『青春の門』['81]
『青春の門 自立篇』['77]
監督 蔵原惟繕&深作欣二
監督 浦山桐郎

 筑豊篇が後発の東映版で、自立篇が東宝版というカップリングで定例合評会の課題作となったことから、公開当時以来の四十年ぶりの再見となったものだ。僕らの世代においては、言わずと知れた伊吹信介が、母親タエから頬を張り飛ばされ、卑怯もん、それでん父ちゃんの子かと叱られていた幼時から、矢部虎(鶴田浩二)に太かことばしおって血は争えんのうと言われるようになるまでの十代を描いているのが筑豊篇だ。

 公開当時にも浦山桐郎監督による東宝版より、今や重鎮たる佐藤浩市の映画デビュー作で、あげん吹っ切れた男はなか。…骨の髄まで抜かれてしもうたんよ。と妻が偲んで息子に語る伊吹重蔵を今は亡き菅原文太が演じ、その妻タエを松坂慶子が演じて、いまどきのメジャー映画ではお目に掛かれなくなった大胆な濡れ場をタイトルクレジットの前に繰り広げる、東映版のほうに惹かれた覚えがある。

 中卒後は杉田かほるの演じていた織江がヤクザは好かん、アカも好かんばいと言っていた、塙竜五郎(若山富三郎)と金山こと金朱烈(渡瀬恒彦)との間に挟まれ、ここにおるんが苦しゅうなったと筑豊から東京に出ていくまでの物語を観ながら、本宮ひろ志の漫画『俺の空』の骨格は『青春の門』だったような気がした。上京の荷造りをしている信介の部屋に、高校の音楽教師梓旗江(影山仁美)の部屋に掛かっていた絵があったのがいかにもだったように思う。

 また、先ごろ川っぺりムコリッタを観て、南詩織(満島ひかり)が夫の遺骨を齧る姿に、何の映画で観たものだったのかともやもやしていたものが、本作のオープニングで骨噛みの話が現れ、その奇遇に驚いた。そして、ラストシーンが、母の遺骨を信介が香春山を望みつつ齧る場面だった。

 筑豊篇は東映版だったのに、自立篇のほうが東宝版となっていることに対しては、タエの死期が異なる違和感も手伝って、どういう思惑があってのことなのだろうと訝しんだが、公開時以来となる四十五年ぶりの再見を楽しんだ。信介を見込んで自宅に下宿させてボクシングを教える石井講師と新宿二丁目のインテリ娼婦のカオルは、やはり高橋悦史といしだあゆみのほうがいいなと思ったので、選者に筑豊篇:東映版、自立篇:東宝版に軍配を上げているということでのカップリングかと訊ねたら、その通りとのことだった。

 自立篇は、僕が生まれる四年前の、まだ売春も売血も違法行為ではなかった時分の話だ。第五福竜丸事件が起こった昭和29年の早稲田大学のキャンパスを僕の在学時分のロケーションによって描き出していたものだから、四年前に還暦記念に母校を訪ね、その様変わりしたキャンパスを観ているだけに、懐かしさにひとしおのものがあった。

 僕が生演奏のヴァイオリンの響きに初めて接したのも、信介(田中健)と同じく、田舎から進学して東京暮らしを始めてからのことだったなと思ったりした。自立篇の主題は、まぎれもなく目を逸らすな!なのだろう。だが、北海道に向かう汽車のなかで緒形(伊東辰夫)の言っていた絶望と希望とは実は同じものなんだというラストシーンでの台詞は、とても原作小説にあるものとは思えず、書棚にある文庫本に当たってみたら、案の定、そのような台詞は見当たらなかった。もっとも新版刊行にあたり、著者の全面的な加筆を得ました。となっていたので、可能性がゼロとは言えない部分が残るけれど、流石にそれはないだろうと思った。

 自立篇でもどうしようもないな、俺と零していた信介は、筑豊篇以上に情けない有様だったが、筑豊篇で竜五郎の窮地を救って金朱烈に対峙した場面に匹敵するような人斬り英治(梅宮辰夫)に向っていく場面が見せ場になっている作品だったように思う。

 また、今回の再見によって神田川['74]での早稲田の人形劇サークルの地方公演のことを想起した。製作時点は三年しか違わない両作の原作者は、昭和7年生まれの五木寛之と昭和22年生まれの喜多条忠では、時代的に一回り以上の開きがありながら、ともに学生運動の影が背景として織り込まれていることが興味深かった。

 合評会では、原作既読で東宝版も東映版も四作とも観ている者、原作既読ながら映画化作品ともども記憶に残っておらず今回の課題作二作を新鮮に観たという者、原作未読で東映版自立篇のみ未見という者、そして、原作未読で映画化作品四作とも公開時に観ている僕というなかで、四者四様の見え方というものを興味深く伺った。なかでも、東宝版に比べて尺の短い東映版は大河ドラマのダイジェスト版を見ているように感じたという意見が面白かった。浦山監督による東宝版は両作とも概して冗長なところがあって、東映版のほうがテンポが好いというのが僕の印象だったからだ。僕も原作未読なので、原作を読んでいるかどうかの違いではなく、映画ドラマの語り口に対する好みの違いなのだろう。

 松坂慶子の演じたタエの女性像についての受け止めの違いも新鮮だった。確かにタエ自身の台詞にあった言葉だけれども僕には、彼女が“男に骨を抜かれた女”のようには映ってはおらず、タフで気丈な九州女だと感じていたから、まるで逆の女性像を感じる人もいるのかと大いに驚いた。

 先に観た東映版の筑豊篇に映った昭和27年の小倉でのカサブランカの看板に目が留まっていたら、東映版に先行した東宝版による自立篇でロシア民謡と流しの演歌の歌合戦の場面が出てきて、もしかするとこの場面にちょっかいを入れたかったのかもしれないと思ったという話をすると、あの場面には風と共に去りぬの看板も出ていたとの指摘があって、『風と共に去りぬ』なら昭和27年日本公開でぴったりなだけに、敢えて昭和21年日本公開の『カサブランカ』を並べて持ってきたことには少々意図的なものがあるように感じた。

 地方都市の場末の映画館だから、封切りではない看板だったのかもしれないという話も出たので、帰宅後に確かめてみたら、「近日封切」と明記されていた。しかも画面のセンターに持ってきていたのが『カサブランカ』のほうだったから、東宝版自立篇のロシア民謡と流しの演歌が被さる場面をなぜキッチリと『カサブランカ』張りの合戦にしなかったのかというちょっかいを入れたに違いないという気がますますしてきた。今回も思わぬ話の拡がりを大いに楽しむことができた。



*『青春の門』['81]
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5173445352755006/
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by ヤマ

'22.12. 4. DVD観賞



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