいたい。やってくれるか? 」

 フライアは、持ってきた携帯電話でレイモンド少将からの連絡を受ける。
 オプションZのことは、前にパワー大統領と会った時に、説明を受けて知っている。次元の壁がもろくなりつつあることも、この1年の間に次々と次元超越獣が現れたことで理解しているつもりだ。
 ニーズヘグ(システムF)の使い方としてどうかと思うところはあるが、この世界の選択は尊重せざるをえないだろう。
 裂けた次元の壁を越えて、これ以上「アイン」を侵入させないために……。
(日高さん。私が盾になるから、日高さんたちは、ここで敵が入ってこないように見張っていて。)
 フライアは、日高の巨大機動歩兵の肩から飛びあがる。
「まった。俺も行くよ。」
(そんな力は、もうないでしょ? )
「いや、まだやれるよ。」
 日高の傷ついた巨大歩兵の周囲に数十個の黒い玉が現れ、巨大機動歩兵に次々と融合していく。胴体に開いた穴がふさがれ、失われた左腕が再生されていく。そして、機動歩兵はさらに巨大化する。
「どうだ。」
 日高が自信満々の笑みを浮かべて、ウインクする。
(ダメよ。オプションZが発動して、次元の壁が閉じれば、二度とこの世界に戻れないかもしれないのに……。)
 フライアが目線を逸らす。
「それは、由梨亜も一緒だろう? 由梨亜だけに戦わせるなんて、できないよ。俺たちは戦友だ。一緒に行くよ。」
 その言葉に、フライアの瞳が潤み、涙がこぼれ出す。
巨大機動歩兵の手があがり、巨大な人差し指がそっとフライアの髪をかきあげて、頬を伝う涙をぬぐう。

「行クガイイ。戦士達。共ニ信ジ、愛スルモノノタメニ。」
 いつの間にか、裂けた次元の壁のそばに、奇妙なインディアンが立っている。
「? 」
「ココワ、私ニ任セロ。」
 インディアンが厚い胸板を叩く。
「誰だか知らないけど。ここにも頼りになる人がいるようだし……。二人なら、どんな所だって平気さ。」
 日高の言葉にフライアがうなずく。
 そして、裂けた次元の壁の向こう側で、「アイン」たちが動き出したと同時に、フライアと日高の巨大機動歩兵は、次元の裂け目を越えて突撃していった。
 二人を迎え撃ったのは、三十機を超える「アインⅣ」だ。
 金色の防御シールドと真っ赤な防御シールドが激突し、白色のビームが交差する。
激しい戦闘が展開されると同時に、次元の壁に水面に広がる漣のような波動が生じて、向こう側の世界が見えなくなる。
静寂の時が続く。

 数十分後、直径数百メートルの巨大な次元の裂け目は、次第に収縮しはじめ、やがて光の点となって完全に消滅した。
 後に「道東決戦」と名付けられた次元超越マシン「アイン」との戦闘は、それをもってプッツリと終了した。
それは、信じられないほどあっけない幕切れだった。
戦場のあちこちでは、1時間前まで戦闘に参加していた兵士たちが呆然と立ち尽くして、虚空に消えた裂けた次元の壁のあたりを見つめ続けていた。

(エピローグ)

次元超越獣との戦いは、こうして幕を閉じた。
あまりにも荒唐無稽な出来事は、一般にはあまり信じられていない。
アメリカ軍や日本国防軍が地球外知的生命体、いわゆる宇宙人の侵略を隠すために創ったでっち上げだという一部天文学者のコメントもあって、今では多くの国民が疑惑を抱いている。
結局のところ、その場にいた当事者たちだけが知っている事実として、無関係な多くの人々の間からは忘れ去られることになるかもしれない。
だけど、私は忘れない。
空から舞い降りてきた怪物をたった一本の熊手でやっつけた、強くて勇気あふれるお姉さまの存在を……。
噂では、妖精となってこの世界を守って戦うヒロインだったとも言われているけど、今となっては確かめる術はない。
けれど、私は、信じている。
私を救うために戦ったお姉さまのことを……。
あれから四年。
ニ〇一四年夏。
観光で訪れた沖縄の夏の日差しは、朝から強い。
塩気を含んだ湿った空気。
朝日を受けてキラキラと輝くコバルトブルーの海は、亜熱帯の海へと私を誘う。
ホテルから出た私は、那覇市の離島航路ターミナルビル「とまりん」の2階デッキのチェアーに座って、その日の日程をどうしようか考えていた。
目の前の岸壁では、粟国島行きのフェリーが出航の準備を進めている。
粟国島は、人口七百人程度の小さな島だ。
小さな島だけど、そこには火山性の個性的な景観もあって、近年観光客の間で人気が高まりつつあって、フェリーにも意外と多くの観光客が乗っている。
いつか私も行ってみたいな。
そう思いつつ、フェリーの最上階デッキに座っている一人の女性に目が行く。
小さな赤ちゃんを抱えたラフな服装で、観光客という雰囲気ではない。
地元の人?
そこに大きなバッグを抱えたひとりの男性が寄ってきて、その女性と何事か話している。
女性の顔に笑顔がこぼれる。
その仲睦まじい光景は、幸せ一杯の家族のひとコマだ。
「! 」
小さな赤ちゃんを抱いてあやしている女性の面影に、慨視感を感じて、私は思わず叫んでしまう。
「ゆ……由梨亜お姉さまっ……。」
女性が、私の声に気づいたのか、こちらを見て軽く微笑む。
ボーッ。
汽笛が鳴って、フェリーは岸壁を離れ、ゆっくりと外洋へ向かいはじめた。私は、必死でターミナルのデッキの上を駆けて、女性の姿を追う。
ああ、まちがいない。
生きていた。生きていたんだ。
「青い盾」とかいう変な機械で、時空の果てに置いてきぼりにされ、死んだとも言われていたけど……。由梨亜お姉さまは、無事に帰ってきていたんだ。
高速フェリーのデッキから手をふる女性に、私も手をふって応える。
四年の月日は、私たちの絆にとって、ついこの間のことでしかない。

今度、みんなで会いに行くね。

-おしまい-

 
 

 

(第20話完)