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『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』(Florence Foster Jenkins) | |||||
監督 スティーヴン・フリアーズ
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スティーヴン・フリアーズ作品だから観たい気もする一方で、何だかメリル・ストリープの圧倒的な演技力の見せつけ作品の予感もあって、なかなか腰が上がらないでいたのだが、リライアブルな映友女性から僕の好みだとのお墨付きをいただいて、そんならとすかさず観に行った作品だ。 この世界の片隅には、こんな稀人もいたのかと唖然としてしまった。日本という『この世界の片隅に』て、すずさんが「夫婦ってそんなものですか!」」と言っていた同じ年に、カーネギーホールを満席にして稀有なるリサイタルを開いて76歳の生涯を閉じた歌姫は、とてもそんなに永く生きられるはずのない業病を前夫から罹患させられていたそうだが、映し出された残されている写真を観ても、愛らしく健やかそうな女性だった。 メリル・ストリープとヒュー・グラントが演じたフローレンスとシンクレアの夫婦についても、すずさんなら「夫婦ってそんなものですか!」と言うに違いない気がするのだが、「これも大いにありなんじゃないの?」と思わせる関係性の豊かさと確かさがうまく描き出されていたような気がする。 フローレンスが人々を引き付けていた根底に、彼女の受け継いだ遺産による資力があるのは間違いないのだが、単に資力だけではなかったのだろうと窺わせる説得力を漂わせていた気がする。さすがメリル・ストリープだとやっぱり感心させられた。 それにしても、同じ1944年の日米の状況の差をこれほどに見せつけられると、本当に言葉がなくなる。決して知らないことではなかったのに、だ。また、ここに描かれた戦時中のアメリカを観ると、マッカーシズムの吹き荒れた戦後よりも、戦中のほうがずっと大らかで社会に余裕があったような気にさせられた。その時代を僕自身は同時代に過ごしてはいないが、ちょうどソ連崩壊後にグローバリズムなどと奢りつつ強欲資本主義の吹き荒れた冷戦後よりも、冷戦時代のほうが好ましかったように感じられる、僕が同時代を過ごした戦中戦後のアメリカから受けている印象が作用している面もあるかもしれない。つくづく勝てば官軍というのは「勝てば姦軍」に他ならないと思う。 また、映友女性のお見立て通り、シンクレアの愛人キャサリンを演じた三十路のレベッカ・ファーガソンが気に入った。『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』を観たときのメモに「トム以上に、レベッカ・ファーガゾンが魅力的で、…きりっとした男前な女性のかっこよさを体現していて大いに魅せられた」と記していた彼女が、素裸の寝姿を少しだけ見せてくれていたのが実に中途半端で物足りなかったけれども、公認と言われつつも日陰の身という微妙な立場の苦衷と気丈を好演していたように思う。成金男の玉の輿に乗ったアグネスを演じていたニナ・アリアンダにはさほど惹かれなかったが、なかなか愛嬌があって好もしかった。 そういった女性たちを並置したうえで、その苦衷と気丈と愛嬌を併せ持つ76歳のフローレンスを表現して遜色を感じさせないどころか、稀人だったことを得心させるのだから、あっぱれメリルと言うほかない。もっとも、それには一歩間違えれば、卑しさや姑息さが漂いかねない役どころの夫シンクレア・ベイフィールドやフローレンスの伴奏者を務めたピアニストのコズメ・マクムーンを演じたヒュー・グラントやサイモン・ヘルバーグの好演が大いに貢献していた気がする。なかなかいいアンサンブルだったように思う。 推薦テクスト:「ケイケイの映画通信」より http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1957315833&owner_id=1095496 | |||||
by ヤマ '16.12.14. TOHOシネマズ2 | |||||
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