『巡礼の約束』(阿拉姜色)
監督 ソンタルジャ

 チベット人監督による中国映画というのは、双方のどういう思惑から成立し得たものなのだろう。前作『草原の河』も観ていないので、何とも珍しいものを観た思いがした。それと同時に、ある意味、徹底的に政治性を排した映画作りをしているところに、何か非常に政治的なものを感じたりもした。

 チラシには「往年の名作『山の郵便配達』を彷彿とさせる物語」とも記されていたが、山の郵便配達['99]の情緒的な判りやすさとは程遠い家庭環境の複雑な三人の胸中に、これがチベット人にとっては、稀有なものではなく普遍的な感情だとは、やはり受け止めにくいような気がした。チベット人から観ても、彼らの行動は特殊なものに映るのではなかろうか。病身で五体投地による巡礼に出る妻ウォマ(ニマソンソン)の心境も、彼女を追って引き継ぐ夫ロルジェ(ヨンジョンジャ)の胸中も、僕の理解を超えていたのだが、だからといってそれをチベット文化として括ったりしたくはないような、妙な気分に見舞われた。

 一家が出会う人々の親切さというか人の好さには、今の日本ではすっかり見る影もなくなってきた、“見知らぬ人への警戒心のなさ”が根底に窺えて、なんだか羨ましくもあった。だが、これも“チベット特有”などとは言いたくない気がする。むかしは日本でも普通に観られたことのように思うからだ。それなのに、不案内な土地で心細くなったりしたときに、むさくるしい姿でも人影を見ることで確実に得ていたはずの安心感が、却って不安を抱かせるようになってしまったのは、いつの頃からだろうなどと思った。

by ヤマ

'20. 9.29. 美術館ホール



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