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超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―

渚 美鈴/作

第7話 「恐怖の世界樹 ー 二大寄生獣の饗宴 ー」

【目次】

(1)汚染都市

(2)カミングアウト

(3)事情聴取

(4)疑惑と狂信

(5)寄生生物襲来

(6)プゲルとデスタ

(7)次元シールド

(8)持久戦

(9)終局


【本文】

7ー(1)汚染都市


 その日、アラスカのアンカレッジから新東京国際空港に、一人の男が降り立った。休暇をとった彼の目的地は、漠然としていた。ただ、極東の日本帝国の旧帝都・東京という名前が、彼の脳内にある情報と結びついて、焦りにも似た思いが、彼をそこへ誘っていた。
 国鉄やタクシーを乗り継いで、やがて、彼の地の「立入禁止区域」へたどり着いた時、彼の顔に笑みがこぼれた。
無人の街に人影はない。
「立入禁止区域」の看板と、簡単なフェンスで仕切られただけの広大な都市の一角からは、その背後に隠された廃墟の様子を垣間見ることはできない。鉄とコンクリートの棺で覆われた廃墟は、放射性物質を大量に含んだ土砂や瓦礫とともに、フェンスで囲われた地区のさらに奥で眠っているはずだった。
男は、人通りがないのを確かめると、立入禁止のフェンスを乗り越え、中に入っていく。それ以後、男の姿を見たものは誰もいなかった……。
 
 ケインズ調査官は、いらだっていた。
 アダム極東方面司令部がマークした日高という人物と「フェアリーA」との関係を調べ始めたものの、関連性が疑われる過去はまったく見つけることができなかった。
 調査に最も適した場所と考えて、日本の旧帝都・東京に来たものの、着いてみると、理性的な判断では見当違いな場所のような気分に陥ってしまうのである。そのくせ、涼月市へ移動するとなると気分が乗らなくなる。少しでも気を緩めると、東京の街中を散策して歩きたい衝動に囚われてしまう。
 進展しない調査と散策への要求が満たされない不満が、ケインズ調査官をひどく苛立たせていた。ヘビースモーカーな彼にしては、めずらしく、煙草をくゆらせることがよけいに神経を苛立たせるため、最近ではただくわえているだけという日が続いている。
 明日は、日高がアダム極東方面司令部のスコッ大佐やパワーズ少尉とともに、このホテルに来ることになっている。通訳も同行してくる。
日高が何かを隠しているとすれば、必ずやしっぽを掴んでみせる。そして、「フェアリーA」、妖精と人類との直接対話の機会を作る。
それは、ケインズ調査官の強い使命感に裏付けられた強い意思でもあった。
 妖精が人類の前に降臨した例は、一九一七年の「ファチマの奇跡」と呼ばれる事件以後も、何回かあり、ADM、アダムの内部では、一九五二年にもあったとの説が広くささやかれている。それが事実なのか、デマなのか、今もって明らかにされていないが、ケインズ調査官は、事実であろうと確信している。
それは、それ以降の組織としての成熟度、活動に大きな変化が生じていることからも裏付けられる。ケインズ調査官はそう判断している。
妖精との接触が、アダムという組織に与える影響の大きさからしても最重要なテーマなのである。
 問題は、通訳のレベルだ。
ケインズ調査官の追及をしっかり伝えてくれたとしても、通訳を介している限り、追及の厳しさまでは伝わらない恐れがある。そのためには、確実な証拠を突きつけることが必要なのだが、どうも調査の結果が芳しくない。
アダム極東方面司令部からは、広島にも次元超越獣が現れたという情報が入ってきていて、その調査依頼も届いている。時間的余裕もあまりない。
すべては、明日だ。明日の結果しだいで、「フェアリーA」、妖精とのコンタクトの可能性が決まる。
ケインズ調査官は、立ち上がり、東京の夕陽をながめるため、窓辺へ向かう。
日に何度もこうして東京の景色を眺めるのだが、日差しの角度や時刻、そして天気によって、東京の街は様々な変化を見せてくれる。
部屋の壁に備え付けられた鏡の前を横切る。ふと、立ち止まり、夕陽の赤に染まった自身の姿が映った鏡を見て、ケインズ調査官は少し驚いた。
最近、過労のせいか食が進まないのだが、それ以上にひどくやせこけた自身の姿がそこにあった。
 体調不良か? という思いが頭の隅をよぎったものの、意識はすぐに窓の外の東京の景色に吸い寄せられる。
高いビルで囲まれた一角に、コンクリートの構築物で覆われた、灰色のドーム状の地区がある。のっぺりとした禿山のような印象だが、そこが十年ほど前に核の放射能で汚染され隔離された汚染地域である。
あの事件から、日本は大きな変貌を遂げた。強大な軍備を備えた帝国として再び生まれ変わったのである。極東に位置していながら、大陸の国家とはまったく国交も貿易もないという、不可思議な国となっているのだ。
 あのコンクリートの下には、大量の放射性物質が閉じ込められている。核汚染の原因は、……?
大量の放射性物質が閉じ込められている。
放射性物質が閉じ込められている。
放射性物質が……
放射性物質。放射性物質。放射性物質。放射性物質。放射性物質。
 ケインズ調査官の頭の中を繰り返し同じ言葉が流れるが、もはや、いつものことである。
 ケインズ調査官は、黙って窓の外を眺めるだけであった。

 


7ー(2)カミングアウト

 由梨亜の存在感は、学園内では半端なものではなかった。
栗色の長い髪の美少女で、自宅はお金持ちの豪邸、そして転入直後にしつこく付きまとっていたボディガードや国防軍機動歩兵パイロットの恋人の存在、さらに生い立ちの謎など、興味をひく話題が満載で、由梨亜は、よけいに謎めいた存在として、多くの生徒の注目を集めていた。
 三上の件で、1週間ぶりに登校した由梨亜は、教室に入るまでの間に、担任やクラスメート以外からも声をかけられ、その都度、体調不良の言い訳をすることになった。
本人としては、丁寧に説明しただけかもしれないが、相手からすると、普段話す機会のない由梨亜と会話ができただけで、天にものぼる気持ちだったのだからたまらない。
 1時間目の授業が終わる頃には、クラスの窓辺に他のクラスからも多くの生徒たちが押し寄せ、あまりの混雑に教師が退去を命じるまで発展していた。
 クラス委員長の福山は、その様子を見ながらあきれていた。
「まったくどいつもこいつも、ミクラザキちゃん、ミクラザキちゃんと、うるさいこと。たった1週間来なかっただけで、この有様よ。」
「私、何か、気になるようなことしたのかな。」
 由梨亜が、少し不安そうに尋ねる。
「あんたは、自分がどれだけ注目を集めているかわかってんの? 」
「どうしてみんな、そんなに私のことを知りたがるの? 自分と関係ないことなのに……」
「くーっ。これだから、この人は。同じクラスになったのも何かの縁ってもんでしょう。友達なんだから、何かあった時には、助けてくれる友が欲しいって思わないの? 」
「それはそうだけど……。」
「例えば、御倉崎さんの誕生日はいつ? 私は、十二月八日。お互いに知っていたら、一緒にお祝いしたりできるし。今、一番困っていることとか、助けて欲しいこととか。御倉崎さんは、何にも教えてくれないんだもの。」
「私の誕生日は、七月三十日だけど……。」
「七月三十日……ね。」
福山がさっそく、メモをとる。
「それで、御倉崎さんの秘密は、何かな~? 」
「えっと……。実は……私は他の世界から派遣された戦士で……今、世界を滅ぼそうとしている怪物と戦っている……ってことなんだけど。」
「………………」
 沈黙したままの福山を見て、由梨亜は、やはり信じてもらうのは無理があるかと思った。
「あ、……って言ったら、信じる? 」
 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ………………
 福山の大きな笑い声が教室内に響く。次の授業の準備をしていた他の生徒も何事かと注目する。
「ち、ちょっと。そんなに大声で笑わないで……。恥ずかしいから……。」
「お、おもしろーい。御倉崎さんって、いつも大人っぽい印象だから、そんな夢のあるジョークを言えるなんて思わなかった。意外とファンタジーが好きなんだ? ひょっとして、少女アニメの魔法少女ものとか、好きだった? 」
「ま、魔法少女じゃないけど、魔法を使う妖精は、本当にいるのよ。」
 由梨亜は、ここぞとばかり力を込めて説明する。
「妖精の姿は、光に包まれていて、よく見えないけど、背中に羽根が生えていて、私にいろいろな力を授けてくれるの。」
「普通、妖精って、そんなイメージでしょう。私は、魔法少女の方がいいなぁ。日曜の朝、テレビでやってた魔法少女アニメが、あたし好きだったんだ~。それで、どうやって変身するの? 」
 福山がニコニコしながら、追求を始める。
「む……無理よ。変身するためには、妖精の意思がないと……。私だけじゃダメなの。」
「じゃあ、魔法とか。たとえば怪獣をやっつける必殺技とか? 見たいなぁ。」
 そばから、こっそり聞いていた南が、二人の話に割り込んでくる。
「ええっ。そんなもの、ここで出すわけにいかないじゃない。それに戦うための武器をつかうためには、まず変身が必要だし……」
「どんな武器? レーザー砲とか、熱線砲とか? それとも……」
「こらっ! あんたが入ってくると、夢もロマンもなくなって、きな臭くなってくるわ。この軍事オタク! 」
 福山がたしなめるのも聞かず、南はさらにきいてくる。
「じゃ、変身ヒーローみたいに手から光線を出すとか? 」
「ああ、『ハンドメーザー』とかいう光を両手から出して、怪物をやっつけるのがある……。」
「へぇ~。その光を浴びると、怪物は大爆発を起こして消えてしまうんだね。」
「ええ。……光を強くしすぎると爆発するけど、わざと弱くして怪物の身体を焼き斬るとか、……使い方はいろいろあるみたい。」
「おおっ。おもしろいよ。他には? 」
「あと、『光波カッター』って言うんだけど、光を物質化してブーメランみたいに投げるというのがある。他にも『アームナイフ』というのがあるし……。」
「す、すごい。御倉崎さん、とってもおもしろいよ。」
「え? 」
「これは、ファンタジーというよりも、SFだよ。御倉崎さん、その方向のセンスがあるんじゃないかな? 」
「それは、あんたでしょう。話を自分が興味のある方へもっていかないの。あんたは、どいてて。」
 福山が南を無理やり話から締め出す。
「ホントに、みんな御倉崎さんと話をしたいもんだから。でも、三上さんほどじゃないけど、御倉崎さんの意外な面が見れてうれしいな。」
「そう? 」
由梨亜としては、自分の持っている秘密を正直に話して、反応を図ったつもりだったが、福山も南も、個人的な空想、冗談としか捉えてくれなかったようである。
「でも、七月三十日が誕生日ってことは、本当なんでしょう。」
「ええ。」
「じゃあ、もうすぐじゃない。夏休みにも入っている頃だし、一緒に誕生パーティーしようよ。んで、あの日高さんってパイロットは、あんたの誕生日のこと、知ってるの? 」
「いえ、話したことないから……。」
「もう、奥手なのか、進んでるのか、わからなくなるわね。仕方ない。こっちで連絡しとくから。」
「え? 日高さんの電話番号知ってるの? 」
「はぁ? この前、三上さんから預かってた手紙届けさせた時に、聞いておいたんだよ。あんた、知らないの? 日高さんの電話番号? 」
「だって、携帯も持ってないし、電話する機会がないから……。」
「お金持ちが、携帯持ってないって、おかしくない? 親に頼んで買ってもらったら? 」
「親……・。」
 福山の何気ない言葉に、由梨亜の身体がビクッと反応する。それは、福山から見てもわかるほどのものだった。
「……頼めないの? 」
「ごめんなさい。できないの……。」
「そ、そう。じゃあ、何かあったら、貸してあげるから。」
 由梨亜の暗い表情を見て、何かとても聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、福山は返す言葉をなくしてしまった。
 2時間目の授業開始1分前を告げるチャイムが鳴り響き、生徒たちがわらわらと席に戻り始める。
 福山も前を向いて、2時間目の教科書を机の中から出す。
由梨亜の隣の席に、南が戻り、あとでまた話を聞かせてと告げて、同じく次の教科の準備をする。

 福山は、広島から転入してきて事件で再び帰ってしまった三上が言っていたことを思い出していた。
 御倉崎は、一度、死にかけたことがある。
復讐はダメ。
それを繫いで推察すると、御倉崎が抱える問題はただ事ではない。
御倉崎は誰かに命を狙われた。かろうじて助かったのだろうが、復讐ということになると、大切な誰かが命を落としたということになる。
ひょっとしたら、御倉崎の周りの厳重な警備は、そんな彼女を守るためだったのかもしれない。
でも……、福山は思う。
ひとりの普通の女子高校生の命を狙うとなれば、その目的は何だろう?
怨み?それとも財産目当て?
佐々木というお金持ちの家に住んでいることからすると、やはり財産が絡んでいる可能性が高い。相続争いかしら?
「親」という言葉に対する御倉崎の反応も、とても聞いてはいけないものに触れたような感じだった……。
それとも、彼女が言ったように、正義のヒロインを狙う悪の手下?怪獣?
南とこの前デートした時、ここ最近、週刊誌などで、不思議な現象が起こったとか、空飛ぶ怪物を旅客機の乗客が目撃したとかいう報道が続いているという話を聞いたことがある。
バミューダトライアングルが日本近海にあったとか言われているものの、それでも、怪獣とヒロインが街中で戦ったという話は聞いたことがないし……・。
やがて、教室に英語の男性教師が現れた。
「委員長、号令。」
我にかえって、福山は、慌てて号令をかける。
「起立……」
そして、2時間目の英語の教科が始まった。

 


7ー(3)事情聴取

「日高一尉は、本当に次元超越獣とか、妖精とかのお知り合いはいないんですよね? 」
「いないって、何度も言ってるだろ。」
 白瀬唯のしつこい質問に日高はうんざりしながら答える。
 日高と白瀬は、旧帝都内の宿泊所からタクシーで、指定された高級ホテルに向かっていた。
ホテルでは、アダム極東方面司令部のスコット大佐とパワーズ少尉、それにアメリカから派遣された調査官が日高を待っているという。
「でも、日高一尉の場合、何かと次元超越獣に縁があるみたいで、私、今日は通訳として同行していますけど、不安なんです。また、次元超越獣が現れるんじゃないかって……。」
「オーバーだよ。それに次元超越獣とは、第1戦隊の斉藤や比嘉も広島でつい最近、交戦したじゃないか。俺だけが特に縁があるんじゃないよ。」
「じゃあ、妖精との関係は、どうなんです? 」
「それは……むしろこっちが知りたい。」
 そこで日高は一枚の写真を取り出し、白瀬に渡す。
 駐屯地の整備工場で撮影されたビデオ映像から起こした妖精の写真だ。
「これが……妖精? 」
「本当に、背中に昆虫の羽が生えていて妖精のかっこをしているけど。黒のボディスーツとか、金属的な甲冑、白いブーツとか見ると、洗練された戦闘衣装という感じで、ただのファンタジーの世界の住人じゃないと思うんだ。」
「日高一尉は、この妖精とお話をしたこともあるんでしょう? それなのに、何もわからないんですか? 」
「そう言われてもねぇ。第一、彼女はしゃべらなかったから……。」
「あれ? 名前も知ってたじゃないですか? たしか、フライアとか……。」
「フライアじゃないかと思う。自信はないけどね。彼女の口の動きから、そう読んだだけだよ。」
「そうですか……。でも、金髪とか風貌からすると本当にきれいな外人さんみたいですよね。知ってます? 私、調べたんですよ。フライアって。フレイアとも呼びますが、北欧神話の女神の名前なんですよ。」
 白瀬は、日高に妖精の写真を返しながら言った。
「北欧神話は、キリスト教伝来前に北欧に住んでいたゲルマン人たちが信仰していたもので、2つの神の一族と敵対する巨人族の戦いの物語なんです。その一方の神の一族の中に、フライアって言う女神の名前があるんです。フライアは、愛と豊穣、そして戦いの女神なんですよ。」
「戦いの女神か……。次元超越獣と戦うという意味では当たっているな。」
日高は、白瀬の説明に感心する。
「性的な意味でも自由気ままとか、いろいろな逸話が伝えられていますけど、これほど多面性を持った女神はいないとも言われています。それと、金曜日は欧米ではフライデーといいますが、これは、フライアの名前からきているんです。つまり、金曜日はフライアの日だから、フライデーなんだそうです。」
「そうなの? ぼくは、金曜日は、キリスト教で肉を食べない日で、代わりに魚のテンプラを食べる日だから『フライデー』かと思っていたけど……。」
「そんな話、聞いたことありません。」
 白瀬は、日高の話を一蹴する。
「単なる偶然かもしれませんが、この事件については、ファチマの奇跡とか、ヨーロッパの宗教絡みなので、この名前にも何か意味があるのかもしれません。一尉は、どう思います? 」
「そうだね。はっきり言って、ぼくにはまだわからないよ。……あ、そろそろホテルに着くな。降りるよ。」
 二人の乗ったタクシーは、目的地のホテルの玄関前に入っていく。
 ホテルの玄関前でタクシーが止まると、ホテルのボーイがドアを開け、荷物の有無を確認する。先に玄関からロビーに入ったところで、日高の携帯が鳴った。
「? 」
 携帯のディスプレイに表示された相手は、御倉崎の通うクラスの委員長・福山と出ている。気になった日高は、電話に出ることにした。
「はい。日高です。」
「あ、福山です。日高一尉、今だいじょうぶですか? 」
「ええ、何か、急用ですか? 」
「今月の30日の夕方、時間空いていますか? 」
「? 」
「実は、その日、御倉崎さんの誕生日なので、皆でパーティーを開こうかと思っているんです。それで、日高一尉にも、ぜひ参加して欲しいと御倉崎さんが言うもんですから……。
(ちょっと待って。私、そんなこと言ってない……。あれ? 日高さんに来てもらいたくないの? ……。ほら、みなさい。そんなストレートに言うと恥ずかしいし、第一、日高さんの都合も考えないと……。何言ってるの。来て欲しいの、欲しくないの? ……それは……・。)」
 携帯の向こうから、福山と由梨亜の会話が聞こえてくる。
 日高は、苦笑しながら、携帯に呼びかける。
「もしもし。聞こえるかい? 」
「あ……ごめんなさい。御倉崎さんが話したいって、うるさいから、今、代わるね。
(ほら、素直に来て欲しいって言いなさい。)」
 携帯の相手が代わる。どうやら、由梨亜が直接話すようだ。
「由梨亜です。お仕事中、急に電話してしまって、ごめんなさい。」
「いいよ。君の声が聞けただけでうれしいよ。」
「そんな……。からかわないでください。
(さっさと用件を話すのよ。)
あの、七月三十日は、私の誕生日で、福山さんたちがパーティーを開いてくれるので、ぜひ、日高さんにも参加して欲しくて……。できれば、お願いしていいですか? 」
「よろこんで参加するよ。時間と場所が決まったら連絡してくれるかな。」
「日高さん。今、どこにいらっしゃるんですか? 」
「今、出張中でね。ちょーっと遠くにいるんだけど。アメリカからのお偉いさんから事情聴取を受けることになってね。今日は、たぶん帰れないんじゃないかと思うけど。何か、おみやげでも買っていこうか? 」
「いえ、そんな……気を使っていただかなくても。また、電話します。」
「OK。また、遠慮なく電話して。まってるから……」
 日高が電話を切る。
そばでは、いつの間に来たのか、白瀬とパワーズ少尉、スコット大佐が英語で会話をしている。
「日高一尉、スコット少佐とパワーズ少尉です。」
「ハロー。ヒダカ。」
 スコット少佐とパワーズ少尉が代わる代わる握手を求めてくる。
日高は、それに応えながら、白瀬に通訳を求める。
「さっそくだが、アダム北米方面司令部から派遣されたという調査官の部屋に案内してくれるかな? 」
 白瀬の通訳に耳を傾けていたスコット少佐は、頷きながら、何事か英語で話し、日高に合図して、ホテルのロビーの端にあるエレベーターへ向かう。
「最上階の三十五階、3503室だそうです。」
 白瀬が日高やパワーズ少尉とともにスコット大佐の後を追いながら、通訳する。そばから、パワーズ少尉が日高に英語で話しかける。
「今日は、妖精と友達の日高一尉に会えてうれしい。妖精と話した内容をできるだけ詳しく話して欲しい……そうです。」
「だから、友達じゃないし、会話もしてないって、言ってくれ。」
 日高がうんざりした顔で答え、白瀬が通訳すると、パワーズ少尉は、肩をすくめる。どうやらまったく信じていないらしい。
 やがてエレベーターが開き、一行はスコット大佐に促されて乗り込む。行き先をプッシュし、三十五階を表示させる。
 エレベーターの上昇速度は、意外と速い。
やがて、エレベーターは停止し、ドアが開く。紺色のカーペットを敷き詰めた廊下にいくつかのドアが並ぶ。
 スコット大佐は、一番奥の部屋の前で立ち止まり、ドアのチャイムを押す。
「ミスターケインズ? 」
 ドアが開き、スコット大佐が部屋に入っていく。大佐は、中にいる調査官とおぼしき人物と何事か話しているようだが、小さな声のため、聞き取れない。しかし、様子を見ると何か、気になることがあるようだ。調査官の方は、それをまったく意に介さず、窓際の執務机に座っている。窓から入る日差しが逆光となって、調査官の表情が読み取りづらいが、銀髪のやせこけた老人のようでいて、眼光だけが異様なほど鋭い。
「カムイン」
 日高たちは、スコット大佐の手招きを受けて、部屋へ入っていった。

 日高に対する事情聴取は、その日の午後いっぱいを使って行われたが、ケインズ調査官は、妖精と日高が事件以前から関係がある可能性について触れ、事件とは直接関係のない日高のプライベートな情報を知りたがった。
ヨーロッパへの渡航歴からはじまって、家族兄姉、恋人の有無などに至るまで、その執拗で緻密な追及は、時にはあきれるばかりであった。
 白瀬二曹は通訳を務めるだけだったはずだが、駐屯地内に事件当時いたことがわかると、着ている下着の話題をふられて戸惑うというシーンまで起こり、事情聴取は山あり谷ありの展開を繰り広げた。
下着のメーカーの件では、スコット大佐が冷や汗をかきながら質問の意図を白瀬二曹に説明するというハプニングまであった。
ケインズ調査官は、自ら質問の意図まで説明する気はさらさらなく、聞きたいことに答えるだけでいいという態度で終始したため、日高も白瀬も良い印象を受けるはずもなく、事情聴取はひどく後味の悪い印象を残して終わった。
「君の着けているブラのメーカーは、どこだ? って聞かれた時には、こいつ正気かと思ったよ。」
「本当に……。私も思わず、ぎょっとしました。」
 ホテルからの帰りのタクシーの中で、日高と白瀬は、ケインズ調査官の事情聴取についての感想を確認しあった。
「それにしても、ずいぶん日高一尉のプライバシーを知りたがっていましたけど、考えることは、同じなんですね。」
「何が? 」
「だから、妖精と日高一尉は、何か関係があるんじゃないかってことです。」
「また、それか。勘弁してくれよ。それが本当なら、むしろ、こっちが知りたいくらいだ。彼に言わせれば、君だって、疑われているんだぜ。」
「ありえません。私は、次元超越獣が出てきたら逃げますよ。あんな化け物と平気で戦える神経は、私にはありません。」
「そうなんだよなぁ。そんな図太い神経を持った強い女がいるとしたら、すぐにピンと来ると思うんだけどね。」
「そうですよね。私もそう思います。」
 その時、白瀬の携帯が鳴った。
「はい。白瀬です。あ……え? 」
 白瀬が携帯に出るが、途中から英語での応答に変わる。そして、途中で日高に告げた。
「日高一尉、スコット大佐が、明日もう一度、一人でホテルに来るようにとのことです。」
「え? 俺一人で? 」
「はい。ケインズ調査官からのご指名だそうです。」
「断ってくれ。」
 日高が手をひらひらさせて答えるが、白瀬も首を横にふる。
「無理です。すでに、霧山司令の了解も得ているとのことです。確認しますか? 」

 


7ー(4)疑惑と狂信

「アルバイト? なんでまた? 」
榛名と金剛は、学校から帰ってきた由梨亜からの申し入れに目を白黒させた。
「いろいろと、佐々木会長にお世話になっていますが、日常のことでは、できるだけ自立していきたいので……。ダメでしょうか? 」
由梨亜が申し訳なさそうに言うのを聞いて、金剛と榛名は顔を見合わせる。金剛がすかさず、確認する。
「何か、ご入用なものがあれば、遠慮なくおっしゃっていただければ、私どもで手配いたします。何もアルバイトをする必要はないと思いますますが? 」
「そうよ。会長からも、由梨亜様から要求があれば、できるだけ応えるようにと言われています。」
榛名も同意するが、由梨亜は首を横に振る。
 「佐々木会長のご好意は、あくまでフライアに対する便宜として与えているものです。フライアと私が不可分の関係にあるとはいえ、私個人がそれに甘えるのはどうかと思います。」
 「そんなこと……」
 榛名が「遠慮する必要はない」と言おうとするのを金剛が制する。
「わかりました。それで、どのようなアルバイトをする予定です? 」
「学校へ行く時間以外となると限りがありますが、できるだけ何でもしてみたいと思っています。何かアドバイスしていただけないでしょうか? 」
「なるほど、では新聞配達からやってみますか? 」
「朝方は危険じゃ……それより、ファミレスのウェイトレスとか、バーガーショップとかがいいんじゃない? 」
「どちらもできれば経験してみたいと思います。」
 榛名と金剛は、顔を見合わせるばかりであった。

 その日、白瀬と別れて、宿泊先のホテルの部屋へ引き上げた日高に、今度は由梨亜から直接電話がかかってきた。電話は公衆電話からかけてきたもので、どうやらテレカを使っているらしい。
「日高さんに折り入ってお願いしたいことがあるのですが……」
「何でしょう。ぼくでお役に立てるのでしたら。」
「実は、アルバイトをしたいのですが、日高さん、私の保証人になっていただけないでしょうか? 」
 慎重に言葉を選ぶ由梨亜の声にいささか拍子抜けした日高だったが、あえて理由を尋ねることもせず、ふたつ返事でOKを出した。
「いいのですか? 理由を聞かなくて……。」
「由梨亜が話してくれるまで待つよ。」
「……ありがとうございます。」
 テレカの警告音が鳴り、やがて電話は切れた。
日高は、携帯を手にしたまま、どうしたものか思案した。榛名に電話して、事の次第を確認しようかとも考えたが、由梨亜の気持ちを考えてやめることにする。もし、榛名や金剛たちに頼むのであれば、日高に電話してくることはないだろう。また、榛名たちが拒むはずもない。
きっと、榛名たちに遠慮して、あえて自分に電話してきた可能性が高い。
頼られたという意味では、喜んでいい。
日高はそう考えることにした。
ホテルの小さな窓から眺める、旧帝都・東京の夜景。
由梨亜が自分に心を開いてくれるのは、まだ先のことかもしれない。
 窓の外に見える東京の夜景は、一見ごくありふれた都市のような活気に満ちている。
しかし、よく観察すると、遠くに真っ黒なドーム状の不思議な場所があることに気づく。その周囲を囲む高層ビル群も明かりが灯ることはなく、巨大な墓石のようにその周囲に林立している。
「汚染地帯だな……。」
 日高は独り言をつぶやく。あの近くにあるホテルにケインズ調査官は、もう1週間近く滞在しているらしい。汚染地帯の近くだということで、高級ホテルではあるが、あまり利用客はそれほど多くないといわれている。
宿泊の延長がしやすいことを考えて選んだのかもしれない。しかし、日高としては、「旧帝都銀行事件」の場所に近いこともあって、本当は近づきたくない場所でもあった。
「ん? 」
 汚染地帯の上空を横切って何かが飛んでいる。
「凧か? 」
不思議な物体の動きは、飛行機ではありえない。上下の動きが活発である。ドミノ倒しのように、なだれをうつように降下したかと思うと、今度は、逆に上空へ駆け上がっていく。時々周囲のビルの陰に隠れてしまうことからしても、その高度は著しく低い。物体の周囲でキラキラ反射する光は、昆虫の羽の動きを感じさせる。
アドバルーン? いや垂れ幕か?
日高が目を凝らそうとした刹那、それは見えなくなってしまった。
「妙だな……。」
日高は、しばらく観察を続けたが、物体は二度と現れることはなかった。

 翌朝、日高は、そのまま涼月市へ帰るという白瀬と別れ、一人ケインズ調査官の待つホテルへ向かった。
 ホテルへあと少しで到着という頃、日高の携帯が鳴った。
「金城だ。日高、今どこにいる? 」
「東京です。ただ今、ケインズ調査官の宿泊しているホテルへ向かっているところです。もうすぐ到着します。」
「そうか。では、汚染地帯の近くにいるんだな。」
 金城三佐は、携帯をそのままにして、室内にいる別の誰かと会話を始める。どうやら、涼月市の中央即応集団・対次元変動対応部隊の駐屯基地から連絡しているらしく、背後から霧山一佐らの声も漏れ聞こえてくる。
(「第1機動歩兵戦隊の空輸準備にどれくらいかかる? 」
「急がせろ。」
「一番現場に近いのは、やはり日高か? 」
「現場確認を優先して指示したいのですが……」
「却下だ。単独行動は危険すぎる。」
「では、近くの国防軍部隊に支援を要請してはどうでしょう。」
「共同訓練もしていない中では、連携は難しい。次元超越獣を見たこともない兵士では、パニックを起こすぞ。対応を誤ると、とんでもない犠牲がでる可能性が高い。」…………)
まさか、次元超越獣が出現したというのか? しかも電話から漏れてくる内容からすると、場所はこの近くということになる。
「あ~、日高。聞こえていたかな?」
金城三佐が、携帯から呼びかける。
「ええ。次元超越獣がこの近くにいるということですね。」
「正確に言うとだ。今朝、御倉崎さんから警告の連絡があってな。どうも、東京の汚染地区に、数時間以内に出現する可能性が高い、ということらしい。」
「了解。指示願います。」
「うん。とりあえず、汚染地区の近辺から住民らを退避させるよう、警察機関に緊急連絡を入れたところだ。テロ情報を名目にしてな。我々も第1機動歩兵戦隊と一緒に第2機動歩兵戦隊の機材をそちらへ空輸して現地で対応できるよう準備するから、そっちも現場近くで待機してくれ。」
「了解。」
「おや? ケインズ調査官が宿泊している「ポラリス第1ホテル」は、汚染地区の境界線の近くじゃないか?ひょっとして、アダムの極東司令部の方々もそこにいるのか? 」
「ええ。おそらく。」
(「おい、アダムへの情報提供はどうなってる? 」
「霧山司令、どうします? 」
「情報の出所は、都内の住民からの目撃情報だ。アダムのレイモンド少将にもそう伝えろ。」)
 しばらくすると、金城三佐が再び出る。
「あ~。日高。お前は、調査官たちに、都内の汚染地区で次元超越獣らしきものが目撃されたということを説明して、退避するよう伝えてくれ。」
「え? 退避、ですか? 」
「退避だ。正確な状況が確認できない以上、現場付近にいるのは危険だ。」
「了解。拒否されたら、どうします? 」
「子どもじゃないんだ。わからなければ、実力行使もやむをえんだろう。」
「ですが、日米地位協定は……。」
「自衛隊の頃ならまだしも、我々は国防軍だ。国益を犯す行為は認めない。文句があるなら、後で聞くと言ってやれ。」
「りょーかい! 」
 携帯を切るのと、タクシーがホテルに到着したのはほとんど同時だった。
日高は、タクシーを降りると、急いでケインズ調査官の部屋へ向かった。
スコット大佐とパワーズ少尉の姿は、ホテルのロビーに見当たらない。
数少ない宿泊客も、もうすぐ非常事態が発令されることを知っている様子はなく、みなのんびりしている。
 エレベーターに乗り込み、最上階のケインズ調査官の部屋へ向かう。かなり早いスピードのはずなのだが、緊急事態ということであせる日高には、とても遅く感じられる。
 ようやく、三十五階に到着し、日高はすばやく左手奥の部屋へと歩み寄り、ドアの前に立った。なんとドアは、閉まらないようにストッパーがかかっている。しかし、中からは何の物音も聞こえてこない。
「ミスターケインズ! アイアム ヒダカ。あ~、プリーズ。オープンドア。」
 日高はドア越しに声をかけるが、反応がない。しかたなく、日高は、ドアを恐る恐る開けて、中の様子を確認する。部屋の奥、窓の方を向いて、ケインズ調査官が腰掛けている。
「ミスターケインズ? 」
 日高は意を決して、部屋の中へ入っていった。
「キャン ユー スピーク イングリッシュ? 」
 突然、ケインズ調査官が尋ねてきた。日高の方を振り向こうともしない。
「イエス。バッツ ジャスト ア リトゥー。」
 日高は、元々戦闘機パイロット出身のため、航空英語はマスターしている。ひょっとして、白瀬を通訳として、昨日事情聴取を受けたことを非難しようとしているのかと、日高は身構えたが、ケインズ調査官は、そこを追及することなく、次のように英語で語り始めた。
「私は、今日、ひとつの実験をしてみようと思っている。ヒダカ、君を呼んだのは、他でもない。その実験に参加してもらうためだ。こちらへ来て、そこの椅子へ腰掛けたまえ。」
「? 」
 日高は、ケインズ調査官が勧めるのを受けて、ケインズ調査官の前を回り込んで、窓際の椅子へ座る。
カチリと音がし、その独特の音に反応して日高が目をむけると、そこに拳銃を手にしたケインズ調査官の姿があった。
「な? 」
「フリーズ! 」
驚いて立ち上がろうとする日高に、ケインズ調査官は、制止の声をかける。
バスッ!
「あっつ! 」
サイレンサー付のため、甲高い銃声はない。日高は右太ももに激痛を感じて、椅子から転げ落ちてしまった。
立ち上がり、日高から距離を置くケインズ調査官の風貌は、やせこけているものの、その目には強い執念を感じさせる不気味な光が宿っている。手にしている銃は、サイレンサー付のスターム・ルガーMkⅠだ。暗殺に向いているいるとして映画にもよく登場するが、まさか自分が撃たれることになるとは想像もしていなかった。
「世界を救うメシアが、バチカンのお膝元のヨーロッパやアメリカ合衆国でもなく、ましてキリスト教国でさえない日本に降臨することなど、あってはならないことだ。ヒダカ、私の言っている意味がわかるか? 」
日高は、右太ももを貫通した銃創の痛みをこらえながら、うなずくしかない。
「オーケイ。では、妖精はなぜ、君とだけコンタクトするのか? 君が選ばれた存在だからか? それはありえない! 私は君の経歴を事細かに調べた。我がキリスト教ともまったく無縁の君が、妖精から、メシアから選ばれる存在であるわけがないのだ。では、なぜ妖精は、君の周辺に繰り返し現れるのか? 私なりに推論してみた。」
ケインズ調査官は、少し間を置いて続ける。
「結論は、こうだ。妖精やメシアは、別の世界から次元を超えてやってくる。その時、無限に存在する世界の中から、私たちの世界をどのように見つけるのか、そのためには何か目印が必要なのではないかということだ。
 以前、君たちは、次元超越獣「ガヌカ」と戦った。その例を見ると、次元を超えるものは、何らかの目印となるものをたどってやってくるのだとされている。ではメシアにも、この世界へ現れる目印があっても不思議ではない。それが、次元超越獣と戦った君だとすると疑問は解ける。」
 ケインズ調査官は、そこで鼻で笑う。
「つまり君は、単なる目印にしかすぎないということだ。キリストの、神の御心を理解しない野蛮人を選んだわけではないのだ。神の御使いである妖精たちは、我々との接触を望んでいるはずだ。君は、妖精を私たちに会わせたくないがため、意図的に伝えるべきことを伝えていない。そうじゃないのかね? 」
「そんな……」
  バスッ!
 サイレンサー付の銃が再び火を噴き、今度は日高の左太ももから鮮血が吹き出す。激痛に顔をゆがめる日高に、ケインズ調査官は、口元に指を添えて、黙れというサインを送る。
「まだ、話は終わっていない……。
 次に、君が危機の際に助けに現れる妖精、我々は『フェアリーA』のコード名で呼んでいるが、あれは君のものではない。人類の守護神として遣わされた聖なる存在だ。君はその聖なる存在を、自分の保身や功績を上げるために使っている。これは神を冒涜する行為なのだよ。断じて赦されるものではない。
 私は、君が『フェアリーA』を独り占めするため、隠しているのではないかと思っている。我々自身でコンタクトが取れるものであれば、こんなことはする必要がなかったのだが、今となっては仕方がない。君は今、自らの命をもって罪を贖い、その過程で我々に妖精との三度目のコンタクトの道を開いてもらうというわけだ。」
 ケインズ調査官は、熱弁を終えると、銃を振って、日高に話せとサインを送る。
「トラスト ミー。ウソはついていない。」
「では我々に協力したまえ。今すぐ、『フェアリーA』をここに呼びたまえ。」
 日高は、何を言っても通用しないことを知った。こうなれば、何とかこの場を逃げるしかない。
 日高が押し黙ったのを見て、ケインズ調査官はますます感情的になった。この男は有色人種の分際で、キリスト世界の神にも等しい妖精を独り占めする気なのだ。こんなことは断じて許してはならない。
「シャラバ ビッチ! 」
 吐き捨てるように日高をののしり、銃を構える。その時、窓の外を影がよぎった。
「?! 」
 ケインズ調査官の動きが止まったのを見て、日高も身をねじって窓を見る。そこには、広島市で一般市民を襲った、あの次元超越獣「プゲル」が飛び回る姿があった。

 

 


7ー(5)寄生生物襲来

 帝都・東京の放射線汚染地帯に、今ひとつの異変が起こりつつあった。
 立入禁止地区となっている汚染地帯の中心、分厚いコンクリートの山に生じた小さな亀裂のひとつに一人の男が頭を突っ込み、倒れていた。
その身体から周囲に伸びる無数の白い糸のような菌糸は、映像を早送りするかのような勢いで蠢き、その太さや数を増やしていく。
菌糸は男の身体を苗床にして急速に溶かし、コンクリートの裂け目の中へと侵入し、成長していく。
 わずか一時間の間に男の身体は完全に吸収し尽くされ、その身にまとっていた衣服の残骸がその巨大に成長した菌糸の根本にまとわりつくだけとなる。
もはや周囲に散らばる男の持ち物、靴や鞄、財布といった小物類だけが、男がかって存在していたころの身元を証明するばかりである。
 男から育った菌糸は、汚染地帯のコンクリートの山に根を張り巡らし、緑色の木のように伸び始める。その上を数匹の次元超越獣「ガヌカ」が飛び回る。
 その光景は、対次元変動対応部隊やアダムが恐れる、次元超越獣に蹂躙された未来図の縮図のひとつだった。
 次元超越獣「ガヌカ」が嬉々として飛び交う空の下で、地面をころがった身分証明書が一陣の風に吹かれて、その内容を晒す。
身分証明書には、ジャック・ニュートン、二十四歳、アメリカ合衆国海兵隊軍曹と書かれていた。

 同時刻、ポラリス第一ホテルの最上階。日高一尉は、出血により薄れつつある意識の中で、ケインズ調査官の身体が急速に崩壊していく様子を見ていた。
 日高一尉に銃を向け、妖精とのコンタクトを強要していたケインズ調査官が突然苦しみだしたかと思うと、ドアの取っ手にしがみついたまま、動かなくなった。そして、その身体から四方へ白い糸のような菌糸が広がり始めた。
「ミ、ミスターケインズ? ホワッツ ザ マター? 」
 日高の呼びかけにも反応がない。
もはや、ただ事ではない事態が生じていることは明らかである。
日高は、意識を奮い起こして携帯を取り出す。しかし、銃創による激痛でボタンを押す手が震え、ぼやける視界は電話先の表示さえ読み取れない。
 そうこうしている間にも、ケインズ調査官の身体からのびている菌糸の群れが、少しずつ、日高のところにも迫ってくるのが見える。
そのごく自然な動きの中に、日高は危険を察知する。
あの菌糸にまとわりつかれたら危険だ。
携帯を握り締め、日高は、隣の部屋へ通じるドアへとにじり寄る。激痛をこらえて手を伸ばし、ドアの取っ手を引き下げて、倒れこむようにドアを押し開ける。
隣の部屋は、ベッドルームだった。さっと見たところ、廊下への出口はない。絶望が日高を襲う。
 日高は、部屋のドアを激痛の走る足で押して閉めると、床を這ってドアから離れ、壁を背にして携帯を開く。もはや相手を選んでいる場合ではない。適当にボタンを押し、コールする。
 誰かが出る。よく聞き取れないが、女の声のようだ。
「日高だ。ホテルで怪物に閉じ込められた。たす……救援を……頼む。」
 日高の声が届いたのか、相手が何か言っているが、もはや頭の中に入ってこない。左足の出血は続いている。ベッドのシーツを使って止血を試みると、携帯が手から滑り落ちた。意識はそこで途切れてしまった。

「こちらアポロ3。ただいま、汚染地区上空だ。回線5で映像を送る。」
「アルファワン了解。映像受信しました。」
 B747政府専用機を改造した対次元変動対応部隊の移動司令部アルファ1は、涼月市から旧帝都・東京へ向け全速で南下しつつあった。機動歩兵2機を積んだ輸送機2機も先行しているが、現場の状況把握のため、司令部は国防軍航空軍の百里基地から、偵察機を飛ばしている。
アポロ3こと、RF4ファントムからの映像が、機内の司令部に設置された大型ディスプレイに映し出される。
「? これは……3匹も……。」
霧山司令と金城副司令が見つめるディスプレイには、東京の汚染地区の上を低く、高く飛び回る次元超越獣「プゲル」が3匹映し出されている。
「妙だな……。」
 霧山司令がつぶやく。
「どうかしましたか? 」
 金城副司令が尋ねる。
「今度の次元超越獣は、汚染地区の上を飛び回るだけか? 」
「言われてみれば……そうですね。」
「核を被爆したとはいえ、今でも東京には八百万を越える人口が住んでいるんだ。汚染地区を離れれば、獲物の人間がいっぱいいるんだぞ。なぜ、襲いに行かない? 」
 霧山司令の指摘は、凶暴な次元超越獣の実態を知り尽くしているだけに、鋭いところを突いている。
「あの次元超越獣は、広島市に出現した『プゲル』だと思われます。ということは、彼らは卵を産み付けにきたのではないでしょうか? 」
 金城副司令が、F情報で作成された次元超越獣のデーターファイルをめくりながら推論を述べる。
「おいおい、『プゲル』は寄生卵を人間の女性に産みつけるそうじゃないか。だったら、人間が住んでいる場所に移動して当然のはずだ。汚染地区の上を意味もなく飛び回る理由はないだろう? 」
「うーん。確かにそうですな。」
 金城副司令も司令の指摘にうなずくしかない。
「司令。アポロ3を護衛しているアポロ1、アポロ2より、攻撃許可の要請が来ています。返信はどうしますか? 」
 通信員が振り返り、返答を促す。金城は、司令に目配せをして、確認を取り、通信員に指示を送る。
「攻撃せよ。ただし、汚染地区外への弾着に極力注意するように。」
 
 アポロ3こと、RF4ファントムの護衛についていた2機のF15イーグルは、司令部の許可を受けると、ただちに行動に移った。
「アポロ2。こちらアポロ1。指示を送るから、9時方向から高度を下げて目標に接近しろ。」
「こちらアポロ2。了解。バルカンの一撃で仕留める。」
9時方向から侵入するアポロ2をアポロ1が上空から誘導し、3時方向へ抜けながらバルカン砲の一連射を浴びせるという攻撃である。3時方向は、東京湾になるため、流れ弾もほとんど海上に落下するため、被害も最小に抑えることができる。
アポロ2は、そろりそろりと高度を下げた後、スピードを押さえながら高層ビルの間を抜けて、汚染地区への進路をとる。
「アポロ2へ。次のビルの横を抜けたら、右へターンして突入だ。」
「こちらアポロ2、了解。3、2、1、ゴー。」
アポロ2こと、イーグルがビルの陰から姿を現したかと思うと、ビル風に流されながらも、汚染地区の上空に突入した。
ちょうどその目前を飛びぬけようとした次元超越獣の一匹に、イーグルがバルカン砲の一連射を浴びせる。
 ブオオオオオオオオオオオオッ
 二十ミリの弾幕が怪物の身体を捉え、甲殻類の殻のような身体が粉砕され、血しぶきと殻の破片を飛び散らせて墜落する。
「スプラッシュ! 」
 アポロ2が上ずった声でコールし、ゆっくりと上昇にうつる。
「アポロ2! アフターバーナー点火だ! 急上昇しろ! いそげっ! 」
 突然、アポロ1から指示が入り、アポロ2は、慌ててアフターバーナーに点火する。ドンという衝撃音とともに急加速が始まり、パイロットの身体がシートに押し付けられる。そのとたん、機体が何かに接触したかのように、左に機首が少しだけ振られる。しかし、異変はそれだけだった。
 アポロ2は、ぐんぐん加速してアポロ1のいる高度まで到達し、アポロ1、アポロ3と編隊を組む。
 平行して飛ぶアポロ1が、後ろを指差している。
「アポロ2、左主翼を見てみろ。」
 アポロ2が振り返ると、左主翼端に緑色の紐状のものが絡まっている。
「な、なんだ、これ? 」
 アポロ2の脳裏を次元超越獣の反撃を受けたか? という思いがよぎる。
「ちくしょう。」
「アポロ3より、アルファワン。汚染地区に新たな変化が生じています。映像送ります。」
 アポロ2は、交信を聞いて、機体を少し傾け、下界の様子を確認する。
「あれ? 何だあの樹は? 」
 汚染地区の灰色のコンクリートに大きな亀裂が四方八方に広がり、その中心から緑色の巨大な樹がそびえたっている。その周囲を残り2匹となった次元超越獣が飛び回っている。アポロ2の通過した攻撃ルート上には、立ち塞がるようにそびえる樹の枝先が、空中をうねうねとくねって揺れている。
 ここに至ってアポロ2は、左主翼に絡まっているものの正体を理解した。
 アポロ2は、離脱途上で別の怪生物の触手につかまるところだったのだ。
死角である真下から襲ってきたため、まさに危機一髪で離脱できたというのが真相なのである。
まさか、あれも次元超越獣だというのか?
その大きさは、ゆうに数十メートルを超え、しかもさらに巨大化している。
「アルファワン! こちらアポロ1! 近くにある高層ビルにも異変が生じている。アポロ3! 4時方向のビルの最上階を撮影してくれ。」
「アポロ3、了解!こっちでも目視で確認している。少し小さいが、同じやつだ。」

 

 


7ー(6)プゲルとデスタ

 アルファワンの機内で、アポロ3から送られてきた映像を見た司令部は息を飲んだ。
 汚染地区のコンクリートの柩を覆う緑色の巨大な樹のような怪物。そして、そこから離れた高層ビルの最上階からも同じようなものが広がりつつある。
「まるで……イソギンチャクのお化けだな。誰か、正体はわからんのか? 」
 霧山司令の問いかけに、司令部要員として配属されている遠藤一曹が遠慮がちに手をあげる。
「司令。よろしいでしようか? 」
 金城副司令がうなずいて、続けるようにと合図する。
「汚染地帯上空を飛び交う『プゲル』と何らかの関係があるとすれば……、あの怪物の正体は、おそらく次元生物コードβー166ーⅠ・97『デスタ』と思われます。」
 遠藤一曹の指摘に、司令部内のほぼ全員がアダムから支給された次元超越獣のデーターファイルをめくって確認する。
「……96ページです。」
 いち早くページを開いた金城副司令が、霧山司令に伝え、遠藤一曹の方に向き直る。
「うん。確かにイメージとしては近いものがある。その根拠は何かな? 」
「ここに来るまでの間に、ファイルの説明を読ませていただきましたが、次元生物コードは、「大分類ー出生次元番号ー生物区分ー登録個体番号」の組み合わせで成立しています。その中で『プゲル』と一致する可能性がある情報があるとすれば、出生次元、つまり誕生した次元世界ではないかと考えました。末尾に次元超越獣のリストが掲載されていますので、それで同じ出生次元番号を持つやつは、その『デスタ』しかありません。」
「『プゲル』の次元生物コードが、βー166ーⅢ・32だから……。なるほど、同じ出生次元番号『166』をもつもの同志、何らかの繋がりがあるというわけか。」
「はい。『デスタ』の情報には、直接『プゲル』との関係を説明する記述はありませんが、絶対に何らかの関係があると思われます。」
「うん。それが何か……」
司令部内の会話を、アダム1からの緊急連絡がさえぎる。
「アダム1より、アルファワン。『プゲル』の数がさらに増えた。上空から見えるだけで七匹いるぞ。いや、また増えた。十匹だ。くそっ。どこから現れるんだ? 」 
「こちらアダム1。『プゲル』の飛行高度が低すぎて、市街地への被害を抑えての攻撃は難しい。地上から上空へ追い立てることはできないか? 」
「もうすぐ、斉藤と比嘉の第1機動歩兵戦隊が羽田に到着するはずだ。それまで、上空で待機だ。」
金城三佐が直接応答し、霧山一佐を振り返る。
「司令! 数が多すぎます。うちの第1、第2機動歩兵戦隊だけではとても対応できそうにありません。近くの陸軍の基地へ機動歩兵の応援を求めるか、あるいはナパームで一帯を焼き払うのが一番かと思います。」
「だめだ。次元超越獣との戦闘に慣れていない部隊を投入すれば、市街地に大きな被害が出る。ナパーム弾を投下すれば、汚染地区に封じ込めた汚染物質を周辺に撒き散らすことになる。どっちもだめだ。」
「ですが……」
霧山は、金城副司令の反論を押さえて、遠藤一曹の方に向き直る。
「遠藤。君の意見を聞きたい。」
「え? 」
驚いて目を見張る遠藤一曹に、霧山は続ける。
「あの怪物に関する推測と合わせて、適切な対応について、君の意見を聞かせてほしい。」
「わかりました。」
遠藤一曹は、顔を紅潮させながら、少し咳払いをして、テーブルの上に次元超越獣のデーターファイルを広げる。
「『プゲル』と『デスタ』。この二種類の次元超越獣の情報の中で、一致するキーワードが2つあります。『寄生』と『放射能』です。その中で私は後者の『放射能』に両者の関係を解く鍵があると考えます。
『デスタ』が放射能汚染地帯に繁殖するというF情報は、東京の汚染地区に現れたことで、当然のこととして理解できます。しかし、『プゲル』の場合は、汚染地区にこだわる理由がありません。実際、広島市の郊外に出現していますが、現れたのは1匹だけです。もし、同じように汚染地帯として広島市が選ばれたのなら、今頃、広島市にも大量の『プゲル』が現れていいはずです。でも、今までのところ、寄生からの孵化以外で、広島市周辺に『プゲル』は現れていません。ですから、私は、『プゲル』は今回、『デスタ』を目当てに集まってきたと考えます。」
霧山司令も金城副司令も、そして他の司令部要員も、データーファイルを確認しながら、うなずくばかりである。
「――と言うことは、『プゲル』が欲しいもの、必要とするものを『デスタ』が持っていて、『プゲル』はそのために集まってきたのだと思います。
『プゲル』が必要とするもので、成長する過程では得られないものがあるために、『プゲル』は集まってきたと推測されます。データーファイルの『プゲル』のページに記載されている中で、『デスタ』の記載と一致するもの。それは放射性物質しかありません。」
霧山司令がうなずきながら、続けるように目で合図を送る。
「――『プゲル』の特徴的な武器は、尻尾の先につけた放射性物質です。その濃度は、先に広島市で第1機動歩兵戦隊が、この成獣と戦闘を交えて確認していますが、とても半端なものじゃありません。こんな高濃度の放射性物質を蓄えるには、人為的に濃縮しない限りありえないのではないかと思いましたが……。」
遠藤一曹は、そこで唾を飲み込み、これはあくまで自分の推測にしかすぎないと断った上で、話し始めた。
「そこで、あの『デスタ』です。あの生物は、放射性物質を積極的に吸収して濃縮する生態を持っています。『プゲル』が、それを利用するため集まってきたというのは理にかなっているのではないでしょうか。現に、今飛び交っている『プゲル』は、すべて羽と尻尾の小さい2齢獣です。見たところ成獣は一匹もいません。交尾して……するのかどうかわかりませんが、成熟した卵と、武器となる放射性物質を抱えれば、彼らが成獣になるのは時間の問題でしょう。そうなれば、彼らは一斉に市民に向かって襲い掛かってくると……思います。」
金城副司令が、霧山に進言する。
「やはり、ナパームで焼き払うしかないと思いますが……? 」
「いえ。『プゲル』を確実に倒すチャンスがあります。」
遠藤一曹が、金城副司令に対する司令の返答をさえぎる。
「『デスタ』は、最終的に高濃度の放射性物質を蓄えた実を結ぶとされています。そこに『プゲル』は集まるはずです。集まったところに集中砲火を浴びせれば、『プゲル』は確実に殲滅できます。」
「なるほど、集まったところを一網打尽に仕留めるわけだな。」
霧山司令が納得する。
「それなら、陸軍の機動歩兵や航空軍の自走式対空機関砲を動員できます。司令、やりましょう。『デスタ』のアウトレンジから狙撃すれば、充分可能です。」
「地上の静止目標であればF15やF2のバルカン砲でも対応できます。」
 司令部が急に生き返ったように活気に沸き返る。
「まってください。もうひとつだけ、いいですか? 」
 ここでまたまた遠藤一曹が、ストップをかける。
「それと同時に平行してやるべきことがあります。この方が重要です。」
 遠藤一曹の「重要」という言葉に、その場にいる全員が静まりかえる。
「――『デスタ』は、動いていますけど、植物に分類されています。塩水をかけるとかして、なんとか枯らしてしまうんです。実をつける前に……。そうすれば一石二鳥で片付けられます。」

 かくして、アルファワン司令部は、次の2つの作戦を平行して実施することになった。
 ①オペレーション「サンダーボルト」
  「プゲル」を撃滅するため、自走式対空機関砲を総動員し、東京湾向けに汚染地区上空に弾幕を張る。チャンスがあれば、機動歩兵部隊を突入させて、「デスタ」の実を奪取または焼却処理する。また、「プゲル」が周辺に逃げ出してしまう場合に備えて、戦闘ヘリ部隊と戦闘機部隊を待機させる他、作戦が失敗した場合に備えて、対地攻撃機部隊もナパーム弾を搭載して待機する。
  アルファワン司令部が指揮するが、地上戦については、現場の周辺に前線指揮所を置く第1機動歩兵戦隊の斉藤一尉が指揮する。


  動員戦力 87式自走高射機関砲   30両
       27式機動歩兵「剛龍」  10機
       試作機動歩兵「蒼龍」   4機
       AHー1戦闘攻撃ヘリ   10機
       制空戦闘機F15「イーグル」5機
       支援戦闘機F2      5機
       偵察機RF4「ファントム」3機
 

 ②オペレーション「希望の光」1号~3号
  「デスタ」を枯らすための作戦。効果を確認しながら、以下の3つの作戦を3カ所で平行して実施する。効果が確認された場合は、全力作戦に切り替える。
  1号作戦 高圧放水車、消防車を動員。「デスタ」に対して、東京湾の海水をぶちまける。
  2号作戦 液体窒素を投下し、凍結させた上で破壊。
  3号作戦 希塩酸、その他植物に有害な影響を与える薬品を使用する。化学薬品会社に協力を求める。

 午後から開始された2つの作戦のうち、オペレーション「サンダーボルト」は順調に進み、部隊の展開もほぼ予定どおり実施されたものの、オペレーション「希望の光」は、首相官邸からの了解の取り付けと官庁横断的な調整と、マスコミ対策、外出禁止令発令の問題が重なり、作業はまったく進展しなかった。
また、2号は調達が困難、3号はその後の環境汚染が問題視されたため、現場は知らなかったが、絶望的となっていった。
 このため、オペレーション「サンダーボルト」による「ブゲル」に対する専制攻撃を、対空機関砲を主力として先行実施することとなった。


「日高と連絡がとれない? なんで? 」
「ホテルは、怪物に占拠されていて、エレベーターも停止していて、とても入ることができない状況です。アダムの調査官も行方不明とのことで、スコット大佐も心配しているようです。」
 金城副司令は、白瀬二曹からの電話を受け愕然となった。羽田空港内に駐機しているアルファワンの司令室内のディスプレイには、汚染地区の空撮画像が映し出されている。その一角に、茸のようにデスタが繁茂している高層ビルがひとつある。金城副司令は、その建物を食い入るように覗き込む。
ホテルの最上階の壁面にホテルの名称が見える。
「小田! オペレーター! 誰か、この部分をズームアップしろ! 」
 近くにいた隊員が、金城副司令の指示を確認し、画像を拡大表示する。
「な、なんてことだ! 」
ディスプレイに拡大された高層ビルの壁面には、「ポラリス第1ホテル」の文字がしっかりと映し出されていた。
 なんでこんなところに怪物が?
やはり日高は、次元超越獣にマーキングでも受けているのか?
金城副司令の頭の中を疑惑がよぎる。
「と、とにかく、君は日高の呼び出しを続けろ。三塚二尉をそっちに行かせる。一緒に日高の無事を確認してくれ。」
「え~? 三塚二尉ですかぁ……」
 白瀬二曹の不満そうな声がかえってくるが、電話を切る。
「小田! 「サンダーボルト」作戦前線指揮所の斉藤一尉を呼び出してくれ。三塚を「ポラリス第1ホテル」の白瀬二曹と合流させて、日高たちの救出にあたるように伝えろ。大至急だ。」
「了解! 緊急連絡を入れます。」
 小田一曹が通信パネルに向き直るのと同時に、隣の長谷川三曹が報告の声をあげる。
「「サンダーボルト」作戦前線指揮所より報告。対空機関砲部隊、「プゲル」に対して攻撃を開始しましたっ! メインディスプレイを現場映像に切り替えます。」
 政府への説明と協力要請のため、政府官邸へ向かった霧山司令を除き、司令部内に残った全員が、メインディスプレイに映し出される映像に注目する。
「おっ……やった! どんどん命中しているぞ! 」
「やれっ。全滅させろっ! 」
 2方向から撃ちあげられる対空機関砲の弾幕は、次々と低空を舞う次元超越獣「プゲル」を捕捉し、空中で粉砕していく。曳光弾を見て危険を感じた「プゲル」がそれを回避しようと高く低く、あるいは左右に飛行方向を変えるものの、弾幕の集中砲火はそれを逃すことなく追いかけ、捉え、撃墜していく。
 猛スピードで高空まで駆け上がる「プゲル」も数匹いたが、それに対しては、上空で監視していたF15からサイドワインダーとバルカン砲による攻撃が浴びせられる。
 傷つき地上でのたうちまわる「プゲル」には、現場に直行した27式機動歩兵「剛龍」により、ミニガンによる掃射で止めが刺された。
かくして、「サンダーボルト」作戦は、ものの数十分で確認していたすべての「プゲル」を殲滅した。
「よ、よお~っし。」
 金城副司令からも、満足のあまり思わず声が出る。
アルファワン司令部内に歓声と拍手が沸き、少しだけ明るさがもどる。あとは、「デスタ」だけだ。司令部内の誰もがそう思った。
そこに外線からの電話を告げるコールが鳴り響く。
「副長! ダイヤモンド・デルタ重工の佐々木会長から、緊急の呼び出しが来ていますが……、どうします? 」
 小田一曹が電話の相手を告げる。
「ああ。出よう。まわしてくれ。……もしもし金城だが? 」
「佐々木だ。2時間ほど前に、日高一尉から、うちの秘書の榛名に連絡があった。内容は『ホテルで怪物に閉じ込められた。救援を頼む。』だそうだ。一体何が起こっているんだ? それ以降、連絡が取れないが……。」
「本当か? 実は、東京の『ポラリス第1ホテル』で、日高が次元超越獣に襲われたらしいということで、今、救出に動いているところだ。」
「なんでまた、そんなことに……? 『蒼龍』7号機はどうした? もう修理は終わっているはずだぞ。機動歩兵には乗っていなかったのか? 」
 佐々木会長は、どのような状況で日高が危機に陥ったか確認したつもりだった。しかし、この言葉は、金城副司令の癇に障ってしまった。何しろ、佐々木会長ら機動歩兵メーカー側は、アメリカの試作パワードスーツとの模擬戦闘で日高らを危機に陥れた前科があるのだ。
「あんたも残酷な人だな。うちのパイロットよりも自社の機動歩兵の方が心配かね? 残念ながら今回は、日高は機動歩兵には搭乗していなかったのだよ。」
「そ、そうではない。日高であれば……、我が社の『蒼龍』が日高を守ってくれただろうと信じているのだ。」
「……情報をありがとう。日高は我々が救い出すよ。では、急ぐのでこれで失礼する。」
 金城副司令が電話を切るのと同時に、再び小田一曹が、電話が入っている旨を告げる。今電話を切ったばかりだぞという顔を見て、小田一曹は電話の相手を伝える。
「アダム極東方面司令部、レイモンド少将からです。」
 驚いた金城が慌てて、電話を取る。
「レイモンドだ。貴軍は、『デスタ』の恐ろしさを理解していない。貴軍のオペレーション『キボーノヒカリ』は即刻中止して、東京から全住民を避難させてくれ。合衆国大統領は、『デスタ』に対応するため、オプションSの発動について検討をはじめている。」
「閣下。オプションSとは何ですか? 」
「簡単に言うと衛星軌道からの攻撃兵器だ。このような全世界規模での次元超越獣の脅威に対応するため、極秘に開発されたものだ。」
「それは……、例のスターウォーズ計画で開発された宇宙兵器のことですか? 」
「その延長線上で開発されたものと考えて差し支えない。」
「なるほど。それで、どうしてそう対応を急ぐのです? 」
「『デスタ』の資料は、そちらにも渡してある。この生物は放射線物質を吸収して濃縮した果実をつける。その果実は、時間が経つと破裂して周囲に放射性物質の殻を持った胞子を撒き散らす。その胞子を吸い込んだ生物は、確実に寄生されることになる。しかも時として高濃縮された放射性物質の質と量によっては、核爆発を起こす可能性があるという科学者までいるのだ。汚染地帯の東京であれば、それが起こる可能性も高い。『デスタ』は、天然の核兵器製造工場ともなりうるのだ。」
「……そんな、待ってください。それではまた、この東京で核爆発が起こるんですか? 」
「残念ながらその可能性は否定できない。仮にそれがなくても、今度は『デスタ』の胞子が全都民を襲うことになる。寄生されれば、もはや我々の力では対応できない。」
「いや、ですから我々は、『デスタ』が実を結ばないように、オペレーション『希望の光』を展開しようとしているわけで……。」
「実がなるまで、そんなに時間的余裕があるわけではない。」
「そんな……。そ、そうだ。次元超越獣は、確か次元同化という問題を抱えているはずだ。他の次元から侵入してきた次元超越獣は、侵入する次元世界が身体に合わなくて、そのままだと死ぬというやつです。『デスタ』もこのまま枯れる可能性もあると思いますが…………? 」
「それこそ希望的観測だ。現実に、出現してからこれだけの時間、平然と成長を続けている状況だ。次元同化は完了していると見て、対応すべきと思うが? 」
「しかし……」
懸命にレイモンド少将の主張を押さえようとする金城副司令の耳に、新たな情報が伝えられる。
「『サンダーボルト』作戦前線指揮所の斉藤一尉より緊急連絡。『プゲル』の群れがさらに出現! 数は……二十二匹。作戦……続行……。」
「アポロ5からも緊急連絡。新たな『プゲル』の集団が高層ビル付近に出現。数は十匹です。」
「現地の高射機関砲部隊より、弾薬の補給要請がきています。第2補給部隊に応援を求めます。よろしいですね? 」
 金城副司令は、長谷川三曹にOKの指示を出すと、レイモンド少将に自分では即答できる問題ではないと伝え、改めて指示を確認して伝えると告げて電話を切った。金城副司令が見つめるディスプレイに映し出されている「デスタ」の姿は、先ほどよりもさらに巨大化しつつある。
ここに至り、金城副司令は、今、一番に対応すべき相手が「プゲル」ではなく、「デスタ」であることを思い知った。
「旧首相官邸にいる霧山司令に緊急連絡。急いで呼び出せ! こいつは、もう私だけで判断できる問題じゃあない。」
 金城副司令が、小田一曹に指示を伝えると同時に、長谷川三曹が新たな情報を伝える。
「アポロ7から緊急連絡。よ、妖精です! 汚染地区上空に妖精が現れました! 」

 

 


7ー(7)次元シールド

 銀色に輝く羽を羽ばたかせながら、妖精はゆっくりと汚染地区の中央に浮かんでいた。
 その様子は、「プゲル」の群れに集中砲火を浴びせていた地上部隊の前線指揮所からも確認できた。
「攻撃中止だ。様子を見る。」
サンダーボルト作戦前線指揮所の斉藤一尉は、87式自走高射機関砲部隊に攻撃中止を命令した。斉藤一尉自身、妖精の姿を生で見るのは初めてだが、その周囲を飛び交う次元超越獣たちの奇怪な姿の中で、ひときわ人目を引く美しい姿に、双眼鏡を手放せなくなる。
「あれが、妖精……か。……ん? 」
双眼鏡で覗く妖精は、何か、人のようなものを抱えている。
「人? 人だ! 」
斉藤一尉の声とほぼ同時に、妖精を見つめている隊員たちの間からも同じような驚きの声があがる。
「妖精が人を抱えているぞ! 」
「本当だ。人だ。誰かを助けたのか? 」
「アルファワン。妖精が誰か、人を抱えている。ヘリか何かを接近させて、確認できないか? 」
「こちらアポロ5。残念ながら上空からでは詳細は捉えられない。これ以上接近すると、『プゲル』の群れとぶつかる恐れがある。無理だ。ヘリ部隊でも危険だろう。」
 斉藤一尉は、部隊一の視力を誇る。彼の目は、妖精が抱えている人が身に着けている服が、国防軍の制服に似ていることに気づいた。スラックスの迷彩が違和感を覚えるが、一尉の勘はそれがまちがいないと告げていた。
「まさか、日高じゃねぇだろうな……。やつはこんなところにいないはずだし……。」
 妖精はゆっくり高度を下げ、汚染地区の中心へと降りていく。
 高度が下がるにつれ、妖精が抱えている人の姿が少しずつ明瞭になっていく。
「お、男だ。やはりあれは国防軍の制服だ! 」
 ビルや「デスタ」の巨大な樹の影を避け、妖精の姿を目で追いながら斉藤一尉の勘はしだいに確信へと変っていく。
 降りてくる妖精に向けて「デスタ」の触手が伸びる。
「あぶない! 」
それが絡みつくかと思った瞬間、妖精の身体が金色の輝きに包まれた。
バシッ!
周囲に鳴り響く雷鳴のような音を発して、「デスタ」の触手が弾かれる。
「斉藤一尉! 5号機の比嘉二尉から連絡が入っています。」
通信担当から渡された無線機を受け取る。双眼鏡は片手に持ったまま、妖精の様子から目は放さない。
「比嘉です。次元センサーが……。システムFが警告を表示しています。こんなのは、初めて見ました。」
「どんなメッセージだ? 」
「了解。読み上げます。『タダチニ、周辺カラ退避セヨ。ふらいあノ周囲 複合防御しーるどヲ 張ル。絶対ニ 近ヅクナ。』です。」
「ふ、複合防御しーるどぉ? 何だそれ? 」
「よくわかりませんが、SFで言うところのバリアみたいなものかも……。それで、この場から避難しろという意味ではないかと思います。フライアは、ここにいる次元超越獣を我々の攻撃から守るつもりなんでしょうか? 」
「……。」
斉藤一尉が比嘉二尉からの通報内容に首をかしげていると、今度は、蒼龍2号機の三塚二尉から連絡が入る。三塚は、日高とペアを組んで第2機動歩兵戦隊を構成しているが、今回は戦力を集中するため、修理が終わった蒼龍2号機とともに、斉藤の指揮下に入って、汚染地区を囲む左翼で対空砲部隊の支援配置についている。
「斉藤一尉。三塚です。こっちのシステムFも同じような警告を出していま……ああっ。」
突然三塚の言葉に動揺が走し、言葉が途切れる。
「どうした? 何があった? 」
「わ、わかりません。2号機が、勝手に後退を始めました。あれ、動かない……なんで言うことを……きかな……。」
「三塚っ! 」
「大変です! 『蒼龍』2号機が勝手に動いて……そんなばかな……。」
「こちら左翼対空砲陣地の和田だ。斉藤一尉、後退命令が出ているのか? 」
回線に対空砲部隊を取りまとめている和田三尉が飛び込んでくる。どうやら、左翼では、自走対空機関砲部隊を放り出して、三塚の機動歩兵が退却を始めたため、部隊に動揺が走っているようである。
 そうこうしているうちに、右翼の方でも同じようなことが起こり始めた。
機動歩兵が勝手に動く?
 まさか、俺の機動歩兵も?斉藤が乗機の「蒼龍」1号機を見上げた時だった。
 ウィーン。
電動モーター音がすると同時に、機動歩兵のキャノピーが静かに閉まりはじめた。
「まっ、まてっ! 」
 斉藤が慌てて機動歩兵のコックピットへもぐりこもうとしたが、目の前でキャノピーは閉まり、斉藤は機動歩兵の搭乗用足場に足をかけて、機動歩兵の前面にしがみつくような形で取り残されてしまった。
 キャノピーの緊急開放のためのアクセスパネルを開こうとするが、それさえもがっしり固定されてまったく開かない。
アクセスパネルに、ロック機構なんてあったか?
 斉藤一尉をしがみつかせたまま、「蒼龍」1号機は、外部拡声器から大音量でメッセージを流しはじめる。
「こちら斉藤だ。オペレーション『「サンダーボルト』は中止だ! 参加部隊は全員、この場から退避しろ! いそげっ。」
 斉藤という言葉を聞いて、しがみついたままの斉藤が驚いてふりかえる。
すると、先ほどまでテントの下で通信管制の協力をしていた隊員が、ポカーンとした顔で斉藤を見ている。
 ちがう! 俺じゃない! と斉藤は顔の前で手を振るが、それを拡声器の音声が邪魔をする。
「そうだ。全軍急いでこの場から退避だ。至急、右翼と左翼の部隊、上空の航空部隊にも退避するよう伝えろ! 伝えた後は、君らも退避だ。」
 斉藤のジェスチャーと正反対のメッセージが大音量で流れる。それを聞いて、通信員は慌てて通信機に向き直る。
こいつ、うまい。俺のジェスチャーを逆手にとりやがった。しかもメッセージの最後に心憎いまでの気配りまで入れやがる。これじゃあ、俺が命令したと思われてもおかしくない。
斉藤は、通信員の行動を止めようと、機動歩兵から飛び降りようとしたが、「蒼龍」1号機の手がそれをそっと押しとどめる。
 な、何なんだこれは……?
機動歩兵が勝手に動くという前代未聞の出来事に、斉藤はなすすべもない。
 斉藤の発していない、斉藤の声色を使った命令により、「サンダーボルト」作戦参加部隊は、大慌てで後退を始めた。自走対空機関砲が履帯の音をとどろかせる喧騒の中、斉藤が懸命に叫ぶがもはや誰も聞いていない。
むしろ、斉藤をしがみつかせた「蒼龍」1号機が部隊の先頭をきって一目散に逃げ出したため、後退する部隊には、よけいな動揺まで走る。
もはやパニックである。
 
 やがて、斉藤をしがみつかせた「蒼龍」1号機と自走対空砲部隊が汚染地区の外側まで後退した時、汚染地区の周囲には、金色の光の粒子が舞い上がり始めた。空気の中を漂う金色の粒子は次第に数を増していき、やがて、汚染地区は、その中に妖精と次元超越獣「デスタ」、そして多数の「プゲル」を残したまま、金色の光の膜で半球状に包まれてしまった。
 そして、その最中、斉藤たちは、一匹の「プゲル」が、金色の光の膜に接触し、一瞬にして燃え尽きるのを目撃した。
「! 」
 ここに至って、斉藤はようやく機動歩兵のシステムFから流れたメッセージの意味を理解した。おそらく、そのまま現場に留まれば、「複合防御しーるど」とかいうものの中に取り残されるか、シールドと接触して灰になってしまったことだろう。
 斉藤は、自身の体を抑えている「蒼龍」1号機を見る。
「これを伝えたかったのか? 」
「ザザ…………」
 「蒼龍」1号機の反応はない。しばらくすると、キャノピーがバクンと音を発して開放された。キャノピー内に置かれたヘルメットのインカムから小さな声が聞こえる。斉藤はヘルメットをとってかぶり、マイクのスイッチをオンにする。
「斉藤だ。」
「あ、斉藤一尉。比嘉です。機動歩兵のコントロールがやっと戻りました。司令部で遠隔操作でもしてたんでしょうか? 」
「わからん。こっちも同じような状況だったのでね。」
「え? 斉藤一尉の方もですか? さきほどまで、しっかりと指揮していたじゃないですか?」
「私の代わりに、1号機が勝手に……ね。」
「は? 」
「それより、見たか? 『複合防御しーるど』とかいうのは、この金色の膜のことらしい。触れると危険だ。絶対に誰も近寄らせるなよ。」
「了解です。誰も丸焼きになりたくないでしょうから、触りたがる奴はいないと思いますが……。」

 金色の光の膜の中では、「デスタ」の触手の動きが止まり、巨大な樹のあちこちに赤い実が実り始めているのが見える。そのまわりを飛び交う多数の「プゲル」は、誘蛾灯の周りを飛び回る蛾の群れのようである。地上に降りたはずの妖精の姿はもはや、ここからは確認できない。
 斉藤は通信管制をしている隊員に指示して、上空を飛行しているアポロ5を呼び出す。
「こちらアポロ5。残念だが、一帯は金色のドームに覆われて地上の様子はよく見えない。妖精の姿も完全に見失った。もうすぐ燃料がなくなる。上空からの映像中継は、交代のアポロ3に引き継ぐ。チャンネルは……

 

 


7ー(8)持久戦

 日高は、おぼろげな意識の中で、フライアと三度目の出会いを果たした。
「いつも、いつも……すまないな。」
 大音響とともに「デスタ」が繁茂するホテルの部屋のドアを切り裂いて突入してきたフライアに、日高はなんとか片手をあげて感謝した。
 いくぶんおさまっているとはいえ、日高の両足の銃創からは出血が続いており、部屋の中は血だらけである。日高の穿いている紺の第二種制服のスラックスは、血を吸ってぐっしょり濡れている。日高を見つけたフライアの表情は硬くこわばり、駆け寄ってくると両足の銃創部分を確認した。
 ピュッと噴き出した血がフライアの頬にかかり、白いグローブの手を赤く染める。
 動脈を傷つけていることがわかったのだろう。フライアは、左手で傷口を押さえて止血を試みる。効果がないことがわかると傷口の破れた血管の位置を確認し、右手のこぶしを傷口へ向ける。やがて右手甲の突起から発せられた光が、出血が続く血管の傷口に当てられた。
 微かな光が次第に光度を高めていく。
 ジジジジジジ……
 何度か次元超越獣との戦いで、フライアが披露した光線兵器のはずだが、それを使って血管の傷口を焼き、止血を試みているのだとわかり、日高は自分のことながら、感心してしまった。
 痛みは感じない。傷口が深いためか? 麻痺しているのか? それとも麻酔の処置をされたのか? 自分ではわからない。
「すごいな……。衛生兵も務まるなんて……。」
 日高のつぶやく小さな言葉に、フライアが軽く微笑む。
美しい金色の巻き毛や頭につけたティアラをまじまじと見つめる。
両耳のイアーマフの上から伸びる、長いアンテナのような触角の先が、目の前で揺れる。
 日高は、無意識にその触覚に手を伸ばす。指が触れると、触角がピクンと反応して逃げる。フライアの耳の下にあるイアリング状の宝石が、クルンと目のように動き、日高を見つめる。
「ごめん……。めずらしかったもので……」
 日高の理性は、馴れ馴れしすぎると注意を喚起するのだが、出血して興奮しているためか、歯止めがきかない。
目の前でかいがいしく日高の治療にあたっているフライアの姿は、あまりにも艶かしくリアルで、日高の煩悩を刺激した。黒いウェットスーツのようなものに包まれているとはいえ、その豊かな胸の膨らみが目の前で揺れる光景は、とても色気がある。
 フライアは女だよな……。
 見ていると、つい性的な方へ意識が向いてしまう。
フライアの吐息さえも感じられて、血が下半身に行くと意識がつい飛びそうになり、こんな状況でも興奮してしまう自分に日高は思わず笑ってしまった。
はははっ。
それを聞いて、フライアが不思議そうにチラッと目を向ける。
意識を保つためにも、何か話さずはいられない。
「もし……もし、俺に何かあったら……。由梨亜って娘に、伝えてくれないか。何もしてあげられなかったけど……愛してると言ってた……ってね。」
 一瞬、フライアの手が止まるが、日高はそのまま話し続ける。
「あ……由梨亜って娘は、恋人とか……そんなんじゃない。俺の一方的な片想い……だ。大人びていて、しっかりしているようにみえるけど……無理をして一生懸命背伸びしているように……思えるんだ。だから、かわいく思って、支えてあげたかったけど……。こんなことに……なっちまった。だから、せめて俺の気持ちだけでも伝えてくれると、少しは…………。この愛しさだけは、伝えたい……んだ。今さら……遅いけどさ……。」
 左足に続いて右足の傷を焼き終り、応急処置を終えたフライアが、少しほっとしたようにため息をひとつついて、日高を見つめる。その瞳がうるんで、白い陶磁器のような頬を涙が伝う。
「終わったのか……な。ありがとよ……。君には、いつも助けられているのに、何もできなくて……」
 助かるかもしれないという希望が出てきたことで、気が緩んでしまったのだろう。日高の意識は、そこでまた途切れてしまった。

 フライアは、日高を抱き上げると、ホテルから脱出を図った。ホテルの下の階へ降りようとしたものの、行く手は「デスタ」の触手がうようよと這い回りとても簡単に抜けられる状況ではなかった。強行突入した壁は分厚い「デスタ」の本体で覆われてしまっている。次元を越えて移動することも考えたが、日高を抱えたままでの次元転移は、好ましくない。
最上階という位置関係からすれば、逆に空中へ空間転移する方が近道と判断し、フライアは日高を抱えてジャンプした。
転移完了と同時に、羽を広げてホバリングする。
日高の出血量ら判断すると時間をかけるわけにはいかない。
フライアはそのまま日高を病院へ送り届けるつもりだったが、ホテルから空へ飛び出して、汚染地区に繁茂する「デスタ」の様子を見て、もはやその時間もないことを悟った。
「デスタ」は、高濃度の放射性物質を含んだ赤い実を実らせはじめている。それを目当てに次元を超えて集結している「プゲル」の群れは多く、放置すれば、成獣となって多くの人々に被害を及ぼすのは明らかであった。
 内なる由梨亜、もう一人の人格の気持ちを考え、日高の命を救うことを優先するか、それとも次元超越獣と戦って多くの人命の守ることを優先するか、フライアはジレンマに陥ってしまった。
 何とか、次元超越獣たちを短時間で始末する方法はないか?
妖精たちから与えられた次元転送兵器を使うとなれば、一瞬で「デスタ」も「プゲル」も抹殺することができるが、その場合、この都市に大破壊を及ぼす。
自身に装備されている武器で一匹ずつ倒すには、時間がかかりすぎる。
 残る方法は、「デスタ」が枯れ、「プゲル」の群れが死滅するまで拘束するしかない。幸い「デスタ」は実を実らせた後は、枯れることがわかっている。また、集まってきた「プゲル」は次元同化していないため、この次元に拘束することで、細胞崩壊を起こさせて死滅させることも可能である。
問題は、防御シールドを展開して拘束する空間の規模である。
国防軍も入り込んで混乱した戦場から、必要最小限の空間を切り取るとなると、かなり困難な連携プレーが必要となる。
ここにいるニーズヘグは、3つ……。
フライアは、3つのニーズヘグへ、シールド展開の意思と退避の指示を伝える。
時間との勝負とはいえ、これは大きな賭けになる。
 その一方で、負傷している日高の命をつなぐため、生命維持のための作業も平行して行う。これほどの負担に耐えられるかどうか、それはフライアにとってもやってみなければわからないものだった。
 フライアは決意を固めると、防御バリアを展開して自身と日高の体をガードしながら、汚染地区の中心に着地した。
汚染地区に展開している国防軍は、ニーズヘグの動きに合わせて、少しずつ退去に向けて動きはじめる。
急げ。急げ。 
防御バリア内では、出血多量のため急速に体温が低下しつつあった日高の体温の確保のため、金色の巻き髪を過剰に増殖させて全身を包みこむ。
日高の体調は、止血の応急処置を施しているとはいえ、油断はできない。
 ニーズヘグが十分距離をとった段階で、汚染地区の中心にいる自身を中心に巨大な防御シールドを一気に展開する。
空を飛び交う「プゲル」の群れも、地上に繁茂する「デスタ」も全て納めてしまうため、そのサイズは、巨大だ。
これだけの作業をし終えた時には、さすがのフライアにも疲労の色が強く現れはじめた。防御シールドと自身の防御シールドの間に閉じ込められた「プゲル」の群れは、すでに一部が成獣と化し、次元ポケットへ脱出しようとしては、弾かれて暴れはじめている。
 「デスタ」の赤い実は、熟しきると破裂し、放射性物質の殻をもった微粒子状の胞子を周囲にばら撒いている。人間が吸い込めば、放射性物質により健康を侵され、弱った体は「デスタ」に寄生されてしまう。また、本体の幹や根の表面に突き出して生えている棘は、「デスタ」に接近してきた生物に種子を植えつけるためのものであり、その場合は寄生しながら脳を支配して、別の放射能汚染地帯へ移動させ、そこで成長してコロニーを広げるという役割を担う。
「デスタ」自体が動けなくても、確実に子孫を広げる仕組みが二段階で備わっているのである。
 フライアの展開している防御シールドのエネルギーは、次元ポケットに置かれた次元転送兵器パックから供給されているが、エネルギーの経路は自身の体を中継していた。
 次元を超越する能力を備えているとはいえ、その強大なエネルギーの流れを自身の体を通してコントロールするのは、フライアといえども厳しいものがある。まして、長時間もそれを維持するのは限界がある。
フライアは、次元超越獣たちが自然に死滅するのを待つつもりはなかった。防御シールドの展開空間を内向きに縮めて、内側に閉じ込めた「デスタ」と「プゲル」に接触させ、次々に焼き尽くすという戦術をとった。
それでも、元が巨大な空間のため、どうしても時間がかかる。展開空間を縮めるスピードをあげると完全に焼き尽くさないまま「デスタ」の細胞を外に出してしまう恐れがあり、それもできない。
閉じ込められ、地表面を焼きながら防御シールドの膜が迫ってくるのにおびえた「プゲル」がシールド内で出口を求めて飛び回る。シールドに激突し、燃え上がる「プゲル」がいる一方で、フライアらの張っている防御シールドに突っ込んで、はじき返される「プゲル」がいる。
著しい負担のため、フライアの意識も薄れがちだが、時々激突してくる「プゲル」の衝撃で何とか意識を取り戻して、シールドを維持していた。
 孤独の中でシールドを維持して、次元超越獣をゆっくりと焼き尽くすという、時間との戦いが続く……。

 


7ー(9)終局

 防御シールドと呼ばれる金色のドーム状の膜が時間とともに収縮していく様子は、現場の斉藤ら地上部隊だけでなく、上空から監視するアポロ3から送られて来る映像を見ていたアルファワン司令部でも確認していた。
 しかも防御シールドが収縮した跡は、高熱で焼けただれていて、あれほど繁茂していた「デスタ」の姿も見えない。
 時間とともに収縮するスピードは速くなる。
 「こいつは……すごい。」
 金城副司令は、思わずうなってしまう。
 汚染地区全体を中で焼き尽くしているのか? これなら次元超越獣も一発で全滅させられる。フライアの戦闘力は、我々の想像をはるかに超える。この力をもってすれば、次元超越獣を恐れる必要はないのではないか。
 金城副司令は思った。
 それは、この様子を見ているであろうレイモンド少将をはじめとするアダム関係者、そして政府や軍関係者の一致した見解だろう。
アダムは、それで妖精とのコンタクトに必死になっていたのだな。
 「! 」
 防御シールドは、汚染地区だけでなく、隣接していたホテル周辺まで包み込んで、真っ黒な焼け跡に変えている。
 金城副司令は、あわててホテル付近にいるはずの白瀬二曹を呼び出すよう指示した。
「白瀬。日高の救出はどうなった?ホテルの中はだいじょうぶなのか? 」
「え? 現場指揮の斉藤一尉より、日高は救出したと先ほど連絡がありましたけど……。」
「なに? こちらにそんな報告はきていないぞ。」
 金城副司令は、小田一曹に斉藤一尉へ確認するよう指示し、白瀬二曹に現場の報告を求める。
「それで、ホテルの中はどうなっている?中の確認はできそうか? 」
「……今、ホテルから十メートルほど離れたところにいますが、ホテルの窓はすべてなくなっています。中も完全に焼き尽くされたように見えます。」
「わかった。安全を確保しながら、現場の確認をしてくれ。」
「え~っ。あの怪物がいた場所にいくんですか? 怖いです~。」
「仕事だろ。甘ったれたこと言うな。一人で行く必要はない。近くの国防軍兵士に護衛を頼め。」
 金城副司令が電話を切ると同時に、小田一曹が斉藤一尉からの電話をつなぐ。
「斉藤です。」
「斉藤。日高の救出を確認したそうだが、日高は無事なのか? 」
「は? 日高? 一体何の話です? 」
「先ほど、近くのホテルで日高の救出にあたっていた白瀬たちに、救出したと連絡したそうじゃないか? 」
「え? 日高がここに来ているんですか? 」
「……知らないのか? 日高は、アダムの事情聴取を受けるため、近くの『ポラリス第1ホテル』にいるんだ。そう……だ。『デスタ』に占拠されたホテルにいたんだ。」
「……知りませんでした。少なくとも私のほうで救出作戦は行っていません。救出したという情報は、誤報と思われます。」
「……わかった。」
 金城副司令は、絶望的な思いを持って電話を置こうとした。
「副長。実は報告したいことがあるのですが……。今、よろしいですか? 」
「なんだ? 」
「フライアが上空に現れた時、誰か、人を一人抱えていたんです。」
「なに? それは男か? まさか日高じゃないだろうな? 」
「残念ながら、その後すぐに防御シールドに包まれてしまったので確認できませんでした。ただ……服装は国防軍の制服だったと思います。フライアは、いつも日高を助けているので、ひょっとしたら……。」
「わかった。それでは、防御シールドが消えた後、日高がいないか現場を確認してくれ。」
「わかりました。それと、あとひとつ……」
「まだあるのか? 」
「はい。次元シールドが汚染地区全体に張られる前、こっちに配備されている機動歩兵が勝手に動いて、我々をシールドの外に誘導したんです。」
「機動歩兵が勝手に動いたぁ? 」
「先ほどの日高救出と関連しますが、ひょっとして、私の乗っていた機動歩兵が勝手に通信したのかもしれません。」
「……根拠はあるのか? 」
「信じていただけますか? 私の目の前で、……私の声色まで使って勝手に部隊に指示をしていましたから……。」
「……あとで詳しい話を聞こう。とにかく、現場確認の指揮にあたってくれ。」
「了解。」
 金城副司令は、通信を切ると頭を抱えて椅子に腰掛けた。
 霧山司令は政府首脳部とともに、アメリカ政府及びアダムと対応を協議していたはずだが、フライアが出現し事態に対応していると伝えて以降、連絡がとれない。現場からの中継映像は、そちらにも流しているので、状況はしっかりと把握はしているはずなのだが……。
 アダムやアメリカ政府が主張していた「オプションS」の発動は見送られたのだろうか?
 今さら焼くものもないはずだが。
 アメリカさんは、妖精が日高や日本だけに肩入れしているようで、あまりおもしろくないかもしれんな。
 金城副司令は、霧山司令からの連絡を待つしかなかった。

 斉藤は自ら機動歩兵に搭乗し、比嘉二尉の「蒼龍」5号機と三塚二尉の2号機を率いて、現場確認のため、複合防御シールド? で焼き尽くされた汚染地区内に入っていった。
 十分ほど前まで、遠くに小さく輝いていた金色の光、たぶん収縮したシールドと思われる光が確認されたが、今は何も見えない。
「斉藤一尉。いくらフライアが守っているとはいえ、こんな焼け跡の中で、日高一尉が生きているなんて、とても思えないな……。」
 比嘉二尉がコールしてくる。
「いえ、日高一尉なら、妖精のお友達ですから、どんなことがあっても、きっと生きのびていますよ。」
 そこに三塚の反論が入ってくる。
「……比嘉さんは、日高一尉の奇跡の生還を見てないから……。だいじょうぶです。もしここにいなくても、2、3日後にまた基地へひょっこり顔を出すはずです。」
「ゴギブリみたいだな……。そう何度もうまい話が続くかね? 第一、フライアがなんで日高だけえこひいきするんだ……。おかしいだろ? 」
「まて、前方。誰かいるぞ! 」
 斉藤は、比嘉と三塚の会話を中断させる。
 汚染地区のほぼ中央に位置する場所に人らしきものが倒れている。一人じゃない。二人だ。まさか……?
「よ、妖精だ!妖精が倒れている……。」
 三塚の驚いた声が響く。
 斉藤は大慌てでそこに歩み寄る。
 金色の巻き毛にくるまれ、フライアは母親が幼子を抱くように、日高を抱きかかえてピクリとも動かない。その姿は、神々しいまでの美しさで、手を出すこともはばかられて、斉藤たちは安否確認をすることも忘れ、しばらくの間、見入ってしまったほどであった。 
 
 その日の夕方、国防軍対次元変動対応部隊は、意識を失い倒れているフライアと日高を保護した。それは、一般に「ファチマの奇跡」と呼ばれる、「妖精降臨事件」をはるかに超える大事件となったのである。

(第七話完/第八話に続く)