『アメリカン・ユートピア』(David Byrne's American Utopia)['20]
監督 スパイク・リー

 トーキング・ヘッズの名に覚えがあるくらいでその活動も知らず、デイヴィッド・バーンに対して何らの思いもないままに観たのだが、いきなり現れた“スーツ姿に素足”というステージ衣装のいで立ちそのままに、洗練されているのやら野暮ったいのやら俄かには判じ難いような歌唱、曲調、歌詞、ダンスを観て呆気に取られた。人種も年齢も性別も出身国も横断した11人を従えたオーシャンズならぬバーンズ12とも言うべきユニットの“コンセプチュアルでメッセージ性の強いステージ・パフォーマンス”を眺めているうちに、少々エロっぽい歌が出てきたり、政治に対する社会意識を喚起するようなMCが現われ、2016年の大統領選の投票率は55%だったが、地方選になると20%、それも投票者の平均年齢は57歳だ!未来のために投票に行こう、と呼び掛けたりする姿が次第にかっこよく見えてきて、その洗練と野暮ったさの相俟ったスタイルに我が国のカリスマ・シンガー桑田佳祐を想起した。

 圧巻は矢張り、白人高齢者の僕が歌ってもいいかと作者ジャネール・モネイに問うて「全人類のためのものだから勿論」との快諾を得たと告げていたHell You Talmboutの場面で、理不尽な死を余儀なくされたアフリカン・アメリカンたちの名を連呼する歌唱に伴って彼らの写真を大きく映し出していたことに、本作の監督がスパイク・リーであることから、ドウ・ザ・ライト・シング['89]の黒人、ユダヤ人、イタリア系移民、プエルトリカン、アイリッシュ、…アメリカ社会でWASPを頂点とする人種構造のなかで差別されるこれらの人種の人々が、ロンド形式で次々に他の人種を罵る言葉を吐いていくカットの繋ぎを想起した。告発以上に、深い悼みと怒りが込められていたように思う。そして、続くア・カペラでの♪One Fine Day♪の祈りに満ちた歌唱に心打たれた。

 おそらくステージは、この祈りのア・カペラ歌唱で締め括られていたと思われる。その後に映し出された♪Road to Nowhere♪ではステージ・スペースを型取っていた吊り物が全て取り払われてバックヤードが剥き出しになっていたから、本体プログラムからは明確に切り離したアンコール演奏だったと目されるのだが、バーンズ12全員が客席に下りてきて練り歩きながら歌っていくパフォーマンスの醸し出す一体感が素晴らしく、有線のラインケーブルに縛られない無線によるパフォーマンスならではの自由さが最大限に活かされていた。これが“アメリカン・ユートピア”ライヴの真骨頂かと、呆気に取られつつ観始めた最初のほうを改めて観直し聴き直したい誘惑に駆られた。

 自転車で楽屋入りしたり、夜の街に漕ぎ出していく場面には演出色が濃厚で少々あざとい気もしたが、なかなか尖がったコンセプトを上手くソフトにユーモラスに仕上げていて、意表を突かれるようなライヴだったように思う。脳の能書きから始まった、実にコンセプチュアルなステージだったが、なかなか年季を感じさせた。名に覚えがあったくらいだったトーキング・ヘッズの昔のライブをネット動画で観てみたら、今のどこか長塚京三のような風貌のデイヴィッドと違ってバリバリの二枚目に驚き、また、かっこよくガーリーに異彩を放っていたベースのティナ・ウェイマスに魅せられた。



推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/4083172255115660/
by ヤマ

'21.11.26. あたご劇場



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