板橋 文夫
例えれば、超辛口の日本酒のようなもので、大吟醸のような奥深さや芳醇さが欲しいと思ったものだ
"WATARASE"
FUMIO ITABASHI(p)
1981年10月 スタジオ録音 (CORUMBIA MUSIC ENTERTAINMENT : COCB-53311)
"WATARASE"とは「渡良瀬」のことで、ほぼ全域を栃木県都賀郡藤岡町に属するという。内部の面積は33kuで山手線の内側の面積の約半分あるという(Wikipediaより)。板橋文夫は栃木県の足利生まれというから、幼少の頃、この渡良瀬遊水地のあたりで遊んだのかもしれない。
このアルバムを1982年にリリースした後、「渡良瀬一人旅」という全国ツアーを敢行、100箇所あまりのライヴハウスに足を運んだという。
購入するまで、「渡良瀬」というタイトルから日本にちなんだオリジナル集かと思っていたのだが、2曲のスタンダード(@とB)と1曲のジャズマン・オリジナルが含まれていた。
@"SOMEDAY MY PRINCE WILL COME" フリー・テンポで奏でるスタンダードは甘さを排してことのほか力強い。
A"MSUNDUZA" D. BRANDの曲とあるが、ダラー・ブランドのことだろうか?これは迫力満点。ジャケットに写る板橋の右腕は丸太のように太い。この太い腕で力任せに鍵盤を叩くものだからピアノが悲鳴を上げているようだ。この重低音は指ではなくて肘打ちではないかと思ったほど。・・・う〜ん・・・
B"I CAN'T GET STARTED" このスタンダードも甘さを排した演奏で、ブルース・フィーリングを持っている。
C"TONE" これは"トーン"ではなくて「利根」。イン・テンポになってからの左手から繰り出される力強いブロックコードが野性味を感じさせる。
D"WATARASE" 「渡良瀬」。これは板橋の幼い頃の心象風景を綴ったものかもしれない。牧歌的でありながら泥臭い。
E"MISS CANN"
F"GOOD BYE" 哀愁のあるテーマ。雰囲気が同世代のピアニスト、福井良の1976年録音盤"SCENERY"(JAZZ批評 288.)に似ている。
全編にわたって板橋の、特に左手から繰り出される一音一音は力強さが漲っている。もう少し力を抜いてもよさそうなものだと思ったりするのだが、これが板橋の「弾き」ざまなのだろう。
最初に耳にしたときそのインパクトは強烈だった。しかし、1週間にわたり繰り返し聴いているうちにそのインパクトは薄れてきて次第に食指が動かなくなってきた。通常こういうことはどんなアルバムでもあることだが、本当に感動したアルバムはなかなか色褪せることが少なく、また聴いてみたいと思わせる何かを持っている。
この豪腕ピアニストの左腕は野性味は感じさせるが濃密感や芳醇な旨味みたいなものが欠けているように思う。例えれば、超辛口の日本酒のようなもので、大吟醸のような奥深さや芳醇さが欲しいと思ったものだ。 (2008.07.07)