美術館冬の定期上映会 “天才!木下惠介 監督特集~20作品一挙上映!~”から

二日目午後のプログラム
『笛吹川』['60] 監督・脚色:木下惠介 原作:深沢七郎
『破れ太鼓』['49] 監督・脚本:木下惠介 脚本:小林正樹
『野菊の如き君なりき』['55] 監督・脚色:木下惠介 原作:伊藤左千夫
『今年の恋』['62] 監督・脚本:木下惠介

 5日連続で20作品を上映するという暴挙というか、とても観賞しきれないプログラムの二日目の上映会に午後から行った。

 最初に観た『笛吹川』は、'98年に観て以来の再見だが、前回の上映環境が芳しくなかったので、彩色カラーの画面の見映えが随分と違った。大日本帝国』('82)の映画日誌にて言及した亡き坂東眞砂子のエッセーに記されていた“大河ドラマにだまされるな”の精神をまさに具現化している作品で、いろいろな意味で、挑戦的な作風なのだが、こういう作品が当時はきちんと製作され、ベストテン入賞を果たしていることを遠い目で観る気分に見舞われるのが悲しかった。

 続いて観た『破れ太鼓』には魂消た。'49年作品だから、戦後五年を経ずして、かような映画が製作され、ベストテン入りを果たしていたのかと驚いた。次男・平二(木下忠司)が音楽家志望で居宅のグランドピアノを弾いてばかりいる成り上がりの土建屋社長(阪東妻三郎)の津田家と、一人息子が画家志望であるばかりか両親が揃って芸術愛好家の野中家を描いた作品だったわけだが、僕が生まれる前の戦後間もない占領下にある時代に対する僕のイメージからすれば、野中家の仲睦まじい壮年夫妻が浜辺に遊び出て、夫(滝沢修)が屋外でバイオリンを奏でるなか、妻がイーゼルを立て筆を走らせる図など、どう考えても、昭和二十年代の戦後間もない日本にそぐわない気がして魂消た。
 現在においてすら、こういう余裕に恵まれた趣味人夫婦というのは稀少種だと思われるのに、フランス留学中に出会って以来、いまだに両親はこのような有様だと津田秋子(小林トシ子)に告げている野中茂樹(宇野重吉)に恐れ入った。当時、本当にこのような生活があり得たのだろうかと思う一方で、現にそのような映画が製作され、支持も得てベストテン入りを果たしているのだから、文句のつけようがない。映画作品の持つ資料的価値というものを改めて知らされた。
 そういう観点からは、他にもたくさん見どころのある映画だったが、ドラマとしての運びはやや凡庸で、前面に押し出されていた木下忠司の歌声が少々鬱陶しく感じられた。それにしても、土建屋では先行き不安だからと、オルゴール製作会社を興そうとしていた長男・太郎(森雅之)の弁に、どう考えても昭和二十四年の作品のようには思えず、何だか化かされているような気になった。
 そのようなことをSNSで漏らしていたら、映友の丸山さんが、本作はフランク・キャプラの『我が家の楽園』を換骨奪胎した作品だと教えてくれた。なるほど、風俗ものではなく、翻案ものなら理解できると思った。俄然、その『我が家の楽園』に浜辺でのバイオリン&イーゼルの場面はあったのか、気になってきて訊ねたら、そのシーンはなかったと思うが、やたらとバレエを踊りたがる姉が出て来ていて、それが本作の演劇娘の次女春子(桂木洋子)に繋がっているのかもしれないと示唆してくれた。
 翻案ものだとすれば、いわゆる戦後の民主化の機運に乗った家父長制批判のような啓発的側面の濃い作品として撮られたものだったのだろう。確か、占領下での映画製作にはGHQの許可が必要だったというようなことを何かで読んだ気がする。

 『野菊の如き君なりき』は、いつだったか、松田聖子の『野菊の墓』のほうしか観ていないと言って大顰蹙を買った覚えのある曰く付きの宿題作品だ。ようやく解消できたわけで、73歳の政夫を演じていた笠智衆がなかなかよくて、思いの外だった。松田聖子版にはあまり感心しなかった覚えがあるが、観ていてふっと「りんどう」が場面の前に湧いて出てきたから、それなりに映画の力を持っていたのかもしれない。回想場面を楕円に抜いた画面で綴っている作品を観ながら、73歳で辿る15歳のときの記憶となれば、当然ながら角も取れていることだろうと思ったりした。

 『今年の恋』は全く知らずにいた作品だが、吉田輝男の第1回出演作とクレジットされたのが目を惹いたものの、配布リーフレットによれば、松竹移籍第1作ということだった。確かに軽妙ではあったものの、腑に落ちない運びと不思議なキャラの続出に余り乗れず。とはいえ、高校生役の田村正和のあどけなさと料亭の看板娘役の岡田茉莉子の若さが眩しく、三遊亭圓遊の演じる料亭主のとぼけた味は面白かった。娘に言わせた「あほ!」がなかなか可笑しかった。

 それにしても、『今年の恋』に限らず、木下作品というのは、綺麗とか可憐には向かっても、エロスとか官能色が本当に漂ってこないと改めて思った。だから『野菊の如き君なりき』のような作品にはいいのだろうが、成人の恋愛ものを観ると、『破れ太鼓』の秋子と茂樹にしても、なんだか少女趣味的というか、物足りなくて仕方がなかった。
by ヤマ

'20. 1.21 美術館ホール



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