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超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―

渚 美鈴/作

第11話「彷徨(前編)  -哀しき狂戦士ー」

【目次】

(1)接触

(2)異形の守護神

(3)違和感と憎悪の狭間で

(4)警戒

(5)擬態する怪物

(6)予知と疑惑

(7)システムF

(8)代償と目印

(9)奇襲! 虹の絆作戦


11ー(1)接 触

「もうすぐです。大統領。」
 マイケル・カーレン国務長官のささやきに、大統領は黙ってうなずく。
 大統領と国務長官、そして数人の政府関係者が見守る大型ビジョンの先は、遠い砂漠の地下深くに設置された秘密基地の一室を映し出している。
その部屋の真ん中に設けられた台座の上には、次元超越獣「アインⅡ」の残骸が載せられ、部屋の周囲から様々なコードがそこへ伸びている。
「万が一の備えは、十分にできているだろうね。」
大統領の問いかけに、国務長官がうなずく。
「最終手段として、オプションSを発動できる態勢をとっております。敵対すれば、基地ごと消滅させてやります。」
「……わかった。期待しよう。」
やがて、大型ビジョンに映し出されている秘密基地の部屋に変化が現れた。
「アインⅡ」の周囲の空気がゆらめきはじめると、ふいにその一部に黒い染みがポツンと現れた。その染みは次第に拡大していく。
「不思議なものです。」
国務長官が、その様子を見つめながらつぶやく。
「正面から撮影しているカメラには、あんなにはっきりと映っているのに、後ろや左右から撮影しているカメラには、何ら映っていないんですから……。」
「次元断層とか、言うんだろう? 」
「いえ、次元ホールです。これは、次元ポケットとかいう、他の次元世界との間にある空間へ通ずる穴で、異なる次元世界同志が接触して生ずる次元断層とはちがうということです。」
国務長官は、大統領に次元ホールと次元断層の違いを説明する。他の空間へ繋がっているという点では同じなのだが、明確な違いがあるのかどうか、正直なところ専門家でも自信を持って説明できる者はいないだろう。
国務長官の説明の間にも、次元ホールと呼ばれる黒い染みはじわじわと拡大していく。
人が通れるくらいの大きさとなったところで、緊張は一層高まってきた。
「メッセージは、あらかじめ伝えてあるんだろうね? 」
「もちろんです。」
「回答は、あったのか? 」
「アインの残骸の乗った台をご覧ください。すでに彼らは、あの場所を訪れています。」
国務長官がディスプレイの下部に指をやり、指で拡大する動きをすると、指で指された部分が拡大表示される。
「なるほど。」
白い台には、何かで引掻いたように「YES」の文字が刻まれていた。
「モーションセンサーに反応! 」
ディスプレイ操作とモニタリング操作をしている係員の声が、執務室内に響いた。
ディスプレイが映像が、遠い秘密基地の部屋の全景に切り替わる。
「! 」
 皆が気付いた時、そいつは「アインⅡ」の残骸の前に立っていた。
 身体にぴったりとした白い服を身に着け、頭には大きなヘルメットらしきものを被っている。
 ヘルメットの大きさは、肩幅ほどもあり、そのずんぐりとした全体的な印象は、まったく恐ろしさを感じさせない。
むしろ、ゆるキャラのデザインに近い愛くるしささえ感じさせる。
 ヘルメット正面には、直径十センチほどのカメラのレンズらしきものが嵌め込まれている。ヘルメット後部からは、いくつかのコードがぶら下がっているが、中には途中で千切れてしまったものもある。
「人間……のようだな。」
「ええ。我々の言語を理解していることから考えても、人間である可能性は高いと考えます。」
 大統領の感想に国務長官が答える。
「よし。こっちの音声を伝えろ。交渉開始だ。」
 大統領の指示に従い、国務長官がモニター操作員に合図を送る。
「大統領。どうぞ。そのままお話しください。」
 国務長官のOKサインを受け、アメリカ合衆国大統領は、初めての異次元の知的存在との対談を開始した。
「ようこそ。我がアメリカ合衆国へ。私は、アメリカ合衆国大統領ジョージ・ガーランドだ。」
 大統領の呼びかけに、その知的存在は何ら動じる様子を示さない。
(……知ッテイル。我ガ魂ノ生マレシ大地ダ。)
 スピーカーが拾ってきた言葉は、異様に古い表現ではあるが、そのなまりはキングスイングリッシュに近く、大統領と国務長官はお互い顔を見合わせる。
「君の名前は? どこから来た? 」
 勢いこんで聞く大統領の問いかけに、白いヘルメット姿の知的存在は、少し間を空けて答える。
「私ワ、やひ族ノなーひん・とぅりー・むるとぅるわ。君タチノ情報源デ言ウトコロノ「きぷろ」デ呼バレテイル者ダ。」
 国務長官が手元の表紙に赤で「TOP SECRET」の文字が印刷された、F情報ファイルをめくり、大統領に提示する。
「次元超越獣? 知性を持った怪物もいるということか? 」
 大統領の驚きの声が伝わったのか、白いヘルメット姿の知的存在が皮肉っぽい口調で答える。
「自分タチダケガ、知性有ル優レタ生キ物ダト言イタイノカナ。」
「ここに来た目的は? 」
「白人……文明ノ抹殺。」
 「抹殺」という言葉につばを飲み込み、大統領は努めて冷静に聞き流す。
「怖いな。ただ破壊だけのために、ここに訪れたと言うのか? そうじゃないだろう。戦争は常に何らかの目的を持って行われるものだ。つまり、双方の利害、目的の遂行のための最終手段だ。」
 大統領は、少し背筋を伸ばし、改めて語りかける。
「今、我々はこうして話し合いの場を持つことができた。これは、双方が力を行使することなく、話し合いで目的を達成するための絶好の機会だ。そちらにも「アイン」をはじめとする戦力があると思うが、我々にもそれに対抗できるだけの戦力がある。ここは、話し合いでお互いが歩み寄れる条件を整理して、共存の道を探るのが適切と考えるが、どうかな? 」
 フッ。ハハハハハハハハハハハハハハハハッ。
 突然笑い声が飛び出す。
 白いヘルメット姿の知的存在は、身をゆすって笑っている。
 その反応に顔をしかめながらも、大統領は努めて静かに語りかける。
「何か……表現がおかしかったかね? 」
 フハハッ。
「コノ世界ノ歴史ワ学バセテモラッタ。私ノ世界ト同ジダ。強キ者ガ、弱キ者ヲ屈服サセ、支配ヲ企ム。宗教トイウ名ノ下ニ、自己ヲ正当化シ、同ジ人間ヲ虫ケラノヨウニ扱ウヲ是トスル。不利ナ状況デアレバ、契約デ自ラノ安全ヲ確保シ、有利トナレバ是ヲ破棄シテ、情ケ容赦ナク相手ヲ滅ボス。」
 意外な言葉に、大統領と国務長官は顔を見合わせるばかりである。
「コノ私ヲ、同ジ人間トシテ扱ウトイウノカ? 」
「……当然だ。何を学んだか知らないが、我々人類も進歩する。過去の歴史の中には、問題があることも否定はしない。しかし、同じ知性ある者同志、分かり合えることもあると信じている。」
 大統領は、キプロと名乗る次元超越獣の手厳しい指摘にも動じない。キプロが、人差し指を立て、左右に揺らす。
「デワ、本音デ話ソウカ。大統領閣下殿。」
キプロは、そばにある「アインⅡ」の折り曲げられた脚の膝部分に腰掛け、腕組みをして、こちらに語りかける。
「何ガ望ミカ? 」
「取引がしたい。この世界に干渉しないと約束するのであれば、我々は君がこの世界に滞在することを認めよう。また、我々の知りたい情報の提供と引き換えに、様々な便宜を提供することも約束しよう。」
(まるで、悪魔と契約のための交渉をしているようだ。)
大統領の言葉に、隣に居た国務長官が驚いたように、その顔をまじまじと見つめる。
「嫌ダト言ッタラ? 」
「残念ながら、その時は全力で戦うことになる。お互いの未来をより良きものにするためにも、そのような選択は適切ではないと思うが。」
(そこは、地上から3キロの地下にある核実験場を改造して作った特別な会見場だ。高性能爆薬。中性子爆弾。そして衛星軌道には、オプションSがある。ノーなら消えてもらう。)
「イイダロウ。デワ、何ガ知リタイ? 答エレバ、コノ世界ニ居サセテクレルノダナ? 」
「ああ。では交渉成立ということで、いいかな? 」
(よし。乗ってきたぞ。あとは、情報を引き出すだけだ。)
「では、妖精を知っているかね? 次元超越獣から、次元世界の秩序を守るために活動している妖精だ。我々は、妖精から力を与えられ、次元超越獣の侵攻からこの世界を守るため戦っているのだが、最近、連絡が取れなくて困っているのだ。」
(妖精。まず、フライアについての情報が、最優先だ。)
「妖精? 『次の世界の住人』ノコトカ? 」
「次の世界の住人? 」
(何だ、それは? )
「ソレワ、絶対不可侵ノ存在ダ。『よもつぇら・さーが』ト呼バレル壁ノ向コウノ世界ニ住ムト言ワレル。次元ヲ越エル能力ヲ持ツ我々デモ、ソノ壁ノ向コウニ行クコトワデキナイ。」
「……」
(次元の壁とはちがう別の壁? があるのか? )
「諦メルンダナ。」
「では、フライア……妖精がこの世界に派遣した妖兵のことは知らないか? 」
(残念。妖精との連絡は無理か? )
「ふらいあ? ソレゾレノ名前ワ知ラナイガ、妖兵ワ知ッテイル。『魂を失くした人』ノコトダ。私モ会ッタコトワナイガ。」
「コンタクトを取る仲介をお願いできないだろうか? 」
(だめか? 何も成果なしか? )
「何処ニイルカ分カラナイノニ? 無理ダナ。ダガ、コノママデワ、君ノ面子モアルダロウカラ、一ツ警告モ兼ネテ、教エテヤロウ。
 コノ「あいん」ヲ送リ込ンダ知的生命ワ、既ニ滅亡シテイル。怪物兵器「あいん」ヲ量産シ、侵攻シテイルノワ、ねっとわーくニ残サレタ予定行動計画ニ因ル。通路ヲ開イテイルト、全面戦争ヲ仕掛ケラレルコトニナル。話シ合イトカデ解決シヨウナドト、甘イコトヲ考エズ、関ワラナイ方ガ利口ダ。」
「なんだって? 」
キプロの意外な話に、思わず国務長官が割って入る。
「お前は、「アイン」をコントロールしている知的存在ではないのか? 」
 勢いこんでキプロに質問したものの、大統領の視線を確認して国務長官は慌てて引き下がる。
 キプロは腕組みをしたまま、黙っている。
「大統領。確認してください。これでは話し合いの意味がない。取引する相手として不適切です。」
 国務長官の進言に頷いて、大統領が声をあげる。
「キプロとか、言ったかな。我々は、そこにあるスクラップから分かるように、「アイン」を送り込んでくる異次元の知的存在と話し合い、紛争を回避したいと考えて、この会見の場を設定したつもりだ。
 今、君は、自分は「アイン」を送り込んでくる異次元の知的存在とは無関係だと言ったのかね? 」
「関係ナイ。私ワ、偶然コノ場ニ居合ワセタダケダ。ソモソモ、「あいん」ヲ生ンダ世界ワ、全面核戦争デ人類ガ全テ滅ンダ世界ダ。私ワ、ソコノ中枢部ノ一ツニ居候サセテモラッテイル。君達ノめっせーじヲ見ツケテ、興味ヲ持ッテ来タダケダガ、君達ノ為ニ忠告シテヤロウ。交渉トイウ予定行動計画ガナイ『作られた知能』、電子頭脳相手ニ、ドンナめっせーじヲ送ッテモ、無駄ダ。既ニ電子頭脳ワ、収集シタ情報ヲ元ニ、君タチノ戦力ノ分析ヲ始メテイル。
 ――早ク、コイツラトノ関ワリヲ断チ切ラナイト、大変ナコトニナルゾ。」
 キプロの答えに、国務長官はため息をつき、大統領に目配せする。
「サア、私ガ知ッテイルコトワ、答エタ。君達ノ役ニ立ツ情報モ教エテヤッタ。今度ワ、オ前タチガ約束ヲ守ル番ダ。私ヲコノ世界ニ受ケ入レロ! コノ部屋カラ地上ニ案内シテ、自由ヲ保障シロ。」
「……残念だが、それはできない。」
大統領は冷たく、しかし固い決意で拒否の意思を表明する。
「先ほど確認したように、君は我々の交渉相手としての適格性を欠いている。取引は無効だ。」
(冗談じゃない。何のメリットもない次元超越獣を自由に野に放つことになれば、たいへんなことになる。絶対に引き入れることはできない。)
「ソレワ、オ前タチガ勝手ニ決メタコトダ。私ワ、ソチラノ要求ニ答エタ。ダカラ、今度ワ私ニ要求スル権利ガ在ル。」
「認めない。このままお引取り願う。もし、これ以上、ここに居座るなら、命の保障はない。」
モニター画面を介して、双方が黙り込む。
大統領の目に映るキプロの姿は、好ましいものではない。白いヘルメット状の被り物の下に、どのような醜悪な姿が隠されているか、わかったものではない。姿形は人型であっても、その頭部や顔はとてつもない怪物という可能性だってあるのだ。
(得体の知れない化け物とまともに取引などできるものかっ!? )
「そもそも、君の態度が散漫すぎるのだ。互いに腹を割って話そうと提案しているのに、君は、素顔さえ見せようとしないではないか。そのような中で、信頼し合って取引などできんだろう。」
 大統領の言葉に、キプロが立ち上がる。
「……私ノ顔ガ見タイカネ? 」
「あ? ああ……・」
 キプロの念押しに、大統領は釣られてうなずく他ない。
 キプロは、ヘルメットの下顎部分に手をかけ、何やらベルト等を外しはじめた。そして、キプロがヘルメットを外し、その素顔を見せた時、大統領の背筋を恐怖が走った。
「ま、マイケルっ! 国務長官! あの部屋を破壊しろっ! 」
 モニターを見ていて、一瞬凍りついてしまった国務長官は、大統領の大声にはっと我にかえると、部屋に仕掛けられていた中性子爆弾のスイッチを押した。とたんにモニターしていた画面の映像が消失する。
 執務室の中に静寂が訪れる。
 ゴクリという唾を飲み込む音とともに、大統領の身体から力が抜けていく。やがてモニター画面に接続されたスピーカーの微かなザーっという雑音が耳に入ってくる。
「特別会見室カメラの映像、全てシャットダウン。地上映像に切り替えます。」
 モニターの制御をしていた係員の声が響き、画面に地下核実験場のあるネバダ砂漠の様子が映し出される。クレーター状に少し窪んだ地形は、その地下で繰り返し核実験が行われたことの証であるが、荒涼とした景色の中に動くものの姿は捉えられない。
 「倒したか? 」
 大統領の問いに、マイケル・カーレン国務長官が額の汗をハンカチでぬぐいながら答える。
「おそらく。仮に生きていたとしても、この世界に侵入する入り口を塞いだのですから、二度と現れることはないでしょう。」
「キプロとか、言っていたな。元々は人間、ネイティブ・アメリカンだったのだろうか。あの機械を埋め込まれた姿は、醜悪というものを通り越して鬼気迫る迫力があったが……あれは人為的にされたものなのだろうな。」
「人間があそこまで残酷でむごいことをする存在だとは……考えたくありませんが……。無数に存在すると言われる次元世界です。我が国の開拓史の汚点を考えると……、有色人種を滅ぼし、奴隷や家畜として扱うような非人間性が極限までいってしまった世界であれば、あれくらいのことは平気でやるかもしれませんね。」
国務長官が、首を振りながら立ち上がる。顔を手でなで、顎に手を当て直して、大統領の方を振り返り、ギョッとして硬直する。
ソファーに腰掛けた大統領の首から上がなくなっていた。
その背後に、モニター画面から抜け出したかのようにキプロが、平然と立っているのを見咎めて、国務長官は口をパクパクさせるが、声も出ない。
「ソウ。ダカラ私ガ滅ボシタ。自ラヲ神ノ子ト称シ、他ノ民族ヲ蔑視スル君ラ白人ヲ、私ワ抹殺スルツモリダ。ココ二イルうそつきガ、最初ノ一人ダ。」
キプロは、右手に持っていたものをポンと投げてくる。思わず受け止めようとして、国務長官は悲鳴をあげて飛退いた。キプロが投げて寄こしたものは、合衆国大統領ジョージ・ガーランドの首だったのである。
「君ラノ崇メル野蛮ナ宗教ニモ反吐ガ出ル! 妖精トカノ加護ヲ受ケテイルノカモシレンガ、邪魔ヲスレバ、妖兵トモドモ抹殺シテヤル。」
国務長官をはじめ、執務室内にいた数名が硬直して動けない間に、キプロはそう言い残すと、フッと消えてしまった。悲鳴があがり、執務室内にいた数人のスタッフが我先にと逃げ出していく。
「て、テレポート? なんてことだ。……奴は、超能力者なのかっ! 」
国務長官はF情報ファイルをめくってキプロの項目を確認し、ふりしぼるような声をあげて、作戦の失敗原因を悟る。
 我々は、悪魔を呼び込んでしまった。数千キロをはるかに越えてテレポートしてくる相手だ。その超能力は、、念動力など多岐に渡るとされているが、仮にテレポート能力同等のレベルであるとすれば、合衆国にとって計り知れない脅威となる。
 執務室内に警報が鳴り響く中、国務長官マイケル・カーレンは、カーペットの上に転がる首と目が合い、慌てて目を逸らした。ソファーの背もたれに片手をついて激しく嘔吐する。
 バチカンにも報告しなければならない。しかし、どうやって? 異次元の知的存在とのコンタクトに失敗し、大統領は死亡、さらに怪物まで呼び込んでしまったと報告すれば、叱責は免れない。そればかりか、合衆国のスタンドプレイに対する非難が沸き起こり、アダムの統帥権までも失いかねない。それだけは我がアメリカ合衆国の指導力を維持するためにも避けなければならない。
 とにかく、自分ひとりでは考えられない。
 マイケル国務長官は、口元をぬぐうと、執務室から外へ出ていった。


11ー(2)異形の守護神

 

「お願い。あいつらを殺して! お願い。」
榛名から渡された盗聴器からの録音は、奄美の怒りと憎しみ、そして哀しみと絶望がまぜこぜになった声を拾って記録していた。
新しい父親は、奄美の母親の突然の死に、気持ちの整理がつかず、奄美の気持ちにまで、気がまわらない。
仕事で突然の死を忘れようと、帰宅が遅れるばかりで状況を悪化させていた。
奄美が憎しみと哀しみのはけ口としていたのは、由梨亜が渡した携帯についていると言った守護神、ガーディアンであった。
由梨亜が、拉致された奄美を励ます意図でついた、でまかせだったが、その後、変身して救出した時に見せたフライアの姿を、奄美はガーディアンだと思い込んだのである。
母親の通夜が終り、一応学校にも出てくるようになってはいるものの、奄美の思いつめた様子に、由梨亜も居たたまれない心境が続いていた。
直接会って話している時は、それほど深刻な様子は感じられないのだが、念のためと、榛名たちに頼んで盗聴器を自宅に仕掛けてみたところ、毎晩のすすり泣きとともに、このような怨念のこもった押し殺した声が毎晩のように記録されたのだ。
警察によって、暴力団、北斗死地星会の構成員・大西とその3人の不良高校生は、奄美の誘拐と母親の刺殺事件の実行犯として逮捕されたものの、取調べの中で出てきた謎の怪物がネックとなって事件の真相解明は長引いていた。
さらに、大西が「怪物が母親を殺し、奄美を匿っていた自分たちも襲われた」と主張するに及び、捜査は暗礁に乗り上げてしまうという、予想外の展開になっていたことも、奄美の毎夜の憎悪の叫びを悪化させる原因のひとつとなっていた。
このため、由梨亜は再度変身して、収監されている大西を襲おうとしたが、留置場内ということもあり、警察署内での保護監視が強化されてしまったことで、断念するに至っている。さらに、不可思議な怪物の存在が明らかとなったため、日高たち、国防軍まで怪物の調査に乗り出してきて、由梨亜はとうとう完全に手が出せなくなってしまった。
 そして、それから一週間後、奄美は自殺未遂を引き起こし、病院へ保護入院されてしまった。

「誰? 誰か……いるの? 」
 月明かりがカーテン越しに入り込む病室内で、奄美遥は、人の気配を感じ、目を覚ました。昨日は、睡眠薬を処方されて、ほぼ一日眠り続けていたおかげか、夜中でも目覚めはいい。
 薄暗がりの中から、金髪の髪の毛に全身を覆われた白い手足の怪物の姿が現れる。異形のその姿、頭の両側にある大きな目は、緑色に輝いてじっと見つめているが、奄美にはとても優しく感じられる。濡れたような輝きは、奄美の哀しみを理解しているのだと感じる。
「来てくれたんだ……ありがとう。」
 シーツの中から奄美が怪物に向けて差し出した手は、手首に白い包帯が巻かれている。
「待っていた。……あなたが来るのを……待っていたの。由梨亜は、冗談だと言ったけど、この携帯電話の守り神でも、怪物でも……悪魔でも構わない。ひとつだけ、願いを聞いて欲しいの。」
 奄美の差し出した手を怪物は黙って見つめるばかりである。
 奄美は、それを知ると、手をバタンと落とす。もう片方の腕を額に当てる。
「私の命をあげてもいい……。だから、あの男達を殺して! お母さんの……仇をとって! 」
 つぶやくような声から、最後は低い振り絞るような声に変わり、やがて嗚咽を伴って泣き始める。それでも怪物は微動だにしない。
「どうして……きいてくれないの? どうしたら……いいの? あの時、あたしを助けてくれたじゃない。どうして……今度は言うことを聞いてくれないの? 」
 少しヒステリックな声をあげる。その声に自然とあふれた涙が、頬を伝い、枕を濡らしていく。その時、いつの間にか、怪物の目の下から伸びていた白い紐状の触手が、奄美がシーツの上に投げ出した手に触れた。ピリッという刺激に、奄美が驚くと同時に、その頭の中に声が響く。
(生きて……欲しい。どんなに辛くても。)
「え? 」
 奄美の心に響く声は、生身の声だけでなく、その言葉に込められた、うそ偽りのない優しさや気遣いまでも伝えてくる。
「お、同じなの……? 」
 怪物の心の奥に沈んでいる哀しみの塊は、母を失くした奄美と同じであり、ふたりの心は共鳴しあう。ひとりぼっちじゃない。心を通じ合える同じ境遇の仲間が目の前にいる。そして、温かく見守ってくれる友達がいる。
「由梨亜……椎名……そうね。二人なら、いつでも話を聞いてくれそう……。」
 頭をよぎる友達の姿に、少しだけ心が軽くなる。
 病室の中に金色の光が舞う。夢のような光景が広がる中、病室のドアがコッコッとノックされる。
「だめ、見つかっちゃう。」
 奄美は、怪物が見つかることを恐れ、あわててベッドから飛び起きようとするが、怪物がそれを制する。
 なんと、怪物は、自ら病室のドアを開けてしまった。
「! おかあさん……。」
 病室内に入ってきたのは、奄美の亡くなったはずの母親だった。ベッドから飛び起きて、母親の胸にしがみつく。
「ごめんなさい。ごめんなさい。……あたしが……。」
 母親は何も言わず、奄美の頭をなでながら抱きしめる。白い包帯が巻かれているはずだった手首の傷に口付けする。小さい頃、怪我した指をいとおしげに、そして安心させるために口付けしたように……。
「ごめんなさい。あなたの将来のためにも、父親がいた方がいいと思ったの。でも、そのためにあなたがそんなに苦しんでいたなんて……知らなかったから。本当にごめんなさい。」
「ううん。ううん。あたしが、もっと大人になればよかったの。子どもみたいに、お母さんを取られたとばかり思っていたから……。本当にごめんなさい。」
 その会話は、奄美が拉致される数時間前に自宅で母親と交わした最後の会話の繰り返しだったのだが、感極まった心に響いて、心にわだかまっていた、どす黒い感情を洗い流していく。
 これでいい。
 フライア姿の由梨亜は思った。
 今、フライアは、妖精たちの言葉でいう「アースガル」形態をとっている。それは、霊界との境界・ヨモツェラ・サーガを超える時に身体を守るための姿であり、様々な次元干渉波から身体を守る金色の髪で覆いつくす。さらに羽の方まで全身を覆う黒いスーツ・ミッドガルズでカバーされるため、コウモリ型に切り替わるので、その姿は次元超越獣と戦う時の妖兵とは似ても似つかない姿に見える。
 異形の怪物というイメージで、大西たちを脅かすつもりで選択した姿だったのだが、むしろ不可思議な存在として奄美には認知され、心の扉を開くのに役立ったのではないかと思っていた。
 奄美の心の奥底に沈んでいた母親からのメッセージを改めて掘り起こし、イメージを操作して伝え直しただけなのだが、奄美にとっては心からの救いのメッセージになったと感じていた。
 母親の死の責任を自分に負わせる。それは自分を罰することで、救いを求めることに他ならないのだが、その耐え切れない苦しさは、由梨亜自身よく理解できる感情だった。
 深い悲しみと後悔に陥るたび、由梨亜は思った。
 なぜ、こんなに苦しまなければならないのか?
なぜ、心なんてあるのだろう?
それは、苦しさ故に、沸き起こる疑問だが、そこに用意された正答はない。思想や宗教などにより説明される答もあることにはあるが、それで納得し、救われるかどうかは、別だろう。
ベッドでこんこんと眠る奄美の頬を伝う涙を、フライアの指でそっとぬぐう。
奄美の顔に、さっきまでの暗い表情はない。
遠くから、靴音が近づいてくる。たぶん、仕事を終えて立ち寄った奄美の新しい父親だろう。妻から託された娘への思いの重さを、心優しい男はどうやって伝えたものかと思い悩んでいる様子だが、それも時が解決してくれるだろう。
その思いを共有した時、二人は本当の親子になるのかもしれない。
そう思いながら、フライアは、病室を後にした。二人にとって、心を割って話し合えるすばらしい時間が実現することを祈って……。

 

11ー(3)違和感と憎悪の狭間で

 

 なぜ、白人種と有色人種が共に手を携えて戦える?
キプロにとり、この世界は奇妙で危うい調和の世界に見えた。それは、キプロの世界で言う、アメリゴ大陸(アメリカ大陸)を離れて、まったく未知の島国に到着した時から強まった印象だった。
アインから管制コントロールシステムを介して電子頭脳に送られてくる他次元世界の探査情報の中から、キプロがこの世界に興味を抱いたのは偶然からだった。
アインを管制するコンピュータープログラムは、侵攻する次元世界に対して、様々な探査機器を装備した斥候マシンを送り込む。その傍受した情報の一つに東洋の有色人種の国が白人たちの帝国と正面から戦い、敗れはしたものの民族の尊厳を勝ち取った歴史番組があった。
キプロの経験からくる常識からすれば、その有色人種は滅亡しているはずだった。並行して展開される世界の中で生じた、歴史の中のイレギュラーな出来事のひとつにすぎないものと思っていたが、キプロは、その結末を確かめたいと思った。
幸い、アインが送り込まれた痕跡の一つが、その国と思しき場所に繋がっていたため、キプロは真っ先にそこを訪れたのである。

「信ジラレナイ……。コレワ理想世界カ? 」
有色人種の住む近代都市? それだけでもキプロの常識からすれば、ありえない風景であるのに、この世界では白人と有色人種が平等に暮らしているように見えるのである。都市の近郊にある軍事施設の兵士の中にさえも、数は少ないものの、白人や黒人が混ざっていて、一緒に談笑し、訓練などを行っているのだ。
この世界に呼び出された時、相手はやはり白人であり、その側に従っていたのは、黒人だった。その主従関係の強弱はあるものの、この世界も基本的に自分が滅ぼした世界と同じだと思っていたのだが、どうも様子が違いすぎる。
「ン? 」
 キプロの超感覚は、次元を跳躍する何者かの存在と、憎しみと悲しみが混ざった心の叫びを捉えた。
愛する家族を失った悲しみ、理不尽な暴力に対する怒りと憎しみ、それらはすべてキプロにとって、お馴染みの感情である。
 キプロは、自らの持つ遠隔視能力をその感情の発生場所に指向させ、巨大なビルの一室で佇む男とベッドに眠る年若い女の姿を捉える。
 次元空間へ跳躍した存在を捉えることはできなかったが、そこに次元超越獣なみの次元空間をコントロールする能力者がいたことは間違いなかった。
 キプロは、興味をおぼえて、そこへ跳んだ。

 キプロが病室へ空間跳躍した時、見るからにやつれた男は、備え付けのパイプ椅子に腰掛けたまま、居眠りをしていた。そのよれよれの上着のポケットから、血の匂いが漂ってくる。
 キプロは、無造作に男のポケットを探り、血染めのハンカチに包まれた小さなナイフを見つけて取り上げた。ハンカチに染み込んだ血の匂いは、年若い少女のものだ。
 男と年若い少女の関係はよくわからないが、室内に渦巻く憎悪のエネルギーは、尋常なレベルではない。しかし、状況からすると、互いに憎しみの矛先を向け合って、二人が争っているようにも思えない。
 年若い少女の方は、白い包帯をぐるぐる巻きした右手首をシーツの上に出したまま、寝入っていた。白い頬に涙の跡がくっきりと残っている。
 憎悪の感情は男の方が強いが、哀しみの大きさに比例する分、その深刻さは、年若い少女の方が大きかった。
 キプロは、意識探査能力を用いて、女の方の深層意識を読み取る。軽くなぞるだけで沸きあがってくる苦しみに押されて、憎悪の感情が頭をもたげてくる。
それは、苦しみのループとなってエンドレスで再生されかねないので、キプロは意図的にそこにピリオドを打つため、眠ったままの意識とコンタクトした。

「殺して! あの男達を殺して! 」
奄美が憎しみの矛先を向けた先に、男達の像が浮かび上がる。
「ひっ! 」
その反応に奄美は驚き、息が止まる。男たちは、奄美の前で、奄美の母親の身体を代わる代わるナイフで突き刺す。
「いや! やめて~! 」
奄美の血を吐くような絶叫に男たちの姿が消え、代わって奇怪な姿の男が目の前に現れた。赤茶けた色のたくましい体格に長い黒髪、そして白色の隈取を施した顔には、眼光鋭い光が灯って、奄美をじっと見つめている。
「願イヲカナエヨウ。汝ノ魂ニ安息ヲ与エルノワ、善悪ノ理ニ適ウ。大地ト精霊ノ名ニオイテ、救ワレルベキワ汝ノ魂。」
男は、奄美の額に手をかざす。
「あ……。」
奄美は、重い怒りの感情が次第に消えていくのを感じた。もういいという思いが沸きあがり、なぜか心が喜びの感情で満たされていく。復讐しなければ……という思いで繰り返されるシュミレーションが、男たちの像が消滅していくのを最後に、プッツリと終わる。やがて、奄美は、気だるい疲労感とともに半睡眠の状態から、深い眠りへと落ちていった。
意識探査を終えたキプロは、心に転写された憎悪とその対象をじっくりと吟味していた。
「有罪! 」
キプロは、転写された憎悪を抱えて、空間跳躍を図った。 

 

11ー(4)警 戒

 

 涼月市内で起こった母娘誘拐殺人事件は、当初単なる刑事事件と思われていたが、犯人グループの供述と奇怪な怪物の再侵入によって、次元超越獣事件として関連調査が進められていた。
要請を受け派遣された、国防軍対次元変動対応部隊の調査チームは、主犯格の大西のマンションの部屋を調査するとともに、警察署の留置施設のチェックと聞き取りを行っていた。
 
「何かわかりませんが、明らかに未知の次元超越獣が襲ってきたものと思われます。」
 調査チームリーダーの須藤茜三佐は、調査員たちの顔を見回しながら、金城副司令に報告を入れる。
「しかし、実際のところ、人間が喰われたわけではないんだろう? これまでに現れた次元超越獣は、次元同化の関係で凶暴性を発揮して人間を喰ったことからすると、妙じゃないか? 犯人がデタラメを言っているという可能性もー。」
「それは無いと思います。うそをつく理由がありませんし、マンションの部屋のドアを内側から溶接した跡も確認しましたが、まともな器材もなくできるはずがありません。第一、そんなことをする理由がありません。」
「警察は、篭城するためだったのではないかと言っていたが?」
「それじゃあ、犯人たちは阿保ですよ。食料などの備蓄もせずにそんなことしてどうするつもりです? 娘さんを人質に立てこもるつもりだったとしても、あまりにも無計画すぎます。」
「……人型の次元超越獣か……。」
「はい。こいつは、ただの次元超越獣じゃありません。知恵を……明らかに知性を持ってます。明確な目的を持って犯人たちを襲ったんです。その目的は不明ですが、何らかの意図を持って、また襲ってくることが十分考えられます。もし、この次元超越獣に留置場や少年刑務所内に侵入されると、我々の個人装備ではとても太刀打ちできません。ですから、どこか広い場所に移して、次元超越獣を迎え撃つことが必要だと思います。」
「おいおい、まさか、機動歩兵を投入するというのか? 」
「拳銃で対抗できるわけないじゃないですか。当然です。」
「……わかった。霧山司令と相談してみよう。死んでもいいような極悪犯を守るために、機動歩兵を使うと言ったら、何と言われるか……。」
「……わかります。女の私から見ても、ひっぱたいてやりたい連中ですから……。」
「……矛盾した世の中だな。」
「それと、もうひとつ。今回、M情報はないですか? 」
「ああ。」
「実は、御倉崎さんが、今回の事件の被害者の娘さんと関わっているんです。クラスメートという関係だけでなく、どうも被害者を助けてあげたんじゃないかと……。」
「……何が言いたいのかね? 」
「被害者の娘さんを助けたいという動機で考えると、今回の事件は、すんなり説明できる気がするんですが……? 」
「うん? つまり、御倉崎さんが、今回の次元超越獣と関わりがあると? 」
「ええ。警察は、最初からそんな考えは捨てていますけど。ですが、私たちは、彼女が予知能力という超能力を持っていることを知っています。だから、私は、この事実がわかった時点で……。御倉崎さんは、超能力を持っているわけですから、何らかの方法で次元超越獣を操ることができたとしても……私はおかしいとは思いません。」
「……とんでもない発想だな。」
「まあ、証拠はありません。ただ、若さ故に、悪い奴らを懲らしめたいという正義感から出た行動だとすれば、……納得できませんか? 」
「……なるほど。」
「それで、もうひとつお願いしたいことがあります。」
「ん? まだ、あるのか? 」
「いっそのこと、日高一尉に、御倉崎さんを護衛という名目でマークさせてくれませんか? 」
「おいおい。日高は妖精と……、フライアと懇意にしている仲なんだぞ。それをぶち壊すようなことはするなと、御倉崎さんと個人的に会うのは控えろと言ったばかりだ。それを今度は、ぴったり付きまとえと言うのは……。一体、何がしたいんだ? 」
「今回の次元超越獣と……御倉崎さんの関係を明らかにするためです。」
「直接、御倉崎さん本人に聞いてみた方が早いと思うが? 」
「自分から話さないということは、理由があってのことです。聞いても無駄でしょう。むしろ、その前にしっかり証拠を掴んで追求する方が、確実です。それに……何もなければ、御倉崎さんに疑われているという嫌な思いもさせずに済みますし……。」
「……わかった。わかった。それも含めて……司令に相談してみよう。」
 
 大西と三人の不良少年たちは、警察の協力の下、郊外にある廃校となった小学校の体育館へ護送され、そこで国防軍の監視の下で取り調べ等が進められることになった。
 学校の校庭には、機動歩兵を格納したトレーラー2台が待機し、移動作戦室も急遽、空き校舎の一角に設置された。
 なお、臨戦待機は、第3機動歩兵戦隊の宮里一尉と吉田二尉、それに補助要員として、三塚二尉が行うこととなった。
「え~。また、私だけ補助要員配置ですかぁ? 」
 三塚は、またまたペアを組んでの臨戦待機ではないことに不満を漏らす。補助要員待機となると、慣れ親しんだ搭乗機体は、持ち込まないため、よほどのことがない限り、機動歩兵に搭乗できる機会がない。しかも、日高が別任務ということで不在なため、、一時的とはいえ、三塚は第3機動歩兵戦隊の指揮下に入ることになるのだ。
「気落ちしなさんな。こっちは、そっちの第2戦隊よりも次元超越獣と戦うチャンスが少ないんだからよ。」
 宮里一尉が、三塚の肩をポンと叩き、トレーラーへ入る。
「そうそう。第2戦隊は、日高一尉がODMに目をつけられているおかげで、毎度毎度おいしい思いしてるじゃねえか。今回は、こっちに任せて、のんびりしとけって。」
「そりゃあ、日高一尉はいいですよ。次元超越獣撃破の戦果をあげているんですから。でも、私はまだ、一体も倒してないんですよ。」
吉田二尉のなぐさめに、三塚が反論する。
「それは……チャンスを活かせなかったお前が悪い。」
「う……。」
三塚が沈黙し、にやにやしながら吉田もトレーラーに乗り込んだ。
体育館内に特設した独房では、警察による聴取が終わっている。
これから、長い夜が始まる。謎の次元超越獣は、人目を気にして襲撃してくることから考えると、その襲撃は夜間の可能性が高いと調査チームは分析していた。調査班リーダーの須藤は、移動作戦室で、体育館内に設置された監視カメラからの映像をチェックしながら、待機する。
現場を見れば、襲撃を警戒して移動させたことは、すぐわかる。
今度襲ってくるとしたら……、奴のことだ。今度は、強襲してくるはず。

「え? 日高さんが? 」
「どうします? お会いしますか? 」
 由梨亜は、榛名から日高一尉の突然の来訪を告げられて驚いた。
何かあったのだろうか?
「わかりました。通してください。」
しばらくすると、由梨亜の住むログ・コテージのドアがノックされる。
「どうぞ。」
「失礼します。」
国防軍の制服姿の日高が、少ししゃちほこばりながら、部屋へ入ってくる。
「何かあったのですか? 」
居間の椅子を勧めながら、由梨亜が尋ねる。
「いえ、霧山司令から、由梨亜さん警護の指示を受けて参りました。」
「……? 」
「あれ? 聞いてなかったんですか? 」
接待用のハーブティーを用意していた由梨亜が、きょとんとした表情を見せたため、逆に日高の方が驚いてしまった。
「どういうこと? 」
「奄美さん……。知ってますよね。」
「はい。」
「彼女を拉致してお母さんを殺した犯人、大西が、捕まった報復で、御倉崎さんや友達を襲うよう、仲間に指示したみたいなんです。一応、大西の所属する暴力団・北斗死地星会の方は、警察が監視の目を光らせているので、大きな動きはないだろうと思いますが……。司令の話では、資産家の佐々木邸に住んでいる由梨亜さんを狙う可能性が高いとのことで、私がしばらく密着して警護することになっています。」
「暴力団? 密着して警護って……まさか一緒に住むの? 」
由梨亜が、目を丸くして驚く。
「佐々木会長に協力依頼はしていますが、そこまでは頼んでいません。まあ、隣のログ・コテージでも貸していただければ、寝袋も持参していますので。」
日高は、にっこり笑って答える。
「いえ、あの、聞いてなかったものだから……驚いてしまって……。」
由梨亜のしどろもどろな様子を見て、日高はてっきり由梨亜が不安に襲われているものと解釈した。このあたりは、女心を理解していない日高のにぶさが出てしまう。
「心配ありません。ちゃーんと武器も使用許可を得て携帯してきています。」
日高は、制服の上着の下、肩から下げたホルスターに収めた拳銃を見せる。
「これ、ドイツ製の護身用拳銃。国防軍隊員は、警察と調整の上で、要人警護など、緊急時の武器の携帯と使用が認められています。彼らが襲撃してきたら、私が命にかえても守ってみせますよ。」
日高は少し、軽い調子で由梨亜の安全を保障する。しかし、その固い決意は、その目が笑っていないことを見てもわかる。
由梨亜は、困ったように目を逸らして、熱いハーブティーをカップに注ぐ。日高の思いがわかるだけに、その言葉に込められた意味を理解して、顔が少し熱くなる。
「……ハーブティーしかないけど、よろしかったら、どうぞ。」
「ありがとう。いただきます。」
テーブルをはさんで日高と由梨亜は、向かい合って椅子に腰掛ける。出されたハーブティーを日高が一口飲む。
「うまい。おいしいです。」
「……ダメですよ。私なんかのために、命落としちゃ……。」
「……。」
 由梨亜もハーブティーを一口飲んで、続ける。
「そんなことになったら、私の心が……持ちませんから……。」
 日高の背筋を熱いものが突き抜ける。
 由梨亜は努めて冷静に自己分析をした結果を伝えたつもりだったが、よくよく考えてみると、かなり意味深な言葉を返したように思えてきて、また顔が熱くなる。
 二人がテーブル席で黙り込んでいると、ログ・コテージのドアを開けて、榛名が駆け込んできた。
「あ……、あれ? 」
 榛名は、由梨亜がいるのを見て驚いている。
「どうしたの? 」
「えー? なんで? ……由梨亜だよ……ね? 」
「? 」
 日高もきょとんとした様子で、榛名を見つめている。
「あ……そっか……。日高一尉が来てたんだ……。ごめん。すっかり忘れてたわ。あははは……。」
 榛名はごまかし笑いをしながら、由梨亜に手招きして、ドアの外に引っ張っていく。
(どういうこと? )
 榛名が小声で尋ねる。
(何のこと? )
(知らないの? じゃ……驚かないできいて。妖精が、フライアが大西たちを襲ったって情報が、今、国防軍内の無線から傍受されたの。)
 由梨亜は、榛名の顔をまじまじと見つめ返す。
(……誤報じゃないの? )
(今、現在、起こっていることで、現場は大混乱してるみたい。だから、私、てっきり由梨亜がやっちゃったかと……。)
 由梨亜と榛名は、日高の方を見て、顔を見合わせる。日高の方は、遠慮がちにあさっての方を見ながら、ハーブティーを飲んでくつろいでいる。
(じゃあ、日高さん、どうしてここにいるの? 緊急事態だから呼び出しがあっていいはずじゃない? )

 

11ー(5)擬態する怪物

 

 最初にフライアを見つけたのは、廃校の広い校庭を散策していた三塚だった。
 夜空から金色の光と共に、フライアが羽を羽ばたかせながら降りてくる。
「え? 」
 その姿は以前、保護した時に直に見ているので、見間違えることはない。
「よ、妖精、フライアですっ! フライアが降りてきましたっ! 」
 無線機で、三塚は移動作戦室に連絡を入れる。
 フライアは、ストンと三塚の側に舞い降りる。
「こんばんは。通るわね。」
「は、はいっ! 」
 フライアに話しかけられて、三塚は思わず敬礼してしまう。
その間にフライアは、大西たちを収容している体育館へと入っていく。
入り口で警備している国防軍兵士たちも敬礼して迎える。まるで、司令官の視察を迎えるかのようだ。
 校庭のトレーラーがビーッビーッと警告音を発しながら、荷台の扉を開放していく。中から宮里と吉田の機動歩兵がゆっくりと動き出す。
 三塚のそばを通りながら、機動歩兵から声が降ってきた。
「なんで、フライアが? 」
「さあ? 」
「移動司令室! 中の様子は? 何か変化はないのか? 」
 「今のところ……。フライアが来てくれたってことは、次元超越獣が現れるのかもしれん。とにかく、臨戦態勢をとってくれ。」
「了解! 」

移動司令室にいた調査班リーダーの須藤も、意外な展開に驚き、フライアの姿を直に確かめようと、体育館に向かって走り出していた。
しまった。こんなことなら、日高一尉をここに……。
うわああああああああっ。
体育館の方角から悲鳴があがり、須藤の思考を中断させる。
あわてて、腰のホルスターから拳銃を抜き、走りながら安全装置を解除する。
飛び込んだ体育館内では、数人の警察官が床に倒れていた。フライアは、それらを越えて、大西たちの独房へ向かっていく。
「ちょ、ちょっと、待ってください。」
須藤は、場違いに丁寧な口調でフライアに話しかけながら近づいていく。
その意図は……、まさか?
相手は、人類の希望、妖精たちが送ってきた使者、そして次元超越獣の脅威から何度も我々を救ってくれた大恩人だ。どう話しかけていいか、とまどうばかりだが、須藤の職業意識が何とか折れそうになる心を支える。
「だ、ダメですっ。わ、悪い奴らですが、直接手を下しちゃいけません。その……フライアさんの手が……汚れますから……。」
フライアは、歩みを止めるとにっこり微笑む。
「そうね。じゃあ、これならいい? 」
フライアは右手を上げると、開いた手を大西の収容されている独房に向ける。
その手をぎゅっと握り締めると、異変が起こった。
大西の収容されたプレハブ式の独房がミシミシと音を立てながら、内側に潰れていく。強化プラスチックの表面に白い筋が走り、内側へ内側へと急速に潰れていく。ドアが折れ曲がり、蝶番のネジがはじき飛ぶ。それでも内側への圧縮は続いていく。
「たっ助けてくれっ。こりゃ一体……ぎゃああああああっ! 」
中から大西の悲鳴があがり、須藤はフライアの意図を理解して、あわてて止めにかかる。
「や、やめてください。これは……やり方の問題じゃありません。」
震える須藤の制止に動じることなく、フライアは答える。
「手遅れよ。もう止まらないから。」
プレハブ式の独房は、強化プラスチックの白いヒビだらけになりながら、体積は4分の1まで縮小しているが、さらに圧縮は加速する。中から必死でドアや壁を叩く音と大西の悲鳴が続く。
体積が十分の1まできた時、悲鳴が途切れ、今度はそれまでと異なる異音が生じはじめる。
ボキボキッ、ブシュッ
気味悪い音とともに、圧縮され潰れていくプレハブ独房の隙間や下から赤い鮮血が噴出する。
須藤が呆然とプレハブ独房を見詰める間に、フライアは、3人の少年たちが収容されたもうひとつのプレハブに向かう。
我にかえった須藤があわてて、フライアの前に立ち塞がる。
「やりすぎです。もう、これ以上は……。」
「人は……過ちの大きさを知って成長する。その機会を奪うことが、歪んだ世界への第一歩だということが、なぜわからない? 」
「え? いや……そうだとしても、これ以上は……。」
「では、これから先のことは、あなたが責任を持つの? 」
 フライアの冷たく鋭い追及に、須藤は言葉を失う。
責任という言葉の含む未来の重さに、制止していた両手も下がってしまう。
見逃すことは、倫理的にも法律的にも許されることなのか? つい、変な方向へ思考が飛んでしまう。相手はフライア、人間ではない存在だ。極論すれば、法的拘束力は及びそうもない。
それどころか、救世主、メシアとまで呼ばれる存在だ。
私の方が間違っているのかも……。
その間に、フライアは、いつの間にか須藤の持っていた拳銃を手にしている。
「あ、あれ? 」
須藤が驚いている間に、フライアは、銃口をプレハブ独房へ向けて発砲した。
ガウン、ガウン、ガウン!
きっちり三発発射して、フライアは銃を床に置いた。
 「まだ、死んでない。一生、死の恐怖と隣りあわせで生きてもらう。」
 フライアは、そう言うとその場からフッとかき消すように消えてしまった。
 プレハブ独房に弾丸の貫通した跡はないが、独房内からは三人の少年たちのうめき声が聞こえる。
 どういうこと?
弾丸は……どこに行ったの?
 須藤は、フライアの消えた体育館で、一人立ちすくむばかりだった。

「こいつのどこが、妖精だ? フライアとは、似ても似つかない姿じゃないか! 」
 金城副司令は、須藤が提出した事件の映像を指差しながら言った。
「え? あ……。」
 副司令の指摘に、須藤は改めて映像を見て驚く。
そこに移っていたのは、白い不釣合いなほど大きなヘルメットを被った白いウェットスーツ姿の不審な格好をした人間だ。
「あれ? そ、そんな……うそっ! 」
 須藤は、副司令からパソコンをひったくると、映像資料を改めて確認する。
廃校の体育館の中で自分とフライアが対峙して、会話をしている場面のはずだが、フライアの姿はどこにもない。
映っているのは、フライアとは似ても似つかぬ、白い不恰好な人間だけだ。
 そんなはずはない。
さっきまで、確かにフライアの姿がはっきりと映っていたのだ。それは、三塚や他の国防軍兵士も皆が、その目で確認している。
「……タヌキにでも化かされたのかね。」
 金城副司令は、ため息をつきながら、事件報告書に目を通す。
「一体、どうなっているんだ? この報告書もめちゃくちゃだ。三塚が最初に誤認するなんて……。考えられん失態じゃないか? 」
「いえ。見間違いなんかじゃ……ありません。絶対に……。」
 金城副司令は、黙って須藤を見つめる。
「確かに……今見ると、まったくの別人……ですが、あの時は、あの場にいた国防軍兵士の全員が、フライアだと思い込んでいたんです。こいつの正体はわかりませんが、知性を持った次元超越獣であることは間違いありません。きっと、何らかの方法で私たちを騙したとしか……。」
 金城副司令は、黙って、立ち上がると自分の執務机の引き出しから封筒を取り出して、戻ってくる。
 応接セットにドカッと腰を下ろすと、封筒からいくつか写真を取り出し、事故報告書に添付された写真と見比べる。
「『キプロ』だ……な。」
 金城副司令の言葉に、須藤はきょとんとする。
「君達を手玉に取った次元超越獣のことだよ。こんなに早く、日本までやってくるとは……。」
 金城副司令が渡した写真を須藤も受け取り、自分のコンピュータ画面で再生される動画の映像と見比べる。
「ああっ。同じだ! こいつです。副司令。これは一体……。」
 金城副司令は、傍らの電話で何か告げている。
しばらくすると、部屋のドアがノックされ、白瀬二曹が入ってくる。
「お呼びですか? 」
「ああ、霧山司令は、今どうしてる? 日程は空白になっているが、外出しているんだろ。」
「はい。レイモンド少将と会食のため、出ています。そのまま帰宅すると聞いていますが。」
「最近、レイモンド少将と会う機会が多すぎるんじゃないか? アダム極東方面司令部が駐屯地内に第2作戦司令部を設置してから、毎晩じゃないか。」
 金城副司令が、愚痴をこぼす。
「アメリカ軍の機動歩兵と隊員、整備中隊も配備されましたので、何かと連携に向けた調整が必要だと言っていましたから……。」
「表向きは……な。酒の席で調整も何もないだろう。」
 白瀬二曹の答えに、金城副司令が異議を入れる。
「まあ、いい。いつものところか? 」
「勤務終了後は、赤ちょうちんです。『北の湖畔』だったかと……。」
「では、私も行って来ようかな。」
「だめです!基地の重要ポストが、昼間から二人ともいなかったら問題になりますよ。」
 白瀬二曹が警告する。
「おま……っ。もちろん、勤務が終わってからだ。須藤! 君は、その写真を持って、佐々木邸にいる日高と一緒に、御倉崎さんにも確認をとってくれ。」
「え? 何を確認するんです? 」
「おいおい。次元超越獣が、どうしてこの事件に執着するのか、理由がわからないんだぞ。調査して、そこを明らかにするのが、君の仕事じゃないか。報告書の修正もあるから、今日じゃなくていいが……。また、こいつがどこに現れるかわからないとなれば、警戒は続けなければならん。第一、M情報の網に掛からないというのも気がかりだろう? 」
「そうですね。わかりました。」
「あ、それと三人の不良高校生はどうなった? 死んではいないのだろう? 」
「はあ、あの謎の次元超越獣が、私の銃を使ったのはわかりますよね? 」
「はん? 」
金城副司令は怪訝そうな顔をする。
「当たっていたのかね? 壁を? すり抜けて? 」
「はい、全員1発ずつ。頚椎部分に弾が食い込んで神経を損傷しています。ですから、首から下は動きません。弾の摘出も困難とか……。人畜無害ですよ。」
「……残酷だな。いっそひと思いに死にたいと思うだろうな……。」
 知性を有するとはいっても、意図的な悪意、憎悪が感じられる所業を見せられると大きな危機感を抱かずにはおられない。
金城副司令も須藤三佐もその点では、一致した見解を持っていた。

 

11ー(6)予知と疑惑

 

「以上が、調査チームが作成した報告書の内容だ。読んでわかるように、今回の事件の鍵になっているのは、由梨亜の渡した携帯の……ガーディアンみたいなんだが……? 」
 日高が、由梨亜に報告書のコピーを手渡しながら感想を求める。
 由梨亜は、困惑するばかりである。 
 奄美に渡した携帯は、緊急連絡用に手配した普通の携帯電話でしかない。
奄美が拉致されたとわかった時、とっさに奄美を落ち着かせ、励ます意図で、ガーディアン、守護神という言葉を使っただけである。最も、何かあれば、由梨亜はフライアに変身して助けに行くつもりだったのだが……。
「ガーディアン、守護神と言ったのは、奄美さんを励ますつもりで言ったんです。まさか、本当にそんなものがいるなんて、思いもしませんでした。」
 由梨亜が答える。
その言葉に、うそはない。励ました時点では、自分自身が乗り込んでいくつもりはまったくなかったのだから――。
「そうだよな。携帯の方も調べたが、何もおかしなところはなかった。」
 日高一尉は、唾を飲み込んでから、話の核心部分に入っていく。
由梨亜の方は、フライアとの関係を聞かれるかもしれないと緊張し、思わず身構えてしまう。
 ガーディアンとして、奄美を最初に助けたのは、フライアであるが、その時の姿は、「アースガル」形態という特殊な姿をしていたため、フライアだと知られることはないと考えている。しかも、フライアの存在自体、奄美をはじめとする一般人には知られていないので、そう簡単にばれることはないだろう。
それでも面と向かって事件の確認を求められると、不安になってしまう。
「ただ……奄美さんは、この怪物を携帯電話のガーディアンだと思い込んでいる。我々もそう思っていたのだけど、一週間前、事件に関連して大きな動きがあった……。」
 日高は、スーツケースから新たに封筒を取り出しながら説明を続ける。
「これは、極秘事項なので、絶対に誰にも話してはいけないよ。先週、僕が君の警護についたその日、逮捕拘留中の大西たちが、襲われた……。」
「え? 」
 日高は封筒から一枚の写真を取り出して、由梨亜に渡す。
「襲ったのは、君も知っているフライア……に化けた次元超越獣だった。『キプロ』という、知性を持った次元超越獣だ。」
 写真には、白い身体にぴったりした服をまとった頭でっかちの不思議なヘルメットを被った人型の怪物? が、写っている。
「えっ? こ、これが……犯人? 」
 由梨亜は、意外な展開に驚くばかりだ。
先週、フライアが現れた? という混乱した情報が、国防軍の無線交信の中で交わされたことは知っていたが、それが事実であるとは予想もしていなかった。しかも、次元超越獣がフライアに化けていたと言うのである。
「奄美さんの事件に、なぜかわからないけど、この次元超越獣『キプロ』が関わっていることは、もはや疑いようがない事実なんだ。『キプロ』は、彼女の憎しみの感情に応えて、犯人を襲った。彼女の憎しみの心が、『キプロ』を動かしたということになる。
我々は、『キプロ』を追跡して、これ以上被害が出ないようにしなければならないけど、残念ながら『キプロ』を見つけ出す手段も、追いかける方法もないんだ。たぶん、また、奄美さんに会いにくると考えて、彼女を監視下に置いているけど、本当に来るかどうか……。国防軍は、今、必死で対応を検討しているんだ。由梨亜、『キプロ』がどこにいるか、出現の予知は、無理かな?」
「え? ……ええっ? 」
日高一尉の予想外の質問に、由梨亜は思わず聞き直してしまう。
「今回の事件では、君から、『キプロ』出現についての予知情報がなかった。一体、どうしたんだ? というのが、僕も含めた国防軍関係者の疑問なんだ。まさか……、意図的に伝えなかった……ということを言う奴もいる……。」
「そんなこと……。」
由梨亜は、日高の言わんとする意図をようやく理解した。
「由梨亜の友達、奄美さんの母親を殺した悪い奴らだ。許せないという気持ちは、ぼくもわかる。でも、だからといって、次元超越獣に復讐させるというのは、危険だ。あの次元超越獣は、知性を持っているとはいっても、人間がコントロールできるものじゃないと思う。もし、何か知っている、隠しているなら、僕には正直に話してくれないだろうか。」
「ま、まって。本当にわからないんです。そんな次元超越獣がいたなんて……。私は、日高さんから教えられるまで、まったく……。」
由梨亜は、フライアとして自ら奄美を救出したことを隠すことに気を遣っていたのだが、自らの予知能力についてまで疑惑を持たれているとは予想もしていなかったため、思わずうろたえてしまう。
「私の……次元超越獣についての予知は、とても限られたものです。」
「わからなかった……ということ? 」
「完全じゃありません。地理的に遠くで起こった場合とか……。例えば、海外で起こったら、遠すぎて、それを予知するのは無理です。前に広島で起こった事件の時も、同じです。」
「しかし、今回は、地元の涼月市内だ。」
「予知は……予知です。私はセンサーみたいな機械ではないので、ごく限られた出来事しか予知できません。危険なこととか……。そもそも、その『キプロ』というのは、本当に次元超越獣なのですか?」
「……。」
はーっ。日高は、大きくため息をつく。
「たしかに……F情報、あ、これは次元超越獣についての秘密情報なんだけどね。それには、『キプロ』が超能力を持った次元超越獣として記録されているんだけど……、これまでに現れた次元超越獣とは、全然違うのも確かだ。知性を持っていて話をすることもできるし、第一、無差別に人を襲う様子もない。『キプロ』が最初に現れたのも、どうもアメリカらしいんだけど、その経緯とか詳細については秘密になっているし……。」
人を襲わないという日高の答えに、由梨亜はつい反応してしまう。
「危険じゃないってこと? じゃ、私が予知しなくても……。私は危険でもないことまで、予知すること、できません。」
由梨亜は、そう答えながらも、内心では次元超越獣の侵攻を抑えることができなかったことにショックを受けていた。
『キプロ』とは、一体どんな次元超越獣なのだろう……?
知性を持ち、話し合うことができるのであれば、次元超越獣とはいえ、わかりあうことができるのかもしれない。
それは、自分の予知に対する国防軍の疑惑よりも、気になることだった。
「……わかった。いや、気を悪くしたなら謝るよ。でも……、これだけは確認させてくれ。」
由梨亜が目をあげると、日高の目が見つめていた。
「……信じていいよね? 」
「……はい。」
つられて、由梨亜は答えてしまう。
「よし。じゃあ、何も問題はない。」
日高は、立ちあがって、報告書などをまとめてスーツケースに納めはじめる。
「心配しなくていい。何かあっても、僕がフォローするから。」
ウインクしながら、ログ・コテージのドアを開けて出ていく日高に、由梨亜は声をかけた。
「まだ……隣のログ・コテージにいるんでしょう? 」
 身辺警護を名目に派遣された日高のために、佐々木会長は、由梨亜の隣にある来客用ログ・コテージの使用を許可していた。
「ああ……まだ警護命令は、解かれていないからね。」
「『キプロ』は……次元超越獣は、私のところにも来るの? 」
「脅かすつもりはないけど、国防軍の情報部は、その可能性もあると……考えている。心配するな。まだ、隣にいるから。何かあれば、すぐに駆けつけるよ。」
 日高は微笑ながら、ログ・コテージの外に出る。
頭の中は、調査チームのリーダー、須藤の言葉でいっぱいだった。

「御倉崎さんは、次元超越獣と関係を持っている。それは今回の事件の動機の面から考えてもまちがいない。予知という超能力を持っていることも、同じ超能力者同志ということで、その可能性は高いと思う。ひょっとしたら、『キプロ』は、御倉崎さんの仲間とか、あるいは御倉崎さん自身が、次元超越獣を操つる力を持っているのかもしれない……。」
 そこまで、面と向かって言われた時、日高は怒って食って掛かり、大騒動になった。

日高は、全面否定したものの、須藤の分析力は、諜報部門で鍛えられていることもあって、上層部からも大きな信頼を得ている。
今のところ、由梨亜の予知が、次元超越獣との戦闘に貢献しているため、特に大きな問題とされてはいないが……。
 由梨亜の様子を見ると、あまり予知能力のことは触れてほしくない話題のように見える。それが、なぜかはわからない。
けれど、知られたくない秘密は、守ってあげなければ……。
 須藤とは、またやりあうことになるだろう。
それは、日高にとって、次元超越獣との戦い以上に、やっかいだが、むしろ大切なことのように思えた。
日高は、隣のログ・コテージに着くと、鍵を取り出してドアを開けた。

 

11ー(7)システムF

 

「システムF……のことだね。」
 レイモンド少将は、手にした泡盛の水割りの入ったグラスをテーブルに置く。
霧山は、かまわず質問を続けた。
「アリソン社が開発した、次元センサー&補助動力システム(DS&APU)ということで、我が軍にも機動歩兵用に6機を貸与していただいていますが、先の『旧帝都汚染地区事件』で奇妙な現象が報告されています。システムFを装備した『蒼龍』が勝手に動いたり、音声システムで不思議なメッセージを発したり……。まるで、何かに操られているか、あるいは意思があるようにさえ感じられる現象が起こっているんです。」
「その原因が、システムFだと、君は見ているんだね。」
「ええ。我が国防軍は、『蒼龍』の量産型として27式機動歩兵『剛龍』の実戦配備を進めていますが、『剛龍』ではそのような現象の報告は、まったくありません。『蒼龍』と『剛龍』の違いは、試作機と量産機の違いだけで、構造もシステムもほとんど違いません。ただひとつ違うのは、『蒼龍』だけが、貴軍の指導を受けて、システムFを補助システムとして装備していることです。従って、考えられる原因はシステムFだというのが、我々の結論です。」
レイモンド少将は、黙って霧山の話を聞いている。
「もちろん、システムFが悪いといっているわけではありません。日高一尉の話では、メイン動力システムがダウンした場合の補助動力システムとしての効果は高く評価していますし、『旧帝都汚染地区事件』、その他でも結果として部隊の被害をなくすことに繋がっています。隊員の間では好意的に評価されていますが、斉藤一尉のように、中には生理的に拒絶する者も出てきています。」
そこまで、話して霧山はグラスの泡盛を一気に飲み干す。
「死をも恐れず次元超越獣に立ち向かう優秀な隊員たちですが、我々には彼らに与える装備について責任がある。何も知りませんでは、責任者として失格です。自信をもって彼らの信頼に応えてやる必要があるのです。
――はっきり言いましょう。システムFとは、何です? 妖精と何か関係があるのではないですか? 」
レイモンド少将は、無言のまま、霧山を見詰める。
霧山も負けじと見つめ返す。
しばらくたってから、霧山が、レイモンド少将の減ったグラスに泡盛を注ぎ、水を継ぎ足していく。
「アリガト。」
「……極秘ですか? 」
霧山が問いかける。
「そうだ。君の推論は――概ね正しい。」
レイモンド少将は、背筋を伸ばすとシステムFについて、話しはじめた。
「詳細な仕組みはわからないが、システムFは、十年前、妖精から我々人類に贈られた対次元超越獣用のシークレットウェポンだ。次元超越獣の侵入を感知する機能と、あらゆるメカニックに無限の動力を供給し、補助するシステムだと説明されている。『DS&APU』という正式名称はそこからきている。
提供されたシステムは、全部で百八機しかなかった。そのため、軍は、その効果的な使用方法と量産のためのシステム解析に取り組んだ。結果として十機近いシステムを失い、完全な解析もできなかったが、簡易型の次元センサーの試作には成功した。一方で使用方法として、次元超越獣を抑止するものとして人型のパワードスーツ、強化服に用いることがベストとの結論となったが、……ここで大きな問題が起こったのだ。」
レイモンド少将は、苦虫を噛み潰したような表情をして、一旦話を区切る。
「問題? やはり何かあるんですね? 」
霧山の確認にレイモンド少将は頷いて、話を続ける。
「ふむ。……搭乗する人間による相性というか、システムの起動や反応に大きな差異が起こってしまうのだ。それは、君らも知っていると思うが? 」
「ええ。ですから、システムFは予備システムとして搭載しています。」
「しかし、そうなると、動力システムだけで2系統を持つことになってしまう。しかも、いざという時、動かない可能性があるのでは、到底戦力化は無理だ。稼働率を高める手段がなければ、話にもならん。
 そこで、パワードスーツの開発を進めていたアリソン社は、システムFに逆に電磁波で制約をかけることで……、システムFの完全制御に成功したんだ。それを元に開発されたのが……」
「『ブラック・ベアⅡ』……ですね。」
 霧山の答えにレイモンド少将は頷く。
「イエス。極端な説明をすれば、『ブラック・ベアⅡ』は、高価なマネキンといって差し支えない。武装や電子通信等のシステム全般を覗けば、空っぽなんだ。内部に張り巡らされたバイオ系の動力伝達システムは、システムFそのものなのだよ。」
「空っぽ? ですか?」
「イエス。」
「バイオ……?」
「パワードスーツとしてのメカニカルな動きを実現しているのは、システムFが瞬時に増殖してマッスル……筋肉組織のようなものとなっているからできているのだよ。」
 レイモンド少将は、泡盛の水割りを飲み干すと、ボトルを持って自らのグラスに継ぎ足し、霧山のグラスにも注ぎながら話を続けた。霧山は、お互いのグラスに水を注いで、箸でかき回す
「――おかげで、システムFを搭載した『ブラック・ベアⅡ』の稼働率は、搭乗員の相性に関係なく、百パーセントを維持している。しかし……だ。日本帝国国防軍の機動歩兵に現れるような奇跡は、まったく起こっていない……。
ここからは、最新の極秘情報だ。注意して聞いて欲しい。
アリソン社は、今、フライアと君たちの機動歩兵に積みこまれたシステムFとの間には、何らかの意思の疎通があるのではないかと考えているんだ。理由は二つ。
まず、日本にしかフライアが現れていないこと。次に、『旧帝都汚染地区事件』で、システムFがフライアのバリアというのかな、その展開に合わせて、国防軍兵士の乗った機動歩兵の退避を演出したこと……だ。
現在、日本に『ブラック・ベアⅡ』を2機派遣しているのも、単なる支援だけではない。その検証の目的を持って配備されたと聞いている。」
「では、アダム北米方面司令部は、フライアは日本に居て、システムFと連携して活動していると考えているのですか? 」
「もちろん、確証はない。状況証拠を積み上げた上での結論だ。ヒダカというパイロットは、システムFとすごく相性がいいようだが、システムFがフライアと繋がっているとするなら、説明がつきやすいとは思わないか? 」
レイモンド少将の説明に、霧山は思わずうなってしまう。霧山たちは、フライアに好かれているから、日高にフライアが必要以上に関わっているのだと考えていた。しかし、レイモンド少将の考えは、システムFとの相性の良さが、フライアに影響を与えているというものだ。それはフライアが日高に一目ぼれしたという、こじつけにも近い説よりも強い説得力を持っていた。
それでも……。
霧山は、思うところをぶつけてみる。
「なるほど。しかし、それではまるで、フライアがシステムFの支配を受けているような印象を受けますが……? 」
「いや、逆だ。我々は、システムFとフライアは、テレパシーのようなもので繋がっているのではないかと考えているのだ。相互に情報のやり取りをしている。そんな関係ではないかと考えている。だから、『ブラック・ベアⅡ』のように、システムFの意思を……、相性を封じてしまうと、フライアとの連携、連絡も断たれてしまうのではないかと考えているんだ。」
「意思……ですか……。システムFも意思を持っていると?」
「イエス」
「それではまるで、生き物じゃないですか! 」
「イエス。我々はシステムFを生き物だと考えている。脳のようなものはないし、その生き物としての仕組みは皆目わからんが、意思を持った生き物だと、考えている……。『ブラック・ベアⅡ』に搭載しているシステムFは、その意思を封じて、こちらの思うように起動させて動かせるようにしたというのが、真実の姿なのだよ。」
「そ、そんなバカな……。」
霧山は、絶句してしまう。
「では、フライアとの関係について確証が得られれば、『ブラック・ベアⅡ』のシステムFも我が軍の機動歩兵と同じように改めるのですか? 」
 「それも……難しいだろうな。
 君達の方でのシステムFの起動率は、我が軍の実績よりもかなり高い。我が合衆国での起動率は、よくて三割だ。そのまま改めれば、配備戦力の低下を招く。起動率低下の原因が解決されない限り、改めることはできないだろう。
 実戦経験豊富な兵士ほど、起動率が悪いというデータもある中で、システムFをそのままの形で使うのは、進めたくないというのが、アダムの結論だ。
 ところで、……ゴーレムを知っているかね? 」
 突然、レイモンド少将が意外な質問する。
「ご、ごーれむ……ですか? いや、まったく……。何です? 」
「ユダヤ教の聖職者が用いる……とされている伝説の魔人だ。詳しく説明すると長くなるので簡単に言うと、泥や石を用いて作った不死身の操り人形だ。我々の研究では、システムFを用いれば、ゴーレムのような操り人形を作ることも可能との結論が出ている。人間が直接コントロールするのではなく、命令するという手法だな。こちらの方がより確実な起動が期待できるのだが……。」
「え? じゃ、もうすでに解決方法まで見出しているということですか? 」
 レイモンド少将は、そこで大きく腕組みし、あごに手を当てて少し考えてから答える。
「技術的には、すでに実戦配備も可能だ。」
「それじゃなぜ? 躊躇するんです? 」
「ゴーレムを完全にコントロールし、なおかつ、万が一の場合に抑えきれる自信がないのだ。アダムの依頼を受けて秘密裏に妖精の研究を進めているオックスフォード大学のシドニー・カム教授は、『妖精敵対生命体疑惑』を提唱している。これは、簡単に言うとだ。妖精が次元超越獣から人類を救うというのは口実で、実は逆に自らこの世界を侵略しようと考えて送り込まれてきたものなのではないか? というものだ。
――もちろん、ファチマの事件以来の人類とのコンタクトの歴史を見れば、それは杞憂だというのが大半の見解だが、アダム内部では、このシステムFの使い方次第で、人類は一気に壊滅させられる可能性があると考えているのだ。」
「……それは、つまり、システムFを使ったゴーレムの製作が、それに関わってくるということですか? 」
「ああ。巨大で不死身のゴーレム百体が、ある日突然、人類を滅ぼしにかかったとしたら……。軍の内部に実戦配備されたゴーレムが暴れだしたら、我がアダムは一気に崩壊するだろう。もちろん……確証はない。だが、軍というものは、様々な可能性を排除することなく、最悪の場合を視野に入れて備え行動するものだ。杞憂だと言われても、可能性がゼロでない限り、疑ってかかるのは当然のことだ。」
「……私は、フライアを……妖精を信じるしかないと考えますが? 」
「そうだな。キリスト教を信じるクリスチャンの我々が、妖精を信じられないというのも皮肉なものだ。」
 レイモンド少将は、グラスを持ったまま、右手で眉間をもみながら語る。
「妖精が実在するなら、神も実在するのか? ならば、なぜ神は、その絶対の力で人類を、次元超越獣の脅威から救ってくれないのか? 我々は……、西洋キリスト教国は疑心暗鬼に陥りつつあるのだよ。唯一、揺らぐことなく忠誠を貫いているのは、バチカンだけだ。キリヤマ。君の宗教は何かね? 」
 「さあ、あまり意識して考えたことはありませんが、強いて言えば、祖先崇拝と真言宗になるでしょうか? 」
 「それでも、妖精の存在を信じるのかね? 」
レイモンド少将の皮肉に、霧山は平然と答える。
「ええ。……まあ、我が国には、すべての物に神が宿るとか、八百万の神という考えもありますから……。」
レイモンド少将は、それを聞くと、顔に手を当てて、ため息をつく。
「本当に……ジャパンという国は、おかしな国だ。鎖国とかいう排斥の歴史があるかと思えば、なんでも飲み込んで吸収してしまう奥深いところもある。……しかし、それが……今はうまくいっている原因かも知れない。」
 そこへ、部屋の襖を開けて、店の従業員が入ってきて、霧山に来客を告げた。
「ホワッツ? 」
「私の部下の金城が、来たようです。」
 霧山の説明が終わらないうちに、金城副司令が現れる。
「ご歓談のところ、申し訳ありません。」
「入れ。入れ。そんなところで立ったまま話す内容じゃないんだろ? 」
 霧山は、金城が緊急コールではなく、あえて来店した意図を推測しながら、部屋に金城を招きいれる。
「レイモンド閣下。かまいませんか? 」
「オーケイ。ノープロブレム。」
「ありがとうございます。」
 やがて、改まった顔で、金城が霧山とレイモンド少将に報告を始めた。
「……次元超越獣『キプロ』が現れました。場所は、この涼月市内です。」
 その一言だけで、その場の時間が凍りついた。

 

11ー(8)代償と目印

 

 ポタポタッ!
 顔面を伝い、顎から地面に雫が滴り落ちる。かすかに唇を湿らす雫の味は、少し塩気を含んでいて、鉄の匂いが漂ってくる。
出血カ……。
次元同化シナイトイウノワ、意外トキツイナ。
キプロは、自身の身体を覆うエネルギーシールドを再び軽く展開する。
異なる次元から侵入してきた生物を排斥する次元同位の力は、細胞に致命的な損傷を与える。
それを回避して生存するためには様々な手法があるが、キプロの場合は、サイキック・シールドで、自身の身体を覆ってしまうことだった。しかしながら、常時シールドを展開し続けるのは、負担が大きいため、時折シールド展開を解除したりしているのだった。
風ガ……。心地良カッタノダガ……ナ。
故郷のアメリカの大地を吹きぬける風は乾いていることが多かったが、生まれ故郷ともいえる西海岸の海沿いの地の風は、この地の風と同じような海風で、潮の香が強くした。
キプロにとっては、ひどく懐かしく感じられる匂いといえた。
そのため、サイキック・シールドの展開が遅くなってしまったのである。
 涼月市郊外に立つ大型リゾートホテルの屋上から眺める涼月市の街並みは、キプロの住んでいた世界と通じるものがある。
豊かな自然を食いつぶして作られた無機質な世界。
しかし、根本的に異なるのは、都市の周囲に、豊かな自然、緑あふれる森が残されていることだった。
 それは、キプロの心に蘇った郷愁を十分に満足させるものだった。
 破壊と殺戮により壊滅した世界は数多いが、それらはキプロ自身が手を下したというよりも、自滅の道を自ら歩んだのだとキプロは思っている。
全面核戦争の勃発により、核の冬に数十年も閉ざされた雪と氷の世界、毒物により大気や海洋、そして土壌までも汚染しつくされた世界などなど、狂った科学の暴走がもたらした悲劇の世界は数多い。
 狂気とともに際限なく進歩した科学と退廃した精神を持った世界は、キプロが直接手を下さなくとも、自ら滅亡の道を歩んだし、自ら次元超越獣の侵攻を招いて自滅していった。
 キプロにとって次元から次元を渡る旅は、危機にある世界を巡って、人間の業の醜悪さを確認する旅となって、キプロの精神を失望と虚無で蝕んでいた。
 脅威の超能力を持った次元超越獣となった身体であっても、同じ次元世界に長く留まることはできない。
次元同化しない限り、再び旅立つ時が迫ってくる。
 ホテルの前に大型バスが横付けし、宿泊客が次々と乗り込んでいく。
その賑やかさと笑顔を見ていると、この世界が危機に瀕しているというのがとても信じられない。
 この世界に留まりたい、もう一度訪れたい…… 。
 心に芽生えたその感情は、キプロ自身にとっても信じられないものだった。
死は、キプロにとってすべてを浄化する手段だった。
だから、自身に向けられる憎悪や理由もなく排斥しようとする醜い感情には、死をもって贖ってもらうことをためらったことはない。
滅亡した世界は、滅ぶべくして滅び、再生への道を歩み始めたのだと考えていたし、キプロ自身はそれを肯定的に受け止めていた。
滅亡した世界を覆う多くの哀しみ、理不尽な死を見かねて介入し、大規模な戦闘が起こり、さらに多くの哀しみと死が広がる。
崩壊する秩序、拡大する混乱、増殖する憎悪、消滅していく良心。
ためらいがまったくなかったと言えば、うそになる。唯一の救いは、苦痛の少ない死を与えたことだと思っていた。
他の世界で見られたような執拗な追跡や攻撃もない、平穏な日々は、キプロにとって初めての体験だった。そして、この地では、厳格なほどに秩序が保たれ、信じられないことに極悪人でさえも、守られている。

再びこの次元を訪れるための目印をどうするか?
これまで訪れた世界に対して、未練や興味はない。自らの出生世界も含めて、目印はまったく持ったことがない。
どのようなものが目印に適しているのかさえ、わからない。
ふと、キプロの胸に蘇ったのは、数日前、深い悲しみの思念を発していた少女だった。キプロの手の平に、あの病室で手にした血染めのハンカチに包まれたナイフが出現する。
その果物ナイフは、少女が自らの腕を傷つけたものだと確信している。
それは、命を懸けた復讐の念を込める儀式かとも思われたが、詳しいことはよくわからない。それでも、少女の願いに応えた自分には、代償として、そのナイフを求める権利があると思った。
これなら、目印になるかもしれない。
「ン? 」
キプロが巡らすそんな考えを、一筋の赤いビームが断ち切ったのは、その時だった。

 

11ー(9)奇襲!虹の絆作戦

 

「見つかった! 」
涼月市郊外に立つホテルの屋上にいる「キプロ」を望遠カメラで監視していた隊員は、カメラ越しに「キプロ」と目が合い、うろたえた。
ホテル従業員からの通報を受け、五百メートルも離れた山腹の林道から、木々の隙間越しに監視を続けていたのである。見つかるはずはないと思っていたものの、キプロの様子は先ほどまでと明らかに異なり、こちらを睨んでいるとしか思えない。
やがて、小さな爆音がはるか上空を通過する。
「ブラボー6、目標を指示願う。レーザーポインターを照射しろ。」
「ラ、ラジャー。」
ブラボー6こと国防軍対次元変動対応部隊所属の瀬戸は、アルファリーダーからの無線指示に従い、設置していたレーザーポインター発振機のスイッチを入れた。
暗い夜の林の隙間を抜けて、赤いレーザー光線がホテルの屋上へと伸びる。
確認のため、再度双眼鏡を覗いた瀬戸の意識は、そこで途切れた。

「いない? 」
輸送機からブラック・ベアⅡで降下していたフリードマン大尉とマルクス少尉は、ほとんど同時に状況を確認して叫んだ。
「デルタ1、2は、上空で旋回待機。」
 ガンマワンからの指示が入り、デルタ1ことフリードマン大尉と、デルタ2ことマルクス少尉は、乗機の「ブラック・ベアⅡ」を旋回滑空させる。
 今回「ブラック・ベアⅡ」は、航空作戦用のハンググライダーを装着している。もともと機体サイズの割りに自重が軽いため、追加装備されたマイクロジェットエンジンを使うことにより、かなりの滞空時間の延長が可能となる。
「もうすぐ、日本帝国国防軍の機動歩兵戦隊も到着するはずだ。『キプロ』を確認しても、それまで絶対手を出すな。」
 今回、アダム極東方面司令部は帝国国防軍と協力して、「キプロ」に対抗することになっている。
 オペレーション「虹の絆」と呼ばれる本作戦は、同時に、アダムの誇る戦闘用パワードスーツ「ブラック・ベアⅡ」と帝国国防軍の機動歩兵「蒼龍」の初めての連携作戦でもあった。そのため、作戦本部のガンマワンは、レイモンド少将などの主要高官がアダム側指揮官として参加することとなっている。
「ブラボー6、連絡途絶! 」
「キプロ」の位置確認にあたっていた地上班に何かあったらしい。
「デルタ1、2、そちらから、ブラボー6の状況確認はできるか? 」
フリードマン大尉は、ホテル屋上階にむなしく伸びるレーザーポインターを確認し、その発振元をたどる。発振元は、ホテル裏手の山側の中腹の林の中へ伸びている。暗闇の中、林の中の状況ははっきりしない。
「ガンマワン。こちらデルタ2。ブラボー6の配置場所に赤外線センサーの反応! そばに人影が二人確認できる。」
 デルタ2が、赤外線カメラで捉えた映像をリンク情報としてあげてくる。
 確かに、レーザーポインター発振元のブラボー6付近に、赤い人影が二人確認できる。大の字に寝そべった人影と、その側に立つ人影。
「こちらガンマワン。ブラボー6には、一人しか配置していない。接近して、確認せよ。」
 ガンマワンの指示に、フリードマン大尉は、不吉な予感をおぼえる。
 まさか……キプロじゃないのか?
「デルタ2、スティ! マルクスっ。ドントゥ アプローチ! 接近するんじゃない! 」
 フリードマン大尉は、とっさにインカムに叫んだ。
 と、その時、すでに百メートルほど先に高度を下げていたマルクス少尉の「ブラック・ベアⅡ」がグラッと体勢を崩したかと思うと、背中に装着していたハンググライダーユニットが外れて、降下を始めた。
「ホワッツ? オー マイ ガッ! 」
マルクス少尉の驚愕した悲鳴が続き、「ブラック・ベアⅡ」は、懸命に姿勢を回復しようと空中でもがく。
 バムッ!
緊急用のパラシュートが放出されたものの、回転する機体に巻きつき、落下スピードを殺すのに失敗する。
バキバキバキッ
木々の枝を次々とへし折りながら、デルタ2は地上へと落下していった。
「デルタ2ッ! マルクスッ! 」
フリードマン大尉の呼びかけに、応答はない。
なんてこった。
「デルタワン? ……・ディスイズ エコー1。」
突然、通信が入る。エコー1?
「あー、アイム レスキュー デルタ2。ノープロブレム。オーケー? 」

 地上に叩きつけられる直前だったデルタ2をかろうじて受け止めたのは、第3機動歩兵戦隊の「蒼龍」3号機の宮里一尉だった。
「蒼龍」3号機の抱えているブラック・ベアは、ところどころ黒色塗装が剥げ落ちているものの、特に大きな損傷箇所は見当たらない。
よくもまあ、受け止められたもんだぜ。
宮里一尉自身、とっさに受け止めはしたものの、あまりにもうまくいったことに驚いてしまう。「蒼龍」3号機に大きな負荷がかかって損傷することを覚悟したものの、こちらにも損傷は表示されていない。
木々がクッション代わりになって落下速度を低下させたことと、「ブラック・ベアⅡ」自体がかなり軽量な構造であることが幸いしたのだろう。
これなら、乗員も無事だろう。
 しかし、デルタ2の中のマルクス少尉は、完全に意識を失ってしまったようで、外部からの呼びかけにまったく応答がない。
 どうする?
「宮里一尉。ブラボー6が倒れています。」
 「蒼龍」2号機の吉田二尉が、暗視カメラで山道の先、暗い広場部分の様子を伝えてきた。
「宮里一尉。行ってください。デルタ2は、我々に任せてください。」 
第3機動歩兵戦隊に随行してきたブラボーチーム隊長の田中がてきぱきと指示をする。
「ブラボー2と5は、この場でデルタ2の救出。後の者は、エコー1、2に続け。」
「頼む。」
 宮里一尉は、デルタ2をゆっくりと地面に下ろすと、「蒼龍」3号機を駆って2号機の吉田二尉とともに、警戒しながらブラボー6へ接近していった。
「ガンマワンより、エコー1、エコー2へ。正体不明の第三者がいるぞ。貴隊の正面、約十メートルだ。」
 作戦司令部ガンマワンからの連絡が入る。
「こちらエコー2。現場に倒れているブラボー6が見えるが、他には誰も見えない。情報は確かか? もう逃げたんじゃないのか? 」
「ヘイ! ディスイズ デルタ1。フリードマンだ。エコー2、敵はお前の正面にいるぞ。こちらの赤外線センサーにもはっきりと映っている。」
 上空から監視を続けているデルタ1からも警告が入る。しかし、エコー1、エコー2の宮里、吉田の方からは、視界が開けているにも関わらず、敵らしき姿はまったく見えない。
 ミニガンを腰ダメに構えたまま、必死に暗視カメラで周囲を確認する。宮里一尉は、赤外線カメラも作動させたものの、倒れたままのブラボー6以外に、人影は捉えられない。
「だめだっ。」
「宮里一尉っ。ブラボー6が動いていますっ。」
「なにっ。」
 暗視カメラは、倒れ伏しているブラボー6がうめき声をあげながら微かに動いている様子を捉える。
「救出します。」
 エコー2、吉田二尉の機動歩兵が静かに前進を始めた。ブラボーチームの二人の隊員も続く。
「まてっ! 敵がいるんだぞっ! 」
「見殺しにはできません。」
「ばかやろう。冷静になれっ。こいつは罠だ。」
 宮里一尉は、吉田二尉を止めようとするが、もはや手遅れだった。あまりにも現場に接近しすぎている。
「ちっ。」
 結局、宮里一尉も随行するブラボーチームも吉田二尉に引きずられる形で、ブラボー6の布陣していた場所へ入り込んでしまう。
「生きているぞ。」
 ブラボーチームの隊員が、ブラボー6の生存を確認し、喜びの声をあげる。それでも、宮里一尉も吉田二尉も緊張しながら周囲の警戒を怠らない。敵が近くにいるためか、宮里一尉の背筋を悪寒が走る。
「デルタ1! こちらエコー1。目標の正確な位置を教えてくれ。」
「こちらデルタ1。ノー。ターゲットは、君らと混ざっちまった。たぶん、君らの中にいるはずだ。本当に見えないのか? 」
宮里一尉は、暗闇の中、ブラボー6を介抱しているブラボーチーム、そしてエコー1、エコー2を見回す。周辺にも、隊の中にも不審なものは見当たらない。心の片隅に残る違和感が、警報を鳴らし続け、緊張のあまりぎこちなく唾を飲み込む。
いない。まさか、肉眼でも見えないというのか?
と、その時、音声ガイドが作動し、バイザー内のディスプレイに不可解な表示が現れた。
「目標捕捉。次元超越獣デス。」
宮里一尉は、ターゲットスコープが捕捉している目標に驚く。
バイザー内のディスプレイ上に表示されたターゲット表示は、エコー2に合わされていた……。

 

(第11話完 第12話へ続く)