『日本で一番悪い奴ら』
監督 白石和彌

 東映と日活のロゴが出て始まった本作は、そのロゴに相応しく、実に昭和の香りの漂う作品で、今でもこういう映画ができるんだと妙に感動的だった。平成作品にあって昭和の香りが濃厚に漂う映画となれば、その筆頭は、僕のなかでは望月六郎監督の皆月['99]に他ならないが、あれから十五年以上経てすっかり日本映画が女性仕様に様変わりしたなか、本作のような映画が現れるとは嬉しい驚きだった。

 北海道警の稲葉元警部の事件のことを僕が記憶に残したのは、三年前に聞いた元北海道新聞の高田昌幸記者によるメディアリテラシーに関する講座でだったような覚えがあるのだが、改めて映画化作品で観ると、そのタチの悪さと滑稽さ、哀しさに得も言われぬものがあった。組織レベルでも個人レベルでも、強い力を得ることでの思い上がりや腐敗というものに、人は本来的に抗えぬものであることがよく描かれていた気がする。そして、強い力を前にすることでの怯みや媚も併せてよく表れていたように思う。だからこそ、落ち目における悲哀と屈辱は倍加するのだろう。その怖さをイヤというほど知っていたはずの覚醒剤に諸星が手を出してしまうことを見ても、そのキツさというものが偲ばれる。

 その稲葉元受刑者が出所後に上梓した告白本『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』を原作にした本作で稲葉に当たる諸星要一を演じた綾野剛が実によかった。良くも悪くも至って素直で見事に悪に染まり、愚かで図に乗りやすいものの、狡さのない困り者キャラを存分に演じていたように思う。なかでも裏世界で認められ、幅を利かせ始めた途端に歓楽街の住人たちからちやほやされ悦に入っているさまとそれに味を占め、図に乗っていくさまが活き活きとしていて半ば爽快ですらあった。昇進や実入りとの面では帳尻が合わなくても“道警のエース”と煽てられることに溺れ込んでいくのが止められないであろう愚かな有頂天がよく伝わってきた。

 また、ススキノの高級クラブのホステス由貴を演じていた矢吹春奈もよく頑張っていた。彼女の造形していたキャラこそが本作に昭和の香りを漂わせるうえで最も貢献していたような気がする。背中一面に描いた刺青を背負った裸身の極彩色ではない淡い彩が似合っていた由貴の濡れ場やソープ嬢による泡踊りシーンなど、近年の劇場公開作ではとんとお目に掛からなくなっているように思う。

 エンドクレジットに窺える限りでは、企画・製作の中心になっていたのは東映よりむしろ日活だったようだが、映画世界の持っている雰囲気は、かつての東映映画のほうが色濃かったように思う。思わぬ拾い物だった。

 ともあれ、「S」という符牒で呼ばれるタレ込み屋を飼うよう仕向けたのが、後に争われた上層部だったのか、本作に描かれた村井班長(ピエール瀧)のような先輩悪徳警官だったのかは不明瞭だったが、少なくとも「S」を当てにしつつエサ代の面倒をみようとしなかった道警のツケがとんでもない形で現れることになったのは間違いないようだ。諸星の「S」山辺(YOUNG DAIS)が開いたカレーショップの命名を望まれた諸星の名づけた店名が「スパイス」ではなく「スパイズ」と映っているように見えたが、この「S」なる存在への作り手の痛烈な皮肉が込められた“遊び”のように感じられた。快作だと思う。



推薦テクスト:「田舎者の映画的生活」より
http://blog.goo.ne.jp/rainbow2408/e/3f2379ad6d1dbfc04f5468070996bf51
推薦テクスト:「映画通信」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1953693221&owner_id=1095496
by ヤマ

'16. 7.11. TOHOシネマズ2



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