『ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償~』(The True Cost)
監督 アンドリュー・モーガン

 僕にとっては、衣類はTシャツですら今だに耐久消費財であって、消耗品ではないから、本作に捉えられたような低賃金労働の犠牲の上に成り立つ大量生産・大量消費とは、自分自身の生活スタイル自体は乖離しているのだが、真っ先に想起したのは、やっちゃれ、やっちゃれ![独立・土佐黒潮共和国]』(坂東眞砂子 著)の感想文に「百円均一店の利用なども敢えて遠ざけていた記憶があるのだが、こちらのほうは、いつの間にか取り込まれてしまっている」と記した百円ショップのことだった。

 本作では、主に欧米とりわけアメリカ企業が問題視されていたが、“ファスト・フード”ならぬ“ファスト・ファッション・ブランド”としてロゴマークが連写されたなかで目を惹いたユニクロが、奇しくもいま世界で注目されているパナマ文書に名の挙がっている企業であるらしいという符合に、フェアネスから縁遠い企業としての納得感があった。

 作中に「コンシューマー(消費者)ではなく、カスタマー(顧客)であれ」との言葉によって、消費社会からの脱却を訴える人物が登場していたが、フェアトレードを無視した生産流通に対する“不買運動”で改善できる問題でもなく、事態はなかなか深刻だ。

 ファッションに限らず今やほぼすべての生産流通過程に横たわっている問題で、企業活動の多国籍化というか「自由」の名のもとの“好き勝手貿易”と、「規制緩和」の名のもとによる“やりたい放題”、「市場主義経済」という名の“強欲資本主義経済”というアメリカン・スタンダードが、グローバルな経済領域に広がってきた今世紀最大の国際社会問題だと改めて思った。かつて南北問題と呼ばれた格差と搾取の問題は今や南北を越え、かつて先進国と呼ばれた国々における雇用環境の悪化と所得格差の拡大を招くに至っている。

 ユニクロが本作で捉えられたような下請工場における労働搾取のみならず、国内店舗の従業員に係る労働搾取でのブラック企業として非難されてもいたことを思い出すとともに、ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が世界の長者番付けに名を挙げていたことが、まさに現代のグローバル企業の有態を示している気がしてならないように思ったことも併せて思い出した。時代の寵児として彼自身は単に体現しているに過ぎない“時代のトレンド”のほうを改変させる手立ては、いったいどこにあるのだろう。多国籍企業に“エシカル”を担保させるには国際協調による仕組み作りが不可欠なのだが、ルールを作る側が彼らから便益を受け、とても“エシカル”とは言えない金まみれの環境に身を置いているように見受けられるばかりか、彼らをもって“勝ち組”などと賞賛を与えたりしているからこそ“時代のトレンド”たり得ていることを思うと、暗然たる気分に見舞われる。

 カンボジアで起こっていた軍の出動による制圧の背景にこの問題があったらしいことや、千人を超える縫製工の犠牲を招いたとのバングラデシュのラナ・プラザ崩壊事故のことも、日本では報じられていなかったのか、僕は知らなかった。積極的に隠蔽されていたわけではないのだろうが、報じられるべきものがそれに相応しい形では取り上げられずに、卑近な惨事やスポーツ・芸能ネタばかりが持て囃される報道バラエティしかマスメディアとしては我々が持ち得ていない現況が情けない。

 それにしても、高級ブランドもファスト・ファッション・ブランドもひとまとめにして今のファッション業界の主流として対置する形での“エシカル&フェアトレード・ファッション・ブランド”の称揚というのは、いささか乱暴な気がしないでもなく、残念だった。そうしていることによって、社会問題としての考察よりもエシカル&フェアトレード・ファッションのコマーシャルのように映ってくる面も与える作品になっていたような気がする。

by ヤマ

'16. 5.21. 喫茶メフィスト・シアター



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