『予告犯』
監督 中村義洋


 観逃さずに済んでよかった。何とも痛切な作品だった。先ごろ読んだばかりの年収300万円時代を生き抜く経済学』の読書感想文実に恥ずかしくも情けない国に成り果ててきている気がしてならないなどと記していたからか、大変な犠牲を払ってフィリピンから父親の国たる日本にまで訪ねて来ていた Nelson Kato Ricarte【ヒョロ】(福山康平)に対し、生田斗真の演じた奥田宏明【ゲイツ】が「こんな情けない国になっちまっててごめんな」と零していた言葉が刺さってきた。

 自尊心を根こそぎ奪って恥じない差別と貧困を生み出す“ハケン”というものが格差社会の象徴として描き出されていたように思うが、ちょうど小泉政権時代に規制改革の名のもとに、竹中平蔵とともに労働者派遣法をそのようなものに改“正”していく先鞭をつけた宮内義彦がオリックスの会長職を退いて54億7000万円もの報酬を得ていることを報じた記事を目にしたばかりだったので、余計に響いてきたのかもしれない。派遣法は幾度かの改訂を経て、いよいよ今国会では改正案は「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指す」安倍政権の企業優先の考えが色濃い。厚生労働官僚の一人も「企業が好き放題できる内容だ」と認めると地元紙の報じているものが成立する見通しだそうだ。

 僕が高知に住んでいるからか、本作でのワーキングプアの若者たちと、能力や人物の如何によらず彼らを蔑視し、その自尊心を痛めつける連中の姿に、幕末の土佐藩を描いた物語に頻出する上士(正社員)と郷士(ハケン)の関係を想起したこともあって、ゲイツたちが送り込まれた違法産廃処理の現場での血糊に染められた団結が、なんだか坂本龍馬も加わった土佐勤王党の血判状のように思えた。そして、そういう身分社会に今や本当になっている気がしておぞましかった。改正法が施行されると更に状況は悪化するのかもしれない。

 ヒョロの遺体の顔の上にスコップを投げ捨てて埋めておくよう命じた違法処理業者に逆上した寺原慎一【メタボ】(荒川良々)が思わず振るった血染めのスコップを押さえたゲイツが「止めたりしない」と口にしたときの凄味がなかなかのものだった。まともな職を得られない若者をタコ部屋に住まわせて過酷な労役を強いる違法処理業者と土佐藩参政の吉田東洋とは比較にならないが、東洋暗殺ですら容易に是非を問うことのできない歴史的事実というか状況であったことを思うにつけ“シンブンシ”達の一連の行動を単なる犯罪行為では済ませられない気がした。

 ゲイツの遺したISの処刑場面もどきの動画を警察から見せられて、映っている当事者なればこそ、彼の遺志が痛いほどに解り、葛西智彦【カンサイ】(鈴木亮平)にしても、木村浩一【ノビタ】(濱田岳)にしても、メタボにしても、必死に応えようとしていたのだろう。思い返すだに心中いかばかりか察して余りある場面だ。なかでも発端となるスコップを振るったメタボを演じた荒川良々の泣いているような笑っているような絶妙の表情が素晴らしかった。映画のお約束と言えばお約束なのだが、動画撮影時点ではゲイツ以外の誰もその撮影意図を知らないわけで、警察から見せられて初めて知るのだから、すさまじく強烈だ。何気なく「もし誰か生き残ったらどうする?」とゲイツに問い掛けていたことも効いてくる運びになっていた。切り取られた映像に限らず事実の断片は何ら真実を伝えるものではないことも鮮やかに示していて、映像が氾濫し幅を利かせる現代社会の不確かさと危うさが浮き彫りにもされていたような気がする。

 そして、思えば死後とは言え、最難題と思われたヒョロの夢さえもゲイツは叶えてやっているし、彼自身の夢も含め、あのとき五人が口にした“それだけ?”の夢が、まがりなりにも全て叶った形になっているところが素敵なエンディングだったように思う。生きた甲斐、生きた証というのは、その長さでも社会的成功の獲得でもないことを語っていた。

 また、東大卒のキャリア刑事の吉野絵里香(戸田恵梨香)に「あんたにはわからねぇよ」と言っていたネットカフェ店員の青山祐一(窪田正孝)に作り手が語らせていた言葉が印象深かった。「どんなに小さなことでも、それが誰かのためになるのなら、人は動くんだよ」というのは、あらゆることを「金目でしょ」としか見られなくなっているような今の日本の風潮に対して、作り手が物申したい言葉だったような気がする。そのうえで、吉野絵里香が恐らくは青山に「わからない」くらいの貧しく辛い幼少期を過ごしたことも見せていて感心した。しかも彼女は「あんたにはわからねぇよ」などとは言わない。すべからく物事はそう単純ではないと知る必要があるのだ。むしろ単純に善悪が問えるようなことのほうが少ないのが人間社会の実相だという気がする。

 何かと言えば物事を単純化し、断言と強弁で煽り制裁を求めることが常態化してきた“知的貧弱強面社会の失ってきているもの”をアクチュアルな素材で浮かび上がらせたエンターテイメントだった。なかなか大したものだ。
by ヤマ

'15. 7. 1. TOHOシネマズ1



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