『空飛ぶタイヤ』
監督 本木克英

 昭和の時代には山本薩夫監督作品に代表されるこういう作品が少なからずあったけれども、もうすっかり姿を消してしまったように感じていたから、妙に新鮮に映ってきた。そう言えば、三菱自動車や狩野常務(岸部一徳) のモデルになった人物はその後どうなったんだっけ、などと思った。

 登場場面が少なかったのに、強い印象を残していたのが、佐々木蔵之介の演じた富山ロジスティックスの元整備課長なる総務課長だった。聞くところによれば、モデルになった運送会社は事故後、まもなく倒産に追い込まれたらしい。映画では、赤松社長(長瀬智也)が訪ね歩くリストアップされた会社で、倒産しているところが一社もなかったが、たまたま“人一人の命が奪われた事故”にはならなかったからなのだろう。映画を観ていても、あそこまで逼迫していたら、ホープ自動車の不正が明るみに出て、ホープ系列ではない銀行からの融資が得られたとしても既に手遅れなんじゃないかという気がしていたから、実際の運送会社は、三菱自工と闘わずともあそこに描かれたのと同じ道を辿って倒産したのだろう。旧財閥系自動車会社は、それに対する補償や責は負ったのか、それも気になった。

 原作小説がテレビの連続ドラマになっていた作品だと聞いていたから、映画は相当に端折っているのだろうが、実に手際のよい抽出がされていて非常に感心したので、クレジットを追っていたら、林民夫の名が現われて納得感を覚えた。ゴールデンスランバーの後、少し気に掛けるようになっていた脚本家だ。いい場面がたくさんあったのだが、なかでも気に入ったのは、品質保証部の杉本(中村蒼)が販売部の沢田課長(ディーン・フジオカ)に匿名で告発しなかったことを讃えた場面だった。杉本が自分のしようとしたこと、できなかったことにきちんと向き合い引き受けている感じと、沢田が杉本から称賛されるようなものではなく、より高度な計算に基づく防衛心からのものであることに含羞を湛えているような感じに品があって好もしく感じた。その後、沢田課長が杉本から託されたものについて、どういう使い方をするのか、大いに興味が湧いた。

 結局のところ、狩野常務の意向を存分に“忖度”した幹部たちによって、よりタチの悪い干され方をした沢田からすれば、あのような使い方をせざるを得なくなったことは不本意だったのだろうが、富山ロジスティックスの元整備課長が味わったであろう屈辱を沢田に与えることになった狩野常務の追い込んだ“窮鼠猫を嚙む”とも言える形になっていた。それは、赤松の想像も及んでいないはずの大企業的な社内事情によるもので、赤松にとっても狙い通りとは言えない“幸運”にすぎない形になっているところに、いろいろ複雑な想いが湧いてきた。




推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20180630
 
by ヤマ

'18. 7.12. TOHOシネマズ8



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