『橋のない川』['69]・『橋のない川』第二部['70]
『大コメ騒動』
監督 今井正
監督 本木克英

 このところ今井正監督のレトロスペクティヴをやってるという映友に触発されて、'92年に東陽一監督版を観て以来、気になっていた宿題映画である今井監督版を先頃の婉という女に続いて観てみた。全編通じて、被差別部落に生まれた畑中孝二の目線で綴られた物語だったが、彼の祖母ぬいを演じた北林谷栄と、彼女以上に、部落のはみ出し者の永井藤作を演じた伊藤雄之助が強烈に光っている作品だったように思う。

 大逆事件の判決が出た明治末年が示されて始まった本作の序盤で強く印象づけられた“兄 誠太郎の怒り”が、大阪に出て行って、どう展開するのかと思いきや、行ったきりになっていて、いささか驚いた。ラストの終え方は、夕陽ともども東監督版と同じだったような気がした。孝二の伯父(石立鉄男)が「読んだことあるか」と問うていた『破戒』ではなく、全国水平社結成前夜を描いた『夜明け前』とも言うべき物語だった気がする。

 明治四年の解放令で廃されながらも根強く蔓延っていた部落差別の余りにあからさまな様子が丁寧に描出されていて、現在は封じられている穢多という蔑称を大人も子供も幾度となく連呼してくること以上に、当時の世間一般における差別的な言動の公然ぶりと浸透ぶりが印象深かった。

 特典映像が孝二の母ふでを演じた長山藍子へのインタビューだった。主だった関係者は皆もう物故者になっているということなのだろう。

 続けて観た第二部は、七年後となるシベリア出兵の始まった大正七年から始まっていたが、全国水平社の設立を阻むよう企図されたらしき、大日本平等会の発足会を秀ぼん(原田大二郎)たちが妨害する最後の場面に確かな観覚えがあって、もしかすると前作のラストに対する既視感は、東版の記憶ではなく、未見と思っていながら実は既見だった今井版のことだったのかもしれないという気がした。

 明治天皇御大葬に合わせた学校での黙祷のときに杉本まちえが伸ばしてきた手に手を握られた第一部でのエピソードが、己が手を血が滲むほどに打ちつけて辛い思いをしただけの屈辱の思い出ではなく、その甘美さとともに、何よりも幼子に邪気もない差別を擦り込む因習のほうに想いを馳せる形で回想されるとは思いがけず、そこのところに大いに感心した。

 また、先月観たばかりの『大コメ騒動』でも大きく映し出されていた当時の新聞報道での女一揆の見出しと、女性たちが束になって押し寄せる姿が描かれていたことが目を惹いた。そして、当時の報道では、それが部落民に先導されたものであるとされていたが、『大コメ騒動』では、そのような報じられ方をしたこと自体がまるっきりスルーされていたことを本作によって知らされたようで、心に残った。

 大正時代のシベリア出兵とも絡んだ米騒動のことは、高校の日本史で学んだ覚えがあって、その『大コメ騒動』に描かれた富山の米騒動についても朧気に記憶があるが、第一次世界大戦への不参戦によって得た好景気の生んだ成金らが牽引した物価騰貴や投機的マネーゲームの引き起こしたハイパーインフレに対する民衆蜂起の先駆けだったように思う。

 同作もその史実を踏まえているようには感じたけれども、百年前の日本における女性運動として捉える視線が矢鱈と顕著だったような気がしていたので、『橋のない川』での当時の報じられ方が印象に残るとともに、『大コメ騒動』での清んさのおばば(室井滋)のいで立ちと傑物ぶりの描かれ方に大いに得心が湧いた。

 同作のオープニングで示されていた“牛馬のごとき労働に従事する女たち”の姿と、ほぼ女性のみによる蜂起である描き方の端々に、男との対比が確信的に仕込まれていた。「男が動くと世の中も変わるが、女が動いても変わりはしない」と嘯く男の弁は、当世の「政治家が動けば変わるが、国民が動いても変わりはしない」に当てつけた台詞のようでもあるところに気概が感じられた。

 しかし、シリアスな社会派劇にはしたくないエンタメ志向を抱きながらも、エンタメに軸足を置き切れない作り手の中途半端さが、なんともこなれない造りという出来に繋がっていたように思う。企画も着想も悪くないと思うので、何だか勿体ない気がした。前日に観た温泉みみず芸者['71]のように♪海ゆかば♪で笑いを取りに来る根性をいまどきのエンタメ志向の作り手に求めても詮無い事だとは思うけれども、それからすれば、シリアスな社会派劇直球の『橋のない川』にしても、怪作『温泉みみず芸者』にしても、当時の映画には迷いがなくて実に潔い気がする。



『橋のない川』
推薦テクスト:「灘本昌久のホーム・ページ」より
https://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~nadamoto/work/199304.htm
by ヤマ

'21. 5.26. DVD観賞
'21. 4.25. あたご劇場



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