『哀れなるものたち』(Poor Things)
監督 ヨルゴス・ランティモス

 オープニングに現れた青いドレスの女性の後ろ姿が鮮やかで、飛翔にも落下にも見えるそのダイブがどう描かれるのだろうと思ったら、いきなりモノクロ画面となって意表を突かれた。

 まだ自動車に慣れない人が多いから馬の首を付けたのであろう自動車が、馬車との併用で往来を行き来している時代を舞台にしていたのは、ちょうど一年ほど前に観た『メアリーの総て』にも描かれていた、フランケンシュタインの原作者メアリー・シェリーの時代に合わせて来ていたのだろう。人間離れしたゲップをする、神の手を持つ怪物外科医ゴッドウィン(ウィレム・デフォー)が、見るからにフランケンシュタインを想起させていたことからも明らかだ。

 そのうえで今の時代に求められているのは、社会主義を騙って独裁体制を敷いたソ連やら北朝鮮がその名を汚した社会主義ではなく、十九世紀に進歩的な人々を魅了していた本来の社会主義と、十七年前に観た母たちの村にも描かれていた陰核切除を妻のベラ(エマ・ストーン)に施そうとしていた将軍アルフィー・ブレシントン(クリストファー・アボット)のような男を駆逐し、せめて“ヤギの頭くらいには進化させる”ことだとのメッセージが実に明確な、見世物映画としてもなかなか面白い作品だったように思う。

 対照的な人物として、ゴッドウィンに命じられてベラを見守り、惹かれていくマックス・マッキャンドルス(ラミー・ユセフ)を配していたのが利いているように感じた。彼の受容力と辛抱強さは、ベラの世界を押し拡げた放蕩弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)やアルフィーには真似のできないものだ。ロンドンからリスボン、アレクサンドリア、パリと渡り歩いて世界を広げ、男たちを肥やしにして知恵と力を蓄えていくベラの逞しい生命力に、女性の備えているポテンシャルの原型を観るような気がした。

 ヨルゴス・ランティモスの監督作は、六年前に観た聖なる鹿殺しと、五年前に観た女王陛下のお気に入りの二作だけだが、なかなか目の離せない作り手だと改めて思った。




推薦テクスト:「ケイケイの映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20240205
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/katsuji.yagi/posts/pfbid0Qcj9CKJXFaq
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by ヤマ

'24. 2. 4. TOHOシネマズ9



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