『おかえりモネ』
NHK連続テレビ小説

 最終回での数年後というのは、コロナ禍が過ぎた時点のようだった。菅波医師(坂口健太郎)と永浦百音(清原果耶)の会えなかった期間が二年半になると言っていた。いろいろ示唆に富んだ、いいドラマだった。

 三ヶ月前のSNSにもう山を下りてしまったけれども、林業という長いスパンで取り組む仕事を材にしていた時分から次第に目につくようになっていたことが、今また気象予報という眼前のことではなく少し先を見る仕事に向き合う主人公の姿を描くなかで、ますます明瞭になって来たような気がする。 14歳の時に経験した震災以後を抱えて、己が生き方を模索している彼女を通じて、いまの日本の要人たちの処世術「今だけカネだけ自分だけ」の反対を行く生き方を事あるごとに意識的に訴えかけている朝ドラをちょっと感心しながら観ている。 人はどのようにして育まれていくものなのか、どうやって育んでいくものなのかをとても丁寧に描いているような気がする。 島を出て、山で暮らして、都会に出て、まだ少しだけ現在時点に追い付いていないモネだが、「今だけじゃなく、カネだけじゃなく、自分だけじゃない」生き方を求めて、どういう「おかえり」を現在しているのか、とても楽しみだ。('21. 7.23.)と記してあったドラマは、納得の「おかえりモネ」を最終回の台詞にして結んでいた。

 世評の高いフラガール['06]に対して、都会人と田舎人の描き方と立ち位置の根本のところで違和感を覚え、あまり好もしい印象を持てないままに観てしまった僕にとっては、自ら都会に出て数々の学びを得て、田舎に帰ってくる選択をしていたモネの物語は、かつて『フラガール』に抱いた屈託をほぐし癒してくれるような快作でもあった。

 人を動かすうえで何より大事なものが「信用」であることは、僕が子どもの時分に接した映画やドラマでは、それこそ判で押したように繰り返されていたような覚えがあるけれど、そのことを丁寧に丁寧に描き続けていた本作を観て、何だかひどく新鮮な気分になったのは、それだけ「信用」というものが軽んじられ、カネや権力、目先の損得や便利さ口実に乗った行動選択を目の当たりにすることが日常茶飯になってきていることの証のような気がした。お天気キャスターの交代劇のなかでキーワードになっていた「信用」が、報道メディアのあるべき姿を問う「台風情報の流し方」においても真摯に取り扱われていたことが心に残った。

 そのうえで強い力ではなく、しぶとい力こそが本物とのメッセージは、菅波くんが言っていたように、未来に対して人は誰しも無力だからこそ、大事な人との現在が大切だからこそ、忘れてはならないことだと思った。そして、だからこそほんの少しだけ未来の、コロナ禍を抜けたであろう時点まで描いていたことへの思いが窺えるように感じた。

 また、コロナ禍によって不当に逆境に置かれているような気のする“音楽の力”を自覚的に称揚している点も心に残った。菅波の患者だった元ホルン奏者・宮田(石井正則)による♪峠の我が家♪が心に沁み、最終回でようやくモネが再び楽器を取り出すことができるようになった姿を描いていたことが印象深い。さまざまな面において、高い志を静かに湛えた素晴らしい脚本【安達奈緒子】だったように思う。モネの言っていた「そばにいる」というのは、未来について一緒に考えることだと思うという言葉もとても大切で含蓄のあるものだった。そういう意味での“そばにいてくれる人”のあることが、断たれる命を未然に防ぐ一番肝心のところなのだと思う。


公式ページ:https://www.nhk.jp/p/okaerimone/ts/QP1R1GQ5KL/



推薦テクスト:「丸山哲也さんfacebook」より
https://m.facebook.com/tetsuya.maruyama.756/posts/2440351696099976?_rdr
by ヤマ

2021年5月17日(月)~10月29日(金)※全24週・全120回



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