『グリーンブック』(Green Book)
監督 ピーター・ファレリー

 キャラクター造形の巧さに魅了され、ニンマリしみじみ堪能した。そして、不当さと戦うのに必要なのは、暴力ではなく品位だとのドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の言葉に、三十年近く前に観たボンデージを想起し、本作も“DIGNITY(品位・威厳)”の映画だと思った。その人間的品位が、いささかがさつで粗忽なトニー・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)に宿っているところに味があった。

 見るからに華麗な立派さではなく、道端で売られている小石くらいの小綺麗さの価値というものの掛け替えなさを改めて思う。そして、そういう小綺麗さを獲得するには人間観察であれ、音楽鑑賞であれ、素直な感受性こそが大事なのであって、それを以て臨めば、教養の如何によらず誰にも開かれ得るものであることを示していた気がする。逆に言えば、多少の教養があっても素直な感受性を失えば、偏見や蒙昧から逃れられないということだ。リップと仇名されるほどに口の減らないお喋りトニーの直情径行のようでいてクレバーで、律義さとユーモラスの按配の絶妙なキャラクターが実に愉快で魅力的だった。

 天才ピアニストか忌まわしきニガーとしてしか見られることのなかったであろうドン・シャーリーが、その両方を認知したうえで、そのいずれにも視座を置かずに、素直なまでに「ボス」としての敬意を払ってくる人物を雇うことができたことの幸いがよく伝わってきた。しかも、昨今流行りの己が保身と目先の利益のための“忖度”などとは無縁の敬意であるところが肝心で、そこにこそ昨今の高級官僚たちが失っているディグニティが窺えるように感じた。

 トニーが言うところの“複雑さ”をも抱え、もはや已む無きものとしての孤独を引き受けるしかないと思い込んでいたはずのドン・シャーリーにトニーが与えたブレイクスルーは、ドンがその人生のなかで出会えた幸運のなかでも破格のものだったに違いない。

 人種問題が主題ではなく、心の壁が主題であるように感じた。才能以上に必要なものは勇気だとの台詞もあったが、二人はともに人目に対する勇気を確かに備えた男たちだったように思う。二人の“DIGNITY(品位・威厳)”の根幹はそこから生まれていた気がする。いい映画だ。

 映画を観終えた後に映友から、ドンから咎められてトニーが返したはずの石が最後のほうで車のなかにあったのは何故か、と問われた。観ているときは僕も「え?どーして?」と思ったくらいだから、経緯は判らないのだが、落ちているのを拾ってこそのラッキーだと思っていたはずのトニーがドンから買うよう言われて「それじゃ、意味ない!」と言っていたところからは、ドンの弁によって買い求めた石ではないように感じている。

 直接的な説明は何もなく、幾通りか想像できるようには思うけれども、僕の解釈としては、ドンの咎めに従って返すふりをしてちゃっかりくすねてきていたというのではなく、あの石とは別の石を新たに別の場所で求めたと観ている。大事なのはその理由であって、トニーが言っていた「幸運の徴」とは違う意味合いで、妻ドロレス(リンダ・カーデリーニ)のために買い求めたものだったのではなかろうか。

 本作を差別の映画ではなく“DIGNITY(品位・威厳)”の映画だと観ている僕の視座からは、最後のほうに現れた石が盗品であり、その盗品をドンが認めるようになっているというのは、いささか据わりが悪く、それよりは、音楽のみならず文才にも恵まれたドンからの指南を得て「コツがわかって来た」と、自分で書いた手紙をドンから褒められるようにまでなっていたトニーが“ドンから学んだコツは手紙だけではないことを示す証”としての小綺麗な石だと解したいところだ。

 律義に妻との約束を守って苦手な手紙を書き続けていたトニーを通じてドンがその人物像を察していたと思われるドロレスとドンの対面場面がまた素敵だった。孤独なピアニストのドクター・ドナルド・シャーリーがバレロンガ夫妻から得て信じられるようになったもの、バレロンガ夫妻が才能と勇気に富んだピアニストから得て味わえている喜びを鮮やかに描出していたように思う。ドロレスを演じたリンダ・カーデリーニがさりげなく体現していた、妻としての節度ある柔らかな“DIGNITY(品位・威厳)”が、実に魅力的だった。




推薦テクスト:「映画通信」より
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1970679114&owner_id=1095496
推薦テクスト:「お楽しみは映画 から」より
http://takatonbinosu.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-8c4f.html
by ヤマ

'19. 3. 4. TOHOシネマズ9



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