『彼らが本気で編むときは、』
監督 荻上直子

 介護施設で働くリンコ(生田斗真)に、認知症と思しき入所者の斎藤(品川徹)が言う「この手は心の綺麗な人の手だ」との言葉に相応しい生育を彼女が果たせたのは、恋人マキオ(桐谷健太)の姪トモ(柿原りんか)に彼女自身が語っていたように、数々の毛糸を“本気で編んだ”ことの賜物でもあろうが、少々破天荒な母親(田中美佐子)があってこそのものだろうと思った。

 母親(ミムラ)の養育放棄により叔父マキオの元に身を寄せた小学生トモの級友であるカイを自殺未遂に追いやってしまう母親(小池栄子)の無自覚と、「リンコの最初のオッパイを作ってやったのは私なのよ」と言う母親との違いは余りにも大きい。そう言えば大阪ハムレットの房子にも性同一性障害に悩む小学生の息子がいたけれども、なかなか見事な肝っ玉母さんぶりを発揮していて、大いに感心させられた覚えがある。

 本作で実際に編んでいる姿を見せたのは、リンコ、トモ、マキオ、マキオの母(りりィ)の四人だったが、リンコの母親も、斎藤さんも、きっと数々の毛糸を本気で編むくらいの悔しさや憤りの呑み込みを、その人生において余儀なくされてきたのだろうと思わずにいられなかった。

 かなり深刻でデリケートな題材を扱っているのだが、TV番組でお馴染みのおねえキャラ的な笑いやギャグに向かうものを確信的に排除したなかで湛えているユーモアに、なかなか程のよさがあって、例えば、百八つの煩悩とリンコから聞いてトモが「消費税込み?」と言ったりするのが妙に可笑しかった。

 それにしても、生田斗真が見事だった。予告犯でもよかったけれども、本作にはほとほと感心した。LGBTのなかでも、演じて最も難しいのは、やはりトランスジェンダーだろうと思う。「身体のほうの工事はみんな済んでいるの」と言いつつ、美しく清楚に身嗜みを調えながらも骨格や体格までは変えられないでいる女性が、愛し合える男性と巡り合えたことへの慎ましくも毅然とした喜びを滲ませつつ、愛する相手との間に子どもを設けられない苦衷をトモの出現によって掻き立てられるとともに、愛するパートナーと血縁の子どもの育児に携わることで湧いてきた情感に揺れているさまをとても繊細に演じていたように思う。すっかり驚いた。

 
by ヤマ

'17. 3.14. TOHOシネマズ1



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