『世界で一番ゴッホを描いた男』(中国梵高)['16]
監督 ユイ・ハイボー&キキ・ティンチー・ユイ

 ほとんど何の予備知識もないままに、複製画市場の暗部を描き出している作品なのだろうと思っていたから、20年間ゴッホを描き続けてきた趙小勇(チャオ・シャオヨン)の驚くほどにピュアなゴッホへの想いの強さに、少なからず感銘を受けた。

 ゴッホなんか知らないと答えていたタクシー運転手のような人だっているにはしても、およそ画家のなかでも最も数多くの人々にその名を知られているであろうファン・ゴッホながら、その存在がチャオほどに大きなものになっている人は、他にないのではないかと思わずにいられなかった。

 自分が長らく幾枚となく描いてきた画の本物を観るという念願をチャオがオランダで果たし、本物の持つ想像を超えた画力の違いというものを誰よりも強く感受して、まるでアマデウスでのサリエリがモーツァルトに痺れたように凡人には真似のできない衝撃を受けている姿に感じ入った。自分の描いた絵が売渡値の8~10倍で売られていることや、画廊ではなく土産物屋で売られているのを目の当たりにしたこと以上に、彼が本物のゴッホから感受したものの大きさを見事に捉えていたように思う。

 自分は中卒ですらないと涙していたチャオの重ねてきた複製油絵の営みは、タクシー運転手が問うていたような偽物づくりどころか、写経の行のようなものだったに違いないという気がしてきた。筆を重ねるなかで、ゴッホに対し、ある種の境地に至っていたのだろう。

 そして、アムステルダムに行ったことで本当に趙小勇の相貌までが異なっていたように思う。ゴッホの描いたカフェの現場でイーゼルを立てて描いていた場面の絵と、中国に戻って描いていた己が故郷の路地の絵とが、やけに心に沁みてきた。

 それにしても、複製油絵の世界市場の6割を占める制作をしている「油絵村」が深圳市にあることを初めて知って、いかにも中国らしいと思ったが、1万人もの職人がいて、なかなか厳しい労働環境にあることが印象深かった。

 チャオの売渡価格450元は7千円くらいで、オランダでの売値500ユーロは6万円くらいになるようだから、確かに8~10倍だが、最も製作依頼枚数の多いサイズの売渡単価が7千円なら、多い時には毎月6~700枚描いていたというチャオの年収は幾らだったかと思うと、4~5000万円くらいになるわけだ。10人雇っていたにしても家内労働分も入れての話だから、世帯収入としては金額的にはそんなに些少ではない気がした。それからすれば、画面に表れていた暮らしぶりと収入が見合わない気もするが、深圳ともなると、相当に物価水準が高いのかもしれない。
by ヤマ

'19. 5.12. 喫茶メフィストフェレス2Fシアター



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