六月のカレンダー小説

アジサイ戦隊! ハイドレンジャー

「まちの平和を守るため……!」
「悪いやつらと戦うために! 結成された僕らの戦隊……!」
「アジサイ戦隊、ハイドレンジャー!」
「やや! 見ろ、河川敷の芝生広場で純白の制服ブラウスを着た女の子が今にも暴漢に襲われようとしているぞォ! 最近の怪物どもは、普通の人間の姿を装って狼藉を働くことが多いから、あれはきっと怪人だァ!」
「怪人だァ!」
「よーし、おれたちハイドレンジャー四人の力を合わせて、あの、いかにも普通っぽいエプロン男をやっつけるぞ!」
「うおおお!」
 僕らは強く、地面を蹴った。


 これは誰にも秘密のことなのだが、僕は三日前、アジサイ戦隊ハイドレンジャーの一員となった。なお、ハイドレンジャーという名の由来は、アジサイの学名ハイドランジアに因んだものであるらしい。隠れるを意味するハイドという英単語や、某有名ロックミュージシャンとは一切関係ないことは言うまでもない。
 ハイドレンジャーは四人組であり、それぞれが着ている服の色――全身タイツと雑なつくりのマスクの色――が違う。
 リーダーのホワイトは長身の男で、自称ミナヅキーニという名の自称ミュージシャンであるが、マスクの下の顔つきは、とても外国籍には見えない。グリーンがホームレスの五郎さん。四十代の岩二郎さんはパープルを装着しているが、ここらへんの名前など記憶する価値も無いだろう。それぞれを呼ぶ時も、色でしか呼ばないし。
 そもそも、覆面戦士の本名など知る必要がないのだ。だから、ブルーを身に纏う僕の名に関しても、彼らと同様、記憶する価値など皆無なので、名乗ったりはしない。
 ハイドレンジャーは、つい三日前に結成された正義の組織である。男だらけのカルテットであり、何故レンジャーなのに四人組なのかと問われれば、それしか集まらなかったから、と返すほかない。
 つまり、『治安の悪化した六月の町を守るため、アジサイの精霊が人間にのりうつってハイドレンジャーとなった!』という設定を守りつつ、市街地をパトロールするだけの簡単なお仕事。全身ぴっちりしたタイツ姿で放課後の街を練り歩くのだ。
 電柱の貼り紙に『急募! 高額アルバイト!』と書かれているのを見た僕が、その時給千円という超高額バイト代に惹かれ、慌てて携帯を取り出したのが一週間前のこと。今では大いに後悔している。こんなはずじゃなかった。
 この格好、相当恥ずかしいのだ。手の五本指から爪先までぴったりフィットのタイツは首を覆うくらいまで布があり、ほぼ全身を包んでいる。せめて素敵な胸当てでも用意していただきたいものであるが、そんなものは無い。
 タイツをぴっちり装着した後は、ダサダサのマスクで顔を覆う。このマスクはちょうど目の辺りが黒い遮光フィルムになっていて、フィルムの縁が子供の書いた雲の絵みたいに不規則にふわふわとふくらんでいる。アジサイのシルエットをかたどったものらしいのだが、一発でそれと気付くのは難しいほどにクオリティが低いというか、何というか……。
 そんでもって、この衣装、ワキに汗かくと濡れが目立つし、腰に装着するポシェットが輝く黄金なのも悪い目立ち方をしている気しかしない。
 さらに、である。そんな不審な格好をした僕らがやってることといったら、たいていが迷惑行為でしかない。
 たとえば、万引き常習犯が現れる本屋で見張りをしているつもりが、衣装が変に人目を惹きつけてしまったがために万引き犯の手助けをする結果となったり。
 野良猫を捕まえて飼いもしないのに黄金の首輪をつけてみたり。
 犬の鳴き声がやかましいという苦情に対応しに行けば、派手な衣装に怯えた犬が必要以上に吠えまくり、激しい遠吠えラッシュを誘発してみたり。
 賢者っぽいコスプレの女性を魔女呼ばわりして戦おうと構えたところ逃げられたり。
 無銭飲食の取り締まりという名目で喫茶店に入り浸ってみれば、やはり落ち着けない衣装が問題なのか客が寄り付かなくなり営業妨害。その上、自分たちが勘定を払わずに出てみたり。
 コンビニに行っただけなのに集団強盗と間違われて悲鳴を上げられてみたり。
 神社で買った本の形をしたお守りを「これを持っていればいざという時ハイドレンジャーが駆けつけるぞ」などと嘘を言って、あろうことか子供相手に高額で転売してみたり。
 ベンチで寝ている人がいれば毛布と羽毛布団をかけてあげたり。
 ハトの群れに集団スライディングタックルを仕掛けてみたり。
 まさに傍若無人の振る舞い!
 簡単に言ってしまえば、我らがハイドレンジャーは、反面教師としての活躍ぶりが目に余るといったところ。
 果たして、こんな活動で高額のバイト代を頂戴して良いものか、大変不安になる。かといって、当然もらわないわけにもいかず、今日も給料が入った封筒を受け取り、多少の苦言を呈され、ペコペコ頭を下げる。カラフルヒーローコスチュームの四人が横に並んでペコペコする光景は、果たして純真な子供たちに目撃されて良いものなのかどうか。
 アジサイが大量に植えられた公園。そこが、僕らの本拠地である。普通に公園として機能しており、子供や野犬や野良猫が駆け回ったりしている。僕らは、その公園の隅に常設されたテント――運動会とかでよく見るタイプの白いテント――で指令や給料を受け取り、公衆トイレを更衣室として利用している。
 葉巻の男のお叱りを受けた後、全身タイツを公衆トイレで脱ぐのだ。そして、脱いだ衣装を近くのコインランドリーで洗濯してから帰途につくのであるが、昨日は、指令を出す男によるお叱りが、いつもより少しだけ多かった。
「君たちには、何かが足りない」
 葉巻片手にそう言ったのは、僕らの活動を取り仕切っている男である。いつもテント内の椅子に座り、葉巻をふかしている横幅の広い男。大半が脂肪であり、火をつけたらわりと良く燃えそうだと思う。
「もしも、明日までに足りない何かが見つからねば、ハイドレンジャーは解散として、衣装とバイト代も返却してもらう」
 結成間もなくの解散とダサい衣装の返却はともかくとして、高額バイト代も返却などということは、到底受け入れられるものではない。すでに使い込んでしまったし。
 というわけで、僕ら四人に課せられた本日の任務。それは、自分達に足りない何かを探すことであった。
 さあ、そういったところで、エプロン男との戦いが行われる現在に時間を戻そう。


 回想している間に、ほんの少しだけ時間が経過してしまった。
 とはいえ、だだっ広い河川敷の芝生広場において変化したことと言えば、僕らカラフルなハイドレンジャーがエプロン姿の男を取り囲んだことと、女子学生のピンク色の折り畳み傘が開いたことくらいである。
 未だ雨が降り始めたばかりであり、大きな河の水かさは少しも変化してはいないように見える。
 リーダーのハイドレンジャーホワイトは、エプロン姿の男を、「女性に襲い掛かり拉致を試みた最低野郎だ」と勝手に断定したようだ。彼女いない歴がだいぶ長い彼は、女性と会話する男性を見ると嫉妬の炎を抑えきれないらしい。
「平和を乱す怪人エプロン男め! 貴様を成敗して可愛い女の子を守る!」
 ホワイト、魂の叫びである。
 冷静沈着なハイドレンジャーブルーである僕は、リーダーの尻を追いかけて走り、怪人エプロン男の近くまで行くと、「ヌゥェー!」とかいう奇声を発しながらジャンプしたり、バレエダンサーのごとく、くるくる回転したりする。あくまで冷静なので、羞恥心で青いマスクの下が真っ赤であるのは言うまでもない。
 これはもうレンジャーとかじゃなくて、悪の下っ端がこなす行為なのではないかと思う。思うが、「我々は敵のまわりを取り囲んで奇声を発しながら踊ろう」というのを提案したのがハイドレンジャーグリーンの五郎さんであることを考えれば、何ら不思議ではない。栄養不足でガリガリのホームレスである五郎さんは、下っ端生活が板についている可能性がある。
「ヌェーイ」
 グリーンの五郎さんは僕よりも年長であるので、何となく逆らえない。だから最年少である高校生の僕は、こうして雨に打たれながら踊り狂ったマネをしているわけである。
 しかし、五郎さんよりもさらに年長のパープル岩二郎さんは、さすが不惑を通過した四十代である。僕らみたいにジタバタと動き回ったりしない。ただゼェゼェと少し走っただけなのに息切れしていた。
 さすが、若干ぽっちゃりしていて乳が垂れているだけのことはある。ダイエット中とのことだが、あんな体型でよくこのフィット感満点のコスチュームを着る気になったものだと感心せざるをえない。
 長身の白が拳を握って勢いよく駆け出す。踊り狂う青の僕とガリガリの緑。ついに地面に片膝をついたポッチャリ紫。不審そうな目を向けるエプロン男。
 戦いの火蓋が、切って落とされたのである!
「なあなあ、お前たち、何者だ? お前たちみたいな奴らは、他の街にも存在しているのか?」
 エプロン男はメモ帳とペンを取り出した。
 しかしホワイトは問答無用。挨拶がわりの右フックをお見舞いした。
 もしかしたら軽率なホワイトは、「どうせ自分達に足りないものを見つけるなんて無理だし、見つけられなかったら解散だし、じゃあこのエプロンを自分達に指令を下すいけ好かない葉巻野郎のかわりにぶん殴ってやろう」とか思っていたに違いない。つまり、ヤケクソになっていたのだと僕は思う。
 吹っ飛んだ。尻餅をついた。ペンが芝の上を転がり、メモ帳が芝生を滑った。
 エプロン男は沈黙した。仰向けに倒れ、よだれをたらし、ピクピクと小刻みに震えている。エプロンした男がかわいい女性に声を掛ける事案を見事、片付けた形である。
 すねかじりで七光りのホワイトはその真っ白な手を伸ばし、女の子の肩に手を置いた。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
 ホワイトは、ハイドレンジャーのタイツを着ている時、普段よりも堂々としている。僕なんかは、この格好をしてるだけで恥ずかしくて、誰の顔もまともに直視できないというのに。
「はぁ……まぁ……」
 ピンク色の折り畳み傘を差してピンク色のブラを着けている女の子は戸惑いながらも、肩に置かれた白い手をやんわりと振り払う。
「おいおい、『助けてくれて有難うお名前は何と言うのですか』とでも問う場面ではないかな、お嬢さん」
 どうもホワイトは感謝の言葉を欲しがっているらしい。
 しかし、感謝の後、仮に名を問われても答えやしないだろう。自分から質問させといて答えないとか、人の道から外れているようにも思えるが、僕らは人間である前にアジサイ戦隊ハイドレンジャーなのである。アジサイの精霊がのりうつった四人組なのである。いくら長いこと彼女のいないホワイトとはいえ、決して、
「ふっ、ならばこちらから名乗ろう。長い髪の美しいお嬢さん。ボクはミナヅキーニ。ミュージシャンさ」
 とかブラウスの胸ポケットに名刺を差し込みながら訊かれてもいないのに名乗ってはいけないのである。
「素敵な傘だね。ボクも入れておくれよ」
 などという軽薄な発言および行動も、慎むべきなのである。
 慎むべきなのであるが、そういうことを実際にしてしまうあたりが、さすが不良レンジャーのリーダーである。どうも普段は臆病者なのに、このコスチュームに身を包むと気が大きくなるらしい。
 さて、そもそも、先刻も言ったように、顔を隠した戦士の本名など知る必要がないのだ。ブルーを身に纏う僕の名もまた記憶する価値など無いので、どういう時でも名乗ったりはしない。仲間同士で呼び合う場合も、色を言えば通じる間柄であるから、名前など必要ない。
 だいたいにして、ホワイトこと自由人ミナヅキーニはともかく、ブルーこと高校生の僕の場合、名乗るような状況になってしまっては非常に困る。僕は、このバイトをしていることを、誰にも、家族にさえ、知られたくないのだ。
「――鞠井くん?」
「ふぇあ!?」
 びっくりして、裏返った声が出てしまった。
 ええと、僕は、今、あれだよな。名前を、呼ばれたよな。そうだ。確かにピンク傘を持つ女性の方から、僕の名字がきこえてきた。ま、り、い、と言った。そういう振動が耳に届いた。
 嘘だ。だめだ。冗談だろう。そんなこと、あってはいけない。僕は今、あろうことかブルーのぴちぴちタイツを着ている状況であり、バレたら非常にまずいのである。これで、たとえば中学時代に塾で一緒だった女の子とかなら、まだいい。だが、もしクラスメイトだったりしたら、どうだ。
 目も当てられない事態である!
 僕の通う学校はアルバイト禁止で、そのことでも大変だが、それより何より恥ずかしくてたまらん。
 おそるおそる、顔を上げてみる。
 ――桃山さんだよ何だよコレ!
 クラスで一番人気の女の子!
 才色兼備の風紀委員、桃山姫花さん!
 つまり、そう。僕の目の前には、クラスメイト女子!
 ふざけんな運命!
「ち、違う。その、そんな、それ、そんな名など知らない。誰だマリーって。お、おお、女の名前だな?」
「その声、絶対そう。鞠井くんだよ。体つきも、仕草も、独特だよ」
「いやだな、誤解だよぅ」あえて低い声を出してみた。
「あ、誤魔化したってことは……」
「ノー! ノー! アイアム……アイアム、ノットジャパニーズ!」
 嘘で切り抜けようとする! 何とか必死に否定する!
「ふーん、そう」
 桃山さんはそう言うと、傘を左手に持ち替えた。これによって、長身ハイドレンジャーホワイトは再び梅雨の雨に打たれることとなった。
「まぁそれはまた後で訊くけど、何で……」桃山さんは横たわるエプロン男性を右手で指差して、「何であの男の人を殴ったの?」
「ふっ」不敵に笑った長身ホワイト。「危なかったな、君。あれは危険な男だった。君を襲い、あまつさえ拉致し、ひどいことを――」
「してないと思います」
 毅然としていた。
「これからしようと――」
「違います」
「誘拐されかけていたのでは?」
「いえ、別に……。単に、何か取材に協力して欲しいとかで、ちょっとだけ質問に答えてただけですけど」
「では、不審者というわけでは――」
「まさにあなたがたの方が、圧倒的に不審者かと思いますが」
 桃山さんは、終始不快感をあらわにしていた。
 その声は、まるで僕たちを責めるかのようなトーンであった。いや、まさに、罪のない人間を四人で囲んで暴力を振るった僕らを責めまくっているのだろうけれど。
 どう考えても暴力事件であり、こんな不祥事を起こしたとあっては、アジサイ戦隊ハイドレンジャーの存続も危ういのではなかろうか。
 そしてエプロン男がむくりと起き上がる。雨に濡れたメモ帳とペンを拾い上げ、何かを書き記している。犯人である僕たちの特徴を書き出しているのかもしれない!
「ふっ」ホワイトは笑い、そこにない前髪を払いのける仕草をして、「おい、ずらかるぞ、野郎ども!」
 ナンパ失敗を確信したのだろう。ホワイトは逃げ出した。
「ヌィー!」奇声グリーンが返事した。
「ゼェゼェ、ハァハァ。ま、待ってくれーい」息切れパープル。
 ブルーな僕も三人に続いて逃げたい、しかし、腰のあたりの布を引っ張られている!
 桃山さん! 放して、桃山さん!
 タイツ破れちゃう! 破れたら怒られちゃうし給料から引かれちゃう!
 心の中で叫んでみても、全く伝わりやしない。いや、いや、この場合、伝わっても困る。とにかく、全く思い通りになってはくれない!
「鞠井くんでしょ?」
 好奇心に満ちた声。彼女に背を向けているため顔は見えないが、きっと桃山さんはニコニコ笑っているに違いない。そういう声色だ。
「そそそ、そんなわけねぇずらよ。お、お、お嬢さんの、ことなど、おら、知らねだ!」
 口調を田舎っぽく変えて誤魔化そうとするも、
「んー? あやしい……」
 甘く囁くような声。その妖艶な声で、一体何人の男を恋の罠に落としてきたのだろう。普段の僕ならば、ドキドキして頬でも赤らめていたところだ。
 しかし、今は青い僕をさらに青くさせた。マスクの下の素顔が、全身を覆うコスチュームよりもさらに真っ青になったと言っても過言ではない!
「ち、ちがう!」
 僕が勢いよく振り返った時、桃山さんは傘を顎で支えながら、空いた左手で何やらスマホを操作していた。何事かと思い、しばしボケーっとしながら彼女のしなやかで軽やかな指の動きを眺めていたところ、視界の端で、桜色の唇が動いた。
「よし、鞠井くんに電話してみよう」
 なんという頭脳派!
 画面に落とされる親指!
 すぐさまバイブレーション!
 ブルブルと震える腰の黄金ポシェット!
「震えてない?」
 そうさ、震えてるともさ。僕の全身が。恐怖で。
 気候はむしろ蒸し暑いのにブルブルしちゃってるさ!
 ああ大変だぁ。これは大変なことになったぞ。もう何をどうすれば良いのかサッパリわからねぇ。
 もう、だめだ。このまま此処に居てはいけない。
 桃山さんは年齢性別を問わず圧倒的な人気を誇る風紀委員だ。長い髪に豊かな表情。美しさと愛嬌を兼ね備え、キレ者で気高く、そして正しいと評判だ。彼女にハイドレンジャーとしての非行の数々や、そもそもの無許可アルバイトがバレようものなら、退学や停学などの処分は避けられないと思われる!
「ちがうんだァー!!」
 僕は叫び、桃山さんの手を乱暴に振り払い、とにかく逃げた。雨に打たれながらの全力疾走である。腰のポシェットが激しく揺れまくり、中身がドバッと出て軽くなっちゃうくらいに必死だった。

  ★

 一夜が明けた。学校へ向かう足取りはとても重たかった。
 昨日、財布と携帯と学生証を紛失した。桃山さんから逃げた時に落っことした可能性が高い。というか、それ以外に考えられない。
「まずいよなぁ、たぶん、拾われてるよなぁ……」
 一人呟き、久々にすっきりと晴れた空を見上げた。
 教室に入ると、すぐに桃山さんと目が合った。高速で逸らしたものの、駆け寄って来た。どうやら逃げられないらしい。
「ちょっと来て」
 桃山さんは僕の手首をしっかりと掴み、他の人の視線など気にすることもなく、進路指導室なる場所へと連行した。
 扉をぴったりと閉め、カチリと施錠までした桃山さんは、無言で僕に三つのものを手渡した。予想通りと言うべきか、財布と携帯と学生証だった。
「落し物よ、ブルー」
 やはりバレている。当然か。しかし認めるわけにはいかない。
「えっと、桃山さん。ブルーって何のこと?」
 全力で、とぼける。
「わたしね、昨日、あんなことがあって……」
「よくわかんないな。あんなことって言うと?」
「鞠井くんが、ブルーだったこと」
「え? 昨日は学校でしか会ってないよね? 僕はそんなに落ち込んでいたかな」
「落ち込んでたっていうか、青ざめてる感じだったわね」
「何のことだかさっぱり」
 僕はウザい感じのワカリマセンジェスチャーをかました。首を傾げるだけに飽き足らず、手の平を天井に向けて肩をすくめる動きである。
 彼女は一つ、大きな溜息を吐き、
「口で言っても、わからないようね。だったら、わたしにも考えがあるわ」
 そう言うと、何と、おもむろに制服を脱ぎ始めたではないか!
「ななっ、なななな何してんの桃山さん!」
 予想外の行動に慌てふためくしかない!
 彼女が夏服ブラウスのボタンに指をかける。一つずつ外していく。僕は思わず目を覆う。指の隙間からのぞき見る。白い布が進路指導室のソファに落ちる。リボンも落ちる。そしてスカートと長いソックスも脱ぎ捨てた彼女は、「見て」と言う。
 驚いたことに、全身ピンク色だった。しかも、頭部全体を覆うマスクも装備している。
「それ……まさか……」
「そう。その、まさか」
 桃山さんの姿は、僕の見慣れたコスチューム。ハイドレンジャー専用の全身タイツであった。ぴっちりとしたタイツなので、しなやかな身体のラインが丸わかりである。とても綺麗だ。下着の部分が浮き上がっているのにも、ドキドキする。
「どうして……」
 彼女は、黄金のポシェットを腰に巻きながら、僕の質問に答える。
「だからね。街の平和を守る役目の人たちが、昨日みたいに無関係の人を巻き込んだりしちゃダメだって思ったの。わたしが入るからには、ちゃんと名実ともに平和を守る正しい集団にするのよ。いいわね、ブルー」
 ノリノリなピンクは使命感に燃えているようだった。さすが風紀委員。学校の風紀だけに飽き足らず、街の風紀も守る気らしい。
「桃山さん……」
「いいえ、今は、ピンクよ」
「ピンク……さん」
 彼女がニコっと笑ったのが、マスク越しにも何故かわかった。顔は見えないはずなのに。
「さあ、行きましょう、チャイムが鳴っちゃう」
 そして彼女は、マスクを脱いで頭を振る。乱れた長い髪を手で梳いて整え、黄金ポシェットを外し、暑いだろうにピンクタイツの上から制服を着込むと、指導室から廊下へと続く扉の方へ歩いた。
 しっかり者の彼女にしては珍しく、首もとのリボンを付け忘れていて、それに気付いて呼び止めると、顔をピンク色にして振り向いた。僕の手から素早くリボンを奪って、扉を開けようとガチャガチャやった。
「あの、鍵――」
「わかってる!」
 頬を濃い桃色に染めながら、開錠し、扉を押し開けたところで始業のチャイムが鳴り響いた。
「ほら鞠井くんがモタモタしてるから、チャイム鳴っちゃったじゃない」
「僕のせいですか?」
「いいから、走るわよ」
 教室まで競争した。二人で息を切らしてギリギリセーフで教室に入ると、クラスメイトたちは皆、びっくりした顔で僕らを見ていた。
 その日の放課後に、さっそく桃山さんと二人でパトロールに出かけた。授業中にメールで指令が来て、新人の教育を任された形であるが、僕が桃山さんに教育される画の方がしっくり来る気がする。
 ピンクとブルー。ハイドレンジャーのコスチュームに身を包み、二人で商店街を歩く。
「……だからね、もう一回説明するよ、桃山さん……じゃなかった、ピンクさん。基本的に、名乗るときはポーズを決めて、『アジサイ戦隊、ハイドレンジャー!』って叫びながら――」
「あっ!」
「え? 何? どうしたのピンクさん」
「見て、鞠井くん……じゃなかった、ブルー。あそこでウチの学校の生徒たちが買い食いをしているわ。校則違反よ。注意しに行きましょう!」
「ちょ! 待ってください、ピンクさん! 知り合いだったらどうする気ですかぁ!」
 彼女さえいれば、きっと治安は良くなるだろうと思った。


 いつもより楽しく感じたパトロールを終え、その日の給料を受け取るため、本拠地へと向かった。
 そこには、既にホワイトとパープルとグリーンが待っていた。
 紫煙舞う公園のテントで、横幅の広い男が僕ら五人に向かって言う。
「うむ、足りなかったのは、ピンクだったのだな」
 かくして、ハイドレンジャーの存続が決まった。
 僕らはこれからも、街の平和を守っていく。


 【おわり】



  感想掲示板