『フランス組曲』(Suite Francaise)['14]
監督 ソウル・ディブ

 もとより本作のタイトルは、ブルーノ独軍中尉(マティアス・スーナールツ)が音楽を愛好する感性を通じて恋に落ちた仏人女性リュシル(ミッシェル・ウィリアムズ)に残していった譜面に記されていた曲名なのだが、敢えてそれをこういう映画の作品タイトルにした意図は、どこにあったのだろうと振り返ったときに、映画の開幕早々に登場した「戦争は人間性の本性を炙り出す」というような台詞のもと、ドイツ軍が進駐してきたフランスの田舎町ビシューで起こった出来事を通じて、身売り、裏切り、密告、不貞、窃盗、強欲、乱痴気宴、嫌がらせ、見せしめといった数々の“してはいけないこと”が描き出されていたことに思い当たった。それらの組曲というような意味合いのタイトルのような気がしたわけだ。

 その“いけないとされること”の度合いで言えば、最も軽そうに思われる町長モンマール子爵の夫人の行った“自宅屋敷へのドイツ士官の逗留を逃れたい我が儘”と“屋敷の備蓄食料を盗みに入った農民ブノワ・ラバリ(サム・ライリー)の進駐軍への犯罪告発”さえなければ、ボネ中尉は死ななかったわけだから、駐留ドイツ軍による町長の見せしめ処刑も村中全戸に対する暴虐さながらの家探しや苛烈な尋問は起こらなかったという話になっている一方で、いけなさの度合いでは最も重いと言えそうな、ブルーノ中尉によるブノワ逃亡工作を察したうえでの通行許可証の発行のほうは、ブルーノ中尉が人妻のリュシルに求めた“2分のはずが1分にも満たなかった束の間のダンス”に選んだシャンソン♪聞かせてよ愛の言葉を♪の“愛の言葉”として、置き土産にした楽譜以上に、率直でこの上ないものとして描かれていたように思う。

 ブルーノ中尉の犯した“してはいけないこと”こそ、ブノワ捜索の独軍指揮官としては最もしてはいけない利敵行為なのだが、本作に描かれていた数々の“してはいけないこと”のなかで、最も美しい行為として描かれていた気がする。そこに作り手の“何が正しくて、何がいけないことなのかは、単にルールとして課せられたことにより決まるものではない”という捉え方が示されていたように思う。愚にもつかないものであったにしてもナチスにはナチスなりの正当性があり、レジスタンスにはレジスタンスの正当性があるとしたものなのだ。

 非常事態に備えて苛烈な取り立てを止めるどころか容赦のなかったアンジェリエ夫人(クリスティン・スコット・トーマス)には息子を出征させた留守を預かる地主なりの正当性があるし、モンマール子爵夫人に見咎められたブノワには困窮農民なりの正当性をもって働いていた盗みだったように思う。同様に、単純にドイツ人が悪でフランス人が善だとか、地主が悪で小作人が善だなどというものではないということだ。

 ただそういうなかで行為の美醜については歴然としたものがあり、国家権力から降りて来た正当性に盲目的に従うばかりか、納得していない者に力づくで従わせようとする独軍の行為のようなものは、正当性うんぬん以前に人の行いとして醜悪なるものであることが鮮烈に描かれていた気がする。だからこそ、美しい音楽を愛好する感性を備えたブルーノ中尉は部下の行為や密告書簡を読む軍人としての自分の職務に葛藤を覚えていたし、彼の犯した“愛の言葉”を言葉以上の形にして示した利敵行為が美しく映るのだろう。

 苛烈な義母アンジェリエ夫人からは常に緊張を強いられて馴染めず、意外にも穏やかで紳士的なブルーノ中尉が自分と同じ音楽好きと知って気を許したリュシルに、“いけないこと”であっても彼女の気持ちがアンジェリエ家より独軍将校に向かうことを然もあらんと思わせるような冷厳さを漂わせていたクリスティン・スコット・トーマスがさすがの演技だったように思う。また、リュシルが自制を解く契機に密告文書にも記された夫の不義を配していた点にも頷けるものとしての作劇的納得感があった。婚姻前のこととはいえ、その不実が口実として彼女の心に作用しても無理のない気がした。

 驚くべきことは、本作の原作小説がアウシュビッツ収容所で死亡したユダヤ人女性イレーヌ・ネミロフスキーが、その迫害の渦中にあって書いた小説であり、当時をリアルタイムに生きたなかでブルーノ中尉のような独軍士官像の造形を果たしていることだ。リュシルに「同じ人間だと思おうとしたけれど、やはり和解はできない、永遠の敵だ」とまで言わせたうえで“愛の言葉”を聞くことになる姿を描いていて感心した。願いではあったのかもしれないが、実に真っ当で視野の広い人間観が窺えて感銘を受けた。それと同時に、ブノワ逃亡を見送る際だったように思うが、冷厳なアンジェリエ夫人が涙を見せる場面は、原作小説にもあるのだろうかとも思った。映画化作品における潤色のような気がしてならないのだが、なかなかいいカットだったように思う。

 ともあれ、正当性に対して納得していない者に納得させることよりも、同調圧力で従わせようとするようなことが横行するばかりか、そのような行為そのものを正当化する法制化まで求める人々が思いのほか多くいることに気づかされている昨今において、とりわけ意味があるように感じられる七年前の作品の発掘上映だったように思う。




推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/4088088587957360/
推薦テクスト:「シネマ・サンライズ」より
http://blog.livedoor.jp/cinemasunrise/archives/1079813514.html
by ヤマ

'21.11.24. 美術館ホール



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