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超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―渚 美鈴/作

第9話「鋼の侵略者 ーモントークの亡霊ー」

【目次】

(1)モントークの侵入者

(2)ブラック・ベアⅡの反撃

(3)進化する怪物

(4)アルバイト

(5)ラストデート

(6)来襲!アインⅡ

(7)次元の灯台

(8)アインⅢvs蒼龍&フライア

(9)ブラックベア参戦

 

【本文】


9ー(1)モントークの侵入者


 アメリカ合衆国、ニューヨーク州ロングアイランド、モントーク。
 緑豊かな広大なキャンプヒーロー州立公園の中に、閉鎖された米軍の空軍基地施設の跡があった。
一九八一年に閉鎖されたレーダーアンテナ基地であるが、公園内各地に残された様々な建物は、取り壊されることもなく、入り口に立入禁止の看板を立てただけで放棄されていた。
深い森の中、赤錆びたレーダーアンテナを持つ建物以外にも、倉庫や警備施設などが残されているが、訪れる人もない中で、基地は季節の移り変わりとともに老朽化が進んでいた。
その敷地内に立つ巨大な倉庫の一角に、黒い異形の人型マシンが潜んでいた。電子アイと各種センサー類で構成された頭部には、複数のアンテナが林立している。全身黒づくめのがっしりしたボディで、手には携帯型五・五六ミリXM214マイクロ・ガンを抱えている。
 基地内には、周囲の森との境界線に沿って、3体の同じマシンが展開している。そのマシンこそ、対次元超越獣決戦兵器として、アメリカ合衆国とアダムが期待を込めて完成させた、最新鋭戦闘用パワードスーツBPSー04F1「ブラック・ベアⅡ」であった。
 その22号機に搭乗しているフリードマン大尉は、頭部センサーから送られてくる情報をヘルメットに装備されたディスプレイで受け止めている。
「こちら20号機、ファーグスンだ。次元センサー反応、感度3だ。そろそろ来るぞ。」
「こちら22号機。こちらの次元センサー反応は、感度7のままだ。今夜のODMは、そっちの可能性が高そうだ。現れたら連絡をくれ。」
「20号機、了解。」
 ファーグスン少尉は、フリードマン大尉からの通信に応答しながら、赤外線カメラの方向を次元センサーの反応の大きい方へシフトさせる。
 さあて。
今夜のターゲットもモンスター・ピーターかな?
それなら今度は、俺が仕留める番だぜ。
 モントークの町の郊外にある閉鎖されたこの空軍基地施設跡では、一~二週間前から、毎夜のごとく奇怪な生物が目撃され、問題となっていた。
このため、アダムは数日前から、現地調査に入り、次元センサーへの反応を確認、対次元超越獣戦闘を想定して、アダム北米方面司令部指揮下の機動歩兵第1軍団第7戦隊を派遣していたのである。
 フリードマン大尉率いる3機の「ブラック・ベアⅡ」は、昨晩、5体の次元超越獣を確認、攻撃し、そのうち2体を抹殺することに成功した。
 次元超越獣の死体は、次元同化の影響により、すぐに消滅してしまい、サンプル確保の準備が整っていなかったこともあって、何の成果もあげることはできなかったが、撮影された映像資料と次元超越獣に関する情報ソース・いわゆるF情報を付き合わせた結果、その正体が判明していた。
 次元生物コードαー18ーⅡ・1「モッグ」。
 巨大なウサギ型の生物で、正式には次元超越生物に分類される存在であった。
 アダム北米方面司令部の説明では、一九四三年十月に起こった「フィラデルフィア事件」において実験に使用したカノン級護衛駆逐艦DEー173「エルドリッジ」艦上で、初めて、その姿が撮影されている。
 事件関係者の間では、そのあまりにも出来過ぎた姿に、ピーターラビットや不思議の国のアリスにちなんで、「モンスター・ピーター」あるいは「モンスター・アリス」と呼ばれていた。
実際に目撃した当事者でさえ、作り物と言い出すものが出たほどである。
 フリードマン大尉らのように、F情報に関わっている者には、その正体が明らかにされているものの、知らされていない研究者も多く、事件の真相とともに世間的には存在自体、極秘扱いとなっているのである。
 妖精から提供された次元超越獣に関するデータ、いわゆるF情報を研究・分析したアダムの研究チームは、次元超越獣と呼ばれる存在は、大きく2種類に分類されると結論した。
 次元干渉能力を持ち、自らの力で、次元を越えて侵入してくる真の意味での「次元超越獣」と、偶然、次元ポケットに迷い込み、別の次元世界へ飛び込んできてしまう「次元超越生物」の2つである。
 「モッグ」は、後者の「次元超越生物」であり、自ら次元空間を開閉できないし、凶暴性もない存在であった。
 それが、このモントークの閉鎖された基地内に突如現れ、徘徊を始めたということは、この基地内の次元空間が何らかの影響で、次元ポケットや次元断層が発生しやすい状況になっているということの証であった。
 「モッグ」程度で収まればいいが、極東の日本に出現したような「プゲル」や「ガヌカ」などが侵入してきたら、たいへんなことになる。
このため、アダム北米方面司令部は、連夜の警戒態勢を敷くとともに、翌日からは新たに機動歩兵第1軍団の第8、第9戦隊を増強する方針を固めていたのである。
 昨晩の迎撃戦で、第7戦隊のフリードマン大尉とマルクス少尉は、それぞれ1体ずつの次元超越獣抹殺の戦果を記録している。逃げた3匹。ファーグスン少尉としては、今夜は自分の番だという思いを強く持っていた。
 
 ピピピピピ……・。
 次元センサーの警報が鳴るとともに、スコープ内の景色がゆらめく。
 来たッ。
 ファーグスン少尉は、マイクロ・ガンの安全装置を解除し、トリガーに指をかける。「モンスター・ピーター」は、巨体の割りに動きが素早い。しかも、ウサギのようにピョンピョン飛び跳ねるために、照準が合わせづらいのだ。
 「モンスター・ピーター」こと、次元超越獣「モッグ」の出現は、唐突だった。しかも、まっすぐにファーグスン少尉の20号機の隠れている正面に突っ込んでくる。
「な……っ」
 これ以上接近されれば、見つかるのは目に見えている。
ファーグスン少尉は、トリガーに指を当てたまま、生垣から立ち上がった。「モッグ」は、突然現れた黒い人影に驚き、跳ねる方向をあわてて転換しようと身体を捻る。その分、跳躍力が弱まり、スピードも鈍る。
ファーグスン少尉は、そこを見逃さなかった。
ドガガガガガガガガガガッ!!
五・五六ミリの高初速弾が着弾する雨の中に飛び込んだ「モッグ」は、たちまち穴だらけとなって、ドサッという音とともに地面に横たわる。
「20号機! ファーグスン! どうしたっ? 」
「こちら20号機。『モンスター・ピーター』を仕留めましたっ! 」
 ピピピピ……・。
 再び次元センサーの警報音が響き、ファーグスン少尉は、赤外線カメラで、倉庫と倉庫の間のゆらめく景色の中、突如生まれた黒い染みの中から、銀色の人型の機械がヌッと現れるのを確認した。
それは本当にほんの一瞬の出来事だった。
「は……? 」
 ファーグスン少尉の「ブラック・ベアⅡ」は、十メートルの距離を置いて、謎の機械と向き合う形となっていた。
「ファーグスン! 状況を知らせ! まだ、次元センサーの反応は続いている。マルクスとこれから応援に向かう。」
 戦隊指揮官のフリードマン大尉から通信が入り、ファーグスンは、はっと我にかえる。
「隊長。何か変なのが出てきましたぜ。」
「どうしたっ? 」
 ファーグスン少尉の「ブラック・ベアⅡ」は、マイクロ・ガンを構え直し、謎の機械へ照準を向けながら応答する。
「変な機械……銀色のロボットみたいなのが現れました。攻撃しますっ。」
「まて! あせるな! 」
 フリードマン大尉の制止を無視し、ファーグスン少尉はトリガーを引く。
ドガガガガガガガガガガッ!!
五・五六ミリの高初速弾が、雨のように謎の機械に向かって降り注ぐ。
 全弾命中!?
謎の機械の表面を包むように、命中箇所を中心に赤いリング状の輪が広がり、重なるように次々と赤い輪が広がる。それはまるで、水面に広がる波紋のようだ。どういう現象かはわからないが、命中しているのはまちがいない。
「? 」
 しかし、謎の機械は、高初速弾多数を受けながらも、微動だにしない。
 効いてない?
一連射して、間をあけて確認したファーグスン少尉は、困惑してしまう。
直撃のはずなのに効果がない。
跳ね返されたようには見えないが、弾丸がどこかに消え失せたようだ。
「シット! 」
ファーグスン少尉が口汚くののしっている間に、謎の機械のボディ前面のシャッターがスライドし、黒目のようなレンズがむき出しとなる。それは巨大な目のように見えるデザインだ。それが、ファーグスン少尉の搭乗する機体を捉え、同時に両腕が静かに引き上げられる。
 チーッ!
ドガガガガガガガガガガッ! ドガガガガガガガガガガッ!
 ファーグスン少尉は、謎の機械の動きを攻撃準備と判断し、攻撃を再開し、位置を変える。
 弾道は確実に謎の機械を捉えているにも関わらず、思ったような効果が出ない。ファーグスン少尉は、次第にあせりはじめる。
 ガガッ! カチッ。
 弾切れの表示をうけ、慌てて腰の予備弾倉に手を伸ばす。
 ズン!
 センサーカメラの画面から目を離した、その一瞬の間に突然の衝撃がファーグスンを襲う。
「ぐっ……。」
 銃身が捻じ曲がった五・五六ミリマイクロ・ガンと交換弾倉、そして「ブラック・ベアⅡ」の引きちぎられた左手、その指、予備弾倉が宙を舞い、ファーグスンの乗った「ブラック・ベアⅡ」が、後ろ向きに吹き飛ばされる。
とっさに受身の姿勢をとったものの、運動エネルギーに制止がかからず、ファーグスンは、「ブラック・ベアⅡ」の機内ですさまじい勢いで振り回されることになった。
「ホ……ホワッツ? 」
 仰向けにひっくり返された状態で制止した機内で、ファーグスンは状況確認のため、センサーカメラの映像回復を図る。ヘルメットも内部であちこちぶつけたため、砕けた破片らしきものが首筋あたりに食い込んでくる。ゴーグル内のセンサー映像は、完全にブラックアウトしているが、機能表示だけは維持されている。 
「ブラック・ベアⅡ」は、乗員保護を優先して乗員スペースはすべて装甲板で覆われており、センサーカメラ類が唯一の外部確認の手段となっている。しかも、操作イメージを優先して、センサーカメラ類は、すべて頭部に集中して配置されており、後転の衝撃から判断して破壊されてしまった可能性が高い。
ブブッ。プッ
ゴーグルに送られてくる画像が、一部回復する。
どうやら、センサーは全壊したわけではないようだ。しかし、モノクロで映し出された映像に、ファーグスンは凍り付いてしまった。
「うわっ! 」
そこには、夜空を背景にそびえたつ、謎の機械の姿があった。
バキバキバキッ! グシャアッ!
衝撃と破壊音の次に、ゴーグルの映像が切れる。
強烈な激痛が全身を走り、息が止まる。
ファーグスン少尉の意識は暗闇の中、そこで永遠にとぎれた。


9ー(2)ブラック・ベアⅡの反撃


 フリードマン大尉は、その光景を見て息を飲んだ。
 ファーグスン少尉の大破した20号機の上に、奇怪なマシンが立っている。
「ファーグスン! 」
 応答を待つことなく、フリードマン大尉は、ミニガンを奇怪なマシンに向け、発砲した。
ドガガガガガガガガガガッ! ドガガガガガガガガガガッ!
 光弾が軌跡を描きながら、奇怪なマシンの後部に吸い込まれる。
着弾点とおぼしき場所を中心に、赤いリングが拡散しては消えるを繰り返す。
手ごたえはまったくない。着弾の衝撃で体勢が、揺れることもない。
ドガガガガガガガガガガッ! ドガガガガガガガガガガッ!
 フリードマン大尉は、連射を繰り返しつつ、様子を伺う。
そこへ、コールが入る。左翼に展開していた24号機のマルクス少尉からだ。
「隊長。こちらからも支援しますっ! 」
「頼むっ! 」
 バスッ!
 フリードマン大尉の応答に、マルクス少尉が携帯型誘導ミサイルを発射して応える。
 フリードマン大尉の方に向きかけていた奇怪なマシンの側面に、誘導ミサイルが着弾して、巨大な火球が出現する。
 その瞬間、フリードマン大尉は、この奇怪なマシンが目に見えない壁で守られていることを知った。
 奇怪なマシンは、ミサイルの直撃に傾きかけた。しかし、ミサイルはその体に触れる前に木っ端微塵に炸裂し、今度はその強烈な爆風がシールドごとマシンを横転させた。
「今だっ! 」
 フリードマン大尉は、22号機で猛ダッシュをかけ、横転したマシンの至近距離まで接近する。
奇怪なマシンは、細い銀色の足を動かし、起き上がろうともがいている。
 その脚部の方から接近したフリードマンは、マシン本体にミニガンを力いっぱい押し付けて、トリガーを引いた。
 銃口に発射炎がほとばしり、水面に漣が広がるように赤いリング状の光が点滅する。しかし、今度はそれを突き抜けた弾丸のシャワーが、奇怪なマシンの細い脚に着弾する手ごたえを感じる。
ドガガガガガガガガガガッ! ドガガガガガガガガガガッ!
 奇怪なマシンの細い脚がちぎれ、その胴体を弾丸のシャワーがけずり、粉砕していく。
 機械の目玉と視線が合うと同時に、そこにも弾丸を叩き込む。ガラスのような破片が飛び散り、それをカバーしているシャッター状の薄い金属片がめくれ、ささくれる。
 ブウーン!
空気を裂く音がして、マシンの腕から鋼鉄の鞭が振り出されてくる。
「オゥ! 」
 フリードマン大尉は、咄嗟にのけぞり、ミニガンで鞭を受ける。
 ガッシャーン
 衝撃でミニガンが吹き飛び、フリードマン大尉は、22号機を後退させる。
「隊長。もう一発いきます。下がってください。」
「頼むっ! 」
 応答するのと同時に、マルクス少尉が発射した携帯型誘導ミサイルが飛来する。かなり近い。
「やばいっ。」
 フリードマン大尉は、回れ右すると、避退しながら頃合を見てヘッドスライディングで伏せる。機動歩兵でこのような姿勢や動きをとるのは慣れないとかなり勇気がいる。機動歩兵との一体感、慣れ親しんだ感覚が可能とする動きなのだが、フリードマン大尉は危機感に駆られてスムーズにその動きをこなす。
 立ち上がりかけた奇怪なマシンの正面に、マルクス少尉が発射した携帯型誘導ミサイルがワイヤーの尾を引きながら直撃した。
 ドガアアーン!!
 直撃したミサイルは、爆発とともに、いとも簡単にマシンをぶちぬいて、その上体を四散させた。残ったのは、細い下肢の部分だけであり、それも爆風でひっくり返り、断面から黒煙を吹き上げて炎上する。
「やったか? 」
「イエーイ! スプラッシュ! 」
 マルクス少尉の24号機がガッツポーズをしながら、左手から駆けて来る。
 やがて、公園の封鎖していた支援部隊も連絡を受けて駆けつけ、基地内はトレーラーや移動指揮車、消防車などでいっぱいとなった。

「なんだ、これは? 」
 支援部隊指揮官のユング大佐は、化学消防車による放水を受けて、白い泡の中に埋もれた奇怪なマシンの残骸を見下ろしながら言った。
「たぶん……ODMではないかと……? 」
 フリードマン大尉は、肩をすくめながら答える。
 ユング大佐は、デジタルカメラで現場写真を撮りまくっている、情報担当のサントス少尉を呼ぶ。
「アインです。」
「ホワッツ? 」
 ユング大佐とフリードマン大尉が、同時に聞き返す。
「次元生物コードγー99ーⅣ『アイン』ですよ。F情報では、全高五十メートル、自重四百トンとなっていますが、おそらく、その派生型、小型タイプとみて間違いないでしょう。」
 サントス少尉の自信満々な答えに、フリードマン大尉が口を挟む。
「どうしてそう断言できるんだ? 大きさも形もまったくちがうんだぞ? 」
「でも、F情報の中に記録されている人工物体、ロボットは、『アイン』しかありません。」
「知られていないODMの可能性は、排除できないのではないか? 」
「否定はしません。ですが、可能性ということからすれば、『アイン』である可能性は限りなく高いと考えます。私は、むしろODMの特定よりも、『アイン』を前提とした対策を検討することの方が重要だと思っているのです。」
「ん? 」
「『アイン』は、インベーダーです。生存本能のままに彷徨う、他のODMと違い、明確な侵略の目的を持って送り込まれてきます。今日、現れた1台だけで済むわけがない。……これからさらに増えて、F情報に掲載されている巨大な奴も侵攻してくるのではないかと思います。」
「わかった。君は、早く資料を収集して、司令部へ報告してくれ。」
ユング大佐は、少し青ざめた表情で答える。
「はい。ただ、気をつけてください。」
サントス少尉は、釘をさすのを忘れない。
「ここが、侵攻の拠点となっているのであれば、さらに敵は戦力を送り込んでくるはずです。こちらも、迎撃体勢を強化する必要があります。」
「わかった。リーランド少将に要請して機動歩兵を増強しよう。そのためにも、君は、至急資料を整理して司令部へ報告してくれたまえ。」
フリードマン大尉は、二人の会話を側で聞きながら、足元の奇怪なマシンの残骸に目をおとす。
目の前にある残骸には、一見しただけでは、特に進んだ科学力を感じさせるものはない。しかし、ミニガンの直撃を無効化した不可思議な技術ひとつをとってみても、このマシンを製造した敵が、侮りがたい存在であることは事実である。
現に、フリードマン大尉の第7戦隊は、20号機を喪失し、パイロットのファーグスン少尉を失っているのだ。
 凶暴な次元超越獣とは異なる新たな強敵の出現に、フリードマン大尉は思わず身震いした。

 


9ー(3)進化する怪物


「話し合いの可能性はなかったのか? 」
 アダム北米方面司令部所属 機動歩兵第1軍団総司令官リーランド少将直々の報告に、大統領はしかめっ面で対応した。
「そのマシンは、知性を持った存在が派遣してきたものだ。そうであれば、交渉によっては、平和的に解決することができたのではないか? 我が合衆国は、バチカンの後を継いで妖精とコンタクトする道を模索しているが、今までめぼしい成果は挙げていない。それは、我々の対応のまずさというよりも、妖精側がコンタクトに消極的なためだ。……彼らは、なぜこんなにも消極的なんだ? 」
 大統領の質問にリーランド少将は、困ったように答える。
「本官には、想像もつきません。」
 報告の場に同席していた国務長官のマイケル・カーレンが補足する。
「大統領は、そのマシンを作った知的存在とコンタクトすることができれば、妖精について、何かわかるのではないかと言っているのだよ。」
「確かに、可能性はあるでしょう。しかし、敵対してきたマシンは、十分な防御能力を備えていて、我が軍の先制攻撃をいとも簡単に受け止めました。その上で、我が軍の機動歩兵をパイロットごと虐殺、破壊しました。これほどの科学力の差を持ちながら、しかも人的損害を気にする必要がないのであれば、交渉の呼びかけは、彼らの方からあってしかるべきと考えます。それがない中で生起した今回の戦闘については、私は、現場の判断を支持します。」
「戦争は、政治における目的達成のための手段でなければならないのだよ。それは、個々の戦闘における勝ち負けで得られるものではない。わからないのか? 」
 大統領の婉曲な叱責に、リーランド少将は青ざめた表情で反論する。
「閣下は、兵が死んでもかまわないとおっしゃるのですか? 」
「個々の兵士の死をムダにしないためにも、大局的な視点からの冷静な判断と対応が欲しかったと言っているのだ。」
「わかりません。仲間の死を目前にして、それでも自重しろとは、私には口が裂けても言えません。」
 大統領は、首をふって執務室内を歩き始める。
「リーランド。君は、シドニー・カム教授の提唱している『妖精敵対生命体疑惑』を知っているかね? 」
「なんです? それは? 」
 国務長官のマイケル・カーレンが大統領に目配せした上で、代わって答える。
「バチカンが、一九一七年の『妖精降臨事件』、俗に言う『ファチマの奇跡』以降、一貫して妖精イコール救世主(メシア)と考えていることは知っているね。合衆国は、その時の記録を含めてバチカンから妖精とのコンタクトに係る情報を引き継いだ。この世界を次元超越獣(ODM)の脅威から守るために。しかし、バチカンのいう神聖なる存在、救世主は、実在するのだろうか? もし、妖精が仮に肉体を持って実在するのだとしたら、それは神ではない。それでもそれをメシアと呼べるのか? 妖精という存在は、何のために我々に干渉してくるのか? 」
国務長官は、自問自答を織り交ぜながら、説明を続ける。
「この疑問に対して、オックスフォード大学のシドニー・カム教授が提唱したのが、『妖精敵対生命体疑惑』説だ。肉体を有する妖精には、単純にこの世界を救うという表向きの大義名分の目的以外に、自分たちのメリットのために支援しているのではないかという仮説だ。カム教授は、それは自らの侵略の意図をごまかすためのものではないかと考えているのだ。」
リーランド少将は、あまりにも突拍子もない話に、愕然とするばかりである。
「つまり、妖精と呼ぶ存在と、今回現れた知的生命体に違いがあるのか、わからないということだ。妖精はーー」
「まってください。妖精からは、我が軍の機動歩兵の中核技術となっているシステムFや次元超越獣に関するF情報が提供されています。まがりなりも、我々がこれまで次元超越獣に対応できたのは、彼らの支援があったからです。それでも妖精は、信じられないというのですか? 」
リーランド少将は、国務長官の説明をさえぎり、異議を唱える。
次元超越獣と戦う現場のトップとして、それは今後の対応を進める上でも聞き捨てならないことだった。
「落ち着きたまえ。これは、仮説にすぎない。しかし、残念ながら、我が合衆国は、妖精と一度もコンタクトに成功していないのだ。顔を見たこともない相手を手放しで信用することはできない。コンタクトがうまくいかなければ、それ以外の方法、この場合は、モントークに現れた謎のマシンを操る奴から情報を入手することも一つの手だと思うのだ。」
大統領は、座ったままのリーランド少将の肩に手を置く。
「見極めが必要なのだ。わかって欲しい。」
「一体私にどうしろと?」
大統領の指示を受けて、国務長官が説明をはじめる。
「彼らがこの次元へ侵攻する意思があるのであれば、マシンによって現場の安全が確保された段階で、必ずマシンを操る知的存在がこの次元にやってくるはず。だから……」
国務長官の説明を聞いたリーランド少将は、青ざめる。
「危険です。あまりにも……。敵に一旦橋頭堡を確保させてしまったら……、その後、交渉が決裂した場合の撃退は、相当困難なものとなります。」
「それはそうだ。その後始末のことも考えれば、我々としても、大都市に近いこんな場所に彼らを招きたくはない。なあ、彼らはどうして、モントークに現れるようになったのかね? 」
「わかりません。初めは一九四三年に起こった「フィラデルフィア事件」、「ノーフォーク事件」で確認されていた脅威度の低い次元超越獣が現れていただけだったのです。警戒していた最中に、突然あんなものが現れたとしか……。」
大統領と国務長官が顔を見合わせる。
「……オプションZ絡み……というわけですな。」
「なら、他に移ってもらおう。砂漠のど真ん中あたりに……。可能なのだろ? 」
「おそらく……。ただ、ニコラ派の科学者は、いい顔をしませんよ。」
「平和的交渉のため……とでも言って納得してもらうしかないな。」
「……わかりました。」
大統領と国務長官の話が終わったところで、リーランド少将は不安げに訊ねる。
「一体……何をどうするのです? オプションZ……って何です? 名前だけは聞いたことがありますが……。」
「ああ、これはトップシークレットだ。忘れてくれたまえ。」
大統領に続いて国務長官が告げる。
「リーランド少将。先ほどまでの話はなしだ。全力でモントークの防衛に当たってくれたまえ。敵対する異次元からの侵攻は断じて許してはならん。戦力が足りなければ、他からも応援を派遣する。これは、合衆国大統領直々、そしてアダム北米方面司令部最高司令官としての命令である。……以上だ。」
国務長官はそう言うと、大統領を振り返って合意を求める。大統領は黙ってうなずく。
リーランド少将は、目を白黒させながらも命令を受領するしかなかった。
「イ、イェッサー。」

アダム北米方面司令部が「アインⅡ」と名付けた次元超越マシンが、その進化した姿を現したのは、一週間後のことだった。
 この時の迎撃では、機動歩兵部隊の負担軽減のため、基地の周囲に大量に敷設された地雷が有効に働いた。
 地雷は、現れた2機の「アインⅡ」のうち、1体の脚部を吹き飛ばし、対戦車ミサイルの集中攻撃がとどめをさした。
 残る1機は、対戦車ミサイルを盾で防御し、地雷原を突破したが、囮に配置していたMー1戦車にひきつけられて接近したところで、落とし穴という原始的な罠に引っかかり、行動不能となったところを仕掛けられたプラスチック爆弾により始末された。
 情報収集チームは、現れた2体の外観の差とともに、対戦車ミサイルを盾で防御したこと、そしてMー1戦車に放った熱線に注目した。
 防御、武装ともに強化されていることは明らかで、次回はさらに強化されてくることが予測されたため、方面司令部へ対応を要請した。
 さらに2週間後、4機のいくぶん大きめとなった「アインⅡ」が出現し、第1、第2、第4機動歩兵戦隊が迎え撃った。苦戦したものの、第4機動歩兵戦隊が装備した飛行パックによる上面からの攻撃で殲滅に成功した。
 その後、しばらくモントークに異変は生じなかったが、アダム北米方面司令部は警戒を強め、キャンプヒーロー州立公園はしばらくの間、閉鎖されることが決定した。

「謎のロボット兵器? 」
 ダイヤモンド・デルタ重工社長・小田桐賢一は、アリソン・バイオテクノロジー社からの突然の照会に驚いた。
「それが、うちの機動歩兵と共通する部品を使っているということですか? しかし、機動歩兵の部品といっても数が多い。中には、中小企業から納品された民生部品もあります。とにかく、現物を確認しないことには何とも……。」
小田桐は電話を切ると、佐々木会長へ緊急連絡を入れた。
「会長。たいへんなことが起きました。我が社の機動歩兵の部品を使ったと思われる謎のロボットが、アメリカで米軍と交戦した模様です。
ええ、情報源はアリソン社のスターリング社長からですので、確度は高いと思います。……軍や政府上層部からも近日中に正式な照会が来るはずです。
会長の方も国防軍の霧山司令から情報を入手できませんか?
へたをすると我が社の信用問題だけでなく、日米の外交問題にも発展しかねないと思います。
はい、確認のため、佐々木専務と技術スタッフをアメリカへ派遣します。」
小田桐は、会長への報告を終えると、秘書を呼び出した。
「佐々木専務と主席研究所長の宮川を呼んでくれ。大至急だ。」
秘書は、困ったように答える。
「佐々木専務は、本日接待ゴルフのため、沖縄へ出張中です。」
「接待?どこの?聞いてないぞ。」
「……接待のためのゴルフ場の視察ということになっていますが、本当は遊びに出かけたのではないかと……。」
小田桐は、あきれてポカンと口を開ける。
「……よくあるんですよ。最近……特に……。」
小田桐は、はらわたが煮えくり返る思いを抑えながら、どうしたものかと考えた。会長の息子でなければ、重役として厚遇したり、気を使うこともないのだが、仕方がない。まして、会長の信任を受けて会社経営を任されている身なのだ。専務を幹部の一人として教育することも任されていると考えてよい。
他の役員を代わりに派遣するか。
それとも予定通り専務を行かせるか。
小田桐は、意を決して秘書に指示を伝える。
「緊急に呼び出せ! 場合によっては、沖縄からでもアメリカまで飛んでもらう。緊急事態なんだ。専務にしか任せられない重大任務だと私が言っていたと伝えてくれ。」


9ー(4)アルバイト


 北海道の短い夏が終り、秋も深まりつつある9月下旬の日曜日、日高は一軒のケーキショップを訪れた。
「いらっしゃいませ~。」
 明るい声が響き、ショーケース越しに店員が現れる。
「あ……。」
「よぉ。ひさしぶり。」
 かわいい薄ピンクのエプロンをして現れたのは、由梨亜だった。
「日高さん。お怪我はもう、大丈夫なんですか? 」
「ああ、すっかりよくなった。明日からアラート任務に復帰する予定だ。今日は、その前祝にケーキでも食べようかと思って……ね。」
「あ、じゃあ、私、おごります。」
「ははっ、やめてくれ。大人が高校生におごってもらうなんて、そんな恥ずかしいことできないよ。それに……」
「……? 」
 由梨亜がきょとんとして首をかしげる。ピンクの頭巾の下、栗色の髪からのぞく耳たぶに、金色の小さな十字架のイアリングが光っている。
「由梨亜のバイトを応援しに来たんだぜ。逆にたかっちゃ悪いだろ。」
「あ、ありがとうございます。」
「……イアリング……似合っているよ。」
「あ……。これ、とてもうれしかったです。本当にありがとう。」
「いやぁ。いろいろと誤解されたら困ると思って……。」
 日高は頭をかきながら、言いにくそうに視線を逸らす。
「その……。聞いてると思うけど、フライアとキスしたとか……ね。」
 ここに至って、由梨亜は日高が何を気にしているか、理解した。
フライアの姿で日高と口付けした時の感触が蘇り、由梨亜も頬が少し熱くなるのを感じる。
「あ、あの、私……気にしてません……から。」
「え? 」
 やはり、フライアと自分との間で何があったのか、知られているようだ。
「あの……、フライアとキスしたこと……気にならないの? 」
 日高は、思わず問い返してしまった。
男はバカである。しかし、この時は、由梨亜の方も動揺していた。
「え……だって……フライアの方がキスしてきた……んでしょ? 仕方なかったんじゃ……ない? 」
「あ……そっち? そ、そうだよね。」
日高は、由梨亜の言っている妖精とのキスが、寝込みを襲われた方のことを言っているのに気付き、とっさに相槌を打つ。しかし、動揺しているとはいっても、由梨亜も自分のことなので、つい追求してしまう。
「え? そっち……って……他にも何かしたの? まさか……・。」
由梨亜の顔が強張る。
その様子を見て、日高があせる。
「いや……。そんな……ないってば。何もしてないって。」
コロロン♪
ケーキショップのドアが開き、椎名が入ってきた。
「由梨亜~っ。どう? もう慣れた? 」
「あ、メグ。おかえりなさい。」
 由梨亜が迎える。
 日高は、突然の来客によって、話が中断されたことに安堵する。
「あれ? 由梨亜の知り合い? 」
「ええ。日高さんです。」
 由梨亜が紹介する。
「こっちはクラスメートの椎名恵さん。実は、お家がこのケーキショップ「oi椎名」で、今回のアルバイトを紹介してくれたのも、このメグなの。」
「そうですか。日高です。こんにちは。いや、初めまして……かな。」
「へぇ。日高一尉って、本当に大人だったんだ。」
 椎名が、変なところで感心する。
「ねぇ。由梨亜を応援に来たんだったら、ケーキセット食べていってよ。私が付き合ってあげるから。」
「もともとそのつもりで来たんだけど……ね。」
「よし。決まり~。由梨亜、ケーキセット二つね。飲み物はアイスコーヒー、ケーキは、ショートケーキで。日高一尉は何にする? 」
「あ、なら同じく。コーヒーはホット、ケーキはチーズケーキで。」
「はい。ケーキセット二つ。飲み物はアイスコーヒーとホットコーヒー。ケーキはショートケーキとチーズケーキね。」
 由梨亜はオーダーを復唱すると準備にかかる。
「じゃ。席に行っとくね。日高一尉、行こ。」
 椎名は、日高をひっぱって窓際の小さなテーブル席につくと、向かい合って座る。由梨亜の方をチラッと見て、小さな声で話しかける。
「大人でも、浮気しちゃだめだよ。」
「はぁ? 」
「この前、誕生パーティーに来てた代理の人から聞いたよ。フライアさんって女の人とキスしたって。」
「は? あ……いや、だからあれは仕事で……。困ったな。三塚の奴、勝手にベラベラと……。機密漏洩だぞ。」
「仕事って? 日高一尉って、ロボット運転してるんでしょ。なんで、外人さんとキスするのが仕事になっちゃったの? 」
「だからー。そこは軍の秘密で、事情は話せないんだよ。」
「ホント? 由梨亜、日高一尉のプレゼント、とても喜んでたんだから……。大人の付き合いがあるのかもしれないけど、お痛しちゃダメだと思うよ。」
そこに、由梨亜がケーキセットを運んできた。
「お待たせしました。」
コーヒーとケーキを並べる由梨亜に、椎名が告げる。
「ありがと。由梨亜。日高一尉のこと、心配しなくていいよ。」
「え? 」
「ちょっと話してみたけど、日高一尉……、ウソはついていないよ。」
「ありがとう。でも、だいじょうぶよ。……気にしてないから。」
椎名の言葉に、由梨亜は微笑みながら答える。
アイスコーヒーに口をつけた椎名は、一瞬怪訝な顔をして由梨亜の顔を見る。
コロロン!
ケーキショップのドアが開き、子供連れの客が入ってきた。
由梨亜は急いでレジへと戻る。
日高は、ほっとした様子で、由梨亜の後ろ姿を見送り、ホットコーヒーを手にとる。
「日高一尉……。気をつけて。」
「ん? 」
椎名がひそひそ声で、日高に話し始める。
「由梨亜ってば、……ね。割と正直だから……言葉を選んでるよ。あたしが、「ウソはついていない」って言ったのに、「信じてる」じゃなくて、「気にしてない」って答えたの。この裏にあるのは、「どうでもいい」か、「信じられない」っていう意味だよ。」
ゴクッ。
「あち、あちちっ。」
日高は、熱いホットコーヒーをゴクリと飲んで、その熱さに思わず噴出しそうになる。あわてて由梨亜の方を確認すると、客との対応で大忙しだ。
「日高一尉と由梨亜って、恋人同士って聞いたけど……。あたしがもらっていい? 」
「は? 」
「んー。あたし一人っ子だから、お姉さんとか欲しかったんだ。これまでは、スポーツ万能の如月さん一途だったんだけど……。御倉崎さん、とても優しいだけじゃなくて、上品さとかっこ良さが入り混じった不思議な雰囲気感じるんだよね。あたしより背も高いし、大人っぽいとこも……お姉さんにぴったし。」
椎名はそう言うと、ショートケーキをパクつく。
日高は、高校生の椎名に弱みを指摘されたものの、努めて冷静になろうと無言でチーズケーキにフォークを突き刺す。
「由梨亜のアルバイトは、何時までかな? 」
「待つの? 」
「ああ……。」
「デート? 」
「そう思いたいけど……ね。」
「がんばってね、」
「ああ。」
 日高は、椎名の応援に適当に相槌をうちながら、情報部の聴取で聞かれたことを思い出していた。
 
「ーー君の言うことが百パーセント正しいとして、だ。人類存亡のキーとなる妖精、フライアが君に好意を寄せているとしたら、我々にとってこんな都合のいいことはない。人類の平和のため、君は彼女の気持ちに応えて、妖精たちとの様々な交渉の窓口になってほしい。それが霧山司令からの期待だ。幸い、君は妻子持ちでもないわけだし、問題もない。政府、国防軍公認の下でフライアといい仲になれるんだ。うれしいだろう? 」
 日高に対する聴取は、これで通算5度目となる。
聴取担当は、これまで幾度となく面談して調査報告書を作成している服部と青木担当調査官である。
毎回顔を合わせているため、お互い知り尽くしているといってもよい間柄となっていて、階級の違いも意識しない、良好な雰囲気の中で聴取は進んできた。だが、その日は、それが大きく崩れることになってしまった。
「いや、俺はそんなつもりは……。」
「ん? なんだ? 何か障害があるのか?まさか、他に恋人がいるとか? 」
「いや、まだ恋人というほどの間じゃ……。」
「ははっ。なら、あきらめろ。お前には、人類のためにフライアと付き合ってもらわなければならん。もし、お前に他に好きな女がいるなんてこと、フライアに知られてみろ。人類はフライアに見放されて、次元超越獣によって滅亡させられてしまうことになるかもしれん。そんなこと、できんだろ? 」
服部主任調査官は、日高の肩を叩いて、躊躇を笑いとばす。
「そんな、大げさな……。」
日高の答えに、服部主任調査官は、ため息をつきながら首を横にふる。
「お前は、女の気持ちをぜんっぜんわかっていない。
いいか。女はファーストキスの相手をいつまでも覚えているもんなんだ。
それくらい何事につけても初めての相手というのは、女の人生において重要な意味を持っているんだ。
たぶん、フライアのファーストキスの相手は、お前だろう。そのお前が、今さら、別に好きな人がいます、他に恋人がいますなんて知れてみろ。焼きもちを焼いて、嫉妬して、激怒するに決まってる。それがどんな結果をもたらすか……考えただけで恐ろしい。」
「そんな、まさか……人類を救うために来た妖精が、そんなことをするなんて……。確かに、彼女のこれまでの献身的な働きには俺も感謝しています。あの時、キスしたのだって、彼女を救いたい一心で、やっただけのことでー。」
「ばかなことを言うな! そんなロマンもくそもない発言は、彼女の心を傷つけるだけなのがわからんのか? お前は彼女にー、フライアに何度命を救われた?その挙句に、恩人に対してそんなひどいことを言うのか? 彼女の恩に応えようという気はないのか? お前には、誠実さというものがないのか? 」
服部主任調査官が口角泡を飛ばして、日高をなじる。
それを「まあまあ」と青木調査官がなだめる。
「日高一尉。一尉の本命の彼女って誰なんです? その彼女は、一尉の気持ちを知っているんですか? 」
「ああ、薄々、感じてると……思う。」
「告白はしてないってことですね? まさか、先に、肉体関係を持っているとかじゃ、ないですよね? 」
「ああ……。」
「じゃあ、何も問題ないじゃないですか? 一尉がフライアと関係したとしても、誰も傷つかないわけでしょう。」
「……由梨亜さん……御倉崎さん……なんだ……。」
日高の言葉に、青木調査官の手からポロッとボールペンが落ち、服部主任調査官の顔が青くなる。
「えーっ! 御倉崎さん? あの次元超越獣の出現を超能力で予言してくれてる……御倉崎さん……ですかぁ? 」
「ばっ、バカ野郎! なんてことをー。彼女は機動歩兵メーカーの、ダイヤモンド・デルタ重工会長の姪だぞ! しっ、しかも、確か、高校生じゃねぇか? 未成年との恋愛なんて……世間に知れてみろ! 犯罪だぞ。なんだ、その公然猥褻じゃない……え~と、とにかく、へたすりゃ懲戒もんだぞ! 」
服部主任調査官は、椅子を倒して立ち上がる。ショックで、専門の法的知識もすっ飛んでしまったらしい。
一方の青木調査官は、ガスが抜けたように、うなだれてしまう。
「ショックです。日高さんが先に手を出していたなんて……。今度、基地に来たら話しかけようと思っていたのに……。」
それを聞いて、服部が青木の襟首を捕まえる。
「なんだとぉ。お前も懲戒審査委員会にかけられたいのか? 」
「ああっ、ごめんなさい。ごめんなさい。」
服部は、鼻息荒く青木の襟首を離すと、日高の前の机をバンと叩く。
「いいかっ。お前は、絶対このことを口外するなよ。このことは、霧山司令にも報告するが、対応が決まるまで、フライアにも御倉崎さんにも、本心を話しちゃならんぞ。絶対に、だ。人事部の服務担当には黙っておいてやる。」


9ー(5)ラストデート


「ひさしぶりですね。日高さんと歩いて帰るなんて……。」
 アルバイトを終えた由梨亜を自宅まで送り届けることにして、日高と由梨亜は、住宅街を抜けて、河川敷の小道を歩いていた。
「本当にバイトしてたんで、驚いたよ。……でも、なんでバイトなんか? 」
「自分の力で生きているってことを……感じてみたい。……そんなところかな。うまく言えないけど……。」
「えらいな。」
「そんなこと……。」
 はにかみながら話す由梨亜が、古めかしい男物の時計で時刻を確かめる。
「もう6時。ごめんなさい。本当に待たせてしまって……。明日から仕事に復帰するんでしょう?」
「ああ。復帰といっても、これまでリハビリも兼ねて、基地で訓練は続けていたからね。アラート任務のローテーションに加わるだけさ。大きな変化はないよ。」
「足の怪我は本当に、もういいの?銃で撃たれたんだから、無茶はしないで。」
「え? ……いやだな。三塚から聞いたのか? これ、秘密なんだよ。誰にも言わないでください。」
「あ、そうね。お見舞いに行かなくて、本当にごめんなさい。」
「無茶ですよ。北海道から東京まで、お見舞いに行くなんて。」
橋を越えて、高級住宅街に入ったところで、日高は足を止める。ここから佐々木邸は、もう目と鼻の先だ。日高の住むアパートへ行くには、ここで方向が分かれている。
「由梨亜。ここでお別れ……だ。」
「え、ええ? 」
日高の振り絞るような声のトーンに、由梨亜もぎこちなく応答する。
「じゃ! 」
日高は、由梨亜に敬礼すると、返事を待つこともなく、回れ右をして歩き去る。とりつくしまもない。
由梨亜が後姿を見送っているのを背中に感じながら、日高は歩いていく。
霧山司令をはじめとする上層部の会議に呼ばれたのは、今日の昼のことだ。
「御倉崎由梨亜さんとは、距離を置くように。彼女は、我が軍にとって重要な協力者であり、しかも超能力者だ。君の心が読まれると、協力関係に支障が出る怖れがある。」
霧山司令の命令は、絶対である。
「しばらく……いや、もう話すこともないかもしれないな。」
日高は、内心やりきれない思いでいっぱいだった。後ろ髪を魅かれる想いというのは、こんな時のことを言うのだろうか。
ふと気が付くと、由梨亜が日高の後ろをついてきていた。
「日高さん。また、会えますか? 」
由梨亜の言葉に、日高はギクッとなる。超能力者という言葉が脳裏をよぎる。
「ごめん。もう……会えないかもしれない。」
日高は押し殺すような声で答えると、そのまま歩き去る。
由梨亜がとまどっているのがわかるが、振り返ることなく、歩き去る。
わかってほしい。
超能力で?
いや、それでは困るのだ。自分には、どっちも選べないのだから。
むしろ振られる方が、嫌われる方が望ましい……・。
日高の心情を察したのか、由梨亜は、それ以上追いかけてくることはなかった。
 


9ー(6)来襲!アインⅡ


 次元超越獣が次元の壁に穴をあけて侵入してくる時の感覚、それは指向性を持った波が空気を震わせて伝わってくるのに似ている。
 それは、フライアの感覚で言えば、音が見えるという表現に近い。その強弱や間隔が、次元超越獣の次元超越能力や出現する方位、距離を知るバロメーターとなる。
由梨亜は、自ら感知した次元超越獣出現の予兆を、人類側に正しく伝えられるよう、次元ポケットに置いた次元転送兵器パックに付属する次元監視システムに照会をかけてから伝えていた。
いつもの予兆は、かなりの時間的余裕があったのだが、その日の予兆は異常なほど短く、切迫したものとなった。

由梨亜が、その予兆を察知したのは、わずか十分前のことだった。
 午前1時、真夜中だったが、かまわず金剛に電話をかける。
「会長を起こして! 至急国防軍の霧山司令に連絡してください。ここから南の海沿いの場所に、次元超越獣が現れます。時間がありません。」
 金剛が場所の確認をしてくるが、由梨亜はかまわず続ける。
「場所を特定する余裕はありません。涼月市の南は、海に面した工場地帯です。今は、そのあたりとしか説明できません。」
 由梨亜の切迫した説明に、金剛も動き、会長を起こしにかかる。
 由梨亜の予知は、ほぼ百パーセントの的中率を誇り、国防軍も絶大な信頼を寄せている。場所の特定がなくても、国防軍として動かないわけにはいかないだろう。
 間に合うか?
間に合わなければ、フライアに変身して急行するか?
 しかし、フライアへの変身は、支障がある状況だ。未だ、フライアの意識は戻ってきていない。
この状況下での変身は、由梨亜がフライアの代わりに戦わざるをえないことを意味する。
私は、次元超越獣と本当に戦えるのか?
由梨亜は、変身をためらわざるを得なかった。

 涼月市の海岸線を埋め立てて造成された工場地帯の一角にある、ダイヤモンド・デルタ重工の北斗工場から火柱があがったのは、それから約二十分後のことである。
 火災は、瞬く間に燃え広がり、工場内で生産中だった27式機動歩兵「剛龍」二十七機、そして技術研究所で開発が進められていた次期機動歩兵のモックアップ、研究用に管理委託されていた試作機動歩兵「神龍」など、数多くの貴重な資材が失われることとなった。
 宮里、吉田の第3機動歩兵戦隊がいち早く到着したものの、火災のため、工場内に突入できず、実際に次元超越獣と交戦することはなかった。しかし、工場内に設置された監視カメラは、謎のロボットが侵入してきて、施設の破壊活動を行う様子をはっきりと捉えていた。

「こいつは一体、何だ? 何の目的で……」
 佐々木会長は、絶句する。
「いや、御倉崎さんが予知したとおりだとすると、こいつは次元超越獣だろう。先月、アメリカで暴れた奴にまちがいない。たしか、『アインⅡ』とか? 」
 霧山司令が、的確な推定を口にする。
「それにしても、問題なのは、なぜ我が軍の機動歩兵工場を狙ってきたのかということだ。この次元超越獣と通じた誰かが情報を漏らした、あるいは手引きをしたとしか、考えられんが? 」
「そんな、まさかそんなことが? 自分たちの住む世界の滅亡を願う人間がいるとは、到底思えません。」
佐々木会長が信じられないという表情で意見を述べる。
「いや、カルト教団とか、人類滅亡後の来世での幸福を説く新興宗教は、世界中にいっぱいありますよ。そんな団体の者であれば、ありえないことではないでしょう。しかし、そうなると、かなりやっかいなことになります。我々は、次元超越獣だけでなく、秘密保持にも力を裂かれることになる。」
金城副司令が、渋い顔で霧山司令の推察を肯定する。
トレーラーを改造した移動指揮車内で、モニター画面を見ながら霧山司令が確認する。
「こいつが現れてからの行動は、どうなっている? 」
佐々木会長が、警備室からコピーして提供した監視カメラ映像のリストを指し示しながら、説明する。
「自動録画された時間を見ると、まず、技術研究所のハンガー内で異変が捉えられている。ナンバー32カメラ。こいつが現れたのは、ここだろう。ここで『神龍』とモックアップを破壊した。次に離れた工場内へ侵入。ナンバー18から11カメラ。生産ライン上に乗った未完成の『剛龍』20機を破壊して、少し先にある格納庫内。ナンバー3カメラ。で、ストックヤード内で、完成して検査、納品まちの『剛龍』7機を発見して破壊した……・。そして火災が起こった工場を避けて、技術研究所へ戻り、消えた。これが30、31カメラ。こんなところか。」
「研究所を真っ先に襲って、次期試作機のモックアップを破壊していることからしても、狙いは明らかでしょう。こいつの目的は、我が機動歩兵軍の壊滅ですな。」
金城副司令の断定にうなずくことなく、霧山司令が、再度、念を押す。
「そして、駆けつけた我が軍の第3機動歩兵戦隊と交戦することなく、引き上げた……。そうだな? 」
そこへダイヤモンド・デルタ重工社長の小田桐が、佐々木専務とともに入ってきた。
「会長、どうやら例のサンプルは、無事だったようです。」
「ん? 」
「ああ、アメリカから届けられた謎の次元超越獣『アインⅡ』のサンプルパーツですよ。技術研究所で研究のために保管しているんですが、どうやら見つからずに済んだようです。」
霧山司令の疑問に会長が答える。
「持ってきたのか? 」
司令の質問に佐々木専務が乗り出してくる。
「いやぁ。アメリカ側を説得して、破損したパーツすべてを研究用に提供していただきました。アリソン社の重役の一人が、私の親友でしてね。簡単でした。コールガールをあてがって、協力してもらったというわけです。これも私のコネが役立った……」
「オホン。」
 にやにやしながら、自慢げに話し出す佐々木専務の説明を、会長が咳払いして止めさせる。
「司令もご承知のように、これらのパーツの一部には、確かに「MADE IN JAP」という文字が刻印されています。しかし、今のところ製造メーカーは判明していません。素材も不明な部分が多くて……」
「アダムから、調査報告書は入手したのか? 」
「いえ、パーツはアリソン・バイオテクノロジー社から直接入手いたしましたので、アダムの調査報告書はついておりません。」
「妙だな。アダムが、そんなに簡単に貴重なサンプルを手放すのか? 調査結果が知らされていないことといい、どうも気になる。」
 佐々木専務は、霧山司令の懸念に不満顔になる。
「アリソン社は、自分たちの手で十分な調査ができないから、調査を我々にこっそり任せたんですよ。だから、気にすることはないんです。」
佐々木専務は、小さな声で小田桐社長にぶつぶつ不満を言っている。
 その声を無視して、霧山は、携帯をかけはじめる。
「ハロー。グッドモーニング サー。私だ。霧山だ。」
 こんな朝早くから、どこへ電話をかけるのか、金城副司令をはじめ、そこにいる全員がいぶかしがりながら、霧山司令を見守る。
「聞いていない? それは本当か? …………わかった。もう報告は行っていると思うが、次元超越獣が現れた。……「アイン」だ。小さい方の……。」
 電話の主が驚く様子が、霧山司令を囲む全員にも伝わってくる。
「調査報告書が欲しい。頼む。これは……、アダム極東方面司令部も関わる大問題になると思う。」
 
「提供できないとは、どういうことだ? 」
 アメリカ国防総省の一室で、アダム極東方面総司令官、レイモンド・チャンドラー少将は、激怒した。
「落ち着いてください。現在、調査は続行中です。途中で提供できる状況にないという、ただそれだけのことです。」
 アダム北米方面司令部の次元超越獣調査研究部長、ニール・アームストロング大佐は、レイモンド少将の抗議を歯牙にもかけず、受け流す。
「ほう、調査対象のサンプルが手元にないのに、何を調査するというのかね? 」
 「……! 」
 レイモンド少将は、アームストロング大佐の顔に動揺の色が走るのを見逃さず、さらにたたみかける。
「アリソン・バイオテクノロジー社に調査させているサンプルは、日本メーカーの手に渡っているんだぞ? 」
「おそらく……、パーツの一部を確認のため、提供しただけでしょう。問題はありません。実際、我々の手には、さらに6体分もの『アインⅡ』のサンプルがあります。それらも含めて調査は、進められているのですよ。」
「どこで? 」
「申し訳ないが、それは答えられない。」
 アームストロング大佐は、少し優越感の混じった笑みを浮かべて拒絶する。しかし、レイモンド少将も引き下がらない。ここぞとばかりに切り札をきる。
「日本に『アインⅡ』が現れても……か? 」
「……」
 アームストロング大佐の勝ち誇ったような顔に、再び動揺が走る。
「どこに? 」
 アームストロング大佐の声は、かすれている。
「それは、答えられない。」
 今度は、レイモンド少将がほくそえんで拒絶する。
「ばかな! 大事なことなんだぞ。我が合衆国の安全保障、危機管理に直結することなんだ! 」
「ギブアンドテイクだよ。大佐。」
 レイモンド少将は、さらりと言ってのける。
「我がADM、アダムは7つの方面司令部に分かれているが、情報共有面で大きな問題がある。特に北米方面司令部は合衆国の優越性故に、外部に知らされていない情報をあまりにも多く持ちすぎている。大統領閣下でさえ、すべてを把握しているわけではあるまい。それがいかに大きな問題か。君たちは、現場を知らなすぎる。」
 ふーっ。
 アームストロング大佐は、深くため息をつく。
「わかった。とりあえず、調査資料の中間報告書の写しを渡そう。その上で、意見交換といこうじゃないか。」

 海岸倉庫の一角で、日高は、機動歩兵「蒼龍」7号機に搭乗し、迎撃体制をとっていた。反対側には、三塚の搭乗する2号機がいる。
 二人の監視している4号倉庫内には、アメリカのアリソン社から提供された「アインⅡ」の貴重なサンプルが保管されていた。
ほぼ1週間前に起こった、ダイヤモンド・デルタ重工北斗工場襲撃事件の際、難を逃れたサンプルは、再度の襲撃と盗難に備えて、保管場所を移すという決定が下された。もちろん、ダイヤモンド・デルタ重工北斗工場に対する再襲撃の可能性も高いと判断され、そちらには、東八郎一尉と比嘉二尉の機動歩兵が警戒配置についている。
東八郎一尉は、斉藤明英一尉が昇進して入間基地へ転出したのを受けて、異動してきたばかりであり、機動歩兵パイロットとしての搭乗時間も五百時間程度しかない。
比嘉二尉には、自分よりも機動歩兵パイロットとして経験の浅い東一尉を補佐することが求められていた。熱血漢ゆえ、アメリカ側から「ミスター旭日旗」とあだ名された比嘉二尉には、少々荷が重いのではないかと心配されたが、今までのところペアを組む上で大きな問題は生じていなかった。
翻って、アラート任務に復帰したばかりの日高の方は、当初、警戒参加を見送られるところだった。しかしながら日高の代理として配置されていた西沢卓人一尉は、7号機と相性が悪く、「DS&APU」がうまく起動しないことが多いということで、急遽、参加が決定したという事情があったのである。
旧帝都での事件以降、機動歩兵、特に対次元変動対応部隊配備の機動歩兵には、「DS&APU」絡みで何かが取り憑いているとの噂が広まっており、新しく配属されたパイロットは、なかなか馴染めないという状況も生じていた。
「DS&APU」の起動率の悪さもあり、搭乗機体をすべて「剛龍」に更新することも検討されたが、三塚二尉のように、「え~?何ともないですよぉ。」と能天気に構える古参パイロットたちの意見が通り、現状のままとされていたのである。
日高たちは、夜間のみの警戒待機とはいえ、一週間もの長期にわたり連続待機を続けていた。その肉体的、精神的負担は、大きい。このため、昨日から日高と三塚は交互に仮眠を取りながら警戒を続けていた。
「ん? 」
そろそろ三塚と交代しようとしていた午前1時過ぎ、「DS&APU」に接続された次元センサーに反応が現れた。
「三塚! 起きろっ。センサーに反応だ。」
マイクに向かって呼びかける。
「ふぁ。こちら2号機。日高一尉、何かあったんですか? 」
「『DS&APU』を起動しろっ。どうやらお客さんが現れそうだ。」
「え? りょ、了解。」
三塚が慌ててバックアップ電源を切り、「DS&APU」による再起動にとりかかる。
「急いでくれよ。」
日高は、三塚の2号機の再起動を見守るばかりである。バックアップ電源による起動では、「蒼龍」は27式機動歩兵「剛龍」の先行型「翔龍」と何ら変らない。次元センサーの能力も低く、次元超越獣との戦闘を想定した場合には、
能力的に劣る「翔龍」では心もとない。
 日高は、司令部にも情報を送る。
 「アルファワン! こちら機動歩兵7号機、日高。次元センサーが反応を捉えた。至急応援を要請する。」
 日高の通信に、移動指揮車に置かれた司令部から返信が届く。
「M情報も先ほど入りました。すでに霧山司令にも連絡がいっています。昼間支援の第31機動戦隊、第32機動戦隊にも非常呼集をかけています。」
 日高は、アルファワンからの応答の中に、聞きなれないフレーズが入っているのに気付き、確認する。
「M情報って……なんだ? 」
「あ……、司令部で御倉崎さんからの次元超越獣に関する予言情報を、今日からその隠語で表現することに決まったんです。すみません。前線配置部隊には、まだ通知していませんでした。」
「そうか……。わかった。」
「日高一尉、再起動無事終わりました。こちらでも次元センサーに反応が出ています。」
 続けて三塚から連絡が入る。
「よしっ! 」
 日高と三塚は、倉庫を守る体制で周囲に監視の目を向ける。異変は見えないが、センサーのレベルは、次元断層が生じつつあることを示している。
 どこだっ? どこから来る?
 緊張のため、鼓動が高鳴る。唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。
 センサーレベルはレッドゾーンに突入した。
 くそっ! ここからは死角になっているのかもしれん。
 次元断層は、特定の方向からしか見えないこともあり、異変の直近にいてもわからないことがある。そのため、多数の方向から監視カメラを設置して、倉庫を見張っているのだが、いずれのカメラも異変を捉えていない。かといって断層が近辺に発生していることが明らかな場合、へたに動けば断層に入り込んでしまう恐れがあり、うかつに動けないのである。
 ピピッ。
「ん? 」
 日高の機動歩兵キャノピー内に警告音が響く。
 所在を外部に知られないよう、警告音は切っていたはずだが?
 いぶかしがる日高のヘルメットに、自動音声によるコンピューターからの警告が流れる。
「後方、倉庫内ニ異変ヲ感知。次元断層デス。」
「なに? 」
 日高たちの機体には、以前搭乗した「剛龍・改」で有効性が確認された音声ガイド・システムが組み込まれている。機体のコンピューターは、次元センサーの反応とGPSの位置情報を合わせて解析し、今まさに的確な指示を送ってきたのだ。
「倉庫開放! 敵はすでに内部に侵入しているぞ! 」
 日高は、倉庫のシャッターを開放させ、照明の点灯を命じる。
 高い天井の照明が次々と点灯し、倉庫内の暗闇が奥へ後退して行く中から、奇怪な怪物がついにその姿を現した。
丸い巨大な頭部の中心に、放射状のシャッターで覆われたセンサーレンズ。
それは頭部全体がひとつの目玉のような印象だ。
細く長い胴体。鎌のような二本の手。背中に林立するアンテナ。そして三本の枝分かれした足先のキャタピラーが現れて、怪物の全体像が明らかとなる。
 アインⅡじゃない!
 その姿は、アダム北米方面司令部から提供された「アインⅡ」の姿とはまったく異なっていた。
そして、その背後には、霧のような黒い染みが空間に浮かんでおり、その下に、例のサンプルを詰めたコンテナが横たわっている。
 怪物の頭部にある触覚が蠢き、倉庫の壁越しに内部を観察している日高の方を向く。
「! 」
 日高が危険を感じて、咄嗟に身をかがめた瞬間、壁を突き破って白熱した光が通り過ぎる。光は、港に停泊している貨物船「ダイヤモンド・プリンセス」号の船体をも貫き、はるか海の先まで伸びていった。
 光の消えた後の黒い残像に目をしばたたかせながら、日高は、倉庫の壁と船体に開けられた穴を確認する。
「三塚、気をつけろっ! ビーム砲だ。こいつは、ビーム砲を持ってるぞ。」


9ー(7)次元の灯台


「おかしい。なぜ、こんなにスムーズに現れる? 」
 御倉崎の険しい顔に、佐々木会長は動揺するばかりである。
 執拗にダイヤモンド・デルタ重工の関連施設が狙われていると話したところ、由梨亜に代わって現れたのは、御倉崎だったのだ。
 佐々木邸の居間には、会長の他、金剛と榛名が揃い、由梨亜に状況の説明を行っていたところだったのである。
突然、由梨亜に代わって現れた、もう一人の人格、メシア、御倉崎と名乗る人格は、「アインⅡ」出現の状況説明に、根本的な疑問をぶつけてきたのである。
「何か、気になることがありますか? 」
「大有りだ。」
 会長の問いかけに、御倉崎はすかさず答える。
「次元の壁に干渉して穴を開ける場合、次元超越獣であっても、空間座標が定まらない場合が多くて、時間がかかる場合がほとんどだ。今回の現れ方は、時間があまりにも短すぎる。何か、こちら側から誘導しているとしか思えない。」
 御倉崎の答えに、佐々木会長と金剛が「やはり」といった表情で顔を見合す。すかさず、榛名が訊ねる。
「では、やはり何者かが、次元超越獣を手引きしているということなの? 」
「そんな愚かな人間がいるのか? 話を聞いている限りでは、まったくそんな当てがないのだろう?」
 御倉崎の指摘に誰も反論できず、黙ってしまう。
「……『ガヌカ』を憶えているか? 芋虫とムカデを合体させたような、駐屯地にも現れた次元超越獣だ。あいつは、食べかけの人間、自分を痛めつけた機動歩兵のパーツを体内に取り込んでしまったため、その繋がりを追って執拗にこの次元に出現した。普通に考えれば、そのような繋がり、マーキングとでもいうようなものがない限り、任意の場所に次元を越えて現れるというのは、非常に難しい。」
「なるほど。では、あの『アイン』は、この次元からマーキングとなるようなものを、食べるとは言わないけど、持っていった。あるいは何らかの目印を置いたという可能性があるということね。」 
 御倉崎の説明に、榛名はヒントを見出し、推論を述べる。
「それも……おかしい。」
 御倉崎は、考えを整理しながら応答する。
「仮にそうだとすれば、マーキングの場所は動かない。同じ場所に現れたのなら説明できるが……。今回は、場所は近いが、工場と港近くの倉庫地区で距離にして五キロも離れている。スムーズな次元転移の仕方から考えて、マーキングしたものが移動したとしか、……考えられ……ない。」
 御倉崎の言葉が尻切れトンボのように小さくなる。
「まさか……誰か、何か、マーキングされたものを移動させたのか? 」
 御倉崎の指摘に、佐々木会長は青くなった。
 金剛と榛名も驚いたように顔を見合す。
「会長……。まさか……あのサンプルでは? 」
 金剛の指摘に、佐々木会長もぎこちなくうなずく。
「心あたりがあるのか? 」
 御倉崎が鋭い視線を会長に向ける。
「ええ。実は、アリソン社から『アインⅡ』の壊れた部品のサンプルを預かっておりまして……。今回工場が襲撃されたため、倉庫に秘密裏に移したところだったんですが……。まさか、そんな可能性があるとは……。」
 佐々木会長は、しどろもどろになりながら弁明する。
その様子は、側で見ていると、まるで、いたずらっ子が母親に見つかって叱られているようなものである。
おかしいのは、叱られている立場の会長が高齢で、叱る立場の御倉崎がはるかに若いことだ。
まるっきり立場がひっくり返っているようにしか見えない。
 御倉崎は、黙って椅子に深く腰掛け直す。
「やっかいだな。こうなれば、そのサンプルはいくら破壊してもマーキングとしての機能を消すことはできない。深海に沈めるか……マグマに叩き込むか。それとも宇宙空間に放り投げるか……。由梨亜にしっかりと説明して、対応してもらうんだな。」
 御倉崎は、皮肉交じりの笑みを浮かべ、目を閉じる。どうやら、由梨亜と人格交代に移るつもりのようだ。
「まって! 」
 榛名が、御倉崎の椅子に駆け寄る。
その声に御倉崎の目がうっすらと開く。
「? 」
「まさか、由梨亜に戦わせる気? あの娘には、無理よ。怪物と戦った経験がないんでしょう? 」
「……他に方法はない。私という人格は、長時間、この体を支配することはできない。仮に戦いの最中に、人格交代が起これば、致命的なミスや傷を負う可能性が高い。それに……私の意識を由梨亜は読めないが、私は由梨亜の意識を読むことができる。状況をスムーズに引き継ぐことができる。その意味でも、現状では、由梨亜が前面に立って戦うしかないと思う……。一番ベストなのは、変身せずに済ますことだな。」
 榛名の前で、御倉崎は再び目を閉じた。
榛名と金剛、そして佐々木会長が見守る中、由梨亜への人格交代が起こる。
「怖いくらい……冷静なのね。自分のことなのに……。」
 榛名は、独り言をつぶやきながら、ふと思う。
御倉崎由梨亜の本当の人格は、一体どっちなのだろう。過去の記憶を引きずり憎悪の炎を燃やす、御倉崎か? それとも過去の辛い記憶をなくし、再び人生をやり直そうとする普通の女子高校生の由梨亜か?
そして、多重人格という問題が今後どのような事態を招くのか、今はまだ、誰にもわからない。
榛名は、腰に手を当てて、由梨亜の目覚めを待った。

 レイモンド少将は、パワーズ大佐とともに、アメリカから涼月市へ向け連絡機で飛行していた。
「しかし驚きました。北米方面司令部は、こんな重大機密の含まれたサンプルをどうしてこうも簡単に手放してしまったのでしょうか? 」
 パワーズ大佐は、「『アインⅡ』調査報告書(中間報告)」とタイトルされた文書を繰り返し読みながら、驚いている。
「危険だと判断したのだよ。」
「はあ? しかし、この報告書によれば、『アインⅡ』に繋がった動力ケーブルは、一見、切断されているように見えるが、エネルギー供給は依然として続いているとなっています。つまり、ケーブルの向こう側は別の世界に繋がったままだということです。ということは、この現象を解明できれば、我々人類にとって大きなメリットに繋がるはずです。うわさの『オプションZ』、次元を閉め切るという次元シールドとか、次元バリアの実現も夢ではなくなると思います。これは、是が非でも、こちらで引き取って研究を続けるべきですよ。そうすれば……」
「落ち着きたまえ。」
パワーズ大佐の興奮を手で制して、レイモンド少将は、言葉を選ぶかのように、静かに語りだした。
「例のサンプルは、諸刃の剣なのだ。次元の向こうに侵略する意思を持った知的存在がいて、こちらへの出入り口を探している時、サンプルは灯台の役割を果たすのではないか? アームストロング大佐の話では、国家安全保障会議でその可能性が指摘されたということだ。その一方で、モントークでは、繰り返し侵攻事件が続いていた。サンプルの存在とは関係なしに、ね。
そのため、北米方面司令部は、ノーフォーク事件で試作し、行方不明となった『オプションZ』の試作品が影響しているのではないかと推定した。護衛駆逐艦DEー173をテレポートさせた、例の試作品だ。それが向こうの次元にいる知的存在の手に渡り、侵攻の足がかりにされているのではないかと考えたわけだ。司令部は、モントークに残されていた関連部品の残骸をすべて撤去して、ハワイ島の火山のマグマの中へ投棄した。結果は……」
レイモンド少将は、言葉を一旦区切り、目の前で親指を立てる。
「ビンゴだった。次元センサーの反応も完全に消え、『アインⅡ』の侵攻も完全になくなった。北米方面司令部は、この結果を踏まえて、サンプルを処分するよう指示を出した。そして、他の次元世界と繋がっている可能性が高い動力ケーブルと関連パーツは、すぐに取り外されてハワイのマグマの中に投棄された。ここまでは確実に実施されたと、アームストロング大佐が断言してくれた。
問題は、その他の部品だ。司令部は、それらも含めて、早急に処分するよう命令していたのだが、調査にあたっていたアリソン社は、パーツの一部に日本企業を推察させる情報があるとして、調査の継続を訴えたのだ。このため、司令部も油断したのだろう。アメリカ国外で対応することを条件に処分の延期を認めたのだ。」
「それでー、日本にそれらのサンプルが渡ってしまったのですね。」
「ああ。」
 パワーズ大佐の確認に相槌を打ちながら、レイモンド少将は続ける。
「アームストロング大佐も驚いていたよ。もし仮に、何ら次元を越えたエネルギーなどの繋がりがなくても、空間を飛び越える目印になるのだとしたら、モントークで回収された他の「アイン」の残骸でも同様のことが起こる可能性があると。」
「では、サンプルは処分してしまうのですか。そんな、もったいない。」
「おいおい。侵攻してくる意思を持った知的存在の正体は、まったく不明だ。その戦力や科学力、そしてその目的も含めて。そのような未知の敵と、今、正面から事を起こすことは、あまりにも危険すぎる。サンプルの持つ価値とは引き合わない。」
 レイモンド少将は、窓の外へ視線を向ける。そこには、編隊を組んで飛ぶ2機の大型輸送機の姿があった。
「敵に橋頭堡を確保されたら終りだ。間に合えばいいのだがな。」


9ー(8)アインⅢvs蒼龍&フライア


 ブオォォォォッ。
三塚の搭乗する機動歩兵2号機のミニガンが吠え、七・六二ミリ弾の雨が「アインⅡ」の仲間と思しき怪物に降り注ぐ。
怪物の正面、弾幕が降り注ぐ部分を中心に赤い波紋のような膜が次々と広がっては消え、広がっては消えを繰り返す。しかし、怪物の方はまったくダメージを受けているようには感じられない。
カチッ。カチッ。
「みにがん、弾切レデス。」
音声ガイドの指摘を受け、三塚はあせる。予備弾倉は、腰部に装着されているが、交換の時間はない。
「日高一尉! 弾切れですっ! 援護してください。」
三塚は倉庫の影に引き下がると、インカムに叫ぶ。
ブオォォッ。ブオォォッ。
 三塚の声に応えて、反対側にいる日高の7号機のミニガンが吠え始めた。
 日高は射撃の間合いを縫って、円盤状のものを怪物の足元へスイングして放り込む。円盤状のものは、機動歩兵用に特別に製作された投擲型時限地雷だ。日高の投げた投擲型時限地雷は、倉庫の床を滑るように怪物の三叉の足と足の間に入り込み、キャタピラのひとつがそれをガキッと受け止めた。
「くたばりやがれっ! 」
 普段の日高であれば口にしない悪態が、三塚のインカムに届く。
 ドオーン!
 怪物の足元から上へ爆風と衝撃が走り、怪物の上半身が前に倒れる。
 ガシャーッ
 地雷は、怪物の3本ある足のうちの1本を粉砕し、怪物の行動能力を奪うことに成功したようだ。
「やったっ! 」
 三塚が空になった弾倉を放り出し、予備弾倉を手にしたまま、怪物の様子をうかがう。
 ギギギッ。ギーッ。
 鎌状の腕で怪物が起き上がろうともがく。
「ひっ。」
 三塚はあわてて倉庫の影へ下がると、すかさず予備弾倉をセットする。
「三塚!援護しろっ! 」
 日高一尉の声がインカムから流れる。
「り、了解っ! 」
 三塚の2号機は、援護射撃を始める。七・六二ミリ弾の雨が今度は怪物の頭部をえぐり、貫通し破孔を開けていく。背部にあったアンテナがちぎれ飛ぶ。
 その間に、日高の7号機は、ミニガンを放り投げ、怪物に向かって突進していく。
「一尉! まだ動いてます。危険ですっ! 」
 三塚の上ずった声がインカムから流れるが、日高は突進を止めない。怪物は片腕で上半身を引き起こし、触覚のようなビーム砲を突進してくる日高へ向けようとする。
「や、やば……」
 三塚は、ビーム砲の発射を阻止するため、ミニガンの弾雨をそこへシフトさせる。弾雨が触覚に命中する刹那、再び赤い波紋が展開され始める。
 日高の7号機がジャンプした。と、それと同時に怪物の触覚からまばゆいばかりの光線が伸びる。7号機の両足の間を光線が走り抜ける。トリッキーなジャンプでもしていなければ、確実に7号機の胴体の真ん中を射抜いていたはずだ。
 日高の7号機は、そのまま両腕を組んで、ブーストパンチのロケットブースターを噴射する。
 ドオオーン。
 大音量とともに7号機の機体が持ち上がる。
「あ……飛んだ……。」
 三塚が呆然と見詰める前で、7号機は、怪物の頭上から覆いかぶさる。そこで、三塚は初めて相手の大きさを再確認した。
「で、でかい……。」
 怪物の頭部は、機動歩兵の半分ほどの大きさで、全体のサイズは3倍近かったのである。呆然としている三塚の2号機に怪物の右手が伸びてきて、鎌状の腕が振るわれる。
 ガキィーッ。
「うわあっ。」
 2号機のミニガンを持った右腕が吹き飛ぶ。三塚の右腕は、そこからスッポリ抜け落ちて無事だったものの、三塚はショックで後ろにひっくり返った。そこをまばゆい光線が走りぬける。
「三塚っ! こいつっ! 」
 日高は、怪物の頭部にしがみつきながら、ビームを放つ触角の根本を渾身の力でへし折りにかかる。
 ベキベキッ。
 触覚をあらぬ方向へ捻じ曲げるが、なかなか折れない。
「くっ。なら、こうだっ! 」
 日高は、2本の触覚の先端近くを掴み、百八十度折り曲げる。その時だ。音声ガイドの警告とともに、倉庫の床面に映る影の動きが日高の目に入る。
「警告! 後方ヨリ、第2ノ敵接近。」
日高は、咄嗟に怪物の頭部から前の床面にすべり降りる。7号機の通信アンテナがへし折られ、怪物の鎌状の腕が日高のいた付近の空間を水平になぎ払って通り過ぎる。
懸命に体勢を立て直し、敵と対峙した日高は、そこに最悪の事態を目の当たりにすることとなった。
日高の7号機の前、大破し、床を這い蹲る怪物の後ろにもう一機の怪物がそびえ立ち、さらにその後ろからもう一1機の怪物が次元ポケットの黒い染みの中を抜けて出てくるところだったのである。
「うそだろ……おい……。」

「行きます。もうこれ以上は、日高さんたちでは、手に負えません。」
 由梨亜は、立ち上がると、左手首の腕時計を右手で強く握り締めた。
 右手を離すと同時に、時計は、黒い液状となって由梨亜の全身を覆いはじめる。と同時に、金色のオーラが輝く中で、フライアへの変身が始まる。
 金剛と榛名、そして佐々木会長が見届けることができたのは、栗色の髪が金色に変わり、甲冑のようなプロテクターが肩から胸に装着されるところまでであった。
 変身途上で、フライアの姿は、かき消すように消え去る。
 榛名は、胸騒ぎを感じながらも、それを黙って見送るしかなかった。

 ドカーン。
 大破した怪物の2本のビーム砲は、日高が捻じ曲げたため、自らの頭部を撃ち抜いて大爆発を起こした。頭部の装甲板の繫ぎ目が裂けて、火柱が噴出す。
 その爆発の瞬間を生かして、日高の7号機は倉庫の外へと懸命に脱出を図るが、その足をもう一機の怪物の鎌が払って、転倒させる。
「! 」
 振り向いた日高の前に怪物の巨大な目玉のような頭部が迫る。頭部の触覚が光る。
 おしまいか……。
日高が、ぎゅっと目を閉じると同時に、落雷のような轟音と閃光が地響きとともに通り抜ける。
バリバリバリッ。ゴゴゴゴゴゴッ。
しかし、それだけだ。日高の身には何も起こらない。恐る恐る目を開けた日高の前に、金色のオーラーに包まれたフライアが立っていた。
「ふ、フライア……。」
 日高のつぶやきが聞こえたのか、フライアが肩越しに振り返る。日高と目があったと同時に、その白い頬が少しはにかんだようにポッと染まったように見える。
 ブウーン。
 空気を切り裂いて、今度は、2機目の怪物の鎌状の腕が横殴りにフライアに襲い掛かる。
「あぶないっ。」
 日高は、咄嗟にフライアの腰を掴むと機動歩兵で抱きかかえ、怪物の足元へ転がりこむ。そこは、怪物の攻撃の死角になると判断したからだ。
 バシッ!
怪物の振るった鎌が、金色のバリアを激しく叩いて弾かれる。しかし、その衝撃だけは、フライアや日高の機動歩兵にも伝わってくる。おそらく、そのまま受け止めていたら、倉庫の壁まで吹き飛ばされていたことだろう。
「だいじょうぶか? 」
 日高の呼びかけに、フライアはこっくりうなずく。そのスムーズで素直な反応に、却って日高の方が戸惑ってしまう。
 フライアは、機動歩兵の腕をほどくと、ティアラから黒い光を放った。発射の瞬間、あたりが完全に真っ暗になる。すべての光が輝きを失い、漆黒の闇に包まれているにも関わらず、直撃を受けた怪物の姿だけが闇の中に浮かび上がる。
フライアのティアラから伸びる黒い光は、次の瞬間、まばゆい光の柱に変わり、怪物を空中に押し上げていく。
 光の柱は、怪物の体を貫くというよりも、怪物の体を巻き込んで、上空へと伸びてゆく。頑丈そうな装甲をしているはずのマシーンの怪物は、ぐシャグシャと柔らかい紙のように握りつぶされ、光に巻き込まれて消えていく。怪物が消え、光の柱は、倉庫の天井をもぶち抜いて、今度は倉庫のトタン屋根や鉄骨を引きちぎり吸い込んで、月夜の空に真っ黒い穴を穿ってしまった。
 ヒュウウウウウ…………ゴーッ。
 風が渦巻いて、小規模の竜巻が発生する。竜巻の中心部で、フライアの金色のバリアに守られている機動歩兵はそれほどでもないが、そばにいた、最後の一体となった怪物は、吹き荒れる突風に翻弄され、身動きがとれなくなる。
やがて、三叉の足の先についたキャタピラが浮き上がり、怪物は倉庫の中を吹き荒れる突風に巻き込まれて、倉庫の壁に叩きつけられた。
「よしっ。」
 日高は、すかさず怪物に肉薄攻撃をかけようと、両腕のスピアを展伸する。
 その腕をフライアが掴み、押しとどめる。
「え? 」
 ぶぅぅぅん。
低い振動音とともに、フライアの側に巨大な漆黒のシルエットが出現する。
「な……。」
 日高は、フライアが持ち出した巨大な異形の武器に目を見張った。一体どこから持ち出したものかわからないが、全長三メートルを越すそれは、おそらく銃器のような武器と推察された。銃床部分は、倉庫の床面に3本の脚を展開して固定されていく。
フライアは、その向きを倉庫の壁にめり込んで身動きがとれない怪物にゆっくりと合わせる。やがて、先端部分が周囲にバチバチと放電しながら、花びらのように開花していく。それと同時に、周囲の空気がビリビリと震える。
「お……おい。だいじょうぶ……か? 」
 日高は、ついさっき、フライアのティアラから放たれた光線兵器のすさまじい威力を目の当たりにしている。大気圏をぶち抜いた黒いビームの有効射程は、たぶん衛星軌道まで到達していたはずだ。この武器がどんなものか知らないが、どうも、それ以上の破壊力と有効射程を持つことは確実だろう。
 それを、フライアは地上の敵に向けて撃とうとしている!
「まて……っ。撃つなっ! 」
 ガコッ。ボッ!
 怪物の頭部が分離して飛ぶのと、日高がフライアの肩から銃の向きを空へ反らすのと、そしてフライアが発射ボタンを押すのがほとんど同時となった。銃から発射された青白いビームが、胴体から分離して飛び立った怪物の頭部をかすめる。かすっただけのはずだが、怪物の頭部は瞬時に消滅し、爆風が巻き起こる。ビームは、光の矢となって、瞬時に倉庫の壁を直径五メートルほど蒸発させ、涼月市の夜空を横切って、市街地を囲んでそびえる山の一角に吸い込まれていった。
巨大なキノコ雲のような爆煙が静かに吹き上がる。
ド……ドゴオオオォォォォォーン。
その様子から少し遅れて、遠雷のような爆発音と衝撃波が響いてくる。
「……」
日高とフライアが見守る中、月明かりの下で、舞い上がった爆煙が、風に吹き払われていく。やがて、青白い月明かりの下、ビームの直撃を受けた山が姿を現した。緑あふれていた山肌はごっそり抉り取られ、そこには、白っぽい巨大なクレーターが出現していた。クレーターの直径は、おそらく2キロはあるだろう。
フライアの持ち出した武器が、もう数センチ下を向いて発射されていたら、涼月市東部の住宅街は消滅し、数万人の人命が失われただろうことは、確実だった。
 日高の顔にどっと汗が噴きだす。
そばにいるフライアも固まったままだ。その顔は蒼くなり、クレーターを見つめ、銃から伸びるコードの先端についたトリガーを握ったままだ。
 日高は、機動歩兵の両腕の連動ボタンをオフにして、両腕を引き抜くと、キャノピーを開いて、機動歩兵から降りる。フライアの手をそっと握って銃のトリガーから手を引きはがす。
強張った手の様子が、白いグローブ越しによくわかる。まるで、銃を初めて撃った新米兵のようである。トリガーから指を文字通り引き剥がした、そのとたん、巨大なビーム兵器は、スッと消えてしまった。
「終りだ……。お疲れさん。」
 日高の声にフライアがビクッと反応し、日高の顔を見る。
その瞳は何か言いたそうに揺れ動き、土気色になった唇が微かに震えている。
 日高はフライアの暴走に一時、怒りかけたものの、その様子を見て必要がないことを理解した。
「……気にするな。とりあえず、なんでもなかったわけだから……。」
 日高が諭すようにかけた声に、フライアがへなへなと崩れかけ、日高はあわててフライアを抱きかかえる。
 腕の中で震えているフライアの感触に、日高はこれまでに感じたことのないか弱さを感じとり、愛おしさとともに愕然とした思いでいっぱいになった。
 思わず、腕の中のフライアを強く抱きしめてしまう。
フライアが変わった?
化け物のような次元超越獣との戦いに一歩も引かず渡り合い、どんな攻撃にも、冷静に自信を持って対応し、怪物たちを倒してきたはずのフライアが……・、弱くなった?
一体、何が起こったというのか?何がフライアを弱くしてしまったのか?
「ふ、フライア……。だいじょうぶか? 」
日高の胸から顔をあげ、目線を逸らしたまま、フライアがコクンとうなずく。どうやら少しは落ち着いたらしい。
 ふと、視線に気付くと、ひっくり返った機動歩兵2号機のキャノピーが開き、中から這い出した三塚が、ポカンと日高たちの方を見ていた。

 


9ー(9)ブラックベア参戦


「み、三塚。無事だったか……。」
 日高の呼びかけに、三塚は首を縦にふるだけである。
 フライアは、三塚が見ていることに気付き、遠慮がちに日高から離れて、「アインⅡ」のサンプルが入ったコンテナに近づく。
手の平を当て、くるっと手のひらを回転させる。すると、コンテナがパッと消えてしまった。まるで手品である。
 次に、あたりに散らばった、先ほどまで戦っていた怪物の残骸も同様に消していく。
「あ……、ちょっと待ってくれ。」
 日高は、フライアが貴重なサンプルを処分してしまっているのに気付き、あわてて止めようとした。
 しかし、フライアは、振り返ると日高に近づくなと制し、首を横にふると処分を続ける。日高たちは、それを黙って見守るしかない。
 やがて、倉庫前に移動指揮車やトレーラーに積まれた増援部隊が到着した喧騒が響きはじめた。
 日高と三塚のヘルメットのインカムが鳴る。
「こちら、移動指揮車アルファ2。状況知らせ。」
 三塚が慌てて反応する。
「こぉ、こちら機動歩兵2号。じょ、状況終了。怪物は全機撃滅しました……。」
 三塚の応答する様子を見守る日高に、三塚が後ろを見ろと、指差して合図を送る。
「ん? 」
 日高が振り返ると、そこには、背中から銀色の羽を広げて少しずつ浮き上がるフライアの姿があった。
日高と目線が合うと、手をふりながら空へ飛び立っていく。
 日高は、それに対して、つい敬礼で応えてしまう。フライアがくすっと笑ったように見えたのだが、その姿はすぐに消えて見えなくなってしまった。
「なんだが……前よりずっとかわいくなってきたような……。」

ダイヤモンド・デルタ重工の北斗工場が、次元超越獣に襲撃され、国内唯一の機動歩兵の生産ラインを破壊されたことは、対次元変動対応部隊の機動歩兵戦隊の稼働率の維持に大きな影響を及ぼした。
大破した2号機は修理のため使えなくなり、7号機も通信アンテナの小修繕と再整備に入ることとなった。
また、理論的に可能性がなくなったとはいえ、しばらく工場の警備を続けることも求められたため、対次元変動対応部隊の機動歩兵戦隊はアラート任務も維持できなくなりつつあった。各地の国防軍基地から、27式機動歩兵「剛龍」の部隊を抽出して当てることができたのは、一週間後のことだった。
 
「あれが、アリソン社の『ブラック・ベアⅡ』ですか……。名前からするともっと分厚い装甲で覆われたクマのような格好かと思っていましたが、意外と細身ですな。」
 金城副司令は、その黒い巨体を見下ろしながら、感想を述べる。
「レイモンド少将が、北米方面司令部と掛け合って調達してきた虎の子だ。どれ、迎えに行くか。」
 霧山司令が、格納庫へのタラップを降りていく。
 その間に、「ブラック・ベアⅡ」の背中の部分がパックリと開き、中から、黒いパイロットスーツをつけた搭乗員が降りてくる。
 その様子を横目で見ながら、金城副司令は、ぼそりとつぶやく。
「どうやら、まともな兵器のようだな。」
「心配ない。今度は、ちゃんと人が乗ってる。」
「ーーようですな。」
先にタラップを降りる霧山司令が、立ち止まる。
「例の『シルバー・イーグル』とは違う。システムFを使った信頼性のあるコンバット・パワードスーツ(CPS)だ。」
 下では、レイモンド司令の前に、二人のパイロットが整列し、霧山司令と金城副司令を待っていた。
「紹介しよう。フリードマン大尉とマルクス少尉だ。二人とも、『モントーク事件』で『アインⅡ』と交戦した実績を持っている優秀なパイロットだ。この二人と整備チームで、貴部隊の対次元超越獣戦闘任務の一部をサポートすることになる。よろしく頼む。」
「たいへん心強い援軍です。心より感謝します。」
 レイモンド少将の紹介に霧山司令が、謝辞を述べる。
「閣下。この基地にODM何度も戦った歴戦のパイロットがいると聞きましたが? 」
 フリードマン大尉が質問する。
 レイモンド少将が困ったような顔で、霧山司令の方を見る。
「ああ。日高一尉のことだな。彼は、今日は非番だ。機会を見て紹介するとしよう。」

 

(第9話完)