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『落下の解剖学』(Anatomie D'une Chute) | |||||
監督 ジュスティーヌ・トリエ | |||||
ザンドラ・ヒュラーによるサンドラの人物造形には確かに凄みがあって、夫サミュエル(サミュエル・タイス)ばかりか、十歳余りの息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)さえも殆ど眼中にない我の強さというか、我が身優先に対するイノセントなまでの無自覚さに恐れ入ったが、二時間半を超える長尺が必要な作品とは思えなかった。また、週刊誌ネタならともかく、あの程度の不審死で以て検察が殺人で立件していることがそもそも釈然とせず、何だか呆気に取られる終いに拍子抜けした。 これでカンヌのパルムドールとはねぇ、と記していたら、映友女性から「カンヌとは相性が悪い私ですが、この作品は、傑作だと感じました。やっぱり映画の感想は人それぞれで面白いですね😃」とのコメントをもらった。彼女には、傍からは窺えない夫婦の内情を浮き彫りにした部分が響いてきたらしく、しかも妻サンドラではなく、内助の側に位置していた夫サミュエルの言葉のほうに自分を重ねるところがあったそうで、性差によるギャップではなく、家庭内のパワーバランスにおけるギャップとして、このような形での提示を受けたことが新鮮だったようだ。成程それはあるかもしれないと思った。ほかにも、夫婦に葛藤を感じている者には、身につまされる作品だったとのコメントも貰ったが、僕は既にダニエルと同じ年頃の孫を持つ身になっているからか、夫婦ものとして観るより、彼らの親目線になったようだ。ダニエルが「ときどき言い争っているのは知っていたけれど、あれほどとは思わなかった」と消沈しつつ零していた姿が哀れだった。 母親は、息子の再度の証言によって自殺心証を得て釈放されたというのに、勝訴の祝宴の美酒に身を任せて深夜の帰宅にも頓着しない「息子の心、母知らず」の有様だし、ヘタレの父親は幼い子を置いてけぼりにする予言を残しているわけだし、「親は選べないとしたものだけれども、何やってんだ、君らは」という気に見舞われて、夫婦間の葛藤を観て味わうより、うんざり感のほうが先立ったような気がする。おまけにむやみに長尺だから、そのうんざり感が延々と続く。せめて120分を切るくらいの編集にしていれば、『おとなのけんか』(79分)くらいに愉しめたかもしれないが、些か疲れてしまった。 奇しくも『おとなのけんか』の原作舞台劇の作者で、映画化作品の脚本も書いているヤスミナ・レザは、本作の監督・脚本のジュスティーヌと同じく女性であり、作品に登場する子どもたちがちょうどダニエルと同じような年頃だったわけだが、どちらもともに、大人よりも十一歳の子どものほうがずっとしっかりしているという話だったように思う。 | |||||
by ヤマ '24. 4.11. TOHOシネマズ3 | |||||
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