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超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―

渚 美鈴/作

第18話「堕ちた妖精 -幽鬼彷徨う街-」

【目次】

(1)奇跡の瞬間 

(2)次元転送兵器パック 

(3)すれ違う心 

(4)ターゲット インサイト 

(5)暴露された秘密 

(6)交戦!フライアvs「蒼龍」 

(7)幽鬼彷徨う街 

(8) 追撃の次元超越マシン 


18-(1)奇跡の瞬間  

 救出部隊を次元ポケットから転送すると、フライアの視界は急速に暗くなっていった。
 身体に巻きつき、毒針を突き刺す「ジガロ」の兵隊型の数は、減ることなく、次々と新手が現れる。「ジガロ」の太い毒針は、全身を覆うミッドガルズを難なく突き抜け、フライアの皮膚に突き刺さり、先端から神経を麻痺させる毒液を注入する。懸命に意識を保っていたものの、繰り返し刺され注入される毒液に胃がムカムカしてがまんできずに嘔吐してしまう。
 ゲホ、ゲホッ!
 むせかえり、逆流した胃酸のせいか、喉の奥がヒリヒリする。
 死ぬかもしれない。
 二度目の死。
自分がこの世から消えてしまうという不安と恐怖が、胸をしめつける。
いや……まだ死にたくない……。
誰か……助けて。せっかく生き返ったのに、こんな形で死にたくない。蘇ったこの身体で、私にはまだ、成すべき事があるの。
一人の人間として、一人の女として、まだ十分に生きたわけじゃない。
日高さんのためにも……私は……。
日高さん、助けて。
あても脈略もない救援要請が、パルスのように脳裏を次々と掠めていく。
そして、奇跡の瞬間が訪れた。

巣の周囲で、フライアを攻撃した「ジガロ」兵隊型は、ほぼ半数を失うという大損害を受けたものの、フライアを完全に無力化した。
女王を中心とする大家族体制をとる「ジガロ」にとっては、そこに喜びという感情はない。単純に生き続け、子孫を残して増え続けることが至上命題の「ジガロ」にとって、侵入者は排除しなければならない存在であり、それ以上のものではない。しかし、彼らの巣に害悪を及ぼすものであれば、その死をもってしても滅ぼすべき存在であった。
そんな殺意に満ちた「ジガロ」兵隊型の集団のど真ん中に、その全身真っ黒な小型の機動歩兵は、突然出現した。
それは、日本帝国国防軍の機動歩兵「蒼龍」そっくりの姿をしているものの、そのサイズはほとんど人間サイズでしかない。また、細部はまったくチグハグな印象だ。機械のような部分と生身のような部分が混ざっている。
ぼんやりした視界の中、フライアは、その機動歩兵の胸と肩の部分に白い数字がペイントされているのを目にした。
7……。機動歩兵「蒼龍」7号機……。
うそ……日高さんの……機体?
フライアの姿で戦っている由梨亜の意識が、少し目覚める。
小型の機動歩兵は、フライアにまとわり付く「ジガロ」兵隊型を次々と引き剥がし、フライアが落とした魔剣グラムを拾うと、周囲の「ジガロ」を一瞬にして切り捨てていく。押し寄せてくる「ジガロ」の毒針は、その金属質の装甲に弾かれ、何のダメージも与えることなく、長い腕ごと切りとばされていく。
両腕に絡みつかれると両腕を胸の前でクロスさせ、肘からロケット噴射を敢行して、組み付いた「ジガロ」と周囲の怪物を一瞬にして焼き払う。
たちまち燃え上がった「ジガロ」によって、炎の壁が出現し、「ジガロ」の群れが一瞬後退する。
掠れる視界の中で見るその戦いぶりは、どこか懐かしい……。

「フライア! 大丈夫かっ? 」
 小型の機動歩兵から声が降ってくる。
 日高さん……。
「ああ、俺だ。」
 小型の機動歩兵は、フライアの方を振り向くことなく、空間転移して飛び込んできた膨らみつつある「ジガロ」を左手一本で難なく受け止めると、強烈な右ストレートを叩きつけて炎の向こうに吹っ飛ばす。炎の上を飛び越えて着火した「ジガロ」の体が急速に膨らみ、集まって膨らみつつあった「ジガロ」兵隊型の群れの中で大爆発を起こし、周辺にいた「ジガロ」がさらに誘爆を起こす。
「逃げるぞ。つかまれっ。」
 日高の声がして、小型の機動歩兵がフライアを抱えあげると一目散に逃げ始めた。
うそ……。
お姫様抱っこされながら、コクピットのフレーム越しに見えるキャノピーの中に、懐かしい日高の顔が見える。
幻覚? それともまた、夢を見ているの?
愛しい姿を捉えようと瞳孔が拡大するが、高ぶった感情で視界が濡れてよく見えなくなる。けれどフライアの寄生体の複眼からは、はっきりとした視野が送られてくる。
まちがいない。日高さんだ……。
ドクン、ドクンと高鳴る鼓動。荒くなる息を吐きながら、フライアとなっている由梨亜は、感覚の麻痺した手を懸命に操り、機動歩兵にしがみつく。けれどもその実体感は、まるで伝わってこないため、心はあせる。
いるよね。今、ここに。私を抱いて、目の前にいるんだよね。
肩を抱きかかえる機動歩兵の手から、懐かしいぬくもりが伝わってきて、フライアは、それが夢や幻ではないことを悟った。
日高さん……、ああ、日高さん……。
高ぶる感情に、視界は濡れそぼり、もはや何も見えなくなる。
「おう! ここにいるよ。」
繰り返し呼ぶ心の声に、日高の声が答える。
お願い……。もうどこにも行かないで……。私を一人にしないで。
「……ああ。いつも……君のそばにいるよ。君と一緒に戦って、君を守るために……。」
日高の優しい声に、フライアとなっている由梨亜の心が震え、ほっとして意識が遠のく。
フライアを抱える日高の手に力が入るのを全身で感じて、フライアは深い満足感に包まれる。触覚が、まるでアンテナのようにピーンと硬直してビクン、ビクンと震える。
逃走するフライアたちを追って、巣の上部から次々と「ジガロ」狩人型の群れが降下してくる。獲物を奪われた怒りからか、その数は数百匹にものぼる。
群れの先頭から、まるで急降下爆撃機のようにダイブして「ジガロ」が突っ込んでくる。日高が、魔剣グラムで応戦しようとした、その時、フライアの触覚の先端から、緑色の光線が発射された。
カッ!!
その光の範囲は、広範囲にわたり、空? 全体を緑色の光で一瞬にして染め上げる。それには、熱や物理的な破壊効果はない。しかし、追撃のため降下してきた「ジガロ」たちの目蓋のない黄色い目には、緑色の強烈な光が完全な目潰しとなった。あちこちで空中衝突が起こり、右往左往する群れに追撃の勢いは完全になくなっていた。
日高は、それを見て、一気に走り抜けていく。
次元ポケットは、無限の瞬間と広大なポケットである。日高の逃げる意思のベクトルは、連なる新たなポケットへの道を開いていった。
 
 それは、突然、日高たちの目の前に現れた。
 金色のオーラに包まれて、光り輝くそれは、暗黒の空間に浮かぶ宇宙ステーションのようだが、そのサイズははるかに小さい。
 フライアを抱えて立ったままの日高の手から、魔剣グラムがひとりでに離れ、そのステーション状の物体に吸い寄せられていく。
「なんだぁ? 」
 日高が見ていると、ステーション状の一角がパクッと開き、魔剣グラムが中に収容されていく。その開いた部分から見える内部に、日高は以前フライアが使っていた巨大な銃のような武器が格納されているのを見た。
 これは……あの時の強力なビーム兵器。こいつは……フライアの武器庫なのか?。
思わずその内部に目を走らせると、黒い槍や手裏剣、盾といった古風な武器以外にも、様々な武器が納められている。
 え? ありゃ柄付手榴弾? ドイツ製の……? おおっ、デザート・イーグルだ。クリス・ヴェクター・サブマシンガン、FN P90まである。
覗き込んでいる間にステーションが回転し、今度はベッドのようなものが中からスライドしてきた。
 おっ……。
 驚いていると、フライアが日高の抱える腕の中から滑り降り、そこに仰向けに横になる。閉じたままの目を見ると、夢遊病にかかっているかのようだ。
 大丈夫……だよな。
 日高が見つめる目の前で、透明な水のようなものが、ベッドの周囲から盛り上がってきてフライアの全身を覆う。それと同時にフライアの身体から次々と装備が解除され消えていく。黒いウェットスーツ状のものも手首の方へ、波のように収縮して集合していく。黒い時計のようなものに変形していく。その形はどこか見覚えがある気がしたが、ほとんど全裸に近いフライアのブラとショーツ姿が目の前にさらされて、日高の意識はそちらの方に引き寄せられる。
見てはいけないものを見るようで、気が引けたが、真っ赤に腫れ上がった全身に無数の黒い点々が付いているのを見て、愕然となる。
 なんだ? 何だ……これ?!
 思わず、透明な液体に手を突っ込み、はっと気づく。先ほどまで日高の乗っていた機動歩兵の機体がなくなっている。
 あれ? いや、今はそんなことはどうでもいい。
 フライアの腫れ上がった肌についた黒い点に手を伸ばし、つまみあげると、プッと抜け、赤い血が水の中にサッと流れ出す。水の中から摘み上げた黒い物体は、黒い銛のような形状をしていて後ろの折れた部分が空洞になっている。鋭い先端部分には、逆向きの棘までついているのだ。
 針? 毒針の先か?……。
 フライアの全身にびっしりと打ち込まれた針の数は、とほうもない数だ。
 い、いかん……。
 日高は、両手をフライアのいる水の中に突っ込んで、一つずつ毒針を抜きはじめた。
 フライアのための医療施設なのかもしれないが、このまま任せるわけにはいかない。日高はそう思った。
 毒針は、フライアが「ジガロ」を振り切った衝撃で折れたためだろう。その長さも大きさもまちまちだ。フライアのブラやショーツをその上から貫通しているものもあれば、下着の下の肌に先端部分だけが残っているものまである。
 悪くない……決して、よこしまな考えは持っていませんから……。
 誰に弁解していいいのかわからないまま、ブラを外しにかかる。
背中に手を伸ばしてみても外す部分が見つからない。
あれ……? ど、どこだ?
見ると胸の谷間部分にホック状のものが見える。
ここか?
フロントホックを外して、胸の膨らみに刺さった棘を次々と抜いていく。
露になったピンクのかわいい先端が、日高の欲望を刺激する。
その一方で、逆にこんな繊細な身体で次元超越獣と戦っているというのが、俄かに信じ難いことのように思えてくる。
 上半身の毒針をほぼ抜いて、よく見てみると、右胸の上部に引きつったような大きな傷跡がある。以前、病院で見た時には、なかったものだ。
 俺が知らない間に、一体どんな怪物と戦って、こんな怪我を?
 それは、日高に大きなショックを与えた。
 無理しやがって……。
 ショーツに手をかけて下ろそうとするが、なかなかうまく下ろせない。ロープのように太腿の部分で絡まってしまう。ブラといい、このあたりは日高の女性経験の無さが、もろに出てしまう。
 下腹部の柔毛が露わになり、縦すじの中に花弁のようなものがチラリと見える。
 う、うわああっ。見てしまった……。
 日高は、一人で動揺しまくる。興奮は、もはや、思春期にエロ本を初めて見た時と一緒だ。心の中で、理性と欲望が激突する。
 まさかこんなところまで……ないよな……。
 伸ばす手が震える。しかし、残念なのか喜んでいいのか、「ジガロ」は、徹底的に刺しまくったらしい。そこにも数本の毒針が突き刺さっている。
 フライアの大事なところに触れないように……。
 息を飲みながら、日高はフライアの太腿の内側や下腹部の微妙な部分付近からも毒針を抜いていく。柔毛の中から硬い毒針を探り出し、抜く。指の背に花弁の縁が、触れる。真珠のような濡れた輝きが、見える。
ここまでくると、日高も若い男である。興奮もピークに達するが、ある意味、拷問に近いかもしれなかった。
 数十分後、背中やお尻も含めて、ほぼすべての毒針を抜き終えた時、日高はヘナヘナとその場にしゃがみこんでしまった。
 
 数分後、由梨亜がフライアの中で意識をとりもどした時、日高は側で眠りこけていた。

 

18-(2)次元転送兵器パック

次元ポケット内の絶対不可侵領域に浮かぶ次元転送兵器パック。
フライアは、その医療マシンの中で目覚め、瞬時にその場所を理解した。
次元転送兵器パックは、次元世界へ派遣される妖精兵士一人一人のために、妖精界から贈られた超兵器と予備武装、エネルギー補給システムなどの支援拠点だ。それは自律的に稼動し、様々な修復機能も有して妖精兵士の活動と装備の維持のために存在する。
そこは、フライア以外、誰も近づくことはできないとされているのだが……。
あわてて飛び起き、周囲を見回す。
フライアを散々苦しめた次元超越獣「ジガロ」の姿はない。そして、危機に陥ったフライアを助けに駆けつけた、機動歩兵の姿もない。けれど……。
……いた!
医療マシンの側で、もたれかかるように眠りこんでいる日高がいた。
いても立ってもいられず、マシンから降りると、フライアはすぐさま日高に抱きつく。
「あ、フライア……大丈夫……か? うわ……。」
日高が目をさまし、素っ頓狂な声を出す。その時になって、由梨亜は、フライアがまったくの生まれたままの姿になっているのに気づいた。しかも、抱きついた日高の手には、由梨亜のブラとショーツが握り締められている。
「あ……、あ? これ……。はい。棘……じゃなかった……毒針が刺さっていたから……その……抜こうと思って……。」
 日高は、フライアが見つめているものに気づき、顔を真っ赤にしてあせりながら、手にしたブラとショーツを差し出す。
ナイロンの布地にブツブツと突き出た小さなほころびや小さな穴を見れば、ウソではなさそうである。しかし、組み伏せた日高の股間からは、固いものがフライアの身体に押し付けられていて、フライアになっている由梨亜は、それが何かわかって、身体を離すべきかどうか、わからなくなってしまった。
身体を離して、それを目にすると余計にバツが悪くなってしまう。
抱きついて身体を密着している限り、それは意識しなくていいし、愛しい人の温もりをそのまま抱きしめ続けることができる。
 離れたくない。今は、離れたくない。
それは、由梨亜の正直な気持ちだった。
 真っ赤になった日高の顔が、目の前に……ある。
 落ち着いて……。今、私は、フライアよ。由梨亜じゃない……。由梨亜じゃない……。フライアは、日高さんが好きなのだから……。
 由梨亜がそう思ったとたん、フライアのタガが外れた。
フライアの唇が、日高の唇に重なる。
熱く濃厚なディープキス。それでとうとう日高のタガも吹き飛んでしまった。
 フライアの口の中に日高の舌が入り込み、二人の舌が絡み合う。フライアの伸ばした舌を日高が吸う。
日高の腕が遠慮がちにフライアの背に回され、強く抱きしめると、フライアは、その手をとって、自ら、胸の膨らみに導く。
日高の手がその頂に触れると、痺れるような快感が、フライアを貫く。
もう……引き返せない……。
これは、自然なことよ。フライアにとって、自然な営みなのよ。
由梨亜は、必死に自分に言い訳するが、その間にもフライアは、日高の上で快楽の世界へとのめりこんでいった……。

 アラスカで決行された「サジタリウス作戦」は、見事に成功し、次元超越獣「ジガロ」は次元ポケット内に造られた巣ごと完全に抹殺された。
「ジガロ」の巣に撃ち込まれたのは、オプションGで開発された燃料気化爆弾だったと噂されたが、その詳細は最後まで発表されなかった。
 一方、「ジガロ」の巣から救出された人々は、F情報から得られた解毒剤による治療が行われ、身体が弱っていた数人を除き、ほぼ全員が健康を取り戻すことができた。

東一尉は、機動歩兵の整備工場で、整備デッキを架けられた「ミラクル7」こと、機動歩兵7号機を眺めていた。クレーンから伸びるワイヤーが、上体の重量を支えて、脚部のサスペンションの負担を軽減しているため、若干、全高が伸びているように見える。
「東一尉。また、ここか。」
ふりかえると、神谷整備班長が整備工場の入り口に立っていた。片手に紙袋を抱えて歩いてくる。
「どうだ? 一緒に食わんか? 」
神谷整備班長が紙袋を見せる。紙袋には、「ケーキショップ『oi椎名』と書かれている。
「なんです? まさかこんなところで、ケーキですか? 」
「はずれ~。イチゴのタルトだ。うまいぞぉ。」
「意外ですね。甘いものが好きなんて……。」
「おいおい、こりゃあ、あのM情報の御倉崎ちゃんが働いているところの奴だぞ。奇跡の超能力者の! 」
「え? 御倉崎さんの手作りなんですか? 」
「いや……最近休みが多くてな。ちょーっと会えないんだが、まあ、奇跡の女の子が関わっているんだから、食べると少しはそれにあやかれるんじゃないかと思って……な。」
「ありがとうございます。いただきましょう。」
 東一尉と神谷整備班長は、整備工場の端に置かれた長椅子に並んで腰を降ろし、タルトをほおばる。
「次元超越獣が現れてから……もう一年経つかな。名誉除隊になった村雨のこともあったが、俺はあの怪物たちと戦う上で一番大切なのは、運なんじゃないかと思うようになった。」
 神谷整備班長は、タルトから苺を外して食べながら、しみじみと語る。
「うん? ……ですか。火力……戦闘力とか技術とかじゃなくて……。」
「ああ。次元超越獣は、何か目印を見つけてやって来るっていうじゃねぇか。それはきっと、悪い運じゃねぇかって思うんだ。悪運が、次元超越獣を引っ張ってきちまうんじゃないかって、ね。だから俺は、機動歩兵の整備をする時は、安全祈願も欠かさないし、ほれ。整備工場の入り口には、盛り塩も置いてる。救出作戦はたいへんだったらしいが、保有する全機が同一の作戦に参加して、圧倒的な数の次元超越獣と戦って、全機が無事帰還できたのも、奇跡の賜物だと俺は思うがね? 」
「……そうですね。」
 東一尉は、気のない返事を返す。
「おいおい、ウソじゃねえって。考えても見ろ。アダムの極東方面司令部の「ブラック・ベアⅡ」なんか、半年程度の間に二台がおしゃかになっちまってるんだぞ。しかもパイロットも一人は戦死、一人は廃人になる有様だ。同じように戦っているにも関わらず、こちとらの被害はゼロだ。」
「しかし、日高一尉が、行方不明になったじゃないですか? 」
「う……。そりゃ、お前……機動歩兵に乗ってなかった……からじゃないか? 」
「なるほど……。」
 神谷整備班長は、そう言うと、ポケットから何か取り出す。
「そんでな。ほれ。」
 そう言うと、東一尉の手に、ススキの葉っぱらしきものを結んだものを握らせる。
「なんです? これ? 」
「サン……と言ってな。俺の故郷の沖縄に伝わる、魔除けみたいなもんだ。そんなに嵩張るもんじゃねぇし、後生大事にいつも持ってろ。日高みたいに、機動歩兵から離れたところで何かあったら……たまらんからな。」
 そう言うと、神谷整備班長は、機動歩兵7号のキャノピーを開け、ポケットから取り出したサンをキャノピーの枠に差し込む。
「いいんですか? 機動歩兵は激しく動きますよ。外れて操縦の邪魔になったりしたら……・。」
 東一尉が懸念を伝える。
「何言ってやがる。ここに付けときゃ、どんな時でも忘れないだろ。乗る時は、ここから取ってポケットに入れて、降りる時は、ここに刺しときゃいいんだよ。」
神谷整備班長は、そう言って、そのまま整備デッキから降りてくる。
「もしかしたら、日高も……帰ってこれるかもしれねぇじゃねぇか。」
「……! 」
 東一尉は、やれやれという表情で7号機を見上げる。と、その手からイチゴタルトがポロリと落ちる。
「あっ。お前ぇ。もったいねぇことしやがって! 」
「……。」
 しかし、東一尉は7号機を指差して、口をパクパクさせるばかりだ。
「ん? どした? 」
 東一尉が指差す7号機のコックピットを見ると、そこに人影が見える。
「ん……。ま、まさか……。」
 
その日、日高一尉は、異次元からの三度目の奇跡の生還を成し遂げた。基地内は、再び大騒ぎとなった。
 そして、ほぼ同じ時刻に、レイモンド少将には、御倉崎、フライア生還の連絡が伝えられたのである。

 

18-(3)すれ違う心

「えーっ。やっちゃったのぉ? 」
榛名の素っ頓狂な声に、由梨亜は真っ赤になって縮こまってしまう。
「じゃ、晴れて相思相愛の関係になったんだね。おめでとう。」
榛名は、由梨亜から日高と異次元で再会し、その反動で性的関係まで結んでしまったと告げられて驚きはしたものの、二人のこれまでの関係を考えて祝福すべきだと考え直す。
「それが……。」
「ん? 」
由梨亜は、フライアの姿で性的関係を結んだこと、自分の正体をまだ明かしていないことを告げる。
「何やってるの? ここまできたら、さっさと正体見せちゃえば良かったのに……。」
「だって……。そんな……エッチした後、実は私でしたぁなんて、恥ずかしくて……できません。」
「それは……そうかも知れないけどさ。」
考えてみると、確かに由梨亜が言うことも一理ある。
「それに……日高さんは、フライアを愛したのよ。私じゃなくて……。」
「あれ? まさか……焼きもち焼いてるの? 」
「なんだか、自分に自信がなくなっちゃって……。逆に正体を見せると失望されそうな気がして……。フライアが、うらやましい……。」
「ふ、複雑ね。フライアもあんたでしょう?でもそんなこと言うと、もう一人の御倉崎なんか、もっと過激な性格でしょう。どうするの? 」
「……。」
 しばらく間があく。
「……どうでもいい……だそうです。」
「は? 」
「御倉崎が。」
 榛名は、頭を抱えてしまう。
「そうじゃないでしょう。フライアとして戦い続けるためにも、日高さんには、由梨亜のことを知ってもらう必要があるってことになったでしょう。何で、そんな方向に行っちゃうのよ? 」

「ただいま帰りました……。」
 日高一尉の前には、父の良平と母の美緒、そして兄の一輝、姉の長谷川五十鈴が座っている。
 場所は、オーロラシティー5階の高級和食店「銀狼」である。
 日高は、生還後のメディカルチェックを受け、翌日には特別な配慮で外出が許可された。この日の夜、連絡を受けて急遽集まってきた家族と会食の機会を作ったのである。
「MIAとか何とかで行方をくらまして、軍にもご迷惑をかけたそうじゃないか? 生きているなら、私たちに電話ぐらいかけるのが筋というもんだぞ。」
 父の良平は、旧帝都東京で民俗学を研究している大学教授だ。自身、年に数回、海外出張することもあって、MIAの意味を家出程度としか捉えていない。
「本当に……。私も心配しましたけど、でも無事に帰ってきて良かったわ。それより今日は、ぜひとも聞いておきたいことがあるの。」
「は? 」
 母の美緒は、日高の生還に涙を見せるどころか、そんなことはどうでもいいという様子でうきうきしている様子だ。
「一輝から聞いたわよ。御倉崎ゆりあちゃんて、どんな娘? もうお付き合いしているんでしょう? 」
「え?! あ、いや……それは……。」
 日高一尉は、予想外の方向に話が進むので、びっくりする。今日は、親に心配させてごめんなさい、生還おめでとうで済ます予定だったのだ。
「高校生なんだって?あんた、やるわね。もう世間知らずのお嬢様を騙すなんて……。で、どこまで行ったの?」
 姉の長谷川五十鈴は、単刀直入に質問を浴びせてくる。
「そうだ。別に婚前交渉がいかんと言う気はない。民俗学的に見れば、そんなものはゴロゴロしとるからな。しかし、本気で付き合う気があるなら、ちゃーんと親御さんにもご挨拶をしてからだぞ。」
 父の良平は、婚前交渉などたいしたことではないとばかりに釘をさす。
「兄貴……っ。なんで言っちゃったんだよ。」
 日高一尉が、うらめしそうに一輝を睨む。
「ははっ。いや、お前ももう年貢の納め時だと思ってね。」
 一輝は、ビールジョッキ片手にニヤニヤ笑って聞き流す。
「いい娘じゃないか。きれいだし……。とても気立てが良さそうだし……。お前、あんな娘に好かれているなんて幸せ者だぞ。」
「あ……会ったのか? 」
「ああ。お前が行方不明と聞いて、どうしてるか心配になってな。会って来た。とても……お前のことをとても心配してたぞ。もう、連絡はしたんだろうな? 」
「……いや。まだ。」
「おい! 」
 一輝が急に血相を変えて、日高一尉のそばにきて耳打ちする。
「ばかやろう。ゆりあちゃんが、どれだけお前のことを親身になって心配してたと思ってる? お前が行方不明と知って、倒れちまうぐらいだったんだぞ。それくらい想われているのに、そのどうでもいいような態度は何だ? 」
「そ、そうか……。状況が変わったんだよ。」
「なにぃ?! お前、彼女がどれだけやつれていたか……知らないからそんなこと言えるんだ。それと、いいか。彼女はすごい超能力者なんだぞ。そんなすごい娘が、どれだけお前を探し回っていたと思う? どうでもいいって……。一体、どんな状況の変化があるって言うんだよ。」
「……。」
「どうしたの? 」
 姉の長谷川五十鈴と母の美緒が、急に兄弟の間に険悪な空気が流れているのを知って、問いただす。
「……彼女とは、別れなきゃいけないんだ……。」
「はぁ? 何それ? 」「え? どうして? 何かあったの? 」「何をーっ! 」
 姉の長谷川五十鈴と母の美緒、兄の一輝が思わず聞き返す。
「セ……関係を持っちゃったんだ。世界を守る……妖精と。」
 日高一尉は、説明するため、一生懸命言葉を選ぶ。
「妖精……フライアって言うんだけど……。ニュースでも流れてるから、知ってるだろ。世界中に現れる怪物を退治してくれる妖精の御使いが、僕を必要としてるから。彼女が助けてくれなかったら、僕は今も帰ってこれなかったかもしれないし……。恩を仇で返すわけにはいかないだろ……。」
 暫しの沈黙が、家族のテーブルに漂う。
会席料理もほとんど箸を付けられないままだ。
「結婚……できるのか? 」
 暫くして、父の良平が、意外なことを尋ねる。
「は……? 」
「怪物から人類を守るスーパーマンのような妖精が、日本に現れたという話は、ヨーロッパでも大きな話題になっておった。向こうのカトリック教会では、メシアとか言って、聖母マリアのように崇拝する人も現れているとか……。そんな存在と……結婚できるのかと聞いているんだ。」
「いや……僕は、結婚ができるかどうかという話じゃなくて……。心の繋がりと言うか、その……倫理観というか……。責任というか……。」
「結婚なんかできないんじゃないか? お前がそんな人と肉体関係を持った事が、世間に知られて見ろ。カトリック教会の聖なる存在をお前は汚したことになって、怨まれるぞ。暗殺の危険もある。未来永劫、結婚できない相手との関係は、あって無きに等しい。」
「そうよ。第一、そんな神々しい存在じゃ、空気みたいなもんじゃない? 関係したって言うけど、子どもができるわけじゃなし。」
 姉の五十鈴が、とんでもないことを言い始める。
「そうね。子どもができるかどうかは、大切な事よね。確かめてみたのね? 」
 母の美緒もとんでもない話を始める始末だ。
「フライアは空気じゃないし、ちゃんと実体があるんだ! 」
 日高一尉は、怒って反論する。
「へ~。じゃ、子どももできるんだ。やっちゃったんでしょう。避妊はした?してない? あら、じゃあ、生まれる子どもは神様になるのかな~。楽しみね。私、神様の叔母様になっちゃうわけ?すごおぃ。」
 姉の五十鈴が、からかうように言って、急に身を乗り出してくる。
「目の前にいる女の子を大事にしなさいっ! どう考えても浮気じゃないの!あんたいつから、そんな浮ついた男になっちゃったの! 男なら男らしく、人間の方のゆりあちゃんを大切にしてあげるのよ。」

 プルルルルルッ。
「……由梨亜。ただいま。」
「おかえりなさい。日高さん……。お怪我はないですか? 」
 日高は、電話の向こうから返ってくる由梨亜の声色に少し拍子抜けする。兄の一輝の話では、行方不明になったということで相当なショックを受けていると聞いていたのだ。ひょっとしたら電話口で泣き出してしまうのではないかと心配したりしたのだが、由梨亜の反応はいつもと変わらない。
「あ、ああ、別にどこも怪我はない。こんな夜遅くから、電話してごめん。それと……いろいろ心配かけて……済まなかった。」
 手元の腕時計は、夜の零時を指している。
 腕時計……? あれ? 何か……忘れているような……。
「ううん。……声が聞けて、私もうれしい……。」
 受話器の向こうから流れてくる声は、しっとりといつもより艶っぽく感じる。
「この前……、別れ話みたいなこと……言っちゃったけど……また、会えるかな?」
「……フライア……さんのことでしょう。気にしてません。」
「怒らないの? 」
「なぜ?」
「……俺は……彼女と……。」
「その先は言わないで……。私のことを思い出して、こうして電話してくれただけで……うれしい。」
 寂しそうな言葉に、日高は思わず反応してしまう。
「ちがう! ちがうんだ! 俺は、由梨亜に電話する資格があるかどうかさえ、疑わしいんだ。だから……電話できなかったんだ……。君を悲しませるつもりはこれっぽっちもない。だけど、俺は、とうとう一線を越してしまったんだ……。ごめん。本当にごめん……。」
「そういう真面目なところが、好き……よ。」
「ありがとう。……俺も……。」
「おれも……何? 」
「なんだか、恥ずかしい……な。」
「聞きたいの。……お願い。言って……。」
 いつも以上に由梨亜は、大胆だ。
「す、好きだよ……。」
「好きなだけ……? 」
「……愛してる。……これでいいかい? 」
「『これでいいかい』は……余計ね。」
「はいはい。愛してる。由梨亜、愛してる。どんなに離れ離れになっても……信じてくれるかい。」
「は……い。私も、……愛してる。」
二人の心の中で、お互いの言葉が反響しあって、次の言葉が出なくなる。
「…………。」「…………。」
 沈黙が続く。電話ということで、お互い、少し暴走気味だ。
「じゃ、またかけるよ。」
「待ってる。」

 

18-(4)ターゲット インサイト

日曜日、オーロラシティー前の待ち合わせ広場で、日高と由梨亜は、ひさしぶりに顔を合わせた。
 黒のフリル付きのキャミソールの上に薄緑のVネックTシャツ、ミニのティアードスカートに黒のハイソックス。濃紺のダッフルコートを羽織って現れた由梨亜の姿は、いつも以上にまぶしく輝いてみえた。
その日、急遽、須藤副長から、次元ポケット内での行動についての補足説明資料の提出を求められたため、日高は約束の時間に三十分も遅れてしまったのである。
「ごめん。待ったかい? 」
「……ん。必ず来てくれるって、信じてるから……。」
「そ……そう?じゃ、そこの喫茶店にでも入ろうか……。」
 由梨亜の言葉には、日高の想像以上の絶大な信頼が込められているのだが、本人は、それに気づかない。
 由梨亜は、腕時計を確認する。男物の無骨な黒い腕時計が日高の目にとまる。
 レンガ造りの壁の古めかしい喫茶店は、恋人たちが語らう場として、とてもいい雰囲気だと日高は思う。二人そろって窓際の席に座り、日高はホットコーヒー、由梨亜は紅茶を注文する。
「今日は、午後三時から、『oi椎名』でバイトしなきゃいけないから、あまり時間がとれません。ごめんなさい。」
「直接……会えただけでうれしいよ。がんばってるんだね。」
「自分にできることがあるってことが、うれしいんです。本当は……ハーブティーとか、紅茶とか……お茶とかにも興味があって勉強したいんですけど……時間がとれないので……。」
「将来……どんな仕事をしたいのかな? 由梨亜なら、佐々木会長のコネで、ダイヤモンド・デルタ重工にも就職できるだろうし、その前に大学進学かな? 」
「それは、イヤです。時間がもったいないし……。」
「え? 時間……? 」
「できるだけ早く、一人立ちしたいんです。誰にも頼らずに……一人で生活できるように……。そして、結婚して、子どもを育てて……。」
「えらいな。でも、そんなにあせること……ないんじゃないか……。」
「そうでしょうか? 今、この瞬間瞬間が、私にとってはすごく大切なんです。みんなの中で、生きているんだって実感することが……すごく意味があるように思うんです。日高さんも、いつも危険を犯して次元超越獣と戦っているから、わかると思います。今、この何気ない時を積み重ねることの先には、未来があります。だから、私も、今、この時間をすごく大切にしなきゃいけないって、考えているんです。」
時間……、時計?
由梨亜が、とうとうと展開する持論を聞きながら、日高の頭の中で、何かがひっかかっている。
「そうだ。時計だ! 」
日高が、突然、大声をあげる。
「え……? 」
「由梨亜……、その時計……見せてくれないか……な。」
日高が勢いこんで、由梨亜の左手をつかみ、腕時計を指差す。
「これ……この腕時計! フライアも同じものを持ってたんだ。黒い……デジタル腕時計。まちがいないよ。このタイプだ。」
日高に左手を掴まれ、しかも自分の正体がばれそうになったことで、由梨亜は激しく動揺する。
ど、どうしよう。
「由梨亜? どうかした? 」
由梨亜の顔は、先ほどまでの真剣でにこやかな表情とうってかわり、蒼白になっている。しかし、日高は、由梨亜の手を握ってしまったことが、原因だと誤解した。
「あ……。ご、ごめん。つい興奮しちゃって……。」 
「……。」
 日高は、言葉を飲み込んで由梨亜の手を離し、黙ったまま椅子に腰掛ける。
 沈黙が続く。
 日高と目を合わせられず、由梨亜は喫茶店の窓から、外を歩く人並みに目をやる。そこに、浅黒い見知った顔が、人ごみを抜けていくのが目に入る。
「あ……! 」
 黒の革ジャンを着た男が周囲に放つ雰囲気に、強い衝撃を受ける。
瞳孔が拡大し、背中から冷たい汗が流れる。
その顔は、少し老けてはいるものの、人相はあの男にまちがいなかった。
「聖櫃事件」の残った犯人の一人。
 前世?の御倉崎ゆりあを、キム・スンマンと一緒に強姦した男。
御倉崎ゆりあの両親を殺した、憎むべき男……。
 キドウ タケシ……。
その名前を思い出すと同時に、怒りと憎しみの感情が、むくむくと心の奥底から沸き起こってくる。
氷の刃のように牙を剥くすさまじい殺意と憎悪に、由梨亜は怯える。同時に、今、人格交代すれば、完全に自分の正体がばれてしまうという危機感が、人格交代にぎりぎりまで抵抗する。
「ん? 」
日高は、由梨亜の様子がただ事でないことに気づく。
喫茶店前のスクランブル交差点の信号が変わり、歩行者の群れが一斉に動き出すと同時に、由梨亜の身体がぶるぶると震えだす。
「あ……寒い? 」
日高が声をかけると同時に、由梨亜が絶叫する。
「やめてーっ!! 」
何のことかわからず、呆然とする日高に、喫茶店内にいた他のお客や店員が白い目を向ける。何か痴漢行為をしたかという疑いの目だ。
「ち、ちがう……。おれは何も……」
 日高が手をふる間に、由梨亜がすっくと立ちあがり、店を飛び出していく。その手には、どこから取り出したのか、黒い短機関銃が握られている。
その独特の形状は間違えようがない。
クリス・ヴェクター・サブマシンガン!
うそだろ。おい。
それは、どう見ても本物だ。
「ま、まて。ゆ、由梨亜っ! 」
日高も慌てて後を追おうとして、店員と目があう。
急いで財布から二千円札を出してテーブルに置く。
「釣はいらないから。」
日高は店を飛び出して、由梨亜の後を追った。

「キドウ! 」
 交差点のスクランブル交差点を渡ったところで、突然大声で呼び止められ、鬼頭猛は、一瞬振り返った。
 見ると、銃のようなものを抱えた少女が、通りの反対側に立っている。
 ? ……警察か?まずい。
 鬼頭は、咄嗟に人込みをかき分け、中央駅のある百貨店のビルに飛び込んだ。
 タタッ!
ビシッ! ビシッ!
乾いた射撃音がして、さっきまで鬼頭が立っていた付近のビルの壁に着弾する。跳弾はない。
「わ、わっ。」「キャーッ! 」
そばを歩いていたビジネスマンが、驚いてひっくり返り、女性の悲鳴があがる。
ホローポイントか、ソフトポイントか、わからないが、人込みの中で狙う正確さといい、使用した弾種の選択といい、ただ者ではない。
距離は離れているが、どこか他にも関係者が張り込んでいるかもしれない。
鬼頭は、入り口を入るとすぐに左折し、あえて行き止まりのトイレに隠れる。
 百貨店の入り口付近ですぐに騒ぎが起こる。信じられない追跡速度だ。悲鳴と怒鳴り声が百貨店の奥へと向かい、鬼頭のいる場所から離れて行く。
今だ。
鬼頭はトイレから飛び出すと、百貨店の入り口から野次馬の群れをかき分け、平静さを装いながら、逆走して出て行く。
「なんだ? 今の? 」「銃を持った女の子が飛び込んできたのよ。」「映画の撮影かなんかじゃない? 」野次馬たちのさえずりが耳に入ってくる。
「ゆ、ゆりあーっ。」
そこへ一人の男があわてて飛び込んできて、鬼頭とぶつかりそうになる。あわてて端に寄ってかわす。男は、鬼頭に目もくれず、野次馬で埋まった百貨店内に突撃していく。
ゆりあ?
まさか……あの時の少女が? 生きていたのか?
鬼頭は、通りに出ると、来た道を引き返しはじめる。革ジャンの内ポケットに手を潜らせ、銃の感触を確認する。
いや、そんなはずはない。生きていれば、それなりの年齢のはずだ。人違いだろう。
鬼頭は、努めて冷静になろうと頭をめぐらす。
そうなると、今日の北斗七星会との取引が、警察にばれた可能性が高い。
側を通りかかったタクシーを止め、乗り込む。
「Uターンしてく……れ? 」
見ると、さっきまでいた運転手の姿が見えない。
バンバンバン! ガシャーン! ボコン、ボコン!
突然、激しい機銃掃射がタクシーを襲い、鬼頭はとっさに身を縮めてシートとシートの間に潜り込む。
後部のリアウィンドウが粉々になって粉砕され、周囲に飛び散る。タクシーの天井が着弾によりボコボコとへこむ。
タクシー後部の荷物室あたりにも次々と着弾して、ボコボコと板金がへこんでいく様子が見える。
上から?狙撃か?
窓越しに見ると、先ほどまで乗っていたはずのタクシーの運転手が、離れた場所に立って、呆然とこちらを見ている。周囲にいた歩行者が悲鳴をあげて逃げ惑う。
「ちっ! 」
鬼頭は、運転席に移ると、歩道側の後席のドアを開け、革ジャンを脱いで投げ捨てる。
タタタン、タタタン!
注意が飛び出した革ジャンに向けられ、そこに機銃掃射が降り注ぐ中、鬼頭は、タクシーを猛スピードで発車させる。また、百貨店前に逆戻りすることになるが仕方がない。しかしそこは、さきほどの混乱で野次馬が道路にまであふれ、対向車線には警察のパトカーまで止まっている。
ビーッ! ビビビッ!
クラクションを鳴らしてスクランブル交差点に突っ込む。何人か歩行者と接触し、跳ね飛ばすがかまわず進む。パトカーから警官が殺到してくるが、そこに、革ジャンから取り出した銃を乱射する。
ガウン! ガウン!
獰猛な発砲音とともに、直撃を受けた警官が一人、後ろにのけぞる。停車中の車の間に、強引に割り込み、車体をこすらせながら、脱出を図る。
バキン、ガリガリガリーッ!
サイドミラーがへし折れて飛び、軽トラックと軽自動車の間を抜けたところで、進行方向がクリアになる。しかし、アクセルを踏んだその時、前方の路面に頭上からロケット弾が着弾する。
ズガガアーン!
鬼頭は、それを避けようとハンドルを右に切ったが、そこに横からの爆風を受けて、タクシーは横転、ガードレールに激突して停止した。
割れた窓ガラスを抜け、脱出した鬼頭の前に、銃を構えた少女が現れた。
「動かないで! 」
虚空から現れたかのような、突然の出現に、鬼頭は対応のしようがない。持っていた銃は、背中側のベルトに刺したままだ。
怒りの形相で睨みつける少女を見ると、やはりあの時の少女にまちがいない。
「まて。止めろっ。やめるんだっ! 」
そこに声がして、一人の男が少女に飛び掛る。
「ひ、日高……? 離せっ。」
少女と男は、激しくもみあう。鬼頭はそれを見て、横転したタクシーの裏側に後ろ向きに倒れこみ、脱出した。

「やめるんだ。ここは街中だぞっ。銃なんか振り回して、どうするつもりだ?」
「離せっ! ……殺すんだ。そいつを……殺してやるんだ! 」
日高は、由梨亜の持つ拳銃を懸命に押さえつける。銃は、イスラエル製のデザートイーグルという馬鹿でかい銃だ。とても普通の少女が持って扱えるような代物じゃないはずなのだが、由梨亜の反発する力は、信じられないほど強い。力を抜くと、振りとばされそうなほどだ。
「何があったか知らないが……ダメだ。人を殺しちゃ……。」
「……お前に、お前に何がわかるっ! 離さないと、お前でも許さないぞ。」
由梨亜の怒りの形相に、日高は思わずひるみそうになる。言葉のひとつひとつの持つ憎悪の圧力が、爆風のように顔面に叩きつけられる。
「ああ……。わからないよ! だけど、君にこんなことをさせるわけにはいかない。……人殺しに手を染めちゃ……いけないんだ。」
日高が銃を由梨亜からもぎとる。しかし、その瞬間、日高の身体が一回転して路面に叩きつけられる。
ドシン!
「痛っ! 」
背中と腰から激痛が飛ぶが、奪い取った銃は離さない。由梨亜が走り出そうとしたため、今度はあわててその左足に組み付く。
とたんに周囲の景色が変わる。
「……?! 」
巨大なタンクやエアコンの室外機、パイプが周囲にずらっと並ぶ、どこかの建物の屋上だ。金属製のフェンス越しに、高いビルの上部が望見される。床は、コンクリートだ。
どういうわけか、少女の足に掴まったまま、一瞬にして飛んできてしまったらしい。
日高の襟首がガッとつかまれ、持ち上げられそうになり、とっさにもう一方の足首にも手をかける。
少女が転倒しそうになり、黒のハイソックスに包まれた膝が顔面を直撃してくる。手の平で受け止め、そのまま上方へ跳ね上げるが、少女の動きは、訓練された兵士以上に機敏で舌を巻くほどだ。
「や。やめ……。」
スカートの奥の薄いピンクと白のかわいいショーツが見えるが、それでも少女は倒れない。日高が抱きついた脚を中心に身体をひねると、今度は一回転して回し蹴りが襲ってくる。
そこで日高も少女の脚を離し、横に転がって直撃をかわす。
日高の拳銃を握った手を少女のローファーの靴先が蹴り飛ばし、デザート・イーグルが屋上のタンクに激突する。
ガーン!
振り仰ぐ日高の目の前に、由梨亜が仁王立ちしていた。
 

 

18-(5)暴露された秘密

日高の目の前に、仁王立ちしている少女は、由梨亜にまちがいない。
しかし、その怒りの形相は、日高の見知った顔ではない。目に宿る光は、殺意に満ちていて、長い栗色の髪は逆立ち、風に煽られている。
「なぜ……邪魔をする? 」
「何があったか……知らない。けど、人殺しはダメ……だ。」
「あの男が……何をしたか……知っているか? 」
低いしわがれ声で、由梨亜が問い返す。
「……いや。」
「私たちを……強姦したんだ。」
「え! 」
日高は、その言葉に耳を疑う。
「私……たちって……? 」
「由梨亜は、多重人格だ。私は、由梨亜のもう一人の人格、御倉崎とでも呼べばいい。私は、あの男に復讐するために存在する。わかったら、もう私の邪魔をするな。」
由梨亜の言葉は、次々と日高の知らない事実を突きつけてくる。
強姦された……。
多重人格……。
あまりにも衝撃的すぎて、日高には、その言葉が現実の重さをもって伝わらない。その言葉の持つ意味がよく飲み込めない。しかし、由梨亜の豹変が、多重人格という心の病気らしいということだけは、理解できた。
ならば、今は、この状況を治めることが最優先だ。
現実に、由梨亜がとっている行動は暴走に近い。先ほどの街中での発砲にしても、無関係の市民を巻き込む恐れがあったのだ。
興奮を鎮めて、その後で、詳しく話を聞くしかない。
「だっ、ダメだ。なら、余計……見逃すわけにいかない。由梨亜に人殺しを……罪を犯させるさせるわけにはいかない。」
「ふん。フライアといい思いをしたからか? 」
「ど、どうして……それを? 」
日高は、突然、フライアとの性的関係を指摘されてうろたえる。
「ははっ。図星か。何度かチャンスを与えてやったのに、由梨亜を抱かなかったのは、フライアの身体の方が魅力的だったからだろう? フライアの身体は良かったか? 満足したか? スケベということでは、男はみんな同じだな。でかいオッパイに鼻の下を伸ばしやがって。」
妬ましいような、歪んだ感情が伝わったきて、日高は劣勢になる。
「ちがう! ちがうっ! 抱かなかったんじゃない。俺も男だ。……抱きたくないわけないだろう。君を……いや由梨亜のことを大切に思っていたから、抱けなかったんだ。それに由梨亜は、まだ高校生だから……。」
「詭弁だな。いいさ。だが、大切に思うなら、由梨亜のためにも、協力してあの男を殺すのを手伝うのが筋だろう? 所詮、お前にとっては、由梨亜や私は赤の他人だ。私たちの苦しみや哀しみなんか知ったこっちゃない。『罪を憎んで人を憎まず』なんて、聖人のような偉そうなことを言って、自分が罪を犯すのが嫌なんだ。強姦されて穢れた由梨亜は、もう抱く価値もないしな。」
「やめろっ! これ以上言うなっ! 由梨亜を貶めるなっ。」
日高は、御倉崎の言葉に激怒した。
「いくら由梨亜のもう一人の人格だとしても、お前は嫌いだ。大っ嫌いだ。由梨亜のために、復讐すると言ったな。じゃあ、復讐した後の罪は、全部、由梨亜におっかぶせるつもりかよ。お前はそれで満足するかも知れないが、由梨亜は、その罪を背負って一生、生きなきゃならないんだぞ。それを考えたことがあるか? 」
「罪だぁ? 父を……母を殺して、私を強姦した相手に復讐するのが、罪だと言うのか? そんなもん知るか! 罪を犯した者が、その報いを受けるのは当然だ。勝手に、それを罪だと規定したのは、お前たちだ。古代ハムラビ法典を見ろ。イスラム世界を見ろ。『目には目を、歯には歯を』が許される世界だってあるんだ。それを否定するのか? なら、この国が、この世界が間違っているんだ。復讐は、罪なんかじゃない! 」
御倉崎も激怒して、歯軋りしながら吠えるが、日高も負けてはいない。
「人の命が目の前で失われることが……どれだけ心に重い傷を残すか? 俺は、フライアと一緒に戦ってきて、よくわかっているつもりだ。まして、それに自ら手を下すということになれば、さらに重い傷となる。俺は、由梨亜にはそんな苦しい思いをさせたくないんだ。」
「勝手な理屈だ。もういい! そんなに言うなら、あの男と一緒に、この都市まるごとぶっ飛ばしてやる。そうすれば、誰も私の復讐を罪だなんて言う奴は居なくなる。証拠も、証人もこの世から一人もいなくなりゃいいわけだ。そうすりゃあ、復讐もできて、由梨亜も何の障害もなく、一生を送れるというわけだ。」
 御倉崎の論理は、もはや常軌を逸している。
「そんなことをしてみろ。由梨亜がどれほど悲しむか……。どれほど苦しむか……。」
「私の苦しみを知らない奴が、知ったようなことを言うなっ! お前に……ゆりあの味わった恐怖と絶望、苦しみがわかるかっ! お父さんの目の前で……汚いものを咥えさせられて、一晩中なぶりものにされて……男たちの性欲の捌け口にされたんだぞ。その悲しみと苦しみがお前にわかると言うのか?! 泣いても許してもらえず、……あいつらのションベンまで飲まされた……。まるで、便器以下の扱いしか受けられなかったんだぞ……。この屈辱……しかも最後は、心臓にナイフを突き刺して……。私は……忘れない。絶対に許すもんか。あの男は……必ず殺してやるっ! 」
 その時の凄惨な記憶が蘇ったのだろう。
御倉崎は、目を血走らせ、ぜいぜいと息を荒くしながら、血を吐くような鬼気迫る激白を続ける。それは、聞いている日高の背筋を凍らせるほどのむごい内容の連続だ。
それと同時に、この御倉崎という人格の異常さに戦慄が走る。
御倉崎は、まさに復讐の化身だ。狂気と紙一重の存在だ。
 ダメだ。もはや、言葉が通じる相手じゃない。
「はははっ。……止められるもんなら、止めてみろ! 」
言うが早いか、御倉崎は、後ずさりして、右手を左手の腕時計に持っていく。
日高は、御倉崎が逃走するのを止めようと立ちあがるが、御倉崎の意味不明の行動に首をかしげる。
なんだ? 何をする気だ?
御倉崎がにやりと哂い、腕時計を握る指にぐっと力を込める。そのとたん、腕時計がグニャリと変形して、由梨亜の腕を覆いはじめる。金色の光があたりに立ち込める中、由梨亜の着ていた服が消え、かわいい下着姿になった身体を黒いベールが覆い始める。
「ま、まさか……。そんなバカな……。」
日高は、由梨亜の身体がフライアへと変身していく様子を目の当たりにして愕然となった。

懸命にもう一人の人格、御倉崎の暴走を抑え続ける中で、由梨亜は御倉崎を通じて、日高の声を聞いていた。
いつもは、御倉崎に入れ代わると、見えない、聞こえないで、外部からの情報を固くシャットアウトしてしまうのだが、この時ばかりは、止めなければという必死の思いが、それを可能としていた。
もう一人の憎悪に狂った自分の姿が、日高の前にさらけ出されたのもショックだが、日高がフライアと性的関係を結んだことに触れて、強い嫉妬を抱いていることに強い驚きと意外な共感が沸き起こる。
「……嫌いだ。大っ嫌いだ。」という日高の言葉が御倉崎に向かって発せられた時には、その言葉が強く胸につきささり、大きな衝撃を受けて、心が折れそうになる。
 そして、ついに御倉崎が日高の目の前でフライアに変身するに至り、由梨亜は、絶望のどん底に突き落とされた。
 最悪の形ですべての秘密が、日高にさらされてしまったのだ。
 見知らぬ男たちに乱暴され、穢れた自分の身体のこと。
 その身体を共有する憎悪に狂った、醜いもう一人の人格の存在。
 そして、フライアは、そんな自分が変身した姿だということまで……。
 お終いだ。すべてめちゃくちゃになってしまった。
 日高が何か叫んでいる。
 その日高をビルの屋上に残して、御倉崎が空に上昇していくと、日高はどこかへ走り出した。
 御倉崎は、哂いながらその姿を見送っている。
 逃げろ。逃げろっ。お前の愛したフライアは、この私だ。
 御倉崎のあざ笑う声が周囲に響き渡る。
 私は、もう、二度と日高の前に、今までのように立つことはできないだろう。純真無垢な存在としての化けの皮がはがされた。
醜い心、穢され汚れきった身体のことも、すべて知られてしまった。
 もう……どうなってもいい。
 由梨亜は、御倉崎を抑え込んでいた力を緩める。御倉崎から流れ込んでくる情報を再びシャットアウトして、眠りについた。
 二度と目覚めなくていい。
御倉崎。
あなたに、私のすべてをあげるから……。

涼月市の中心繁華街で起こった白昼の銃撃事件は、警察だけでなく、国防軍対次元変動対応部隊やアダム極東方面司令部にも伝えられた。
 次元超越獣の関与を疑うものはないものの、使われた武器が短機関銃やロケット弾ということもあり、テロの可能性が高いということで駐屯地内の第1部隊に非常呼集と待機命令が出される。
 機動歩兵の整備工場に、日高が飛び込んできたのは、その時だった。
どこから調達したのかわからないが、出前のスクーターでそのまま整備工場内に飛び込んでくると、整備中の機動歩兵7号機に潜り込む。
「どうしたっ! 日高……何があったっ? 」
神谷整備班長が、A整備中の2号機から慌てて飛び出してくる。
「出撃だ。神谷さん。何も聞かないで俺を行かせてくれ。」
コードがつながれた専用グローブを着けながら日高が答える。
「ばかなことを言うなっ。7号機は、C整備に入る予定で主要装備も降ろしたところなんだぞ。起動しても、まともな戦闘なんか……。」
神谷整備班長は、コックピットに座る日高の表情を見て、語尾を飲み込む。
「……一大事……なんだな。機動歩兵が必要なんだな……。」
「ああ。」
「わかった。太田っ。木村っ。起動用電源を7号機につなげっ。」
太田と木村が2号機から降り、慌てて走ってくる。
「電源が入ったら、固定用バンドを解除。クレーンも下げろ。」
 神谷は、整備デッキに駆け上がると、ヘルメットを日高に渡し、シートベルトを締めるのを手伝う。
「『APUだす』も起動良好だ。必要なら、他のパイロットにも言って、他の機体もスタンバイさせるぞ。」
「いや、俺だけでいい。俺がやらなきゃ……いけないんだ。」
「あとで……聞かせてくれるか? 」
「すまん。それも約束できそうにない……。」
 日高が申し訳なさそうに言う。
「……。奇跡の生還を何度もやったお前のことだ。いろいろと言えないようなこともあるだろう。いいさ。持ってけ。」
 整備デッキがスイングし、キャノピーが閉じ始める。
 神谷整備班長と、木村、太田整備員が敬礼して見守る中、7号機は、突然金色の光を発して消えていった。
「な……。」
 全員が唖然とする中、神谷班長は思わずうなる。
 「すげえな。日高の奴……とうとう、次元を越える力まで身に着けちまった……。」

18-(6)交戦!フライアvs「蒼龍」

 どこだ。キドウはどこだ?
 フライアとなった御倉崎は、眼下の繁華街を見下ろしながら目指す復讐の相手を探しまわる。
 出て来い。さもないと、この街ごと消滅させてやるぞっ!
 次元ポケットに浮かぶ、フライアの次元転送兵器パックから、ラグナロクと呼ばれる空間破壊銃を空中戦戦闘形態で取り寄せる。
 全長三メートルを超える巨大な銃のようなものが、三本の脚を空間に広げて現れる。トリガー部分に取り付くと、巨大な銃口を眼下の街並みに向ける。
 地上からはたくさんの見物人が何事かと見上げているが、まさか、自分たちに強力な破壊兵器が向けられているとは、まったく思っていない。
 横転したタクシーを見つけ、照準を合わせる。
 ラグナロクの照準が定まると同時に、破壊範囲についての推計情報が送られてくる。
 破壊範囲は、直径五メートル、地球を垂直に貫通して、コアまで削り取って空間ごと消滅させる。
 ちっ! 近すぎるか……。
 フライアは、ラグナロクをゆっくりと上昇させる。この都市を復讐の相手ごと一撃で消滅させるには、収束率を下げて破壊する空間を地表に限定する必要がある。さらに捕捉する範囲を広げるためには、距離を置く必要がある。そうしなければ、破壊した空間の反動による影響をもろに受けてしまいかねない。
 ラグナロクの高度が上がるにつれて、捕捉範囲が拡大していく。
 十メートル、百メートル、一キロ、十キロ…………。
 これだけの破壊範囲になれば、復讐の相手がどこに逃げ隠れしたとしてもその消滅範囲内に捉えられるだろう。
生きたまま、自身の身体が消滅する苦痛、恐怖を味あわせてやる!
 その時、フライアとなった御倉崎は、異次元から急速に接近してくるものを感じとる。
なんだ……? ニーズヘグ……システムF?
 バリバリバリッ……。
 突然、空間を蹴破って、機動歩兵「蒼龍」が現れ、フライアに組み付いてくる。
「オ前ワ……日高? ……邪魔オスル気カッ? 」
 フライアとなった御倉崎の心の叫びが、機動歩兵の音声ガイドシステムを通じて、伝えられる。フライアが機動歩兵の鋼鉄の手を、力任せに引き剥がす。機動歩兵の金属製のマニュピレーターが、ベキベキとへし折れて用を成さなくなる。華奢な身体からは想像もできないパワーだ。
 日高にとっては、意外なことの連続だった。
 機動歩兵「蒼龍」で出撃しようと乗り込むと同時に、空間転移したこと、そしてフライアとなった御倉崎に易々と組み付けたことなど、まるで、誰かが仕組んで操っているかのようだ。
 そして、音声ガイドから流れる御倉崎の声には、どこか喜びにも似た響きが感じられる。
 フライアとなった御倉崎と日高の乗った機動歩兵「蒼龍」は、ラグナロクの展開する反重力場の中で、もつれあう。その様子は、まるで空中に置かれた透明のガラスの上で取っ組み合っているかのようだ。
「御倉崎……。復讐はさせない。絶対に! 」
 日高が叫ぶと、音声ガイドが反応する。
「ばかカ、オ前ワ? ソノママ見逃セバ、コレマデ通リふらいあトイイ関係デ過ゴセタモノオ。」
「お前は、本当にフライアなのか? 俺にはとても信じられない。」
「……。」
「俺たちはこれまでずっと協力して、次元超越獣と戦ってきたじゃないか。次元ポケットに落ちた俺を助けてくれた。旧帝都・東京の危機を、身体を張って防いだ。そして、救えなかった子どものために涙を流した。そんな君が、今、自分の過去の復讐のために、多くの罪もない人々の命まで一緒に奪おうとしている……。俺には、とても信じられない。お前はフライアじゃない……絶対に。」
「履キ違エルナ! ふらいあノ使命ワ、次元超越獣ト戦イ勝ツコトダ。人間一人一人ノ命ヲ救ウ事ジャナイ。オ前ノヨウニふらいあニ、無茶ナ期待オスル奴ガイルカラ、ふらいあノ人格ワ消エタンダ。」
「消えた? ……どういうことだ? 」
「分カラナイナラ教エテヤル。元々アッタふらいあノ人格ワ、旧帝都・東京ノ危機ノ時、無理ヲシ過ギテ……、オ前ノ命マデ救オウトシテ、消エタンダ。永遠ニナ。」
「うそだ! 確かに、その時フライアに無茶をさせたことは知っている。でも、その後もフライアは同じように現れて、俺たちと一緒に戦ってくれている。いいかげんなことを言うな! 」
「うそジャナイサ。ソノ後、ふらいあノ人格ノ代わりヲシタノワ、由梨亜サ。戦闘ノ素人ガ、オ前ガ期待スル通リニ、変ナ使命感オ持ッテ戦ッタンダ。ダカラ、余計、苦シムコトニナッチマッタ。オ前タチノセイデナ。」
日高は、返す言葉がなくなってしまう。フライアとなった御倉崎の言うことには、すべて思い当たるところがある。
「涼月市4号倉庫襲撃事件」の時の、危なっかしい戦い方や違和感の原因が、それだったとすれば、納得がいく。
フライアと日高の乗った機動歩兵は、組み合ったまま、ラグナロクとともにさらに上昇を続ける。
「ふらいあトシテ次元超越獣ト戦ウタメノ人格、日常生活オ送ルタメノ人格、何デ別々ニ人格ガ存在スルノカ、私モ長イコト不思議ダッタ。ダガ、今ワ解ル。二ツノ人格ガ一体ダト、過度ニ、コノ世界ニ、干渉シテシマウ。ソシテ、精神的ニモ大キナ負担ニナルコトヲ、妖精タチワ恐レタンダ。ナノニ、ソレヲ、オ前ワぶち壊しニシテシマッタノサ。」
「それじゃあ、由梨亜はどうなったんだ? まさか……お前が消したのか?! 」
「交代シタダケサ。カワイソウニ、オ前ニ正体オ知ラレテ、しょっくヲ受ケテ……」
「由梨亜ーっ! 」
「無駄ダ。モウ二度ト目覚メルコトワナイ。」
「いやだっ。俺は由梨亜が好きなんだ。……愛してるんだ。」
「オ前ワ、由梨亜ジャナク、ふらいあオ選ンダ。心配スルナ。欲シケレバ、イツデモ抱カセテヤルゾ。」
 機動歩兵の音声ガイドで伝わる御倉崎の言葉には、フライアに対する敬意や配慮はまるでない。まるで、ただの操り人形、性欲処理のための肉体といった扱いだ。それが、日高にはカチンとくる。
「やめろっ! フライアの体が目的で、抱いたわけじゃないっ。愛おしさ……。たぶん俺は……フライアの中に由梨亜がいたから、抱いたんだ。フライアとして必死にがんばって使命を果たそうとしている由梨亜がいたからこそ、俺はフライアも好きになったんだ。」
「知ラナカッタクセニ……良ク言ウ……。」
「そうさ。知らなかった。だから、俺はどっちも選べなかった。そのために、由梨亜には、とても寂しい思いをさせてしまった。俺でなくても……由梨亜を愛し守ってくれる人が現れるだろう……。そう思って諦めようとしたこともある。由梨亜の幸せを……俺はフライアとともに守っていくんだと腹をくくったことだってある。そう思った時の、俺の苦しさがわかるかっ。由梨亜は、俺のかけがえのない伴侶になる娘なんだ。失ってたまるかっ。」
「ハハハッ。由梨亜ワ処女ジャナイ。ソレデモ、オ前ワ、由梨亜オ愛セルノカ?」
フライアとなった御倉崎が、キッとキャノピー越しに日高を睨みつける。その右手が「蒼龍」のボディを通り抜けたと思ったら、突然、胸倉を掴まれる。
「な……何を……。」
「言ッタダロウ。由梨亜ノ身体ワ、アノ男達ニ強姦サレテ、汚サレテイル。身体中舐メ回サレ、オマン○モ、子宮モ、奴ラノ汚イ精液デ穢サレテイル。ソレダケジャナイゾ。次元超越獣トノ戦イ以外デモ、醜い傷跡ガ一杯ダ。ソンナ汚レキッタ身体ダト知ッテナオ、ソレデモオ前ワ、愛セルノカ? 喜ンデ抱ケルト言ウノカ?! 」
「ああ……。愛しているからな。」
「愛シテル・愛シテル・愛シテル……。口先ダケナラ、何トデモ言エル。……信ジラレルカッ!! 」
 フライアが苛立ったように叫び、日高の「蒼龍」の腕からするりと抜け出る。
その両腕の肘あたりから手首に向けて、鋭い刃のようなものが飛び出し、手首のあたりに固定される。
「! 」
日高が「蒼龍」のスピアを展張すると同時に、フライアが突っ込んでくる。ガキーン! ガッガッ! ギィーン!
フライアの手首に固定されたナイフ状の刃の斬撃を、「蒼龍」のスピアがはじく。日本刀のような薄く鋭い刃と、太く分厚いいチタン合金製のスピアが激しくぶつかり、火花が飛ぶ。フライアの凶刃は、「蒼龍」のケブラー製の薄い前面プロテクター部分を簡単に引き裂くため、日高はフライアに懐に飛び込まれないよう防戦一方となる。
すると、フライアは少しバックステップして離れ、胸の前に手をかざす。その胸を覆う甲冑のようなものから、白い三日月型の光の刃が発射された。
輝くような白刃が、日高の機動歩兵「蒼龍」に電光のような勢いで襲い掛かり、とっさに受け止めたスピアをぶった斬る。絡みつくように飛び回る白刃には、スピアもまるで豆腐のようにやすやすと切り刻まれていく。日高のキャノピーを防御するフレームも、装甲も次々と皮でも剥ぐように引き剥がされていく。
だっ。だめだ。このままでは……。
今度は日高が、フライアに突進する。
接近戦に持ち込めば、この白刃は使えないはずだ。
しかし、フライアはそれを待ち構えていた。日高の視界からフライアが突然消える。
「! 」
ガリガリガリッ!!
腹のあたりからすさまじい音がしたかと思うと、下方からフライアの凶刃のついた腕が伸びて、日高の視界を通過する。ヘルメットのディスプレイには、警告文字が次々と表示される。
前面装甲ニ亀裂!
しかし、日高は少し後ろにのけぞりながらも、アッパーのように通過するフライアの腕に合わせて、その伸び切った脇に腕を差し込み、フライアの2撃目を封印して組み付く。破壊されたマニュピレーターは機能しない。腕で、がっちりとフライアの身体をホールドする。
背後から羽交い絞めされるような体勢となったものの、すぐに反対側の腕が反撃で振り出されてくる。
ガウン! ゴッン……
凶刃の刺突がキャノピーを貫通して、日高は思わず身体を傾ける。
ガウン! ビシビシッ! ガウン! ビシビシッ!
キャノピーの防弾ガラスに、銃撃を受けたかのような穴が次々と穿たれていく。
なんとか、フライアの猛攻を封じなければ、「蒼龍」が機能停止に追い込まれるのは明らかだ。かといって、殺傷力のある武器を向けるわけにもいかない。
「! 」
ドッゴゥーッ。
とっさに、右腕のブーストパンチを点火する。片腕だけの噴射によって、「蒼龍」はフライアを抱えたまま左回転を始める。
意表をついた日高の反応に、フライアの反撃が止まる。
子供だましのようなものだが……。
ブースター噴射が続き、「蒼龍」の自転速度があがっていく。軸足を踏みしめて、回転速度を殺さないようにしながらバランスをとり、回転速度を加速させていく。
「ア……。」
音声ガイドからフライアの声が漏れる。
遠心力に振り回され、視界が高速で回っているはずだ。
 ブースター噴射が燃料を使い切って終わっても、日高は「蒼龍」の自転を持続させる。
 そら……っ。目を回せ……。
「ヤ……止メテ……。日高サン……オ願イ……。」
 突然音声ガイドから、それまでとまったく違う声が流れてくる。
 まさか、由梨亜?
「気持チ……悪イ……。吐キソウ……。」
 人格交代……したのか?
 「蒼龍」の腕でホールドされているフライアから、力が抜け、ぐったりとしてくる。日高は、慌ててステップを踏み、静止をかける。
「ゆ、由梨亜? 」
 日高は、回転を静止させると、ホールドしていた腕の力を抜いて、フライアの身体を降ろす。
 そのとたん、フライアがジャンプして「蒼龍」の腕をすり抜けた。
 し、しまったっ。
 銀翼を羽ばたかせ、空中にホバリングしたまま、フライアが日高を睨みつけている。その顔は怒りのためか、気分がすぐれないためか、蒼白だ。
 たぶん、怒ってるから……だろうな。
「モウ……許サナイ……。遊ビワ……終リダ!ドウシテモ邪魔ヲスルナラ……殺ス……。殺シテヤル……。」
 音声ガイドから漏れる声は、元のままだ。
「ひでぇ……な。騙したのかよ。」
 突然、空中からラグナロクが消失し、それと同時に日高の足下から伝わる感触もパッと消えて、落下がはじまる。
な……。
「落チロッ。」
 音声ガイドが、フライアの声を伝える。

「由梨亜ーっ! 」
 日高の呼ぶ声がする。
 その愛しい人を求める声に、由梨亜は目覚めたものの、声のした方を確かめるのが恐くて躊躇する。
「……由梨亜は、俺のかけがえのない伴侶になる娘なんだ。失ってたまるかっ。」
 再び日高の声が聞こえてくる。その力強い宣言に、由梨亜は大きく動揺する。
 フライアとなった御倉崎は、日高の乗った機動歩兵「蒼龍」をいたぶるように追い詰めて行く。
 だめっ。日高さん、来ないで! 罠よ。
 光波カッターでアウトレンジ攻撃され、たまらず接近戦に持ち込もうとする日高の「蒼龍」を、御倉崎は待ち構えている。
 日高の「蒼龍」が突入してきた時、由梨亜は、アームナイフによる攻撃のタイミングをほんのコンマ数秒抑える。御倉崎は、それを知って振り切るように加速する。結果として、フライアのアッパー攻撃は、オーバーアクションとなって、日高が攻撃を封じる体勢へと移行した。
 御倉崎は、ロックされた右腕に代わって、左腕のアームナイフの先端を日高のキャノピーへと狂ったように叩きつけ、脱出を図る。すると、日高は、それをかわそうと、「蒼龍」をコマのように回転させはじめた。
 予想外の高速回転に巻き込まれ、御倉崎の主導権が弱まる。それと同時に回転運動の感覚が伝わってきて、平衡感覚がおかしくなる。眼下の大地がグルグルと回り始める。
や……止めて……。日高さん……お願い……。
 御倉崎の主導権が離れるとともに、突然、様々な感覚器官からの情報がどっと戻ってきて、処理できなくなる。胃が膨張し、むかむかと込み上げてくるものがある。
気持ち……悪い……。吐きそう……。
 そう思ったとたん、回転が弱まり、停止しはじめる。
「ゆ、由梨亜? 」
 心配そうな日高の声が聞こえ、ほっとしたのも束の間、御倉崎が再び主導権を回復させて、日高の「蒼龍」の拘束から脱出する。
 結果として、由梨亜は、御倉崎が脱出するための機会を作ってしまった。
 フライアとなった御倉崎は、戦闘巧者としてのプライドを傷つけられ、激しい怒りに捉われていた。それは、つい先ほどまでの余裕と、遊び感覚を完全に払拭した。
 まさか、日高さんを?
 ラグナロクが、フライアの指示を受け、戦闘態勢を解除し、再び元の次元転送兵器パックへ転送されていく。
 ……殺す……。殺してやる……。
 やめて。……だめ……。
 私を受け入れてくれない日高なんか……いらない。みんないなくなってしまえばいいんだ。
 由梨亜は、必死にラグナロクの転送解除に動くが、その命令は御倉崎によって止められる。
 反重力場の空間が消失し、日高の破損した「蒼龍」は、目の前で、はるか下界へと落ちていった……。
 
 

 

18-(7)幽鬼彷徨う街

日高の機動歩兵「蒼龍」は、涼月市の海岸に置かれた液化ガスの貯蔵タンクに落下し、大爆発を起こした。
 爆発とともに、巨大な火柱と真っ黒な黒煙があがる。
 通報を受け、日高の「蒼龍」とフライアの交戦を監視していた国防軍空軍のFー15から、アダムと対次元変動対応部隊の司令部に通報が入る。
「こちら、イーグルアイ。機動歩兵がやられました。墜落場所は、北斗港工場地帯。タンクを直撃し、現在、激しく炎上しています。」

 対次元変動対応部隊司令部にどよめきが走る。
 涼月市に突然現れたフライアにも驚いたが、それが出撃した日高の機動歩兵「蒼龍」と交戦し、それを撃墜したという事実に誰もが、信じられない思いでいっぱいだ。
「あれは……フライアじゃない。」
 須藤副長がつぶやいた言葉に、皆の私語が止まる。
「どういうこと……かね? 」
 霧山司令が尋ねる。
「『キプロ』ですよ……。我々は今、『キプロ』の催眠状態にあるんです。ここにいる全員が……フライアの幻を見ているんです。あれは、おそらく『キプロ』です。……考えてみてください。フライアが日高に……危害を加えるわけないじゃないですか。」
「『キプロ』? あの……超能力を持った次元超越獣……だというのか? 」 
 司令部にいる全員が、イーグルアイから送られて来た映像や地上班から送られてくる望遠映像に目を凝らす。しかし、どこをどう見てもフライアにしか見えない。
「前にもありました。「涼月市廃校特設独房襲撃事件」では、私もまんまとひっかかりました。……『キプロ』に一度思いこまされたら、それが解けない限り、視覚も何もまともな判断はできなくなります。」
「だが、どう見ても……あれはフライアにしか……。」
「状況証拠は明らかに、あのフライアがこれまでのフライアと違うことを示しています。あの憎悪に狂った姿のどこに、人類を守るために次元超越獣と戦う、メシアとか呼ばれていた気高さとか崇高さがありますか? 」
 須藤副長は、霧山司令の方に向き直る。
「意見具申いたします。わが軍は、ただちに、あのフライアを攻撃すべきです。もし、仮に本物のフライアであれば、決して正面から戦いを挑んでくることはないはずです。我々と戦わなければならない理由はないのですから……。」
「フライアが本物なら……攻撃してくるはずはないと? そう言いたいのか? 」
「ええ。」
 霧山司令は、須藤の意見具申にしばらく黙り込んでしまう。もう少しすれば、レイモンド少将をはじめとするアダム極東方面司令部の幹部も訪れるはずだ。

 必死で御倉崎から主導権を奪ったものの、由梨亜は、もうもうと黒煙を噴き上げて燃える日高の墜落地点を見つめ、呆然としていた。
 うそ……。そんな……。
 現場に隣接するタンクが、連鎖して爆発し、新たな火柱があがる。現場一帯の火災状況から、生存者がいる可能性はまったくない。まして、空を飛ぶ能力のない機動歩兵が千メートル以上の高さから墜落して、無事なはずもない。
 私が……日高さんを……殺したの?
 その残酷な事実が、フライアとなった由梨亜の胸に突き刺さる。
 いてもたってもいられず、現場に接近しようとしたフライアの眼前を、国防軍のジェット戦闘機が横切り、牽制される。そのパイロットの目が、フライアを睨んでいるのが感じられる。
ちがう。私じゃ……ない。
由梨亜は、否定したかったが、御倉崎は自分のもうひとつの人格だ。無関係の他人ではない。
ヴオォォォッ!
突然、牛の雄叫びのような音が轟き、至近距離を駆け抜ける光と風の奔流が由梨亜の思考を中断させる。
続いてジェット戦闘機が高速で駆け抜けて、目の前を上昇していく。
銃撃……? 攻撃……されたの?
ショックとともに、フライアの複眼が赤く光り、周囲が金色のベールに包まれはじめる。上昇したジェット戦闘機は、フライアの背後にまわり込んでいく。遠くからは、さらに数機の戦闘機が接近してくるのが見える。
そんな……。私は……。
電子の視線がフライアの身体に絡みつき、戦闘機の攻撃の意思が明確に伝わってくる。フライアと御倉崎が、思考停止に陥った由梨亜に代わって再び身体の主導権を握る。フライアの右手の甲からハンドメーザーが発射された。
由梨亜はあわてて威力を抑えたが、その直撃が戦闘機の右主翼の半分をなでるように横切ると、主翼がべきっと折れた。旋回からきりもみ状態に入った戦闘機が、たちまち市街地へ墜落していく。
 空中でホバリングしているフライアへ、今度は薄い煙の尾をひいてミサイルが飛んでくる。周囲に張り巡らした防御シールドに激突し、爆発する。
 ドガアアーン! ズグワァアアン!
 続けざまに飛んできたミサイルの次に、接近してきた戦闘機から、機関砲の射撃が雨霰のように浴びせられる。飛びすぎる戦闘機の腹に、フライアは、光波カッターを叩き込み、真っ二つに切断する。
やめ……やめてっ。
パイロットが脱出する様子が見えたが、その確認をする前に、さらに新たな戦闘機が機関砲を撃ちまくりながら突っ込んできた。
 空間転移してバックをとるが、今度は、いつの間にか地上からすさまじい対空砲火が、シャワーのように襲ってきた。
 バラバララララッ! ドン、ドドン、ドン、ドン!
 周囲に張り巡らした防御シールドの周囲で激しく炸裂し、真っ黒な爆煙が綿雲のように周辺の空を覆っていく。
 大通りのど真ん中に、二門の砲をふりかざして、こちらに向けている戦車らしきものが見える。フライアの複眼は、市街地のさらに複数箇所に同じような戦車が陣取り、攻撃の準備をしているのを確認する。
殺せ。殺せっ。皆殺しだ。破壊して、破壊して、この世界のすべて消滅させてやるっ。
日高さん……。日高さん……。どうか……生きていて……。
御倉崎とフライアの怒りと憎悪の感情が吹き荒れるのを抑えて、由梨亜は、フライアの身体を、炎上を続けている日高機の墜落現場近くへ降下させる。
現場の周辺で消火と避難誘導に当たっていた消防と警察が、接近してくるフライアを見て、あわてて退避していく。
 消防車から引っ張り出され、放水準備に入ったまま途中で放棄されたホースを乗り越え、爆発炎上を続けている現場に近づく。
 あたりには、爆発で飛び散った瓦礫が散乱し、強烈な輻射熱で近くの民家のの壁からも煙が出ている。
 散乱した瓦礫のひとつに、由梨亜は、目をとめた。
ずっしりとした金属製の何かの部品のようだ。
 それは、ひどく歪み、傷だらけではあるものの、人の手を模した構造を保っている。
 機動歩兵「蒼龍」の左腕……。
 そして、炎の中には、日高の被っていたヘルメットらしきものが見える。
 あああっ。
 フライアとなった由梨亜は、へなへなとその場にしゃがみこむ。
 殺した……。殺した……。私が殺した……。
 日高さんに愛されなくなることに絶望して、私は、何てことをしてしまったんだろう……。
 もう、その姿を見ることも、声を聞くこともない。
 永遠に……。
 日高さんのことだから……。
もしかしたらという希望もあったはずなのに。
振り向いてくれなくても、遠くから見守ることもできたはずなのに。
フライアとしてなら、愛し、愛されることもできたのに。
欲張りな私は、自らそれを台無しにしてしまったんだ。
私は、もうどこにも逃げられない。
御倉崎が、怒り狂って叫んでいる声が聞こえる。
 殺せ。壊せ。焼き尽くせばよい。すべてを無に……。こんな苦しみの世界などない方がましだ。
 できない……。できないよ。御倉崎。
この街は、日高さんが、命をかけて守ろうとした街なのだから……。
 燃えさかる炎を背に、フライアは立ち上がる。
 どこか、遠くに行こう。誰もいないところへ……。
 由梨亜は、フライアの脚をゆっくりと踏み出す。
雲の上を歩くような現実感のない世界が見える。
遠巻きにして、疑いの目を向けている警察や消防、やじ馬の群れがあたりを取り囲み、フライアの動きにあわせて後退していく。やがてパトカーや消防車に代わり、戦車や装甲車の群れが前面に立つ。
それでも、発砲することもなく、じりじりと後退していく。緊張と静かな時間が過ぎて行く。
 工場地帯を抜け、埋立地の広大な区画に移ったところで、2本の砲身を持った戦車から、何やら警告の言葉が響いてきた。
しかし、意味は頭に入ってこない。
 次第に、取り囲む戦車の数が増えてくる。巨大な砲身を持った角ばった戦車の群れが行く手を塞いでいるのが見えてくる。
2本の砲身を持った戦車の群れは、フライアを半円状に取り囲むように、道路から降りて、空き地へ散開していく。
 上空を飛ぶ戦闘機やヘリの数も増えていく。
 バウン!
フライアの正面にいた一台の戦車の発砲をきっかけに、すさまじい弾幕が展開される。防御シールドの全周にわたって、金色の光の膜が震え、爆煙が巻き起こり、すさまじい轟音が嵐のように駆け抜けていく。
なぜ邪魔をするの?
私は、そのままどこかに行くだけなのに……。
舞い降りてきた戦闘機から発射されたロケット弾が、雨のように降り注ぎ、フライアの防御シールドを激しく揺さぶる。
爆煙が収まり静まり返る中、今度は、巨大な砲身を持った戦車が、速度をあげて突っ込んでくる。
ズシーン…………。
砲身が防御シールドにぶつかり、その前進が止まる。
グオォォォーッ!!
戦車のエンジンが吠え、背後の排気管から白い排気が吐き出される。無限軌道が路面をガリガリとこすり空回りする。一向に進めない。むしろシールドに砲身を突きつけたまま、斜めに車体が傾いてしまうほどだ。
真っ暗な砲口は、ぴたりとフライアに向けられたままだ。フライアからは、ぽっかりと開いた暗い穴の中が、まじまじと覗ける位置にある。
次の瞬間、シールドに真っ赤な衝撃が走り、シールドが少したわむ。
ドゴオオオオォォォォォン!
落雷のような閃光と黒煙が沸き起こる。しかし、その煙が収まると、そこには、ささらのように砲身が裂けた戦車が、動けなくなって停車しているだけだ。
涼月市の上空を覆う黒煙のせいか、ポッポッと雨が降り始める。
次第に雨足は、強くなっていく。
フライアが停車した戦車の脇を抜けていくと、残りの戦車は次々と後退していく。雨に霞むその背後から、機動歩兵の群れが現れる。
その中には、見慣れた機動歩兵「蒼龍」の姿もある。
日高さん……。
その姿を見て、フライアの目に涙がにじみ、視界が濡れる。
 ない。
遠巻きに様子を見守る機動歩兵の群れの中に、慣れ親しんだ日高の7号機の姿はない。
日高さん……。ごめんなさい……。
唇をかみ締めて堪えても、流れ落ちる涙は止まらない。
日高さん。日高さん。日高さん……。
キイィィン。キイィィン。キイィィン。
激しさを増す雨にうたれながら、フライアが狂ったように高周波の声を絞り出す。
それは人間の耳には聞こえない。
それは、いなくなった大切な伴侶を呼ぶ声。
 妖兵は、涙を流しても、声をあげて泣くことはない。
 幽鬼のような姿で声もなく涙を流し続けるフライアに、機動歩兵は一歩も動けなくなる。
 雨は、しばらくの間降り続き、やがて、静かに止んだ。
 ふらふらと歩き出すフライアに、機動歩兵が黙って道を開ける。一部の機体が前に出ようとするが、別の機体がそれを制止する。
 何か叫んでいる機動歩兵がいるものの、フライアは呆けたようにそれを見つめ、黙って通り過ぎる。
 もう、この世界にもいられない……。
 私は、この世界を守るどころか、破壊してしまう……。
 私は、妖精兵士としても失格だ。
 フライアは、軽く力を集中して飛ぶ。
 次の瞬間、国防軍対次元変動対応部隊が見守る中、フライアの姿は掻き消えてしまった。

 

18-(8)追撃の次元超越マシン

レイモンド少将は、いらいらしたように司令官室の中で来客を待っていた。
数日前、帝都・涼月市で起こったフライアの暴走事件の後、二人の人間が行方不明となっていた。日高良弘一尉と、御倉崎由梨亜の二人だ。
ただし、日高一尉の場合は、国防軍の公式発表では戦死扱いだ。
機動歩兵1機、戦車1台、戦闘機1機喪失、戦闘機1機大破で、しかもあれほどの大騒ぎが発生したにも関わらず、死者が日高一尉、一人だけというのは奇跡に近い。それは、撃墜された戦闘機のうちの1機が、左主翼を失いながらも奇跡的に緊急着陸に成功し、市街地への墜落による一般住民の犠牲が生じなかったことが幸いしたと言われていた。
しかし、レイモンド少将の見解は異なる。
フライアが本気で戦っていたら、こうはならないだろう。
事件の真相を調査するため集めた映像資料の中に、由梨亜が追いかけていた男の姿を捉えた防犯カメラの映像があったこともあり、レイモンド少将は、事件の真相をしっかりと理解していた。
おそらく、日高と由梨亜がデートしている最中、そこにゆりあの復讐の相手・鬼頭が偶然現れてしまったのだ。そのため、御倉崎が復讐しようとして、何も知らない日高がそれを止めに入り、事件が大きくなってしまったのだ。
恋人が目の前で人殺しをするのを止めるのは、わかるが……。
今回だけは、見逃して欲しかったな……。
今さら言っても始まらないことだが、事の経緯を知るレイモンド少将としては、残念でたまらない。
国防軍の公式発表では、フライアとして暴れたのは、次元超越獣キプロと推測しているが、見当違いもいいところだ。最も、レイモンド少将自身も、その見解を公式に否定する材料がないため、放っておいているだけだ。
だが、フライアがなぜ暴れ、消えてしまったかという経緯を見ると、事はそれだけでは終わらない。失意のまま消えたフライアは、由梨亜として佐々木邸に戻ることなく行方不明のままなのだ。

「失礼します。」
スコット少佐とパワーズ少尉が司令官室に入ってくる。
「アダム北米方面司令部よりの緊急連絡の第2報です。」
スコット少佐が書面を差し出す。
「……また、アインか……。」
緊急連絡は、ネバダ州にある地下核実験場での異変を報告するものだ。
「北米方面司令部では、敵が地下深くに侵攻して、地上進出のための橋頭堡を確保しつつあると考えています。巨大な岩盤があるため、すぐにあがってくることはないと思いますが、各種センサーによる観測では、集結中の敵は、十機以上の次元侵攻マシン「アイン」がいると推測されています。これは、半端な数じゃありません。明らかに、計画的な侵略の開始と考えていいでしょう。リーランド少将も機動歩兵第1軍団の全戦力を集中して迎え撃つ準備を進めているようです。」
「……マルクス少尉にも、「ブラック・ベアⅡ」93号機とともに即時帰還命令が出されています。」
パワーズ少尉の報告に、スコット大佐が渋い顔で付け加える。
「私には、大統領から直々に命令が届いているよ。」
「え?」
「『フェアリーA』へ支援要請を行うこと。日本帝国国防軍の機動歩兵部隊の参戦に向け交渉を進めることの二つだ。」
スコット大佐は、腕を組んで考え込む。
「日本の……機動歩兵部隊に対する派遣要請は、何とかなるとして、問題はコードネーム『フェアリーA』こと、フライアの件でしょうね。」
「キリヤマ司令に頼めばいいのでは?前回の救出作戦の実績もあります。彼らなら何とか連絡をつけられるのではないでしょうか?」
 パワーズ少尉は、対ジガロ戦で国防軍が立案実行した「救出作戦」を高く評価していた。
 スコット大佐が首をふる。
「無理だな。先日の事件で、フライアとの連絡で重要な役割を果たしていた日高一尉は戦死、機動歩兵7号機も搭載していたシステムFともども完全喪失となっている。国防軍にもどうしようもないだろう。」
 スコット大佐の指摘を受け、パワーズ少尉は青くなる。
「合衆国本土に、敵が侵攻しようとしているのです。我が合衆国が蹂躙されれば、世界を守ることは不可能となってしまいます。なんとか、フライアの支援を取り付けなければ……。」
「そんなことは、わかってる! だが、どうすればいい。我々は、これまで一度もフライアと交渉したことがないのだぞ。」
 スコット大佐がいらいらした様子で吐き捨てる。
「……何とかしてみよう。」
「はぁ? 」
 レイモンド少将の言葉に、大佐と少尉は困惑した表情を向ける。
「私が……何とかすると言ったんだ。」
「何か……あてがあるのですか? 」
「……いや。だが、バチカンのルートもあるだろう? 少尉は、その可能性も探ってみてくれんか? 大佐は、キリヤマと日本の国防省との交渉に当たってくれ。」
 そこに来客を告げる秘書官が訪れた。

 北の大地、カルデラ湖のど真ん中に、その怪物は姿を現した。
 巨大なカブトムシが立ち上がったようなずんぐりとした体型だが、角にあたるようなものはない。代わりに背中から二本のアンテナが伸び、身体の前面から長い首のようなものが伸びていて、その先に黒いレンズのような目と小さなアンテナのようなものが三本突き出ている。
 太い腕の先には指に該当するような構造は見えず、その先には白いレンズのようなものがついているだけだ。
 怪物は霧で煙る湖の湖面付近の空間に、音もなく静止して浮かんでいる。
「……追跡シテ来タカ……。」
 展望台の上から様子を見守っていたキプロは、その怪物のタフネスぶりに感嘆してしまう。
 怪物は、次元超越獣「アインⅣ」となるのだろうか?次元空間を跳躍する戦闘マシンの最新バージョンだ。しかもその用途は、次元侵攻の障害となる妖精兵士の排除に特化して設計されている。
キプロは、次元空間を跳躍するアインの挺団に、次元ポケット内で奇襲をかけ二機を大破させて撤収させたものの、この一台の反撃に遭って、思わずこの次元世界へ逃れてきたのである。
 追撃してきたのが一機だけということは、残りの二機は予定通り侵攻していることになる。
 この一機だけでも始末せんとな。
 キプロは、近くの岩盤から十トン近い岩塊を引き出し、念動力で高度一万メートルまで一気に持ち上げる。
 怪物の真上まで到達すると、浮遊を解除し、さらにプッシュして落下を加速させる。チリチリと電気が岩塊にまとわりつく。
 気づかれたか?だがもう遅い。岩塊は直撃コースに入っている。
 キプロは、怪物の足を拘束するため、怪物が周囲に放つ反重力場に干渉を加える。怪物の姿勢がグラグラとぐらつく。
 よし。直撃だ。
 キプロが仕留めたと思った一瞬、怪物の腕が岩塊に向けられる。
 ウルルルルルル………………ッ。
 指向性を持った、すさまじい高周波音が腕から発射され、岩塊が瞬時に砕け散る。そこにさらに白色の光が放たれて、砕け散った岩の破片は怪物に到達することなく、瞬時に消滅した。
 ドボン、ボチャ……。ザザーッ。
 湖に小さな消し炭のような岩クズが雨のようにバラバラと落ちていく。
 ナンテ奴ダ……。アンナデカイ岩オ、一瞬デ破壊シヤガッタ・。・
 キプロが驚いて見ていると、怪物の下腹部分がスライドし、何かが飛び出す。
 チリチリとした電気が身体にまとわりつく感覚はないが、飛んでくる物体の頭には、目のようなものが付いているようだ。明らかに自分を狙っている。
 かわすために空間転移したキプロは、そこから同じ物体が接近してくるのを見て驚く。とっさに防御シールドを展開するが、直撃されて、元の空間に弾き飛ばされる。
 ナ……何ダ……コイツワ?
 そこにかわしたはずの物体が突っ込んできて爆発する。
 グワアーン!
 防御シールドに激震が走る。
 コ、コレガ、双極誘導みさいる?
次元ポケットで防御シールドを展開していなければ、先ほどの異次元のミサイルは、キプロの防御シールド内部に空間転移して突入してきたはずである。
 思考波逆探システム、サイクル・レーザー砲、位相光子弾、境界量子砲……・。
 アインⅣに新たに盛り込まれた新兵器の数々は、キプロにとってもまったく聞いたことのない未知の兵器ばかりだ。
 念動力を相手の機械の中にねじ込んで、二機を大破させた手は、すでに読まれているため、使えない。念動力の志向性を向けると、瞬時に感知されて防御シールドで弾かれるだけではない。わけのわからない強烈なエネルギー波が襲ってくるのだ。
コイツワ妖精兵士デモ手強イ相手ニナルゾ。ふらいあ……大丈夫カ?
 アインⅣが、湖面から上昇しながら、ゆっくりとキプロへ接近してくる。
 キプロの身体に電気がまとわりつく感覚は、もはや馴染みのものだ。それと共に、どこからか感じる視線が常につきまとって離れない。
 私ノ位置ワ、お見通しト言ウ事カ……。
 キプロは、精神を集中して、接近してくるアインⅣを迎え撃った。
 
 

 

(第18話完)