『イントレランス』
 (Intolerance : Love's Struggle Throughout The Ages)[1916]
監督 D.W.グリフィス

 ちょうど三十五年前にグッドモーニング・バビロン!['87]を観て以来の宿題映画で、初見はスクリーンでと願いつつ機会を得られずに来た作品を遂に観てしまった。これが、かの不寛容、『イントレランス』か!と感嘆しながら観た。

 名高いバビロン篇の大セットもさることながら、その卓抜した撮影技術と大胆な編集、構成力、心理描写やスリリングさ、官能美の演出などに痺れ、恐れ入った。とても百年以上前の映画とは思えない。なかでもクライマックスの切迫感には瞠目させられた。

 人類が繰り返す争いと殺人の話なのだが、スケール感のある特殊撮影で愛の世界を謳い願うラストシーンには、現在でも信仰心の篤い人々に感銘を与える力があるような気がする。百年前なら尚更のこと感動的だったろう。

 字幕でいつまで同じことを繰り返すのだろうかと刻まれた本作において人の営みとして取り出されたThe Agesは、紀元前539年のペルシアによるバビロン征服の時代、ガリラヤのカナの家から始まりゴルゴダの丘でのキリストの処刑を映し出す古代エルサレムの時代、僕らの頃は字幕と違って聖バーソロミューの虐殺と習った覚えのある近世ヨーロッパの時代、そして、百年前の現代アメリカだった。それらの時代が並行して描かれている。

 バビロンが選ばれたのは、字幕にも幾度か繰り返された目には目をのハムラビ法典、古代エルサレムが選ばれたのは、言わずと知れたキリストの説いた神の愛なのだろう。近世ヨーロッパの宗教改革であれ、百年前のアメリカでの労働争議であれ、古代ペルシアでの政争であれ、男女の愛憎のもつれであれ、人はとかく欺瞞と陰謀を巡らせ、諍いを繰り返し、法や戒律の名のもとに殺生を重ねるわけだが、それらの営みを大括りにして揺りかごを揺らす繰り返しのなかに納めていたことに吃驚した。『クレイドル・ウィル・ロック』の原点は、本作だったのかと恐れ入るとともに、二十一年前に観たティム・ロビンス監督・脚本の同作['99]と併せて、『グッドモーニング・バビロン!』を再見したい思いに駆られた。凄い映画だ。
by ヤマ

'22. 9.27. ブルーレイディスク観賞



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