『ビューティフル・ボーイ』(Beautiful Boy)
監督 フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン

 愛娘フランシスを薬物の過剰摂取で亡くしたと悼む女性が述べていた、死後ではなく、生者の喪に服する辛さだとの言葉が心に残った。子どもが薬物依存に陥った家族の惨状を実に生々しく描き出していて、観ていて苦しかった。

 医師から「生きていることが奇跡だ」と言われるほどの過剰な薬物摂取をしていたニックを演じたティモシー・シャラメがエンドロールのなかで朗読していた詩は、劇中の朗読と重なる一節があったから、チャールズ・ブコウスキーのものに違いない。ニックが自分を慕ってくれる歳の離れた義弟妹のいる家庭に戻り、ささやかな幸福感を得るたびに地獄の再発へと向かってしまう衝動に囚われる心を鮮やかに映し出していたように思う。

 高校の文芸部に籍を置いていた遠い日の記憶のなかでは、僕でも秘かに抱いていた覚えのある“狂気や破滅への憧れ”といったものは、十代の若者には決して珍しいものではないように思うけれども、自ずと備わっている生存本能や防衛心がそこから引き戻してくれるとしたものだ。だが、ときに防衛心のようなものが働かない人々がいて、戻ってこれずに囚われてしまう気がする。そして、薬物というものは、まさにそれが働かなくなるよう物質的に作用する代物なのだろう。武器と薬物の流通こそは、世の中から駆逐されなければならない絶対害悪なのだが、その圧倒的なパワーゆえに法外な金儲けのネタになることから、その利権を手放さない悪徳者が後を絶たないことが腹立たしい。

 治療施設の壁に“I didn't cause it, I can't control it and I can't cure it”と掲げられていた3Cというのは、薬物依存治療の世界では、よく知られた標語なのだろうか。確かに、この3つのCが映画のキーワードにもなっていた。ニックの父親デヴィッド(スティーヴ・カレル)と離婚した実母のヴィッキー(エイミー・ライアン)とが会話のなかで何かにつけて、しょっちゅう繰り返していたのがまさに“cause”だったように思うし、ニックが父親に最も反発していたものは“control”、継母カレン(モーラ・ティアニー)も含めた全員の求めていたものが“cure”だった。その三つへの囚われを全員で乗り越えることが、克服に向かう標なのだろう。

 父親デヴィッドの再婚家庭に馴染みながらも、そこでささやかな幸福感を得るたびに地獄の再発へと向かってしまう衝動に囚われるのは、根っこのところに自分の生まれ育った家庭を喪失した精神的外傷が作用しているように描かれていた気がする。それこそ、まさに“we didn't cause it, we can't control it and we can't cure it”で臨むほかないことだと思うけれども、それが至難の業であるように、薬物依存の克服も生半可のことではないことがよく伝わってきた。折しも高齢の元農水省事務次官が四十路にある長男を刺殺した事件の裁判員裁判判決について報じられていたが、薬物依存に限らず、この3Cが鍵を握っている家庭不全の代表格が引き籠りであるようにも感じた。

 ニックが荒んだなかでも宿していた素直さや善良さをシャラメがとてもよく演じていて、チラシの裏面上段に記された「今の時代に存在すべき重要な作品」だと思わせてくれたような気がする。武器にしても薬物にしても、作り作らせている連中が一番悪いのに、使っている人々や使わせてしまっている人々に得てして厳しい目が注がれることに釈然としない想いが湧くのだが、シャラメの好演によって改めてその意を強くしてもらえる作品になっていた。作中に登場した誰が悪いわけでもないことがありありと伝わってきて、この世にかようなものを存在させ流通させている連中こそが悪だと改めて思った。

 薬物の過剰摂取は、アメリカの50歳以下の人の死因の第1位なのだそうだ。あの国自体が武器と薬物への依存症に罹っている感じなのだが、何かといえば、かの国の真似をして追いかけている我が国の行く末を思うと、暗澹たる気分に見舞われる。

 また、時系列を敢えて無視した編集をしているところが大いに目を惹いた。行方不明になったニックを探すデヴィッドの心象に脈絡なく現れるので、少々判りにくいところがあるのだが、時系列で運ぶことによって安直な“cause”を観る側に受け取らせたくない作り手による、確信的なものなのだろう。誰が書いているのか気になって確かめてみると、監督と連名で脚本にクレジットされていたのはルーク・デイヴィスだった。思えば、彼が脚本を書いたLION/ライオン ~25年目のただいま~['16]も、家族のデリケートな関係を描いて、なかなか観応えのある作品だった。




推薦テクスト:「おさるの空飛ぶリンゴの見つけ方!」より
https://heart-to-heart.jp/10322.html
by ヤマ

'19.12.21. 喫茶メフィストフェレス2Fシアター



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