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超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―

渚 美鈴/作

第5話  創られた危機 ―システムFの謎―

【目次】

(1)北斗青雲高等学校

(2)模擬戦闘の打診

(3)激突!剛龍vsシルバ―・イ―グル

(4)狂気と殺意の狭間で

(5)佐々木邸

(6)佐々木 重義

(7)ロマンチック・ナイト

 

【本文】


(1)北斗青雲高等学校


「話がちがうだろ。女子高にする約束はどうなった?」
「いや、ですから将来ということで。実際に移行できるのは、最低でも、今いる男子生徒が卒業する三年後からということでして……」
「男子は、全員退学にすりゃあいいだろうが。」
「そんな、無茶な。」
榛名の剣幕に、教頭は必死で弁明するが、榛名の怒りは収まらない。
「榛名さん。私、気にしてません。」
セ―ラ―服姿の由梨亜が、榛名をなだめる。
「そうだ。榛名。最後まで確認を怠ったお前の失態だ。」
終始無言で同席していた金剛が一喝し、榛名はようやく黙ってしまう。
それを見て、校長と教頭は、ほっと胸をなでおろした。


ここは、私立の北斗青雲高等学校の校長室である。由梨亜は、高校の転入手続きを終え、本日、初登校の日を迎えたのである。
由梨亜に変な虫がつかないようにと、由梨亜の転入する学校に条件を付け、榛名に選ばせたのは金剛なのだが、最後の詰めが甘かったようだ。佐々木会長のコネや寄付金だけでは、どうにもならないことは当然ある。何より、女子高にする目的、意図が相手に伝わっていなかったことが痛い。
「将来、女子高にしろ!」ではなくて、「由梨亜が転入するまでに、女子高にしろ!」という意思を明確に伝えなかった、こちらの落ち度であると言われてもしかたがない状況なのだ。
「では、御倉崎さんは、担任と教室へ。」
教頭が合図を送ると、中背の若い男性教員が入ってきた。
「こちらが、クラス担任の栗林千春先生だ。」
「よろしく。御倉崎由梨亜さんだね。現代国語を担当しています。では、時間もないので、一緒に教室へ行きましょう。」
 栗林は、由梨亜の先に立って案内する。
金剛と榛名の厳しい視線を感じ、栗林の背中に緊張の汗が流れる。
 無理も無い。
黒いス―ツにサングラス、がっしりした体格の金剛は、迫力がある。暴力団関係者といわれれば誰もが納得してしまう風貌である。
片や榛名は、同じく黒のス―ツ姿ではあるが、モデルのような美人であり、金剛との組み合わせで謎めいた雰囲気を漂わせている。
すでに、数日前から、由梨亜の転入については、校内でうわさになっていた。
日本最大の(悪い意味での)組織の一人娘、いや隠し子だ、などというデマが、「女子高にしろ」という無謀な要求に尾ひれが付く形で、まことしやかに広まっていたのである。
この日、由梨亜のお供についた金剛と榛名は、その期待通りの登場となって、教師や生徒たちの関心をますます高めてしまったのである。
「今日からこの2年2組のクラスに転入となった、御倉崎由梨亜さんだ。みんな仲良くするように。」
由梨亜の担任となった栗林は、教室内の異様な緊張感を察して、少しおどけて見せる。
「ああ、由梨亜さんは、ちょっと言えないが、遠いところから来たそうで、この地域のことはあまり知らない。福山委員長。よろしく面倒みてやってくれ。」
名前を呼ばれた、まん丸眼鏡の女の子がおどおどしながら立ち上がる。
「はい。」
「それじゃあ、席は、南の隣の席が空いていたから、そこにしよう。」
由梨亜が案内された席につく。南と呼ばれた隣の席の男の子が、ぽ―っと由梨亜に見入っている。
「よろしくね。」
由梨亜の声かけに、男の子は、うんうんとうなずくばかりである。
「さあ、授業を始めるぞ。委員長、号令。」
かくして、由梨亜の高校生活がここに幕を開けた……。

 由梨亜の高校生活は、平穏に続いた。
 「……平穏すぎるだろ。聞いたか、校内の噂を。」
 佐々木邸の警備センタ―で、榛名は新聞を読んでいる金剛に食ってかかる。
 「何事もないに越したことはない。」
 「そりゃそうだ。校内では、『由梨亜様は、さるすじの隠し子で、ちょっかいだそうものなら、ヤクザが怒鳴り込んできてたいへんなことになる。』なんて噂でいっぱいだ。これじゃあ、野郎どころか、女子も全員ビビって、由梨亜様に近づけない。楽しい学園生活どころか、友達ができるかどうかすら、怪しい。」
 「根も葉もない噂だ。気にすることはない。いずれなくなるさ。」
 金剛は、榛名の訴えにまったく動じない。
 「根も葉もないじゃありません。チ―フ。会長の警護を比叡や霧島に任せて、なんでチ―フ自ら、毎日毎日、由梨亜様をお迎えに行くんですか?!これじゃあ、いつまでたっても、由梨亜様に友達ができませんよ。」
 「私のせいだというのか?」
 「自分の存在感、威圧感というものを自覚してください。」
 金剛は、榛名の指摘に憮然とする。
由梨亜に近づく相手を眼光鋭く牽制し、由梨亜がその日話した相手の身上調査をまめに行い、帰宅ル―トも変則的に変更するなど、金剛の徹底した警備は、目に余るものがあった。
 「私や比叡がいろいろと護身術の手ほどきをしていますから、由梨亜様は、普通の少女よりも格段に強いんですよ。会長からのご命令にしても、少し離れて警護する方向へ転換すべきです。」
 「…………」
 「今日のお迎えは、別にお願いします。会長から了解は取っていますので、あしからず。」
 金剛にそう宣言して、部屋を後にした榛名の前に、比叡と霧島が立ち塞がる。
 「な、何よ?」
 「今日は私が?」
 霧島と比叡の声がハモる。
 「あ―っ。もう、うざいわね。ボディガ―ドの匂いがプンプンするあんたたちに任せられないって言ってんでしょ!」
 「まて。まさか自分が、行くんじゃないだろうな。」
 霧島が鋭く追及する。
 「ちっ、ちがいますっ!」
 榛名は一瞬うろたえたものの、即座に否定する。
 「本当か?誰だ?そいつは?身上調査は済ませたのか?大丈夫なんだろうな。」
 比叡が、畳み掛けるように追求する。
 「問題ありません!あんたたちは、会長の警護に万全を尽くしなさい。」
 榛名は、二人を残して、ツカツカと廊下を歩み去る。
 「……・少しは子離れしなさいって、言ってるのよ。」

 隣の席に座る南栄作にとって、御倉崎由梨亜は謎めいた存在だった。
洗練された動作、英語をはじめとする学力も高い一方で、社会事情や流行、話題などがかなり世間離れしているのである。
お嬢様として育てられてきたせいかとも思ったのだが、むしろセンス的な部分で世代的なギャップのように感じるのである。
 それは、委員長の福山恵子も同じらしい。
委員長として、学校生活のアドバイスをしなければと思うのだが、ほんの少し伝えるだけで、すいすいと何事もこなしてしまう一方で、流行の音楽とファッションはまったく疎くて話が続かない。話題を見つけるのに苦労し、よけいに話しづらくなるという悪循環に陥っていた。
 二人とも真面目な性格で、由梨亜をクラスに早く溶け込まそうと一生懸命になるのだが、午後、下校時刻になると、さっと迎えに来るベンツに乗った黒服に睨まれ、退散するという毎日を繰り返していた。
 その日も由梨亜は、さっさと帰宅し、福山恵子は、やれやれという思いを抱きながら、下校のため、正門に向かって歩いていた。
 「あれ?」
 正門の横に、由梨亜がひとりで立っていた。ベンツも黒服もいない。
 「み、御倉崎さん。どうしたの?帰らないの?」
 「あ、委員長。」
 「恵子でいいわよ。いつものお迎えが来ないのね。」
 「ええ。代わりの迎えが来ることになっているんだけど……。」
 「携帯で確認したら?」
 「持ってないの。使ったことがなくて……。」
 「またまた、セレブのお嬢様が。そんなわけないでしょ。」
 「テレカならあるんだけど……。この街、あまり公衆電話もないし……」
 福山は、ため息をつく。
 「御倉崎さん。あなた、お金持ちなの?それとも貧乏なの?どっち?」
 「お世話になっているおじ様は、大企業の会長だから、どちらかというとお金持ちだと思う……。私は、お世話になっている身だから、これ以上ご迷惑はかけられないから……。」
 「ふ、複雑な家庭環境なの?」
 「そ……そうね。そうかもしれない……」
 福山は、由梨亜の答えを聞いて、これ以上追求するのはまずいと考えた。
 「じゃ、お小遣いとかは……ない……の?」
 由梨亜は首を左右に振る。
 福山は、自分たちがとても大きな誤解をしていたのではないかという気がしてきた。やっぱり由梨亜は、噂どおりの隠し子で、世間体を気にして仕方なくこの学校に通わせてもらっているというのが真相かもしれない?
 「どうしたんだい?」
 校門の脇にいる二人を見かけ、南が話しかけてきた。
 「いつものお迎えが来ないんだって。」
 「お迎えって、あの怖いおっさん?今日は来ないんだ。」
 南が思わず正直な感想をもらす。
 「いえ、金剛さんは、見かけは怖そうでも、決して悪い人ではありません。とても優しい方です。」
 由梨亜が金剛を弁護する。
 「ひょっとして、見張られているんじゃないの?」
 「え?」
 「何の話?」
 人間三人集まると話が進むものである。ただし、この場合は誤解を拡大する方向へ進んでいった。
 「いつも屋敷と学校だけ、往復してるんでしょう。きっと、自由なんかないのよね。」
 「ええ?私自身、不自由と感じたことはありませんが……。」
 「じゃ、あの黒服の男は、由梨亜さんが逃げないように見張ってるんだ?」
 「見張っているのではなくて、少し警備が過剰なだけです。皆さんとても優しくて、親切にしてくれます。」
 「かわいそうに……。あなたは騙されているのね。」
 「え?」
 「聞いたことあるよ。ストックホルム症候群って言うんだ。ひどいことされても、自分のためなんだと思い込んでしまうというやつだよね。」
 福山と南は、由梨亜のことについて、互いの理解を補うように話し合う。
由梨亜の訂正は、まったく耳に入っていない。
 二人の興奮した様子が、帰る途中の他の生徒たちの注目を集める。
 「なんだ、なんだ?どうした?」
 「おおっ!御倉崎さんがいるぞ。」
 「あの黒服のヤクザはどうした?」
 そこに福山と南の誤解と偏見が混ざった解釈と情報が次々と伝わって、さらに誤解が誤解を生み、デマの輪を広げる。
 「なんてひどいんだ。借金のために身売りされたなんて。」
 「いや、卒業させた後、自分の愛人に囲い込むつもりなんじゃないのか?」
 「金は有り余っているのに……・やっぱ、金持ちというのは、金の亡者だね。」
 由梨亜は、大勢の生徒たちに囲まれて、なぜか励まされる。
「がんばって。私たちは、あなたの味方よ。」
「助けが必要な時は、協力するから。」
もはや、何がなんだかわからない。
 
 その時、学校前の道路を北側から、国防軍の大型トレ―ラ―がやってきた。どこかで戦闘を行ったのか、あちこちに汚れやススがこびりついている。
北斗青雲高校は、民間住宅街のど真ん中に位置しているため、このような車両が通行することは滅多にない。
国防軍のトレ―ラ―は、由梨亜たちが集まっている北斗青雲高校の校門前で停車した。トレ―ラ―の上部と左側面が開放され、中から巨大なロボットがその姿を現す。
「機動歩兵だ。あれは、最新鋭の27式機動歩兵「剛龍」だぞ。すごい。こんなところで見られるなんて。」
南が興奮したように叫ぶ。由梨亜のまわりの生徒たちは、何が起こったのかわからないまま、固まったままである。
やがて、「剛龍」の正面キャノピ―が解放され、中からパイロットが降りてきた。パイロットがヘルメットを取る。
 「由梨亜。遅れてごめん。」
 「日高さん。」
 由梨亜がパイロットに駆け寄る。
 「すみません。榛名さんが、急に無理を言ってしまって。」
 「いえ、君のためならって、霧山司令もOKしてくれましたよ。」
 トレ―ラ―から三塚が日高に声をかける。
 「日高一尉。我々はこのまま駐屯地に帰ります。」
 「ああ、あとはこっちで何とかする。……送っていくよ。」
 「ええ。では皆さん、また明日。」
 由梨亜は、二人を呆然と見詰める生徒たちにあいさつすると、日高と一緒に並んで歩きはじめた。
夕陽の中、仲良く並んで歩き去る二人の姿は、絵のように美しく、福山や南、そしてそこにいた生徒たちの妄想をさらにかきたてた。
 「なんか知らないけど……かっこいい!」
 「あれは由梨亜ちゃんを助けにきた、白馬の王子様よ。」
 「いや、あれは、機動歩兵って言うパワ―ドス―ツだよ。」
 「そんなのどうでもいいの。見た?あのイケメンが、あの黒服たちと戦って、由梨亜を迎えにきたのよ。」
 福山と南がさっきまでの出来事を話しながら歩いていくと、道路の端で止まっているベンツに出会った。エンジンから白い煙があがっていて、中で黒服の男が何やら携帯に向かってがなりたてている様子である。
 福山と南は、「本当だ」という確信を強めながら、その横を黙って通り過ぎていった。

 その時、ベンツの中では、霧島が携帯に向かって叫んでいた。
 「榛名!ベンツに細工しやがったな。おぼえてろよ~。」

 

 


(2)模擬戦闘の打診


数日後、ダイヤモンド・デルタ重工の佐々木会長とエレクトリック・ツルギ社の五十嵐社長が、国防軍中央即応集団・対次元変動対応部隊の駐屯地を訪れた。
白瀬の案内で、霧山司令と金城副司令の待つ応接室に入る。
やがて、駐屯地内に、日高と三塚を呼び出すアナウンスが流れた。

日高と三塚が霧山司令らの待つ応接室の前に行くと、中から佐々木会長のボディガ―ドの金剛が顔を出す。
日高と金剛のサングラスの下の視線が合い、空中に火花が散る。
「これはこれは。日高一尉、おひさしぶりです。」
「こちらこそ。由梨亜さんも、元気で学校に通っているようで、何よりです。」
「先日は、榛名が勝手なお願いをしてしまったようで。御倉崎様のお守りは、お疲れだったでしょう?」
「いえ。お守りだなんて。楽しいデ―トの時間になりましたよ。」
「おや。まさか十も年下の女子高生に発情したんですか?」
 「……由梨亜は、年齢以上にしっかりしていますよ。」
 「おお!開き直り直りましたね。このロリコン!本気なんですかぁ?」
 「変な言いがかりはやめてください。」
 「そう、変だ。あなたも御倉崎様に変な噂がたたないように、気をつけてくださいよ。付き合うからには、あなたにも相応の覚悟と責任を持っていただかないと。あなたは、御倉崎様のことを何も知らないのだから。」
 金剛が、そう言って日高の脇を通り過ぎる。
 「脅迫ですか?それとも、自分の方が何でも知っているという自慢ですか?」
 「どちらでもありません。単なる忠告ですよ。」
 金剛は、そのまま廊下を歩いていく。廊下ですれ違った白瀬唯を呼び止める。
「会長に、車でお待ちしていますと伝えてください。」
日高は、金剛の言葉に沸きあがってくる怒りを抑えながら、その後ろ姿を見送った。
「あの人、空手家ですよ。」
日高と金剛の会話を傍で緊張して聞いていた三塚が、ほっとつぶやく。
 「知っているのか?」
 「いえ。でも、両手のこぶしに藁を突いて鍛えたコブがありました。沖縄唐手かな?きっと体中鍛えられていますよ。」
 「沖縄唐手か……・。」
 「日高一尉。司令が待ってますよ。」
 「ああ……」
 日高と三塚は、応接室のドアをノックして、中に入った。

 「機動歩兵同士の模擬戦闘ですか?」
 「そうだ。相手は、アメリカのアリソン・バイオテクノロジ―社が開発した試作機だ。その実力評価のために協力してほしいと、アダム極東方面司令部より依頼がきているのだ。」
 「すごい。ぜひ僕にやらせてください。」
 三塚が目を輝かせて身を乗り出す。
 「うむ。日高一尉は、どうかね。受けてくれるかね。」
 佐々木会長は、隣に座っているエレクトリック・ツルギ社の五十嵐社長とともに満足そうな表情を浮かべながら、日高に尋ねる。
 「どうして、うちに依頼が来るんです?」
 「どうして?」
「エレクトリック・ツルギ社の『Zプロジェクト』で『神龍』が完成した時、アリソン・バイオテクノロジ―社は『ブラック・ベアⅡ』を持ってきて、実力を試したはずです。その時の結果は、10対1で『神龍』の完敗でした。実力評価をするなら、『ブラック・ベアⅡ』とするべきでしょう。『蒼龍』は、『神龍』に『DS&APU』を搭載したプロトタイプにすぎない。しかも、2号機、7号機も修理中で、運用上も余裕がない。」
「模擬戦闘訓練に使うのは、うちの量産型の『剛龍』だ。」
佐々木会長が胸を張る。
「それに『蒼龍』は、正確にいうと、試作機『神龍』の改良型『翔龍』のプロトタイプだ。2世代も進化した機体である『剛龍』の実力を試すには、絶好の機会だと思っとる。」
 エレクトリック・ツルギ社の五十嵐社長は、前回の汚名返上といわんばかりの勢いである。
 「霧山司令はどうなんですか。受けるべきとお考えですか?」
 日高に促され、金城副司令と並んで座っている霧山司令が顔をあげる。
 対次元変動対応部隊の実質指揮を取る霧山一佐は、つい先日少将に昇進し、本格的に司令官となったばかりだ。金城三佐も、補佐役として、副司令官となっている。
 「次元超越獣の脅威が、現実のものとなった今、少しでも優れた兵器を確保することは必要なことだ。それに……まったく違うパワ―ドス―ツとの模擬戦闘でパイロットが得る経験も、有意義ではないかと思う。」
 「そうですよ。ぜひやりましょうよ。」
 三塚が相槌をうつ。
 「残念だが、第1戦隊の斉藤と比嘉、第3戦隊の宮里と吉田は、臨戦待機のため参加できない。今、参加できるのは、機体が修理整備中のお前たちだけだ。しかも、使える機体も両社が提供する量産型『剛龍』だが、やれるか?」
 応接室にいる皆の視線が、日高に集まる。
 「ご命令とあれば、やってみましょう。」

 日高と有頂天の三塚が部屋を出る。
 「なんで、彼等なのです?経験を積ませるという意味では、むしろ第1戦隊や第3戦隊のパイロットにやらせたほうが……?」
 金城副司令が疑問を投げかける。すると、エレクトリック・ツルギ社の五十嵐社長が答える。
 「以前、アリソン・バイオテクノロジ―社の「ブラック・ベアⅡ」とうちの試作機動歩兵「神龍」が模擬戦闘を行った時、十名のパイロットのうちで、唯一勝ったのは、日高だけだったんだ。」
 「なるほど。」
 「ところで、アリソン・バイオテクノロジ―社の新型パワ―ドス―ツは、どんな奴なんだ?」
 霧山司令の問いかけに、佐々木会長が答える。
 「『シルバ―・イ―グル』とかいう奴らしいのだが、これまた『ブラック・ベアⅡ』以上に秘密のベ―ルに包まれていてな。当日公開するの一点張りで、何も教えてくれんのだ。明日、輸送機でアメリカから到着する予定だとか。」
 「アリソン社のスタ―リング社長は、うちの機動歩兵が次元超越獣との実戦で戦果をあげているが気に入らないらしい。そこで、試作機をぶつけて、その実力が上回るところを軍にPRして売り込みたいんだ。だが、そうはいかん。今度は、こっちが返り討ちにしてやるんだ。そこで……。」
エレクトリック・ツルギ社の五十嵐社長は、そこで一端話を区切り、霧山司令と金城副司令、そして佐々木会長を見回す。
 「量産型「剛龍」にDS&APUの2号と7号を積んでみたいと思うのだが……・。」
 「おいおい、DS&APUは壊さないようにしてくれよ。あれは、この日本に6台しかない貴重なシステムなんだからな。」
 金城副司令が驚く。
 「いや。かまわん。やってみろ。」
 「司令!」
 霧山司令の思いがけないGOサインにその場の全員が驚く。
 「実戦で使えなければ、意味はない。模擬戦闘で壊れるようなら、実戦では役に立たんよ。」
それを聞いて、佐々木会長と五十嵐社長は、がっしりと握手する。
「では、さっそく準備を。」
「ええ。新しい機体は「剛龍・改」とでも名付けましょうか。」
 「いいですな。」
 喜び合う二人を前に、金城副司令は困ったように霧山司令に小声で尋ねる。
 「経費はどうなりますか?」
 「当然、両社の開発経費で賄ってもらう。日高と三塚の参加も、勤務外の扱いとして、手当てしてもらうつもりだ。本人たちにも伝えておいてくれ。」


 「模擬戦闘?」
 意外な話に、由梨亜は、よく状況が飲み込めなかった。
ここは、佐々木会長の邸宅の居間である。
 「おう。アメリカから『シルバ―・イ―グル』というパワ―ドス―ツが来るので、うちの『剛龍』と果し合いをする。うちのパイロットには、日高一尉と三塚二尉をお願いしてある。二人の戦いぶりには、期待している。」
 佐々木会長は、自分のしていることが、由梨亜のためになる信じて疑わない。
 「だいじょうぶですか?危険ではないですか?」
 「心配ご無用。あくまで模擬戦闘です。これで二人の実力が高まり、機動歩兵の性能アップにつながれば、この先、きっと、あなたの力になりますから。」
 そこで言葉を区切る。
 「あなただけに無理をさせるのは、忍びないのです。それに、日高一尉もあなたに好意を持っている様子。あなたのためになっていると知れば、男なら喜んでやってくれると思います。」
 「そんなことありません。日高一尉は、真面目で優しい方です。誰にでも。」由梨亜は、佐々木会長の思い込みに不安を覚えたが、それは口に出さない。
「私のことは、金剛たち4人以外には、絶対に言わないでくださいね。」
「いいのですか?私としては、むしろ軍、少なくとも日高一尉には話したほうが……・」
「絶対に言わないで。お願いだから。今はまだ、……・知られたくないのです。」
「わかりました。金剛たちにもお気持ちを伝えておきます。」

 

 


(3)激突!剛龍vsシルバ―・イ―グル

 

 北斗空港からトレ―ラ―に乗って演習場に訪れた2機の「シルバ―・イ―グル」は、名前のとおり白銀の塗装を施された直線的なデザインの機体だった。
 「これが?」
 「オウ、イエス!これが合衆国の次期主力パワ―ドス―ツとなるBPS01G21『シルバ―・イ―グル』です。」
 アリソン・バイオテクノロジ―社のスタ―リング社長は、自慢げに霧山司令をはじめとする観戦者たちの前で紹介する。
 「あまり詳細は、話せないが、戦闘出力だけでも『ブラック・ベアⅡ』の2倍以上を叩き出す。パイロットも優秀な2名が搭乗している。」
 「模擬戦闘は2対2で、装備火力の使用はなし。前回同様、相手を行動不能もしくは完全に押さえ込んでしまえば勝ちとする。これでよろしいかな?」
 金城副司令が観戦者らに聞こえるように、双方のパイロットへマイクロホンで伝える。
 「なお安全のため、パイロットを狙った直接攻撃、観戦のために設けた特設展望台の手前百メ―トルに入った場合は、失格とする。失格のコ―ルを受けた時は、ただちに模擬戦闘をやめること。いいな。」
 その他、事細かなル―ルや合図は事前に説明済みである。
 日高と三塚の搭乗した「剛龍・改」2機と「シルバ―・イ―グル」2機が動き出し、演習場のそれぞれの発起点へ向かっていく。
観戦のための展望台の前を通り過ぎる2機の「シルバ―・イ―グル」は、アメリカの最新鋭兵器ということもあり、皆の注目を集めている。
「なんだか、禍々しさを感じる。妙だな。だいじょうぶなのか?」
その日の朝、由梨亜のもうひとりの人格、御倉崎が観戦すると急に言い出したため、佐々木会長は急遽、霧山司令に同行の許可を得たばかりである。
「何か、気になることでも?まさか、次元超越獣の現れる予感が……・?」
「いや。それとは違う……。」
「ですが、フライア様が現れるのですから、何かあるとしか……。」
御倉崎の鋭い瞳は、「シルバ―・イ―グル」を見つめたままだ。
「不安か?」
「はい……。」
佐々木会長は、前日まで由梨亜のためになるものと信じていた。しかし、フライアを代弁する、もう一人の人格が、突然現れたことに動揺の色を隠せない。
 「では、日高がどこまでやれるか興味があったから……ということなら、安心か?」
 「はあ。それは……・。ご本心ですか?」
 「少なくとも、由梨亜の気持ちは……な。」
 「わかりました。では、日高一尉にも観戦に来ていることを伝えておきましょう。それと、何かあれば早目に教えてください。」

 「剛龍・改」のキャノピ―内に音声ガイドが、流れる。
 「あるふぁり―だ―ヨリ、こ―るガ入ッテイマス」
 「こちらゴルフ・ワン。日高だ。」
 「ゴルフ・ワン、ゴルフ・ツ―、金城だ。司令からのメッセ―ジを伝える。隊の名誉にかけても負けるな。以上だ。」
「こちらゴルフ・ワン。日高。了解。」
「ああ、日高。御倉崎さんも応援にきているそうだ。」
「え?」
 かくして、日高と三塚の搭乗した「剛龍・改」2機と「シルバ―・イ―グル」2機による模擬戦闘が幕を開けた。

 コ―ルサイン「ゴルフ・ワン」の日高を先頭に、「ゴルフ・ツ―」の三塚が、後方から援護する体制で慎重に索敵しつつ前進を図る。
 演習場内には、様々な状況を考慮して、小さな林と小高い丘、そして湿地帯、さらに小さなコンクリ―ト製の建物や、有刺鉄線を張り巡らしたバリケ―ドなどが設けられている。
 機動歩兵の図体の大きさからすれば、敵に位置を突き止められ先制攻撃を受けないためにも、アンブッシュ(待ち伏せ)作戦を取りたいところだが、今回の模擬戦闘は、基本的に双方が索敵攻撃を実施しての遭遇戦を行うこととなっている。そのため、日高は、後方にいる三塚と間隔をいっぱいとり、索敵行動することとしていた。
 「振動せんさ―ニ、感。」
 音声ガイドが警告する。
目いっぱい音量を絞っているものの、索敵行動下ではとても大きく感じる。
 茂みの中に機体をしゃがませ、前方をうかがう。丘の下にあるコンクリ―ト製の建物のそばで光るものがある。1機だけだが、まちがいない。
 「ゴルフ・ツ―へ。前方の建物のそばに『シルバ―・イ―グル』の姿をひとつ確認した。今から接近して攻撃を仕掛ける。」
 「ゴルフ・ワン。囮でしょうか?」
 「ゴルフ・ツ―へ。おそらく。俺が攻撃を仕掛けると、もう一機が現れるはずだ。そいつは任せる。」
 「こちら、ゴルフ・ツ―。了解。気をつけてください。」
 日高は、茂みの中からゆっくりと立ち上がる。センサ―能力が互角であれば、相手は、すでにこちらの位置を探知しているはずだ。
火力が使えない中であれば、あとは正面から格闘戦を挑むだけである。
 日高は、ちらっと左手の小高い丘を見る。演習場のど真ん中に位置するその丘は、戦線を見渡す意味で重要な場所になるのだが、そこへ展開するには機動歩兵でもまだ時間が足りないはずだ。
日高は、「シルバ―・イ―グル」1機の潜む建物へゆっくりと接近する。
 やがて、行く手の建物の影から、「シルバ―・イ―グル」が現れた。早足で向かってくる。
 上等だ。
 日高は、「シルバ―・イ―グル」をしっかり見据え、迎え撃つ体制をとる。と、その時、日高の頭上を影がよぎる。
 「!」
 とっさに右手へバランスをくずし、転がる。
 「ゴルフ・ワン!左、丘の上に敵ですっ!!」
 ドカッ!という衝撃とともにもう一体の「シルバ―・イ―グル」が、日高が先ほどまでいた場所に立っている。地面にめり込んだ両腕のマニピュレ―タ―を持ち上げて、「シルバ―・イ―グル」がゆっくり立ち上がる。
 「おそいっ!」
 「た―げっと2機、捕捉」
音声ガイドが流れ、バイザ―上のディスプレイに赤い捕捉マ―クが点滅する。
 立ち上がる日高に、今度は駆けつけてきた「シルバ―・イ―グル」が組み付いてくる。やけに長い手が掴みかかってくる。
とっさに、その右腕を逆に掴み、内側にねじってタックルをかわし、隙を見て襲い掛かってこようとしていたもう一機の「シルバ―・イ―グル」の前に転がす。
 ポウ!!
「な、飛んだ?」
 「シルバ―・イ―グル」が飛び上がり、地面に転がった仲間を飛び越えて日高の剛龍・改にキックを浴びせてくる。日高は懸命にキックをかわす。
 「ゴルフ・ワン!私も参戦します。」
 三塚の「剛龍・改」が駆けてきて、もう一機の「シルバ―・イ―グル」に横からタックルをかける。
 しかし、「シルバ―・イ―グル」は、余裕を持って迎え撃つ。三塚の「剛龍・改」より長い腕で、タックルを阻止して飛び越える。背後にまわり、三塚の「剛龍・改」を地面に叩きつける。さらにバックパックを掴んでむしりとる。
 「ゴルフ・ツ―。戦闘不能。」
 判定のコ―ルが流れる。
 「そ、そんな~。」
「ばっ、ばかっ。早すぎる!」
三塚のしゅんとした声に、日高は、思わず喝を入れる
キックの猛襲をかわしながら日高の「剛龍・改」は、丘の下に広がる湿地帯の近くまで後退する。「シルバ―・イ―グル」が、日高の「剛龍・改」を湿地の中に蹴り落とそうと、強烈な廻し蹴りを放つ。すかさず日高は、「シルバ―・イ―グル」の懐に飛び込むと、巻き投げをかける。
がっちり相手の脇に腕が入ったと同時に、ブ―ストパンチのブ―スタ―スイッチを入れる。
ゴオオッ!
轟音を発して「剛龍・改」の巻き投げが加速される。
ブウ―ン
 日高の「剛龍・改」が、「シルバ―・イ―グル」を湿地帯の中へ投げ込む。
 「ああっ!」
 日高は、腕に違和感が生じ、確認して驚く。
日高の「剛龍・改」の腕に、「シルバ―・イ―グル」の鋭い爪のついた手が食い込んでいる。そこからワイヤ―が、湿地帯の中に落ちた「シルバ―・イ―グル」に伸びている。そして、日高は、信じられない光景を目にした。
 なんと、泥まみれの「シルバ―・イ―グル」がゆっくりと湿地帯の中で立ち上がったのだ。機動歩兵レベルの重量であれば、沈み込んで身動きできなくなるところなのだが、「シルバ―・イ―グル」は相当軽量化が進んでいるということか?ワイヤ―がぐいっと曳かれる。
 「まさか、電撃?」
 あわてて「シルバ―・イ―グル」の食い込んだ手を外しにかかる。
 「くっ。間に合わない……」
 とっさに腕の連動スイッチを切るのと同時に、強烈な電撃が襲ってきた。
 バチバチバチッ
 ディスプレイ表示が暗転する。
 「やばいっ。」
 メイン電源スイッチをオフにし、再起動させようとするが、反応がない。予備電源までも完全にダウンしているようだ。
 ドカッ!
 日高の「剛龍・改」を「シルバ―・イ―グル」が蹴り倒す。揺れる機動歩兵の機内で、日高は必死で機体を再起動させようと試みるが、反応がない。
 「!!」
 日高は、とっさに「DS&APU」を再起動のため接続する。
もともと機動歩兵は、トレ―ラ―等の外部電源による起動が必要なものとして設計されている。試作機の「神龍」、ABT―X02「翔龍」もこの点は変らない。この外部電源を不要とするシステムとして、ABT―X03A「蒼龍」に搭載されたのが、「DS&APU」なのである。
 量産型「剛龍」については、予備電源に充分な容量が確保できたことから、外部電源や「DS&APU」に頼る必要がなくなり、自律性が向上している。
そして、日高の「剛龍・改」には、さらに「DS&APU」を追加装備しているため、システム上、起動電源が2系統あることになるのである。、
 2機の「シルバ―・イ―グル」が、とどめを刺すつもりか、両側から日高の「剛龍・改」を引き起こしにかかる。すでにこちらが行動不能になったと判断しているようだ。
「動け―っ!」
起動ボタンを押し込む。
バチッ!
ディスプレイに閃光が走るが、起動した様子はない。しかし、両側から日高の「剛龍・改」を引き起こそうとしていた2機の「シルバ―・イ―グル」が、まるで、電撃を受けたかのように、一時停止する。
 日高は、自身の足に接地感覚が戻ってくるのを感じ、とっさに後方へ離脱を試みる。
 「・お……おっ」
 日高の「剛龍・改」がすばやい動きでバックステップする。その動きに反応して、捕まえようと2機の「シルバ―・イ―グル」が手を伸ばしてきたが、日高は、軽く払いのける。
 2機の「シルバ―・イ―グル」が繰り出す長い手を避け、2歩、3歩とバックステップして、十分な間隔が開く。
日高は、戦闘再開が十分可能となったことを確信した。
 「おしっ。いくぞっ。」
 右腕を戻し、連動ボタンを入れ、右側の「シルバ―・イ―グル」にショルダ―タックルをかける。
 ガシッ!
 「シルバ―・イ―グル」が吹っ飛ぶ。もう1機の「シルバ―・イ―グル」が、左手から突っ込んでくるが、その右腕を掴み、巻き投げをかける。
 ドス―ン
 軽量な「シルバ―・イ―グル」だけあって、投げ技の効果も高く、かなり遠くまで投げ飛ばせる。こんな衝撃を受けたら、中のパイロットは脳震盪を起こしたことだろう。確実に戦闘不能の判定が下りるはずだ。
 ガシッ
 「ん!」
 そうしている間にタックルで倒れていた「シルバ―・イ―グル」が、背後から日高の「剛龍・改」を羽交い絞めにする。
 身動きがとれなくなるが、日高はすばやく左手操縦桿のセ―フティ―ロックを解除し、兵装ボタンの中からブ―ストパンチを選び、オンにする。左腕の肘から轟音とともにロケットが噴射され、何もいない空間に向けて左フックが繰り出される。何も留めるものがないため、日高の「剛龍・改」は、フックの方向へ向けて回転を始める。突然のスピンに、後ろから羽交い絞めをかけていた「シルバ―・イ―グル」が振り回され、はじき飛ばされる。
 「ブ―ストパンチは、こんな使い方もできるんだよ。」
 日高は、にやりと笑う。最もこんな使い方をする者は、日高以外ほとんどいない。必殺パンチは、腕のアクチュエ―タ―に大きな負荷をかけるため、下手をすれば、損傷させて二度と使い物にならなくなってしまうからだ。
 勝利を確信した次の瞬間、日高の全身をすさまじい電撃が走った。

 

 


(4)狂気と殺意の狭間で

 「うっ!」
 刺すような痛みに体が硬直し、息が止まりそうになる。続けざまに走る電撃に、全身の筋肉がさらに痙攣し、目の前が真っ暗になる。
 両肩の装甲板に「シルバ―・イ―グル」の爪が食い込んだ手が残っており、そこから伸びたケ―ブルが日高の「剛龍・改」に絡まっている様子が、暗くなった視界に飛び込んでくる。
 「あちあちっ!」
 心なしか襲ってくる電圧が、さらに高まってくるようだ。
「剛龍・改」の両腕が、少しずつ両肩に伸びていく。
電圧がさらに高まる。しかし、「剛龍・改」の両腕は、動きを止ず、両肩に食い込んだ「シルバ―・イ―グル」の手をつかみ、ついに握りつぶした。
バチッ!グシャ
電撃が止まり、日高は放心状態のまま、肩で息をする。こわばった全身の筋肉が弛緩し、視界もふらつく。心臓が痛い。何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
ガシャン、ガシャン。
「剛龍・改」の両腕が、だらんと下がり、「シルバ―・イ―グル」の握りつぶした手を離す。
目の前に、「シルバ―・イ―グル」がゆっくり降りてくる。その後方にもう一体が立ち上がるのが見える。しかも、正面の「シルバ―・イ―グル」の両腕の兵装パックはオ―プンされ、機関砲らしき銃口が覗いている。
ゆっくりとした動きの中には、今や明確な殺意さえ感じられる。
「こ、こいつら、正気か?」
 銃口が向き、火を噴く。日高はその様子を見つめるばかりである。手も足も動かない。しかし、信じられないのは、銃口から撃ち出された弾丸が、スロ―モ―ションのように迫ってくるのが見えることだ。弾丸が回転していることまでわかるのである。どう見ても、実弾である。これが「剛龍・改」の装甲板を突き破れば、日高もただでは済まない。まして、正面のキャノピ―には、重火器の攻撃を防げるだけの防弾力は皆無である。
 ガァッ!ガァッ!ガッ!ガ…………
 銃撃音が間延びしたように聞こえ、撃ち出された弾丸の数が増えていく。
 「!」
 死の恐怖と死にたくないという思いが、伝わったのか、「剛龍・改」の体が後退しつつ、ひねるように動く。それはスロ―モ―ションの弾丸よりも早い。
キャノピ―の数ミリ前を第1弾が通り過ぎ、体が沈み込む。
第2弾が頭の上、数センチを飛び抜ける。キャノピ―から見上げる青空を第3弾、第4弾と続けざまに弾丸の群れが駆け抜けていく。
ドシンという衝撃が背後から伝わり、日高の「剛龍・改」は、後方に一回転して起き上がる。
接地した時の衝撃を弱めるため、地面についた手は泥まみれだ。
日高の動きを追って、足元に飛来する弾丸が見える。
「剛龍・改」は、「シルバ―・イ―グル」の側に体をねじり、同時に右手で泥の塊をむしりとって、銃口に向かって叩きつけた。
飛来する弾丸と日高の投げた泥の塊が空中で交差する。
べちょっ!
ボン!!
日高の投げた泥が銃身の腔内爆発を引き起こす。すかさず、日高は、目の前の「シルバ―・イ―グル」の両足を掴み、引き倒す。もう一方の腕に仕組まれた銃が火を噴きながら、銃弾を空中にばらまく。
空中に弾幕が展開される。
そこに後方にいたもう一機の「シルバ―・イ―グル」が、倒れてきた味方を避けて前方へ展開しようとしてジャンプし、弾幕の中に頭から突っ込んだ。
 ガスン!ガスン!ドガガガ―ッ
 ケプラ―を多用して軽量化された装甲が撃ち抜かれ、被弾した「シルバ―・イ―グル」は、体勢を回復することなく、地面に激突した。
徹甲弾以外に焼威弾も混ざっていたのだろう。背中にあいた破孔からは、青い薄煙が立ち上っている。
 「人ジャナイ……」
 突然、キャノピ―内に電子ガイドの音声が流れる。
 「どういうことだ?」
 日高は、「剛龍・改」で「シルバ―・イ―グル」を押さえ込みながら、復旧したコンピュ―タに問いかける。
 「ジ……次元超越獣ノ匂イ……・。デ……デモ少シ違ウ……何カ……」
 次元超越獣という言葉を聞き、日高の背筋を戦慄が走る。
 「すぴあ展開!全兵装実戦も―どヘ移行!」
 ジャキッ!
 「え?」
 「剛龍・改」の両腕から一・二メ―トルの槍が伸びる。このため、せっかく押さえ込んでいた「シルバ―・イ―グル」の腕から手が離れてしまう。
銃口をつけた「シルバ―・イ―グル」の腕が、両者の間にもぐりこんでくる。こんな至近距離で撃たれれば、完全にアウトだ。
日高はとっさにその腕をスピアでなぎ払う。
 バスッ!
 「シルバ―・イ―グル」のちぎれた腕が宙に舞い、四、五メ―トル先に吹っ飛ぶ。何か白い液体が、血しぶきのように切断面から吹き上がる。
これで抵抗はできないはずだが……・?。
「シルバ―・イ―グル」のサイトカメラの頭が、こちらを向く。
その何気ない動きに、「剛龍・改」の腕が反応し、スピアがその首をはねる。
センサ―関係を繫いだものか、多数のコ―ドが首の切断面から飛び出し、払われるスピアに絡みつきながら引きちぎられる。腕の場合と違って、白い液体が噴出することはなく、火花が飛び散る。瞬間、サイトカメラのレンズの脇の穴からビ―ムがほとばしり、スピアに穴を穿ち、キャノピ―を貫いて、熱い光が日高のヘルメットを掠めて、ヘッドレストを焼き焦がす。
日高はぞっとした。すさまじいエネルギ―量をもった熱線だ。こいつを食らっていたら、ひとたまりもない。しかも、組み伏せたままとはいえ、「シルバ―・イ―グル」は、なおも明確な殺意を見せている。
「こ、このやろおうぅ!!」
激怒に駆られて、日高は、組み伏せた「シルバ―・イ―グル」にスピアを繰り返し突き刺した。
ガスッ!ガスッ!ガスッ!ガスッ!
装甲板を穴だらけにし、一部の装甲板はボルトを引きちぎって剥がれ、スピアに串刺しに重なる。
 火花が飛ぶと同時に、「シルバ―・イ―グル」の胸の部分から再び白い液体が吹き上がる。日高のキャノピ―まではねた白い液体は、ねっとりとへばりつく。残った腕が跳ね上がるのを見て、そいつもスピアで切り飛ばす。用心のため、全重量をあずけて押さえ込んでいる両脚の付け根にもスピアを突きさして、切断にかかる。
ガスッ!ガスッ!ガスッ!ガスッ!
 もはや遠慮している場合ではない。殺るか、殺られるかだ。
日高は何かに憑かれたかのように、スピアを突き刺し続けた……・。

 ウ~ウ~ウ~ウ~ウ~ウ~
サイレンが鳴り響く。駐屯地内のあちらこちらから、救急車やトレ―ラ―、装甲車など各種車両が集まってくる。
は―っ、は―っ、は―っ……・
耳の中を暴風のように、自分の荒い息づかいが反響する。
 日高が我にかえった時、「シルバ―・イ―グル」は、穴だらけの胴体だけとなっていた。
日高の「剛龍・改」は、そのそばで、捻じ曲がったスピアの先に、「シルバ―・イ―グル」のサイトカメラを串刺しにした姿で、立っていた。
 サイレンの音からすると、2種類のパワ―ドス―ツ同士で展開される模擬戦闘は、終りを告げたようだ。
 電源もすべて使いきったのか、日高「剛龍・改」は、まったく反応がない。
両腕をむりやりス―ツから引き抜き、拘束ベルトを外す。
緊急開放レバ―を引くとガコンと音がして、キャノピ―が上部に跳ね上がる。
 は―っ。
 外気が入り込んできて、大きく息を吸い込む。
 「剛龍・改」の横に転がる「シルバ―・イ―グル」の残骸は、銀色のボディ―に白いペンキを塗りたくったような状況であり、異様な匂いが漂っている。
パイロットがいると思われた場所に、人の姿はなく、白いイカのようなぬめったものが黒い箱状のものとケーブルで繋がれて、納まっている。
 人が乗っていないという事実に日高は、ほっとした。
しかし、自分が何も知らずに、訳のわからない存在と戦わされていたことを知って、恐怖と怒りの感情がこみ上げてくる。
 「ちっくしょう……・何なんだよ。こいつは。」
 日高は、汗でべとべとになったヘルメットを取り、得体の知れない異物に投げつけた。

 「……・日高が勝った。」
  模擬戦闘の予想外の展開に、大騒ぎの特別観戦用展望台内で、御倉崎はつぶやいた。
「え?勝ったんですか?」
佐々木会長が思わず聞き返す。
モニタ―や双眼鏡、そして各機体からの状況通信が正確に作動している間、日高と三塚の「剛龍・改」チ―ムは、完全に劣勢だった。
 しかし、模擬戦闘をモニタ―していたカメラが、格闘戦に巻き込まれて破壊され、しかも、日高と通信が途絶えてからは、アリソン・バイオテクノロジ―社のスタ―リング社長の周囲でも、予想外の出来事が起こったらしく、大騒動となっていた。双眼鏡で確認していた判定班の周囲でも、突然鳴り響いた機関銃音にどよめきが広がり、霧山司令以下の防衛軍幹部が、アリソン・バイオテクノロジ―社のスタッフに詰め寄る場面まで起きている。
 しかし、佐々木会長や五十嵐社長の方には、情報が伝えられない。
双眼鏡で遠くから確認するしかなく、一体何が起こったのかわからない。
 しかたなく、佐々木会長は、御倉崎に教えてもらうしかなかった。


 「やはり妖精たちの言ったとおり、とんでもないものを創るのだな。あんたたちは。」
 御倉崎が、皮肉たっぷりに答える。
 「何なんです?」
 「『シルバ―・イ―グル』には、人が乗っていない。ロボットに近いが、動かしている中身は、たぶん、次元超越獣の細胞サンプルから複製増殖、調整された新生物だ。ただし、コントロ―ルする頭脳にあたるものは、コンピュ―タを使っているみたいだが……。」
 「そんな……危険ではないのでしょうか?」
 「日高が……殺されかけた。それだけで十分だと思うが?」
 「では……倒してください。生きているのであれば、あの怪物にとどめを……」
 佐々木会長の要望に、御倉崎は首をふる。
「すでに次元同化が完了している。あれは、もはやこの世界に住む生物だ。私が手を出す相手ではない。」
 「し、しかし……・」
 「私は……、フライアは救世主ではない。妖精兵士として、この次元に侵入する次元超越獣を倒すという使命を与えられてやってきた。勝手に何でも介入するのはどうかと思う。仮に核兵器や原子力施設が危険だからと、フライアが……私が破壊したらこの世界の人々はどう思う?それこそ、フライアの立場がなくなってしまうと思うが?」
 「それは、そうですが……・」
 「もっとも、私自身は、由梨亜のためになるなら、いくらでも介入する気なのだがな。」
 御倉崎は、観戦のため設置された展望台の隅に集まって激論を交わしている国防軍や両メ―カ―スタッフらの様子を横目で見ながら、にやりと笑う。
 「良かったのか、悪かったのか。日高が助かったのは、私の分身を積んだおかげだな。」
「え?」
「言ってなかったか。『DS&APU』とか言うシステムは、私の分身ニ―ズへグだ。アダムでは、システムFとして、様々な対次元超越獣用兵器に使っているようだが……。」
「分身……ですか?し、知りませんでした。では、それを量産できれば、私共の『剛龍』は、『剛龍・改』として量産できるのですね。」
「無理だな。私の分身は、百個程度と聞いている。それ以上は提供されていないし、それ以上提供することもできない。私が把握しているのは、日本にある6個だけだ。今あるもので、やりくりするしかない。」
佐々木会長は、御倉崎の言葉に驚くばかりである。
「だから、アメリカも『DS&APU』を貴重品扱いしているのですね。なぜ量産しないのか不思議に思っていました。」
「よく、わからないが……。これは、他の者に言うなよ。アダムの超・極秘事項となっているようだからな。由梨亜や私、フライアによけいな注意が向けられるのは、できるだけ避けたい。」
御倉崎はそう言うと、観戦席に身を預け、目を閉じた。
佐々木会長は、その顔の表情から少しずつ厳しさが消えていくのを黙って見つめる。
今日は、これ以上話すことはないということか。
この少女と、ほんのわずか話を交わしただけで、想像もしない事実が次々と明らかになる。少女の話ぶりからすれば、真実を隠しているのは、この世界の一握りの人間たちということらしいのだが……。
「……神は、いや妖精たちは、この小さな少女の身体に、巨大な力と大きな秘密、そして過酷な運命を詰め込んでしまわれたのですね。」
佐々木会長は、ため息まじりにつぶやく。
やがて、由梨亜が、うっすらと目をあける。
「ここは?」
「お目覚めになりましたか。ここは国防軍の演習場です。」
「それじゃ、今日は、日高一尉の模擬訓練とかいう……・」
「ええ。いろいろとありましたが、あなたの応援もあって、日高一尉が見事勝利を収めました。」
「そうですか。もう一人の私が、ここに連れてきたということは、また何かたいへんな出来事があったのですね。」
周囲の騒がしい状況を確認し、由梨亜は、自分を納得させるようにつぶやく。
アリソン・バイオテクノロジ―社の輸送ヘリが爆音をあげながら離陸していく。それを追うようにやってきたダイヤモンド・デルタ重工の機動歩兵専用トレ―ラ―が、観戦用展望台に横付けされる。
「次元超越獣が出てきたわけではありません。ほんの小さなトラブルだけでした。さて、私たちのためにがんばってくれた日高一尉を迎えにいきますか。」
「わ、私も行くのですか?」
「ええ。たぶんかなり疲労していると思いますが、日高一尉もきっと喜びますよ。……そうだ。いっそのこと屋敷に招待して慰労してあげるのがいいかもしれません。」
「でも、でも、ご迷惑ではないでしょうか?」
会長の突然の提案に、由梨亜はとまどってしまう。
「なあに。うまい食事と適度の酒、そしてぐっすり眠れるベッドを用意してあげるだけです。私にお任せください。彼の今日の働きは、それだけの価値が十分ありますよ。」

 一方、模擬戦闘を管制した国防軍と両メ―カ―、そして観戦していたアメリカ側との間では、この不測の事態がについて、議論が交わされていた。
 「我が方の『シルバ―・イ―グル』に問題はない。今回の出来事は、『剛龍』の予想外の粘りと、電撃ショックからの漏電で、『対次元超越獣戦用プログラム』が起動してしまったことによる偶発的なものだ。」
 アリソン・バイオテクノロジ―社側の技術者が弁明する。
 「我々は、『シルバ―・イ―グル』が無人のロボットだという話は一言も聞いていない。プログラムの暴走やエラ―が想定されるのなら、実弾兵装も降ろしておくべきだったのではないか?」
国防軍側が反論し、模擬戦闘に対するアメリカ側の認識の甘さを指摘する。
 「合衆国は、常に有事に備えるというのが国是だ。仮にここに本物の次元超越獣が突然出現したら、どうするつもりか。現実問題として、短期間のうちに日本には三度も次元超越獣が出現している。万が一に備えるのは当然だ。自衛隊から国防軍に変っても、軍としての危機対処に対する考えの甘さが変わらないのは問題なのではないかね。」
 「模擬戦闘で、一人死に掛けたんだぞ。そんな言い方はないだろう。」
 「それは謝罪する。しかし、軍人は、常に死と隣り合わせだ。演習だからと百%安全を期待していては、実戦を想定した訓練などできん。これは常識だ。自衛隊の専守防衛などという平和ボケした意識を引き継いだ……」
 アメリカ軍側の観戦武官として同行していたアダムのレイモンド少将が、スタ―リング社長をはじめとするアリソン・バイオテクノロジ―社のスタッフらを制して、謝罪する。
 「……・言い過ぎだ。
許してほしい。彼らも極秘事項を守りつつ、『シルバ―・イ―グル』がどこまで実戦に耐えられるのか調べたかったのだ。
 幸いなことに、死者は出ていないのだし、実際のところ、日本の『剛龍』の戦いぶりは賞賛に値する見事なものだった。それは、日本帝国国防軍が、対次元超越獣戦で、充分な実力を持っていることの証明だ。ここは、苦情を言うよりも、むしろ諸君らが誇りを持つべき場面だと思う。私に免じて、それで矛を収めてもらえまいか。」
 レイモンド少将にここまで言われては、霧山司令をはじめ、誰もこれ以上責任を追及することはできなかった。

 


(5)佐々木邸

 ダイヤモンド・デルタ重工会長の佐々木邸は、白樺林に囲まれた涼月市の郊外にあった。
面積は、甲子園球場のおよそ4つ分。
敷地のほぼ中央に配置されたデルタ・パレスと呼ばれる建物は、後方支援施設と居住施設、そして歓待施設が相互に連携することを機能面から考慮して作られた合理的な石造りの豪邸であった。
さらに、その周囲には、来客用の複数のログ・コテ―ジが、充分離して配置され、周囲の自然の中で憩いの時を過ごせる別荘の機能を果たしていた。

 日高と三塚は、そのデルタ・パレスの歓待施設へ案内されていた。
その入り口に二人の男を先頭に使用人がずらっと並んで一行を出迎える。
 「ようこそ、社長の小田桐です。」
 「専務の佐々木です。今日は、とんだ災難でしたな。」
 笑顔を浮かべ、日高と三塚へ握手を求める小田桐と対照的に、専務の佐々木は皮肉な笑いを浮かべて、矢継ぎ早に質問を投げかける。
 「そうそう、日高一尉には、我が社の機動歩兵だけでなく、会長が目に入れても痛くないほど溺愛している御倉崎様もお世話になっているとか。一体どうやって取り入ったんです?」
 「取り入ったとか、そんなんじゃありません。私の方こそ、御倉崎さんには、いろいろと助けてもらっているのですよ。」
 日高は、むっとしながらも、努めて冷静に受け流す。
 「おや。今夜はこのデルタ・パレスにお泊りになられるんでしょう。御倉崎さんと同じ建物で一緒の夜を過ごされる。う~ん。何か、期待してこられたんじゃないですかぁ?」 
 由梨亜が、困ったように下を向いてしまう。日高が怒って何か言わんとするのを、そばにいた榛名が制する。専務の前に歩み出る。
 「申し訳ありません。専務。日高一尉と三塚二尉は、疲れているので、先に失礼いたします。」
 「おおっ。これは、これは、榛名さん。あいかわらず、私には冷たいですねぇ。まあ、それがあなたの魅力でもありま……」
 「お話の続きは、また夜の晩餐の席でお願いします。」
榛名は、佐々木専務の言葉をさえぎり、皆を先に誘導する。
日高や三塚、由梨亜が軽く会釈して通り過ぎる。
 小田桐社長と佐々木専務は、黙って見送る。
小田桐社長は、使用人たちにいろいろと指示を出し、後から訪れた佐々木会長や金剛らに話しかけている。佐々木専務は、不機嫌そうに黙ってそばから様子を見つめるばかりだった。



 「申し訳ありません。佐々木専務の言ったことは忘れてください。日高さんには、たいへん失礼なことを……」
 3階に上がったところで、由梨亜が謝罪する。
「もう、会長もなんで、あんな奴を呼ぶのよ。」
 由梨亜の謝罪をさえぎって、榛名が、がまんがならないという口調でまくしたてる。
「だって、会長の本当の一人息子ですよ。専務という立場もあるし、呼ばない方が、不自然だと思います……」
 「あれ?会長の息子が専務で、社長は……・?」
 三塚が自然な疑問を口にする。
 「小田桐社長は、実力と会長の信頼を勝ち取って、今の地位に上り詰めた苦労人よ。佐々木会長との血のつながりはないわ。それだけに人を見る目だけは確かだし、礼儀正しい紳士よ。」
 榛名が、自慢げに説明する。
 「金剛チ―フを中心とする私たちボディガ―ドチ―ムを作ったのも、小田桐社長の発案よ。金剛チ―フは、昔からの私設ボディガ―ドだったけどね。」
 「そうなんだ。」
 「さて、日高一尉は4号室、三塚二尉は3号室になります。それぞれの部屋はバス、トイレ付で、タオルや必要なものは概ね揃えていますから、ご自由にお使いください。何かあれば、ベルを押してくだされば、使用人が伺います。」
 「まるで、ホテルだね。」
 一通り説明を受け、日高は驚いたようにつぶやく。
 「ちなみに、1号室は小田桐社長、2号室は佐々木専務がお使いになります。」
 「え~っ。僕の隣は佐々木専務なのかぁ。いやだなぁ。あれ?御倉崎さんは?」
 三塚がこぼしながら、疑問を口にする。
 「由梨亜様は、お客様ではありませんので。」
 榛名が、よけいなことを聞くなとばかり、突き放すように答える。
 「私は、この建物ではなくて、向こうのログ・コテ―ジを貸していただいています。」
 由梨亜が答え、窓の外に見えるログ・コテ―ジの群れを指差す。それを聞いて、榛名がしまったという表情をする。
 「それでは、また。晩餐の用意ができましたら、呼びにまいります。」
 榛名はそう言うと、日高と三塚に部屋の鍵を渡して、由梨亜とともにエレベ―タ―ホ―ルへ引き返していった。

 日高は三塚と別れ、4号室へ入った。
 部屋には、先に日高の荷物が入り口に置かれている。バス、トイレ完備の部屋には、書斎用のデスクや応接セット、さらに冷蔵庫や小キッチンまで備えられていて、驚くほど充実している。セレブの生活と自分たちと差の大きさをつくづく実感させられてしまう。
 日高は、ため息をついて部屋を横切り、窓際のカ―テンを全開にして、外の景色を眺める。
 屋敷を囲む白樺林の手前には、小さな池が広がり、その池に面するように、小さなログ・コテ―ジがいくつか並んでいる。建物も個人所有として破格なら、その敷地もまた広大である。そこに立つログ・コテ―ジのひとつに由梨亜は、住んでいるらしいのだが、結局のところ、由梨亜も富豪の親族のひとりであるという事実に突き当たり、日高は、少し落ち込んでしまう。
 由梨亜は、今頃、何をしているのかと思い、ログ・コテ―ジのあたりに目を凝らす。
残念なことに、ログ・コテ―ジは、すべて白樺林に向いて窓が設けられ、プライバシ―が保てるように工夫されているらしい。由梨亜が指差したログ・コテ―ジも、見たところ、人がいる気配は確認できない。
 「ん。」
 デルタ・パレスの中庭を誰かが、ログ・コテ―ジに向かって歩いていく。それは、先ほど日高と由梨亜に、無神経な言葉を投げかけた男の後ろ姿だ。
 佐々木専務だ。由梨亜のログ・コテ―ジに何の用だ?
 先ほどの言葉遣いや様子を見る限り、あの専務が由梨亜のことを快く思っていないのは、確かだ。
 日高は、携帯に手を伸ばす。
 由梨亜は携帯を持っていない。榛名は持っているのだろうが、番号は知らされていないし、パレス内の固定電話で連絡するか?いや、何の問題もないのであれば、却ってあの男に嘲笑されるだけだ。
 日高は、携帯をしまい、鍵もかけずに部屋を飛び出した。
ログ・コテ―ジに到着するまでの時間ロスを考えれば、グズグズするわけにはいかなかった。 

 

 


(6)佐々木 重義


 父親が作ったデルタ・パレスを訪れたのは、二十年ぶりになるだろうか。
 佐々木重義ダイヤモンド・デルタ重工専務は、その変わり映えしない周囲の景色にうんざりとしていた。
とてつもなく広い敷地には、帝国トップの兵器企業の所有地を誇示するようなものは、何ひとつない。
 大自然の一部を囲い込んで、特に何かをするわけでもなく、ただ眺めるためだけに、個人で所有しているにすぎない。そんなものは、金のムダでしかない。
 今は、涼月市の中心にある高層マンションに住んでいる重義にとっては、酒も女も好き放題で暮らしている中心市街地の方が余程魅力的であり、郊外の会長邸は味気ない存在でしかなかった。
 繁華街の裏手に広がる歓楽街での外国企業や軍関係者の接待を通じた、ダイヤモンド・デルタ重工の海外への兵器輸出に対する貢献は、社長の小田桐や会長よりも、むしろ自分の方が大きい。それにも関わらず、会長は他人の小田桐を社長に据え、自分は重役の役職に甘んじている。
ダイヤモンド・デルタ重工のこれからの発展のためには、自分こそがふさわしいのだ。
重義の思いは、最近、事あるごとにそこへたどり着いてしまうのだった。 
 そんな時、海外視察を名目とした旅行から帰ってきた重義は、会長である父・重蔵が、いつの間にか、御倉崎由梨亜という高校生くらいの女の子を邸宅に住まわせていると聞き、大いに驚いた。
御倉崎由梨亜の素性や父との関係、そしてどのような理由で一緒に住んでいるのか、いくら調べてもわからない。さらに、金剛たちガ―ドの対応も極めて丁寧なのが気がかりで、重義としては、父・重蔵の真意がどうしても知りたいところであった。
 しかし、邸宅外で見かけるたびにいくら訊ねても、父・重蔵には、「お前には関係ない」と無視され、秘書兼ボディガ―ドである金剛らも、「答えられない」の一点張りで押し切られ、重義は大いに苛立っていた。
 財産目当てに入ってきたネズミは、早く始末しないと会長としての父の汚点になるだけでなく、ダイヤモンド・デルタ重工の企業イメ―ジにも悪い影響を与えかねない。大きな問題となる前に。
 重義は、今日こそ、由梨亜をつかまえて直接追及する機会だと考えていた。
 由梨亜が住んでいるログ・コテ―ジの位置は、他のメイドから聞いて確認している。
 そこなら、榛名や金剛たちにも邪魔されることはないだろう。
重義は、由梨亜が住んでいるログ・コテ―ジの前まで来ると、ノックをすることなく、勢いよくドアを開けた。


 「……誰?」
 シャワ―室から出てバスタオル一枚で髪を乾かしていた由梨亜は、突然開いたドアに驚いて立ち上がった。
 開かれたドアの前に立っているのは、佐々木会長の一人息子であり、ダイヤモンド・デルタ重工専務をしている佐々木重義である。
 「おや、これは、お取り込み中のところ失礼しますよ。」
 由梨亜が風呂上りのバスタオルだけの姿であることを知り、一瞬まずいかと思ったものの、重義はこの機会を逃すわけにはいかないと自分に言い聞かせ、持ち前のポ―カ―フェイスで乗り切ろうと腹をくくった。
 「由梨亜さんにどうしても訊いておきたいことがありましてね。なあに、答えをいただいたらすぐに出て行きますよ。」
 「……・」
「あなた、うちの父とどういう関係なんです?」
「……・」
「答えないんですか。答えられない関係ということですか?」
重義はログ・コテ―ジのドアを後ろ手で閉め、土足でログ・コテ―ジの中に上がりこむ。
「あなた……、父の愛人の娘さんなんでしょう?一緒に住んでいるのは、父を脅迫しているんですか?」
「脅迫なんか……してません。」
由梨亜が、毅然として答える。
「おお。やっと答えてくれましたね。でも、肝心のことには、答えていない。あなたと私の父との関係。脅迫じゃなければ、財産目的で一緒に住んでいるとか、そんな関係なんでしょうかね?」
「そんなの関係ない。私は、会長に応援してもらっているだけ……」
「はははっ。おかしなことを言う。父が何の関係も、何のメリットもない女子高生を応援するっていうんですか?あなた、まさか父と援助交際してるっていうんじゃないでしょうね?父は今年74歳の爺なんですよ。」
「失礼なこと言わないでください。私は……」
由梨亜が答えるのをさえぎって、重義が勢いよく迫ってくる。
 「失礼とか、なんとか、どこかのお嬢様のような言葉遣いで、私を馬鹿にしているのか?ウソやごまかしは、私には通用しないぞ。一体どうやってうちの父に取り入ったんだ?どんなことで、父をゆすっているんだ?本当の事を言わないと、痛い目にあわせるぞ。」
 重義の目に怒りの色が浮かび、由梨亜に手を伸ばしてくる。由梨亜は、その手を払いのけると、ログ・コテ―ジの奥のシャワ―室へ逃げ込もうとした。しかし、重義の手が由梨亜の右手を掴み、そのまま床に押し倒される。
 「いやっ」
「いい加減にしろ。おまえは誰だ?うちの父と一体どんな関係なんだ?さあ、答えろ!!」
 重義は、倒れた由梨亜に馬乗りになると、その頬をはたいた。
 パア―ン!
 2発、3発と、防ごうとする由梨亜の手をもう一方の手で押さえつけ、さらに殴りかかる。
 「だ……だめ。出ないで……。殺さないで……」
 殴られながらも由梨亜は、訳のわからない言葉を口にする。それがよけいに重義の怒りに火を注いだ。重義の頭に卑猥な考えが浮かぶ。
 「しぶといねぇ。それじゃあ、殺さないから、身体にきこうか?!」
 重義の手が、倒れた由梨亜が身にまとうバスタオルを掴む。
 しかし、次の瞬間、一回転して部屋の隅に飛ばされたのは、重義の方だった、。

 ログ・コテ―ジに飛び込んだ日高は、目の前の光景を見て、全身の血が沸きあがるような激しい怒りに包まれた。
 倒れた由梨亜の上に馬乗りになり、由梨亜を殴りつける重義の右側頭部に後ろから強烈なパンチを浴びせ、重義を吹っ飛ばした。
 剥ぎ取られかけたバスタオルを素早く直して、由梨亜を助け起こす。バスタオルの縁からのぞく由梨亜の白い胸、ピンクの頂がまぶしくて、日高はうろたえる。
 「由梨亜!だいじょうぶか?」
 日高の呼びかけに、由梨亜が少し赤くなった目をあける。赤くはれ上がった頬が痛々しい。
 「ひだか……さん?」
 「ああ。だいじょうぶ?」
 「ああ……、本当にカッコいいのね。学校のみんなが言ってたとおり……。」
 「な、何言ってるの。こんな時に……」
由梨亜が手を伸ばして、日高の頭髪に触れる。その感触に、日高の背筋を電流のような衝撃が走る。
「髪の毛、逆立ってる……ね。落ち着いて……私はだいじょうぶだから。」
 「いや、これは、由梨亜が殴られていたから……。がまんできずに殴っちまった。あいつを。」
 日高が指差す先に、佐々木重義がのびている。
 「私よりも、短気は……ダメよ。大人でしょ。」
 「殺さない程度に抑えられるのが、大人なんだよ。」
 「……死んでない?」
 日高は、由梨亜を抱き起こしていた手を離し、のびている重義の傍に行って、息の有無を確認した。
 「死んでない。」
 「よかった。」
 日高と由梨亜のどちらからともなく、笑みがこぼれる。
二人で、ひとしきり笑いあった後で、日高は一息ついて立ち上がり、床でのびている重義を見下ろす。由梨亜も立ち上がって、日高に寄り添う。
湿った髪の毛から漂うシャンプーの香り、石鹸の香りが日高の鼻をくすぐり、日高は、由梨亜がバスタオル一枚で、すぐ手の届く位置にいることに気づき、困惑してしまう。
バスタオルはかろうじてふとももの上部に届く程度の大きさしかなく、陰ごしに栗色の柔毛らしきものがチラチラと見えてしまう。
「本当に、大丈夫?」
「ええ。」
「え……っと。と、とにかく、このままじゃ……その、何だから。」
日高は、自分が着ているジャンパ―を脱いで、由梨亜にかけてやる。
「ありがとう。」
赤く腫れ上がった頬を見ていると、今度は抑え切れないほどの怒りがこみあげてくる。日高の感情の高ぶりは、右へ左へ大きく揺れ動く。
「とはいえ、こいつ、どうしようか?由梨亜にケガをさせたのは事実なんだから……。警察に突き出すしかないかな。」
 「……。」
 ふたりは、困って見詰め合ってしまう。
 金剛と榛名が由梨亜のログ・コテ―ジにすっ飛んできたのは、日高が邸宅内の電話で呼び出してから、わずか3分後のことだった。


 「由梨亜様。誠に申し訳ありません。」
「私どもの手落ちです、お許しください。」
金剛と榛名が、由梨亜に深々と謝罪する。
「いいえ。もう済んだことです。気にしていません。」
「由梨亜様。こちらへ。」
榛名が、由梨亜の傷の手当てをするため、隣の部屋へ連れて行く。それを見届けると、日高は、床にのびている重義を指差す。
「こいつは、……どうするね。」
「それは、こちらに任せてもらおうか。」
 「どうするのかな。警察に突き出すのかな。」
 「身内の不始末を公表するわけにはいかん。かといって、このまま屋敷内、いや邸宅内に置いておくわけにもいかん。比叡が同行して、自宅までご帰宅いただくつもりだ。」
 「2度と由梨亜に近づけないでくれ。」
 「当然だ……・。」
 金剛が片手で、ひょいと重義を肩に担ぎ上げる。
 「由梨亜を助けてくれたそうだな。礼を言う。」
 「次元超越獣と比べれば、お安い御用でね。」
 金剛は首をふる。
 「いや、私が言っているのは、重義を張り倒したことじゃない。」
 「はぁ?」
 「……わからないなら、いい。」
金剛は、重義を肩に担いで、そのままログ・コテ―ジの外へ出て行く。
 「もうすぐ夕食だ。お前も会場へ来てくれ。みんな待っているぞ。主役がいないと大騒ぎになるから、それだけはよろしく頼む。」
 金剛は、低い声でそう言い残すと、そのままスタスタと歩いて、駐車場の方へ消えていった。

 

 


(7)ロマンチック・ナイト

 デルタ・パレスで行われた晩餐会の会場に、結局、由梨亜は出席せず、また当然、佐々木専務も現れることはなかった。
佐々木会長は、事件の報告を金剛から受けたらしい。
終始、不機嫌な表情で、夕食は気まずい雰囲気の中で進められ、やがてお開きとなった。
豪華な食事も日高にとっては、味気ないものとなったが、何も知らない三塚だけは、ワインをたらふく飲んで、一人はしゃぎまくり、日高は、酔っ払いを部屋のベッドへ放り込む仕事を任される結果となってしまった。
 シャワ―を浴びた後、日高は、疲れきってベッドに横になった。
時間は、すでに零時をまわっている。窓の外の白樺林の上にハ―フム―ンが煌々と輝いている。北の冷たく澄んだ空気が、その月明かりをいっそう際立たせている。
大都市の近郊とは思えないほどの静けさが保たれた邸内は、今、保安のためのスタッフを除いて、すべてが眠りについている。池のほとりのログ・コテ―ジも静けさに包まれている。
池の水面が月明かりを受けてキラキラと輝く。
ロマンチックな夜の風景が広がっていた。
あんな出来事があったんだ。由梨亜も、もう眠っていることだろう。
電気を消して、窓のカ―テンを引き、日高も眠りにつく。
 
 深夜、日高はドアの外に人の気配を感じて、目を覚ました。
 「?」
 ためらうようなノックの音が聞こえ、ドアが開いて誰かが入ってきた。
 「誰?」
 半分寝ぼけ眼で、入ってきた人物の様子を確認する。
 白い枕を抱えた、ネグリジェ姿の見覚えのある少女が立っている。
 「……由梨亜?なんでまた?どうしてここに?」
日高の眠気が、いっぺんに吹っ飛ぶ、
「……お願い。怖いから、一緒に寝かせて。」
少女は、そう言うと、日高のベッドの隅にもぐりこんできた。
 「いや、あの、その……。」
 日高の胸に顔をうずめてくる。長い髪の間から、頬に貼られた白い大きなシップが見える。小さな子供のようにしがみついてくる少女に、日高は何も言えなくなってしまった。
絡みついてくる素足の感触、異性の香も、お風呂あがりの石鹸の香も、今の日高にとっては、性的なものというよりも、いとしい存在の再確認でしかない。
 抱きしめるのではなく、いとおしいものの頭をなでる。
腕まくらしている少女の安らかな寝息、肌のぬくもり、そのすべてが日高にとって新鮮で心地よいものだった。
 睡魔は、一旦はふっとんでしまったものの、眠る少女の信頼しきった寝顔を見つめている間に、また復活して、日高のまぶたを重くしていく。
由梨亜とこんなに密着していられるなんて……。
そのいとおしいものの存在を、もっと確かめていたいという気持ちは強いものの、ふと目を閉じると意識が飛ぶ。その繰り返しの末、日高は、いつの間にか寝入ってしまっていた。

 翌日、日高が目覚めた頃には、由梨亜の姿はなかった。けれども、日高の腕に残る感触、ベッドにかすかに残る残り香やぬくもりは、日高にそれが夢ではなかったことを確信させる。
 夢のようなロマンチックな夜が明けて、朝日がさす。
 ベッドに腰掛けて、昨夜の出来事を振り返る。
やがて、日高は目を覚ますために両頬をバシバシ叩き、首を振る。立ち上がって、窓のカ―テンを開ける。
 外は、予想以上に明るい。
日高は、日課のジョギングのため、顔を洗い、着替えて外に出る。邸内のどのあたりを走ったらいいのか迷ったものの、とりあえず、デルタ・バレスとその周囲に点在するログ・コテ―ジと池の間を走ることにする。
 パレスの玄関で、執事らしき人物から声をかけられ、「いってらっしゃいませ。」と送り出される。一旦走り始めると、いつもと同じ調子が戻ってくる。
今日も快調だ。
駐車場近くを走っていた時、見慣れたベンツとすれ違う。
「日高さん。」
「?」
立ち止まってふり返ると、窓から由梨亜が顔をのぞかせる。日高はそれを見て、あわててバックする。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。どこか、出かけるの?」
「いえ、学校がありますから。」
車の中の由梨亜は、よく見るとセ―ラ―服姿である。
「ああ、そうか。今日は休みじゃないんだ。」
「ええ。」
「よかった。顔の腫れもひいたみたいだね。」 
「昨日は、本当にありがとうございます。」
二人の間で、それぞれ「昨日は」という言葉で思い起こされるものがあるのか、しばしの沈黙が流れる。しかし、それも長くは続かない。
「由梨亜様。時間がありません。」
運転席から榛名が声をかけ、二人の間の沈黙をやぶる。
「それじゃ。また。」
「ああ。」
 ベンツが走り出すと車の窓ガラスがあがり、由梨亜の姿が見えなくなる。
 ベンツは、林の角を曲がり、正門の方向へ走り出すとやがて白樺林で見えなくなった。日高は、ベンツが見えなくなるまで見送り、ジョギングを再開した。

 

(第五話完)