『柔らかい肌』(La Peau douce)['63]
『ピアニストを撃て』(Tirez Sur Le Pianiste)['60]
監督 フランソワ・トリュフォー

 絡み合う手のクローズアップから始まった本作に、これが『柔らかい肌』かと思いながら観た。リスボンに向かう飛行機の機内で、まだ普通に喫煙のできる時代の作品だ。ホテルの客室のドアの前に脱いだ靴がズラッと揃えられていたのが目に留まった。

 もっと艶っぽい話なのかと思えば、まるで違っていて、タイトルの「柔らかい肌」の女の対に来るのは「固い頭」の男だと思った。作品化された書物の読みは深くても、実生活における読みがとんでもなく甘い男が、女の発する言葉と態度の機微をわきまえぬまま真に受けて、一方的に事態を拗らせていくさまに、笑うに笑えぬ可笑しみと自業自得的な哀れを誘われた。旅先での一夜のアバンチュールで済まされなかったことに自尊心を満たされて喜びつつも、一見した知的なスマートさとは違って、あまりにも鈍感で手際の悪い文芸評論家ピエール・ラシュネー(ジャン・ドザイ)に、CAのニコル(フランソワーズ・ドルレアック)が呆れ気味に言っていたとおりのばかなことをしたってわけねという顛末になっていた。

 ピエールの捌きがもう少し細やかならば、夫妻共通の友人オディルが言っていたように、元々よりを戻すことに異存のなかった妻フランカ(ネリー・ベネデッティ)をあそこまで逆上させることはなかったのだろうが、何とも迂闊で間の悪い男だった。そもそも仕事にかこつけて愛人との泊旅行を楽しもうとしたことからして、読みの甘さが露呈していた。

 講演会の前売入場券がほとんど売り切れて入手できなかった文学少女から、サインだけでもと、歓迎晩餐会場にまで訪ねてこられるくらいの人気なのだから、ニコルとゆっくり過ごす暇など取れるはずもないのに誘いかけて連れて来たりするから、私、何しに来たのかしらとぼやかせてしまい、無理を重ねる羽目になっていた。予定外の無理をするなら、それなりの工作が必要なのに、妻への電話をニコルに言い出しかねて先手が打てず、察したニコルから促されて遅ればせに掛けた電話によって、機先を制することができなかったばかりに既にランスを発ったことを先に知られてしまっていたフランカに居場所を問われまだランスにいるなどという愚の骨頂の答えを返していた。ニコルと撮った写真の現像焼付引換券をポケットにいれたままの上着を置いて家を出てきてしまう愚かさに至っては、開いた口が塞がらないが、いかにもありそうなことではあって、本作における数々のピエールの愚行は、文芸評論家ならぬ映画評論家時代のトリュフォーの実体験ではないかという気がしたほどだった。

 妻の激しい怒りの言葉に、離婚を避けがたいものと思い込む一方で、愛人には私のこと、恥ずかしいのね…みじめだったわ。とまで言わせておきながら新居の算段を相談もなく進めていて、首尾よく事が運ぶはずがない。かような文芸評論家に恋愛の機微を語らせる愚を皮肉るかのように、彼の著作『バルザックと金銭』に続いては『バルザックと恋愛』を書くようリクエストする記者の場面が設けられていた。文芸を映画に置き換えるまでもなく、なかなか痛烈だ。

 それはともかく、劇中で映ったアンドレ・ジッドにまつわるドキュメンタリー・フィルムも、映画の名が登場した『チャップリンの質屋』も未見なので、観てみたいものだと思った。


 先に観た『柔らかい肌』同様に、初めて観た名のみぞ知る『ピアニストを撃て』は、ちょっとシニカルでトボケた会話や編集の醸し出す破調に面白みを感じる部分もなくはなかったが、特にどうということのない映画だったような気がする。これなら、劇中に名の出てきたアラスカ魂['60]のほうが面白かったように思う。

 かつては高名なピアニストのエドゥアール・サローヤンで、今やしがない酒場のピアノ弾きのシャルリ・コレール(シャルル・アズナヴール)に惚れ、再起させたいと願うレナことエレーヌを演じたマリー・デュボワや、なにが内気だのプライド男にすぎないシャルリに馴染んでいる隣家の娼婦クラリスを演じたミシェル・メルシェは、ベッドのなかでの佇まいがなかなか好くて、シャルリには勿体ないくらいだった。

 カネでシャルリの住まいを教えた酒場の店主プリヌ(セルジュ・ダウリ)やら、ピアノ教師からステージ演奏家に引き立てる代償としてエドゥアールの妻テレーズ(ニコル・ベルジェ)を秘密裡に寝盗っていた音楽事務所のシュミール(クロード・ハイマン)の下衆っぷりも、エルネスト&モモの二人組の間の抜けた悪党ぶりも、プロット以上の妙味を醸し出すには至っていなかったような気がする。

 すると、お遊びと才気の溢れるアメリカB級映画へのオマージュ作品として楽しんだというコメントを寄せてもらった。確かに『アラスカ魂』を引いているくらいだから、それは間違いないところだと思うとともに、B級映画へのオマージュのくせしてB級映画っぽく作ることができていない点が引っ掛かったのかもしれないという気づきが得られて、面白かった。
by ヤマ

'23. 7.31. BS松竹東急ミッドナイトシネマ録画
'23. 8. 1. BS2デジタル衛星映画劇場録画



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