『新聞記者』
監督 藤井道人

 もっと想定どおりの造りになっているのかと思っていたら、思いのほか、大胆な踏み込みをしていて驚いた。本作では、医療系大学となっていたが、加計学園の獣医学科におけるバイオ研究にだって、そういうことがあったとしても、おかしくないと思える状況にある今が恐ろしい。二年前の731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~に記した七十五年前の戦時中に実在した石井細菌部隊のことやら、五年前に“防衛装備移転”などと呼称を変えて武器輸出禁止の大原則を転換させた現政権のことを思えば、荒唐無稽とまでは決して言えない気がして、だからこそ、主演女優役を受ける日本人俳優がいなかったのかと納得した。

 もし全くの作り事だと誰もが思える状況なら、主演辞退まで考える必要はないのだろうが、そうではないからこそ怖気づいたのだろう。それからすれば、内閣情報調査室長の多田智也を演じた田中哲司や、外務省から内調に出向していた杉原拓海を演じた松坂桃李は立派だと改めて思った。そして、この軍事に搦めた踏み込みは、監督・脚本を担っている藤井道人や、原案及び映像資料での出演をしている望月伊塑子ではなくて、原案・企画・製作・製作総指揮の四つに名を連ねている河村光庸の拘りのような気がしてならなかった。

 ただ、そういう運びにまでするのであれば尚更に、映画的省略だとはいえ、関係者皆人のコンタクトの取り方が普通に電話やメール、郵便であって、厳重警戒した工作色がなくて不用意極まりないところが、いささか緊張感を欠いて、いただけなかった。

 それにしても、現政権がいかに官僚組織をズタズタにしているかが、報道記事にはない具体描写によって示されていて、暗澹たる気分になった。長いものにまかれることに易々と割り切れたり、さらに積極的に忖度に向かえる者はいざしらず、そうではない人たちにとっての苦痛と屈辱感の程が知れ、何とも言えない気持ちになった。杉原のかつての上司だった神崎(高橋和也)のみならず、したくてしている人のほうが少ないのは間違いないと思う。森友学園に係る公文書改竄に関係して自殺した職員が独り現れた氷山の一角の下には膨大な数の職員がいるはずだ。

 こういう政治主導のもたらした破壊は、あたかもタリバンの遺跡破壊のように既に取り返しの付かないレベルにまで至っているのではないだろうか。本作の序盤に現れた、明らかに前川文科省事務次官のスキャンダルリークの件を想起させる案件や、ワシントン支局長を務めたTBSの政治部記者による準強姦事件における不透明な経過による不起訴処分の案件を容易に想起させるエピソードの破格を思うにつけ、本当に底が抜けているような気がしてくる。




推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
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推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2019sicinemaindex.html#anchor003046
by ヤマ

'19.10.13. あたご劇場


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