『WAVES/ウェイブス』
監督・脚本 トレイ・エドワード・シュルツ

 ピアノ演奏をたしなみ、レスリングで大学への推薦も得られそうで経済的にも恵まれている高校生タイラー(ケルヴィン・ハリソン・Jr)が人生に躓き、画面から姿を消すまでが長い長いプロローグのような作品だと思った。そして、人種やジェンダーにまつわる人物配置と性格付け、作品構成のこの巧妙さが、ある意味、変哲もない観慣れたストーリーラインを妙に新鮮に感じさせてくれたような気がする。

 彼の妹エミリー(テイラー・ラッセル)が失っていた世界の♪響きと色彩♪を恋人ルーク(ルーカス・ヘッジズ)と取り戻していく過程が、なんとも美しかった。それとともに、壊れていた家族の再生が綴られていく。劇中の台詞にもあったが、人間は愚かな生き物だけれども、時に確かに美しい。そのような気にさせてくれる映画だったように思う。

 タイラーと父ロナルド(スターリング・K・ブラウン)の関係を観ていて、ふと先ごろ観たばかりのMOTHER マザーの秋子(長澤まさみ)と母親(もたいまさこ)の関係もこのようなものだったのではなかろうかと思った。タイラーが恵まれた環境にありながら、父子関係の歪さによって自尊感情をひどく損なわれている姿が哀れだった。ロナルドが独善的なるままに良かれと思ってしているタチの悪さが愚かしくも哀しい。苦境に置かれたときの過剰防衛的な衝動性を伴った攻撃性の顕著さは、秋子にもタイラーにも共通していたように思う。そして、それはロナルドにも通底していて、ある意味、彼が息子に学習させたことのようにも感じられた。

 プロローグとも言うべき前半において描かれたマッチョイズムによる世界の破綻を再生させたのは、ルークが寄り添い、エイミーが得たオープンハートだったわけだが、人が人との交流を通じてそれを得ていく過程の描出がとてもデリカシーに富んでいて、大いに唸らされた。そして、何よりもそれが波及効果を生み出すことを捉えている点に感銘を受けた。本作のタイトルは、まさにそこから来ているような気がする。

 ルークと父親の関係は、タイラーと父親の関係よりもひどいと一般的には目される形のようなものとして提示されながら、内実はタイラーのほうがより傷んでいたことが偲ばれる描き方をしているところが目を惹いた。ルークの父親拒否が理によるものであって、心底では拒んでいなかったからこそ、エミリーが開き得たのとは対照的に、タイラーの場合は、拒否が心底にあって父親尊崇が理によるものだったことから破綻していたように思う。

 そして、ルークとアレクシス(アレクサ・デミー)、ロナルドとキャサリン(レネイ・エリース・ゴールズベリイ)とも対照させるなかで、カップルにおけるパートナーシップの有り様を偲ばせているところにも感心した。エイミーたちの波及効果によって、ロナルドがキャサリンの手の甲に掌を重ねることができる状態に至った姿を捉えた場面が気に入った。




推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
https://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/20071901/
by ヤマ

'20. 7.17. TOHOシネマズ5



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

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