『OKINAWA1965』['17]
監督 都鳥伸也

 幾人もの印象深い人々が登場したが、前世紀の“巨人”に名を連ねる二人を想起させる名前を持つ人物が特に印象深かった。一人はマンデラ大統領と同じネルソンの名を持ち、石川県の浄土真宗の墓所に眠る阿蓮という元沖縄海兵隊員。もう一人は、沖縄のガンジーとも呼ばれていたらしい、徹底した非暴力闘争で伊江島土地返還を率いたという亡き阿波根昌鴻さんだ。奇しくも二人ともに「阿」の字が付いていて、2017年作の本作が前面に押し出していた辺野古新基地を巡る安倍政権糾弾のア音つながりが気に留まった。僕も断然「阿」支持で、嫌「安」だ。

 米兵三人が十二歳の女子小学生を拉致して集団強姦した'95年の沖縄米兵少女暴行事件に衝撃を受けて、当時、三十年ぶりに沖縄を訪れたベトナム帰還兵アレン・ネルソン氏は、沖縄にはもう米軍基地はないはずだと思っていたそうだ。ベトナム戦争の前線基地だからベトナム戦争が終われば用済みというわけだ。貧困家庭に育ち、経済的事情から海兵隊に志願したという一兵卒の弁とはいえ、そもそも沖縄米軍基地が日本を守るためにあるものではないということをこれだけ端的に示した現場の軍関係者からの証言というものを初めて知って、いささか驚いた。そして、彼が浄土真宗に帰依したのが悪人正機説に救われてのものだったらしいことに感慨を覚えた。三十年前の映画プラトーン['86]が生々しく描いていたように、ベトナム戦争は正規の軍隊同士の戦いではない特異な戦争(その後、正規の国家間戦争が少なくなって、いわゆる“武装勢力”との戦闘が戦争の常態になっている気がするが…)だったから、従来の戦争以上に兵士にとっての負担が重く、アレン氏もPTSDに苦しんだことで反戦活動に従事するようになったようだ。彼が自身の従軍経験ゆえに日本国憲法第九条の掛け替えの無さを説き、訴える姿に感銘を受けた。

 いま国会で大問題になっている、桜を見る会及びジャパンライフの件についての対応を観ていても露呈しているように、およそ児戯にも及ばない、知性も品性も欠いた場当たり的な事しかできない当世の国家首脳たちに、手の込んだ国家戦略などあるとは到底思えないから、彼らが推し進める富者依怙贔屓の格差社会にしたって、経済的徴兵制を企図して確信的に行っているものではないのだろう。それだけに、結果的にそういった状況を作り出してきていることが、余計に腹立たしくて仕方がない。

 阿波根昌鴻氏については、日本にガンジーに擬えられる人物がいたとはついぞ知らずにいたが、彼の遺した「剣をとるもの、剣にて亡ぶ 基地を持つ国は基地にて亡ぶ―」との言葉は、それゆえ自らもガンジーの標榜した“非暴力不服従”による抵抗運動を貫いたという人物に相応しいものだと思った。折しもアフガニスタンで長らく人道的支援に尽くしてきた中村哲医師が銃撃により殺害されて世界中が衝撃を受けているところだが、彼もまた「武器で平和は訪れない」との信念のもとに活動を重ね、高い称賛を受けている。映画で示されていたとおり、阿波根氏が自費で開いたとの反戦平和資料館「ヌチドゥタカラの家」を謝花悦子さんが継いでいるように、中村医師の活動も亡ぶことはないに違いない。

 それにつけても、こういう作品を観ると、辺野古基地闘争は本土から押し寄せた反政府勢力が扇動しているなどといった、まさに沖縄人を侮辱したような流言がいかにタチの悪いものか、改めて知らされるような思いが湧く。本作のナビゲーターとも言える報道写真家の嬉野京子さんは、確かにウチナンチュウではないが、沖縄の人々は、日本政府が建設する最初の米軍基地となる辺野古基地に反対する以前どころか、占領下にある時代から米軍に対して弛みない抗議行動、土地返還闘争を続けてきているのだ。'60年に結成されたとの祖国復帰協議会が「本土復帰」を掲げて祖国復帰大行進を展開した1965年に焦点を当てた作品を今の時期に撮り上げたのも、辺野古新基地反対闘争を反政府行動に貶め矮小化する勢力に対するエビデンス提示というところに、大きな制作動機があるように感じた。その名を覚えきれないほど登場していた活動者は、旧世代も現役も揃って沖縄人だった。
by ヤマ

'19.12. 7. 県民文化ホール第6多目的室


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