『一枚のハガキ』['11]
監督 新藤兼人


 菅原文太の訃報と共に、ちょうどその1か月前の「沖縄県知事選挙 1万人うまんちゅ大集会」での彼の演説を視聴したこともあって、2年前の2012年に百歳で亡くなった新藤監督の録画してあった遺作を観た。

 21世紀に入って十年となる平成の二十年代に「まだ戦争は終わっていないんだ!」と叫ぶ復員兵の松山(豊川悦司)が描かれる映画を撮って遺作とした監督・脚本の新藤兼人の思いが切々と伝わってくる作品だったように思う。くじで生き残ったと零す松山の存在は、32歳で招集され、同じ部隊の兵士100人のうち、終戦を迎えたのは6人のみだったという新藤監督の実体験が元になっているらしい。いささか取って付けたような場面と台詞が頻出する映画ながら、取って付けたような秘話仕立てにしていた永遠の0などと異なり、重みがあったのは、戦時を知る者の切なる想いが籠められていたからなのだろう。

 そして、松山や二度も夫を戦死で奪われた森川友子(大竹しのぶ)の見舞われていた“国家による国民家族の破壊”がありふれた出来事であった時代を生き残ることの苦しさが痛切に描き出されていたような気がする。菅原文太が演説のなかで言っていた「政治の役割は二つあります。一つは国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もうひとつは、絶対に戦争をしないこと。」の二点にまさしく焦点が当てられているような映画だった。それにしても、菅原文太の語る言葉の重みと力はどうだろう。昨今の政治家の言葉が無性に軽くなっているから、よけいに際立つような気がした。亡くなる1か月前の姿だとはとても思えない力強さと柔らかさで、実に見事な晩節だ。

 新藤監督の遺作もまた、九十九歳の作品とは思えない力強さと砕けたコミカルさが印象深く、思い切った省略とくどい位に丁寧な描出に加えて、大胆な意外性を持ち込む映画づくりの若々しい意欲に驚かされたが、それ以上に素晴らしいのは、視線が過去を向いているのではなく、過去に根ざして未来に向かっていることだと思った。決して遺骨もなきままに白木の箱に虚しく奉られた“英霊”たちの御霊に想いが向かうのではなく、生き残った者がこれから生き抜いていく力のほうに目を向けていた。見事なものだ。

 そして、「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません。 友子」としたためた一枚のハガキを兵舎のなかで森川定造(六平直政)から見せられ、おそらくは自分の妻(川上麻衣子)を想いつつ、じっと見つめている松山を演じていた豊川悦司が印象深い作品だった。

by ヤマ

'14.12. 2. BS日テレ録画



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