『光をくれた人』(The Light Between Oceans)
監督 デレク・シアンフランス

 今の時代にはない敬虔で古風なトム・シェアボーン(マイケル・ファスベンダー)の人物像をどう受け止めるかで印象が違ってくるかもしれないが、非常に落ち着いた格調高い作品だと思った。題名の示す“光”とは、船が大海を渡るのに欠くことのできない灯台の光であると同時に、人が人生を渡っていくのに必要な光をも意味しているようだ。そのうえで、原題にはない“人の存在の重要性”に言及している『光をくれた人』という邦題には、なかなか含蓄がある。他方で「陰陽ないしは聖俗ふたつの世界の間を繋ぎ照らす」という原題のニュアンスが損なわれたとしても、僕は、未読の同名原作小説の邦題『海を照らす光』(M・L・ステッドマン)に優っているように思う。

 英雄戦士と評されながらも第一次世界大戦を生き残った虚無に囚われていたトムにとっては、妻となったイザベル(アリシア・ヴィカンダー)がまさしくその人であり、二度の流産で失意に沈んでいた彼女にとっては、灯台守の妻として暮らす孤島に思い掛けなく流れ着いた赤ん坊が、紛れもなく“光をくれた人”だったのだろう。そして、漂着した赤ん坊を届け出ることを怠った“不作為による赤ちゃん泥棒”に対して、実母のハナ(レイチェル・ワイズ)に重大な決意をもたらしていた亡き夫のドイツ人フランツ(レオン・フォード)もまた、彼女に“光をくれた人”だったのだろう。

 一九一八年から一九五〇年に至る三十年余の時間のなかで、人が人として備えるべき徳性についての真摯で深い考察を促してくれる秀作だと思う。金品の窃盗どころではない非道と言える“赤ちゃん泥棒”に対して、浅薄な社会正義などで是非を問わず、また情に訴えるだけの赦しにも流れない美しい物語だった。人が生きていくには何よりも人を必要とすることが実に沁みてくる。そして、大切なことを見失わない忘れないことこそが一番の徳性だと思わずにいられなかった。

 自分が幾人もの殺人を重ねた戦争に生き残ってしまったことや他人の赤ん坊を盗んでしまったことに対してトムの抱いた罪悪感にしても、敵性国人として白眼視に晒されながらも明朗を失わなかった夫からハナが教えられた赦しにしても、夫の密告さえなければ万事うまくいっていたものを台無しにされて「絶対に許さない」とまで憤っていたイザベルが蘇らせた想いにしても、金品では贖えない徳性に他ならないように思う。

 もし仮に、トムがこれ以上の罪悪感を背負いたくなくて、失意の妻への憐憫と愛情に負けることなく訴えを退けて“正しい”道を選び、赤ん坊の漂着を報告していたらシェアボーン夫妻のその後はどうなっていたのだろう。そのことで直ちにシェアボーンならぬ“生を分かち合う”夫婦関係が破綻したとは思えないけれども、赤ん坊にルーシーと名付け育て失う顛末を経て育まれた絆は生まれなかったから、二十二年後の再会も起こりようがないわけで、夫婦の関係にしても異なるものになっていたはずだ。

 世捨て人となっていたトムへの光の与え方にしても、己が失意のなかで見出した光への向かい方にしても、さらには二十二年後の再会に際して自身に課したことにしても、イザベルという女性が見せていた気丈に留まらない気性の激しい靱さが印象深く、是非もなき人の生の諸事に対する想いを触発された。そして、ハナ、トムを含め、さすがブルーバレンタインをものしたデレク・シアンフランスによる監督・脚本作品だけあって、実にニュアンス豊かな人物造形に心惹かれた。




推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/18021101/
by ヤマ

'17.12.24. 業務用サンプルDVD



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>