◆生ギターは,古い楽器を使ったほうが得策です。
―ギターをやっている人が突然バンジョーができるでしょうか。
「ギター弾いている人だったら練習すればできるでしょう。ただし、チューニングは違うんだけどね。ようするに、弦楽器と言うのは、ピアノや管楽器などと違って決まった調弦でなくてもいい。どうにでもチューニングができる。アメリカにはバンジョーのスタンダード・チューニングと言われるものだけで25種類くらいあるんですよ。だから、アメリカではギターも日本みたいにチューニングが決まったものじゃなくて、自分なりにどんどん変えてしまう。弦楽器はそういうことが出来る楽器だからね。日本はどちらかというと決まった通りだけど、頭が柔らかい向こうの人は違う。僕もそれに気づいたのは20代後半くらいからで、アメリカの人はけっこうチューニングを違えて弾いている人がいますよ。それからバンジョーには大きく分けて、5弦バンジョー、テナー・バンジョー、そしてプレクトラム・バンジョーと3つあるんですよ。僕が弾いているのはプレクトラム・バンジョー。プレクトラム・バンジョーのチューニングが一番ギターに似てるのです」
―3つのバンジョーのうちで日本で一般的に知られているのはどれですか?
「日本では5弦バンジョーが一番よく知られている。ブルーグラスで弾かれるのが5弦バンジョーだからね。楽器屋でも5弦バンジョーならたいてい売っている。4弦バンジョー(プレクトラム・バンジョー)は売ってない。でも、トラディショナル・ジャズは4弦バンジョーなの。今はインターネットでアメリカからいいバンジョーがいくらでも手に入るけど、昔はいい楽器が無かったので、それで自分で作るほうに行っちゃったわけよ。ギターはそれまでも修理などは自分でやってたんだけど、それじゃあ飽き足りなくなって、自分がいい楽器を持ちたいし、ギターも本格的に作りたいなと思ってね、そこで、フラット・マンドリンを専門に作っている方のところへ行ったのがはじまり。今はその人の工場を借りて作っていて、もう15年ほどになるかな」
―ここにあるギターも阿部さんが作られたものなんですか。
「エレキも自分で作った物ですよ。でも、生の楽器はやっぱり昔の本物のビンテージにはかなわない。現在作られたものは昔のに較べると音色などが及ばない。それは時間のせいもあるから、僕が作った生の楽器も今から100年くらい経てば、いい楽器になってるかもしれないけど」
―時間が経つとよくなるのですね。
「ある程度ちゃんと作られた楽器はそうだよね。何故よくなるかというと、使いこなした楽器は、時間と共に分子構造がよく鳴る様に変わるんだね。木のなかに含まれている水分が出たり入ったりするわけで、それが年数と共に安定してくる。そうすると分子構造が響きが共振しやすい状態になると言うことかな。でも、そんな風に安定するのには50年くらいはかかる。もちろん職人の腕は重要ですよ。基本的にはちゃんと作られているものじゃないとダメ」
―生ギターを1本作るのにはどれくらいの時間がかかるのですか?
「集中して作れば2ヶ月くらいだね。ただ、楽器と言うのはある程度の段階が来たら、置いておかなきゃならない。接着剤が乾く時間や塗料が乾く時間、そして木の物は削るからね。そうすると湿度などの関係で変形してくる。そのため、しばらく置いておいてからまた変形分を削り取るという作業になる。そんな風に、ギター製作には置いておく時間が必要なんですよ。作業している時間だけなら延べ約1週間で出来ますよ」
―阿部さんは演奏だけでなく、楽器を作るのもとても好きなんですね。
「作ったものから音が出るというのがいいよね。だからギター以外の弦楽器も作りますよ。基礎は同じだから。でも楽器によって作るノウハウがあるんですよ。クラシックギターならクラシックギターの、フォークギターならフォークギターの、エレキギターならエレキギターのノウハウがね。専門の人達はそのノウハウを駆使して作っている。だから専門以外のものを作ると、外見はいいんだけども、音がちょっとね。1ミリ削るか削らないかで音が違ったりするわけ。それから、どんな材料を選ぶかと言う目利きもあるしね」
―料理の世界と同じですね。
「そう、同じだね。どういう材料を使ってどういう風に組み合わせるか、どういう音にするかと言う世界だよね。でも、木は見ただけじゃなかなかわからない。マグロと同じくらいわからない(笑)。マグロは食べてみたらわかるけど、木は楽器になってちゃんと音が出るまで時間がかかるからね」
―普段お弾きになっているギターも全部、自分で作られたものを使用されているのですか。
「バンジョーに関しては自分で作ったものだね。バンジョーはあんまり古いものは逆に使いづらいから。でも、ギターは手を入れれば200〜300年くらいもつものなので、僕がトラディショナル・ジャズを演奏する時に一番使っているのは、アメリカ製の今から80年くらい前に作られた6弦ギター。これが今のところ一番鳴りがいい。昔のアコースティックのギターがなんでいいかというと、いい木がふんだんにあった時代にいいところの材料を使って作っているから。だから同じレベルのものを今作ろうと思ったら、材料だけでものすごく高くかかってしまう。そういう理由もあって、生ギターは古い楽器を使ったほうが得策で、昔のいい木を使っているギターを買って、それを修理して使ったほうがいい音がするわけです」
―そういう昔の生ギターはいくらくらいするのですか。
「作られた年代や状態によって相場があって、だいたい5、600ドルから50,000ドルくらいだね。今僕が使っているのは3,500ドルだった。1928年製のギブソンL―5。これは買った時はもう、ボロボロで。中はゴキブリの巣で、ケースもボロボロだった。でも自分で全部直しちゃったから、中身はもう新品だよ。ギターの裏蓋を開けて全部バラバラにして、元はボディとネックの一部だけ残して、実際1台作るくらいの作業をするわけ。材料の木と裏板とトップの削り方がすごくいいんでね。音はボディで決まる。この年代のL―5を僕は3台持っていて、どれも同じように作られているんだけど、みんな音が違っている。それを使い分けているわけです」
―貴重なギターなんですね。
「若い人にはなかなか価値はわからないだろうけど、これはいい音してるんですよ。音もでかいし。トラディショナル・ジャズでは、このギターでリズムを弾くんです。当時は、フル・バンドのなかのリズム・セクションでギターを弾くから、パワーのある音の楽器を作らないといけなかった。そこで、こういうギターができたわけなんだね。ヴァイオリン属の構造を真似したものです。トップに使う材料もチェロに使っている材料を使っていることから、これはチェロギターとも呼ばれているの。だから、ヴァイオリンやチェロと同じエフ穴があるでしょ。最初に作ったのはロイド・ロアーという人で、彼が1922年に初めて作ったエフ穴ギターが、このL―5なんですよ。つまり生で鳴らすエフ穴カーブドトップギターの1号機というわけです。それから何十年も経っているけれども、これを越えるカーブドトップギターはまだ出てないですね。(註:だんだんとこのようなギターへのニーズが少なくなっていった背景がある)」
―カーブドトップギターってなんですか?
「生ギターにはその作り方によって、厚い木を削って中も削ったカーブドトップギターと、1枚の合板をプレスでググッと曲げたアーチドトップギターの2種類があるんだけど、高級品というのは手でカーブを付けたこのカーブドトップギター。ヴァイオリンやチェロでも安い物はアーチドトップですね。水に漬けた板をプレス機でだーっとカーブをつけているアーチドトップは、最初からある程度は鳴るけど、時間が経過しても音はあんまり変わらない。それに較べて手で厚い板を削ってカーブをつけているカーブドトップは、時間の経過によって鳴りがどんどん変わっていくのです。それから、もう一つ最近作った7弦ギターというのもあります。このギターは生でも使えるんだけど、エレキにしたほうが面白いの。アンプを通して弾くと、一つ弦が多いことでベースが鳴らせるんですよ。だから、コードがちゃんと確立される。ルートの音がオクターブ下がるんで、コードがちゃんと成立するわけです。でも、バンドでやる場合は普通ベースがいるからね。独奏の時は、ベースがいる様に出来るわけ。アメリカでは、このような7弦ギターは多いけれども、日本ではまだ7弦を弾ける人はあまりいないんですよ」
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