『なん・なんだ』
監督 山嵜晋平

 なんだか魂萌え!の夫婦を反転させたような話だったが、関口隆之とは違って小田美智子(烏丸せつこ)は蘇生したから、その後の収まりは、関口家よりも遥かに奇妙で難儀な経過を辿って、まさにタイトルどおり、こりゃいったい「なん・なんだ」という話だったように思わないでもなかった。

 妻の美智子からの頼みを失念してばかりだった三郎(下元史朗)が具合の悪くなった物干し台を直そうとして却って反対側までも具合を悪くしてしまって「なんだ?」とボヤく場面が序盤にあったが、その後に続く数々の「なん・なんだ」もまさに誰が悪いどうのではない“具合の悪さ”だったように思う。作り手のまなざしにある“是非もない”という感じが好もしく、全くしようがないなぁと思うと同時に、滑稽にも思いながら観ていた。

 美智子は、六十九歳だったから、甲斐田病院の院長(佐野和宏)との再会が三十三年前となれば、三十六歳のときだ。三郎との間の一人娘の知美(和田光沙)が「私が六歳の時?」と言っていたから、彼女は、三十歳のときの子どもということになる。知美もまた同じ年ごろで日本語も堪能な外国人の夫との間に娘を産んでいた。'69年の安田講堂事件のときにゲバ棒を握って立てこもっていたという甲斐田と美智子が知り合ったのは、五十三年前という話だったから十六歳のとき。結婚を約しながら果たせなかった若く未熟な恋の思い出までも共有している間柄だという。

 確かに三郎が「なん・なんだ」と狼狽するのも無理はなく、それを尻目に美智子も甲斐田も全く悪びれたところがなくあっけらかんとしていたことが、ある種、潔く感じられるほどに“老境にある者の達観”を感じて可笑しかった。最早じたばたするまでもない齢にあるからだろうか。三郎もまた、三十三年間の二重生活という余りのことに呆然としつつ、己が迂闊と落ち度をも振り返り、レビー小体型認知症に見舞われているとの診断も受けて、ある種の達観に至っていたように思う。「七十にして心の欲するところに従えども矩をこえず」の真逆にある、どこか珍妙な“ジュールとジム”を観るような思いが湧いた。

 早くに妻を亡くしたという甲斐田が、三郎から「美智子と再会してから後は、どうなんだ?」と問われ、思い出しながら指折り数えてにんまりしている場面の佐野和宏が秀逸で、咽頭癌手術で声帯を失くして言葉を発せなくなっている甲斐田の人物像を味わい深く造形していたように思う。このところ、続けて観てきた『高レート裏麻雀列伝 むこうぶち』シリーズでプロ雀士の中里を演じていた下元史朗もまた、どうにも敵わない傀の闘牌を見届け続けていた中里の風味に通じるところのある三郎をよく体現していた気がする。

 建設会社というよりは工務店という感じの社長大工の梅田(外波山文明)が撮ったという美智子の写真は、'65年だったから中学時分ということなのだろう。美智子の最初の彼氏だったという梅田から、“その歳になって何を作って来たかも言えねぇ四流大工”と言われて返す言葉のなかった三郎が齢七十を越して見舞われていた思い掛けない災難に、どこか人の世の無常を覚え、けっこう味わい深かった。
by ヤマ

'22. 6.28. あたご劇場



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