『エール!』(La Famille Belier)
監督 エリック・ラルティゴ

 さすがフランス映画だ。ひと頃「障碍も一つの個性」などという言葉が日本で流行ったが、妙に欺瞞の臭う嫌な言い回しだという気がして仕方なかったことを思い出しつつ、この映画での障碍者の捉え方に窺える感覚こそは、見事に「障碍も一つの個性」との言葉通りのものになっている気がして、大いに感心した。

 障碍者を“問題”として捉えることは脱しても、せいぜいで“障碍”として捉えるに留まり、とてもではないが、“個性”として捉えるには至らないでいる日本映画が、本作のような描き方を果たせるようになるのは、いったい何年先なのだろう。

 ルアンヌ・エメラの演じたポーラ以上に、彼女の聾者の両親であるロドルフ(フランソワ・ダミアン)とジジ(カリン・ヴィアール)の人物造形が魅力的で、とりわけ、ポーラがオーディションで、ミッシェル・サルドゥの♪青春の翼(Je Vole)♪を手話と共に歌いあげた後のジジの歓声に心打たれた。そして、わざとピアノ伴奏の音を外して中断し、ポーラを落ち着かせて始めから歌い直させた音楽教師も、なかなか効いていたように思う。

 おそらくは「逃げ出すのではない、飛び立つのだ」との歌詞がモチーフとなって紡ぎ出された物語なのだろう。聾者の家族のなかで唯ひとり健聴者に生まれた娘が一家のなかで担っている役割の大きさと、そこから飛び立つまでの葛藤を描き出すことで、実に普遍的な“青春の翼”を最も端的に語ろうとしているように感じた。とても美しく映し出されていた田舎の田園風景が印象深かったが、その少々鈍くさくて野暮ったい健康的な美しさが、いかにも主演のルアンヌ・エメラの初々しさに似合っているばかりか、本作そのものに重なっている佳作だと思った。

 それにしてもロドルフ親父、市長選への無謀な立候補に義憤から打って出て破天荒な選挙運動を展開するばかりか、指示された軟膏を塗らずに和合し妻の膣炎を悪化させて医者から咎められたりもする不届き者なのだが、健聴者の「娘に逃げ出されるのでは」との不安に妻が駆られている局面での家族への向かい方は、なかなかのものだった。娘の喉に手を当てて「歌ってみろ」と促す場面や有無を言わさずに妻を連れてパリのオーディション会場に向かう場面が、とても素敵だった。そんな聾者の両親と健聴者の娘の率直さと親密さに溢れる関係が、なかなか感動的な映画だったように思う。





◎追記('22. 2.10.
 本作のアメリカでのリメイク作品『コーダ あいのうた(CODA)』(監督 シアン・ヘダー)をTOHOシネマズ高知のスクリーン5で観た。
 オリジナルの『エール!』を観たのは、六年前になるが、けっこう気に入っていて、ルアンヌ・エメラの歌う♪青春の翼(Je Vole)♪を時々聴き直したりしているから、リメイク版で観てもという思いがあったけれども、こちらは、ジョニ・ミッチェルの♪青春の光と影で来るのかと、それもなかなかの選曲だとは思った。
 マーリー・マトリンを観るのは、愛は静けさの中に以来だから三十五年ぶりになる。あのときのサラは、実に美しかったことを思い出すとともに、作品的にも本作を上回っていたような気がした。再見してみたいものだ。
 先に観ていることが作用しているかもしれないが、物語の運びにしても、聾啞者家族の人物造形にしても、『エール!』のほうが好いように感じた。音楽教師のミスター・ヴィは、なかなかキャラが立っていて良かったけれども。

by ヤマ

'16. 3.29. 美術館ホール



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