『64-ロクヨン-前後編』
監督 瀬々敬久

 まさに半落ちの梶(寺尾聡)の常人ならざる思いの強さと『クライマーズ・ハイ』を観たときのメモに“チェック&ダブルチェック”の信念が“クライマーズ・ハイ”に打ち勝ったベルト&サスペンダーの男の話ってことのようだけれど、ブンヤ文化の品性のなさのようなものが随所に溢れ出てて、なんだかなぁ~って気になった。と残している記者クラブ連中の品性のなさを足し合わせたような作品で、何だか妙に味の悪さが残った。

 横山秀夫原作作品は、この他にも『出口のない海』『臨場:劇場版』を観ているが、監督や脚本は替われど、どの作品にも共通しているのが、物語の作りのあざとさと、とことん情に訴えかけてくる妙な思い入れの深さで、本作にもそれは見事に通じていたような気がする。

 地方警察での事件や現場のことなど眼中になく、警察庁長官の視察が何より大事なキャリア官僚の赤間警務部長(滝藤賢一)にしても、刑事部から警務部に配属換えになった三上(佐藤浩市)を「広報官風情が」と見下す叩き上げの荒木田刑事部長(奥田瑛二)にしても、虎の威を借りる狐以下の何様顔と物言いの記者クラブの連中にしても、加えて県警本部長(椎名桔平)や東京の記者たちの地方を田舎と見下す思い上がりにしても、単に図式的なばかりではなく嫌味に念が入っているだけでカタルシスに繋がらないから、味が悪いような印象が残ったように思う。観た映画化作品全ての原作を未読ながらも、おそらくは原作者の持ち味であるような気がしてならなかった。

 役者陣はいずれも熱演でスタッフ力も高く、主題的にも悪くないので、かなり残念な気がした。キャリアであろうがなかろうが、組織を負って立つポストに位置するなり、組織の御旗を立てて物言うなりする際には、人がひどく卑しくなりがちなのは経験則から眺めても的外れではないのだが、あまりの惨状に辟易とした。顔つきからして醜く歪んでいて気分が悪い。記者クラブのブンヤたちが拘る実名開示にしても、発表情報の信憑性を担保するものとして重要な項目であるのは明白なのだが、報道を受ける側である我々の知る権利においては、さして重要な項目ではない。むしろ報道機関を名乗っている輩に垂れ流されることへの危惧を招くほどに、昨今の報道機関はイエロージャーナリズムに傾いているような印象さえあるのが現実だ。

 とはいえ、秘書課広報室の美雲(榮倉奈々)が言うように「個々人は普通の人」であるものが業界組織や幹事社の看板を背負うと変貌してしまうにしても、まだ平成十四年当時なら、個人に向かうメディアスクラムに対して平成十三年十二月に新聞協会の編集委員会が集団的過熱取材に関する日本新聞協会編集委員会の見解を発する程度には、ジャーナリズムの側にも良識が働いていたのだろうが、今や報道機関の幹部が時の政権トップと頻繁に会食を重ねるなどという有様で、ジャーナリズムの根幹に関わる部分を瓦解させているのだから、始末が悪い。本作でも、県警秘書課広報室が記者クラブとの懇親会を段取り接遇する年中行事があることを覗わせていたが、今の政権トップとの会食もその延長のようにしか思っていないのだろう。

 それにしても、平成十四年の少女誘拐事件の被害者保護が判明した時点で直ちに十四年前の「64-ロクヨン-」捜査に切り替えて続行するとした捜査一課長の松岡参事官(三浦友和)の慧眼は、根拠あってのことだったのか、偶々だったのか、いまひとつ釈然としなかった。そして、広報室に異動してきたのがわずかに一年前でしかないのに、同じ「64-ロクヨン-」捜査の追尾班にいて疾うに警察を退職した望月(赤井英和)でさえ知っているらしい幸田メモのことを、なぜ三上だけが知らないのかも腑に落ちなかった。

 また、うら若き婦警の美雲が「職務を介して汚れを負うこと」に関して三上広報官に痛烈な言葉を浴びせる形でその負担軽減を図ろうとしていたときの、所詮は観念的でしかない「汚れ」とは全く異なる深度で個人を蝕みスポイルしていき、心ある職員を育み得ない権力組織の問題を描こうとしている部分が妙に響いてきて、若かりし頃にきみは非常に優秀なんだけど、自分は汚れようとしないところが限界だね。などと所属の課長から言われたことを思い出したりもした。そういった部分と、子を想う親の心情を描こうとしている部分のバランスが観ていてあまりしっくりこなかったようにも思う。

 近頃は当たりそうな好企画が浮上すると、すぐさま「(前後編に)割れないか」といったことが俎上にのぼるのが制作現場の実情らしいと仄聞したが、『進撃の巨人 前後編『ちはやぶる 上の句下の句も『64-ロクヨン-前後編』もそういうことなのかと思うと、興の削がれること夥しいものがある。かつては脚本家の技量も如何に削り落とすことができるかだったのが、いまや如何に伸ばして割れるのかといった逆方向に転じているのだそうだ。その点で言えば、伸ばすにしても、削るべきものと補うべきもののバランスがあまりよくなかったと思う一方で、後編の導入部において、前編では見せなかったカットも交えて前編の概略を綴った編集はなかなかのものだった気がする。




推薦テクスト:「田舎者の映画的生活」より
http://blog.goo.ne.jp/rainbow2408/e/493bad12197c7a97dfb2cb7e22eb1423
推薦テクスト:「映画通信」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1953377345&owner_id=1095496
推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/16073001/
by ヤマ

'16. 7. 5. TOHOシネマズ3



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