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『あんのこと』 | |||||
監督・脚本 入江悠 | |||||
実話を基にした作品だと最初にテロップされたが、確かに事象そのものは、コロナ禍にしても、育児放棄やDVにしても、薬物依存症の自助グループにしても、性犯罪により逮捕される警察官にしても、実際にあることだが、ディーテイルにおける潤色のありようについて、妙に腑に落ちてこないところが多々あったように思う。 多々羅刑事(佐藤二朗)が自身の醜聞を嗅ぎ付けた雑誌記者の桐野(稲垣吾郎)に向かって「記事にしようとして近づいて来たのか」と言う姿に、これが落としに長けたベテラン刑事の台詞であろうわけがないと思った。雑誌記者がそれ以外の目的で近づいてくるはずがないことを誰よりも弁えているはずだ。 チラシに記されていた「少女の壮絶な人生を綴った新聞記事」を基に描いたという実際のモデルになった少女が、かのノートに遺書を残していたのだろうか。思わぬことから養育を託された幼児をDV母に奪われた喪失感から薬物に戻り、コロナ禍によって職場も学校も失った閉塞感が自死に向かわせたかのような描き方に妙に釈然としないものが残った。 十三年前に地元で『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』がオフシアター上映された際に、懇親会で入江監督と話をしたことがあるが、非常に真面目で思慮深い人物だったような覚えがある。積み重ねる行為の持つ掛け替えなさと重みをよく自覚していることの偲ばれる台詞が叫びとして多々羅刑事に配されていたが、モデルとなった刑事がいたとして、ヨガ教室の主宰同様に、実際の彼の言葉にあったようには思えない気がした。 また、僕にとってのイチバンの腑に落ちなさは、このドラマなら「あんのこと」より、どうしたって「多々羅のこと」のほうが気になるではないかというバランスの悪さにあったように思う。そして、杏を演じた河合優実のなかなかの熱演にも増して、佐藤二朗の存在感が押していたところが気になった。普段ほどの暑苦しさは感じなかったのだが、それでも他の演者を圧倒していたように思う。それはともかく、杏の母親を演じた河井青葉には、大いに感心した。実に不愉快極まりなかった。 聞くところによれば、本作の世評は著しく高いそうだ。教えてくれた映友は「お涙頂戴的に受けているのなら、何だかなぁ~ですよ。」とのことだったが、受けているとしたら、お涙頂戴ということよりは、現代の荒廃を網羅的に捉えている点にあるのではないかという気がする。 推薦テクスト:「映画通信」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20240812 | |||||
by ヤマ '24. 8.15. キネマM | |||||
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