『トルコ行進曲 夢の城』['84]
監督 瀬川昌治

 このところ続けてドキュメンタリーの宿題映画を観たこともあり、グッと方向性を変えて久しぶりに日活ロマンポルノを観た。

 オープニングがタマエ(山口千枝)の雨中でのカーセックスにビニ本、雄琴ちろりん村と、あの頃感満載で、僕自身は雄琴を訪ねたことがないけれども、派手な電飾ネオン街とバブリーな店名に笑った。午前三時の焼肉など、今ではとても考えられないのは、歳のせいだろうが、何かと言えば“デラシネ”と口にする特浴嬢のデラ(沢井孝子)がやたらと五木寛之を信奉していたので七十年代作品かと思って観ていたら、八十年代のバブル期前夜の代物だった。

 午前0時、午前2時…との小見出し文字のタイトルによって場面転換していく構成は、僕の書棚にもある原作文庫『ちろりん村顛末記』(朝日新聞社)の章題「琵琶湖の蜃気楼」「開村」「午前10時」「午後2時」「受難」「午後4時」「午後8時」「午前0時」を引き継いだ形だ。ルポルタージュである原作に敬意を払ってか、特殊浴場のサービスメニューをひと渡り映し出して披露し、原作を補完していたが、エンドクレジットによれば、どうやら雄琴は外観だけで、特殊浴場そのものは、吉原にある店を使用したようだ。映画はドキュメントの体裁ではなく、いかにもな喜悲劇ものだった。

 だから、どうせならタイトルは『トルコ行進曲 愛の夢』としてモーツァルトとリストを並べた題にしたほうが、ベテラン特浴嬢サキエ(奈美悦子)のささやかな愛の夢破れる物語に相応しい気がした。彼女をアリス姐さんと慕っていたマヤ(朝比奈順子)の余りに大き過ぎる叫び声に少々弱ったが、鈴木ヒロミツ演じる詐欺師の康太郎の緩いキャラにも懐かしいものがあり、けっこう愉しんだ。だが、シングルファーザーのトラック運転手(小林稔侍)との新生活に踏み出そうとしていたサキエの結末の後味が良くなくて残念だった。また、その特浴嬢アリスを演じた奈美悦子の乳首の異様なまでの威容に驚き、十八年前に21グラム』の掲示板談義で触れたナオミ・ワッツどころの話ではないと思った。

 三十六年ぶりに開いた、風俗ライター広岡敬一による原作文庫のあとがき「あれから丸三年たって」には、ちろりん村こと、雄琴のトルコ街はすっかり変わってしまった。昭和五十五年の秋、『ちろりん村顛末記』を書きはじめたころ、すでに不況のかげりを見せ始めてはいた。それがいますっかり構造化してしまって、村のなかにどっしりと腰を据えているようなのだ。世間一般の不景気風だけではない、雄琴を取り巻いている情勢と環境とがそれを、より強めたのは確かだろう。…軒なみ売り上げが低下し、昭和五十五年当時に比較すると、四十パーセントは落ちているだろうという。P229)と記されていた。確かに、僕が大学を卒業して就職したばかりの八十年代前半は、バブル期前夜の不景気に見舞われていたことを思い出した。

 同書の発行が '84年2月20日で、本作の制作年と重なる。だから、タイトルが“夢の城”だったのかと得心した。本作に描かれた派手で威勢のいいトルコ街は既になくなっていたのだろう。雄琴トルコ街の象徴とも言うべき、気丈でハートのあるサキエの唐突で呆気ない死の持つ意味は、そこにあったのかもしれないなどと思った。
by ヤマ

'22. 5.11. TOEI.ch 録画



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