『娼年』['17]
『あの頃。』['20]
監督・脚本 三浦大輔
監督 今泉力哉

 これが『娼年』か。やはり松坂桃李、凄いなと大いに感心した。熱海が入っていたから、東京23区漫歩ということではないのだろうが、銀座、円山町、表参道、高田馬場、池袋、六本木、鶯谷、新宿と場を替え、相手を替え、御堂静香(真飛聖)の導きによって始めた娼夫稼業のなかで、すっかり退屈に思っていた“女性”なるものへの探求心に目覚め、性の深淵を知ることになるという作品だったように思うが、とっかえひっかえ行為の表層を追いなぞるから、性の深淵というよりは性の失笑を誘われてしまい、キワモノ作にしか思えなかった。

 数々の倒錯というか珍妙なる姿が現れてきたが、最も倒錯していたのは、最後に取っておきの形で登場した静香のように思う。聾唖者である娘の咲良(冨手麻妙)の身体を通じて領(松坂桃李)と交わりエクスタシーを得られる技には、鶯谷の老女(江波杏子)が古稀に至って会得したという手を触れ合うだけで達するバーバレラもどきの凄技以上のものがあると笑ってしまった。確かにセックスは身体以上に脳で行なっている部分のほうが大きい行為だとは思うが、流石にこの境地に至ることのできる人が現実にいるとは思えなかった。

 だが、諸々描出された凝った行為の生々しさには妙に現実感があって、円山町の女が一日寝かせた“我慢”によって凝縮させたセルフ焦らしによる性欲性感の爆発効果だとか、表参道のインテリ女(馬渕英里何)が見せていた漏尿エクスタシーだとか、実際にわざわざそうすることは稀でも、その意味しているところには普遍性があるような気がする。また、領を演じた松坂桃李の腰遣いの捉え方やら、熱海での夫(西岡徳馬)の撮影視姦趣味に応える紀子(佐々木心音)のスパンキングされた尻臀の変色加減、鶯谷の老女が持ち出していたローションの小瓶などといったディーテイルに施した現実感が、物語そのものにあるファンタジー色を程よく減じて巧くデコレートしていたようには思う。

 また、円山町での我慢女性との後背位、池袋でのセックスレス女性の耽る騎乗位、熱海での夫に見せつける背面座位、新宿での学友メグミ(桜井ユキ)に施す潮吹き指技と対面座位から展開する結合したままの体位転換の連続技、と繰り広げてきてからの二度目の咲良との正常位という運びには、相応の納得感があり、それなりにバリエーション的にも巧みな構成だと思った。女性客を中心に高い評価を得て、女性限定の応援上映が大当たりしたと仄聞していただけのことはあるという気がした。

 一方、映友たちからは、本作を観た知人女性の声として、松坂桃李の演じた領の指技の動きを「あれは痛いです」と言っていたとのコメントがいくつか寄せられたが、潮吹き指技の場面はAV動画のその場面をそのままなぞっていたから、いきなりあんなことをしては、そりゃ誰だって痛いだけになるだろうと思った。僕が今だに続けているバドミントンでもそうだが、十分にウォーミングアップしてからでないとできないというか、痛めるプレーがたくさんある。また、事前準備をしたからといって誰でもできるとは限らない点でも同様のことがあるように思う。人体というのはそういうものなのだが、映画では朝起きて御飯を食べる前にしている事々のルーティーンを映し出さずに食事している場面を画面に出すのと同じようなもので、娼夫にしてもいきなり潮吹きから始められるはずがない。

 それはともかく、女性客から評価された部分が作品内容なのか、領の娼夫としての性技なのかは定かではなく、またヒットしたことが作品の高評価とも限らないが、内容評価だけが評価とも言えないなか、松坂桃李の真摯なる熱演については、男性客女性客によらず、誰だって恐れ入るはずだという気がした。

 余勢を駆って観た『あの頃。』は、お気に入りの今泉作品ながらも、公開時に予告編を観て「さすがにアイドルヲタのあの頃話ではなぁ。」と食指が動かず、見送っていた作品だ。『娼年』の松坂桃李も観たことだし、と観てみたのだが、やはり予告編で得た直感は当たっていて、まるでフィットしてこなかった。

 大体いかにもオタク顔が似合う役者が居並ぶなかで、松坂桃李は、いかに演じてみたところで流石に浮いてしまわずにはいられない感じがした。最も驚いたのは、スーパーアイドル松浦亜弥の登場だったが、劇中の2004年の握手会に現れた彼女がエンドロールで特別協力とクレジットされていた松浦亜弥本人なら、十六年前の自分を演じて違和感のまるでない若々しさに驚くし、誰か他の女優が演じていたのなら、その酷似ぶりに驚くほかない。吃驚して、思わず座り直してしまった。それはそれとして、馬場(西田尚美)と呼ばれていた女教師は、いったいどういう役回りで登場していたのだろう。




*『娼年』
推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20180422
by ヤマ

'22.12.30. abema.tv
'23. 1. 2. abema.tv



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>