『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』
監督 前田哲

 予告編を観て大泉洋に食傷し、観過ごそうかとしていたのだが、映友からの勧めもあって観たところ、思いのほか面白かった。どうこう言っても、大泉洋はやはり侮れないと感心した。予告編でも前面に打ち出されていた感じの障碍者問題が主題となっている作品ではないように見受けられたことが大いに気に入った。

 本作の眼目は、美咲(高畑充希)の学歴詐称の件も含めて、「正直な生き方」にあった気がする。それは、難病筋ジストロフィを病んだ鹿野(大泉洋)が北大医学部生の介護ボランティア田中(三浦春馬)にまさしく問うていたことだったが、その正直さとは、正直に生きるとは何か、誰に対する正直さが必要なのか、といったことであり、自ずと観る者各人への問い掛けにもなっていたように思う。

 そして、きっぱりと「言葉が武器だ」と自ら語る鹿野のレトリックを聴きながら、四十年余り前の高校時分に「人を傷つけるのは必ずしも悪いことではない」と説いて驚かれたことを思い出した。親友を傷つけてしまったとの自己嫌悪にかられていた一年後輩の子からの相談に対して応えたものだが、濃密な人間関係の構築においてそれは避けがたいことだから、若い時分にそこを回避するような生き方をするのは間違っていると思うと添えた。だから、我が儘や未熟をぶつけて傷つけてしまうことがいけないのではない。それによって生じたことから逃げずにきちんと対処する誠実さを失うことのほうが、傷つけることなんぞよりも数段罪深いことで、大事なのは、対等の関係のもとに互いをぶつけ合うことなのだ、などと熱っぽく力説していた覚えがある。

 本作における鹿野は、まさしくそのようにして自分を支えてくれるボランティアたちに向っていたようだ。不遜だと美咲を憤慨させる挑発になることを厭わぬと同時に、フォローの手紙を届けることを決して怠らない。このまめさが彼が“モテた”ということの秘訣なのだろう。そういった率直な自己表出は、僕自身にも覚えがあるように、かつては少なからぬ人々が十代の時分に実践していた行動原理だった。しかし、大人になるに従って、鹿野が言うところの「正直な生き方」をぶつけていく活力が衰退し、厄介を避けるようになる。

 僕がそこそこ尖がっていられたのは、何歳くらいまでだったか。本作に描かれていた鹿野の年齢三十四歳までは維持できていなかったように思う。そうは言っても自己表明については、わりと我が儘を周囲から許容してもらうような過ごし方はしてきている気がするが、鹿野ほどに応分のものを返せてきたのかどうかは、心許ないことこの上ない。一応「覚悟」のようなものに対する意識は持つよう努めてきたつもりではあるが、“対等”というのは実に難しい問題だと改めて思う。

 血縁家族の介護を受けることを強固に拒み、敢えて多数のボランティアによる“鹿野ファミリー”を構成することで自律的に生き延びる挑戦を続けてきた彼を支えた人々は、累計五百人にも上るとのことだった。そのなかには、単なるボランティア卒業もあれば、諍いによる訣別やら失望による離別も当然にしてあっただろうし、本作でも紹介されていた四十二歳での彼の死後十余年を経ても遺族との交流を続けているような人々もいるわけだ。いずれも、以て“多生の縁”ということなのかもしれない。

 とても興味深かったのは、鹿野にとっての美咲の存在だった。鹿野の求める“対等”がレトリックとしては確かにそうであっても、彼が発し望み求めるような対等さで以て向かって来ることのできる“健常者”が稀有であることを残念に思うと同時に、そこに乗じてしまう部分のある己に対する自覚があったはずだ。だからこそ、自分に対してきっぱりと言いたいことをぶつけてくる美咲を好もしく思い、惹かれたに違いない。更に言えば、そういう美咲を好もしく思い求めなければ、自身の繰り出してきたレトリックに対する自己証明ができないことに脅かされる部分が意識下で働いていたような気がしてならない。

 小学生で発病を宣告され、二十歳までは生きられないと診断された彼が三十路半ばへと至るまでの間に離婚歴があったということにも、この難題が横たわっていたのだろう。鹿野は、離婚原因は妻の浮気と語っていたけれども、根っこのところにあったものは、鹿野との間で彼の掲げる“対等な関係”を構築することの困難さだったに違いないと思った。また、美咲からの率直な問いに対して「なかなか攻めてくるねぇ」と笑いながら、「以前はもう少し身体を動かせていたし、何より海綿体は筋肉じゃないから筋ジスは関係ないんだよ」と応えていたことからは、普通に性生活もあったのだろう。そのことからすると、離婚後の筋ジストロフィーの進行というのは、増村保造監督の赤い天使['66]で強い印象を残している折原一等兵(川津佑介)のエピソードを想起させるところもあって苦しくなったが、もしかすると薬の服用によって緩和させていたのかもしれない。

 鹿野との出会いのお陰で諦めていた夢を叶えた美咲が思い出の歌だと後に語っていたキスしてほしいが、とても効いていて、ちょうど一週間後にオムニバス映画『ブルーハーツが聴こえる』を観る予定にしていることが奇遇にも思えた。いろいろなことを想起させてくれる、なかなか刺激的な作品だった。




推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20190109
by ヤマ

'19. 1.12. TOHOシネマズ3



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