『ナチュラル・ウーマン2010』
監督 野村誠一


 公式サイトに掲載されていた原作者の弁のなかには「正直、欠点も数多い映画だと思う」と記されていたが、半年ほど前に観た、原作者の松浦理英子自身が脚本を担っていることとエンドロールに助監督として青山真治の名前がクレジットされていたことが目を惹いた『ナチュラル ウーマン』['94](監督 佐々木浩久)と比べ、思いのほか興味深く観た。

 露出度は、R15指定の本作よりも、むしろ'94年版のほうが多かったように思うが、セクシュアリティに関する微妙な揺らめきは、本作のほうが強く印象付けられたように思う。'94年版は、原作者が脚本を担ったことがどうやらあまりよくない方向に作用していたようだ。親指Pの修業時代を読んで、あれだけ面白かった“複雑な人物像”が映画では、何だか面倒な“ややこしさ”にしか映って来ず、物語の展開に少々倦んだ覚えがある。

 それでも、村田容子(嶋村かおり)と諸凪花世(緒川たまき)の関係には、あれだけの長編なのに『親指Pの修業時代』ではあまり詳しく描かれなかった真野一実と彩沢遙子の関係を偲ばせるものがあるように感じた。松浦理英子の原体験なのかもしれない。その場合、彼女は、容子であり、一実なのだろう。花世を演じた緒川たまきが印象深く、中性的なメイクの顔立ちに豊満な乳房がアンドロギュノス的な魅力を放っていたように思う。

 本作では、漫画家ではなく写真家になっていた容子(亜矢乃)を誘って泊出張の取材に出た雑誌編集者の由梨子(英玲奈)が、寝ているところに覆い被さってきた容子に、はぐらかされた場面がなかなか良かったのだが、'94年版では、どんなふうに描かれていたのか、既に忘れているので、対照してみたく思った。その後の肝心の場面を見せることなく、容子が由梨子の髪に手を遣って戯れる仕草で関係性の進展を示すに留めていたのが大いに不満で、やはり学生時分の花世(汐見ゆかり)との濡れ場の対照となるシーンが必要だったように思う。おそらく容子のスタンスと振る舞いは、学生時分とは大きく違っていたはずだ。

 センシティヴな感受性の共有を果たし得ている個人的な関係において、むしろその関係性をリードしている側のほうが、追随しているように映る側に対して怯えを感じ、怖れを抱いているというのは、何も男女関係に限ったものではなく、女性同士の間でもそうなのだと、再会してからの容子に告白していた花世の場面を観て思った。松浦理英子が本作に寄せた言葉に「若い日の私が描ききれなかった、容子と花世が別れなければならなかった理由について、この映画は一つの説得力ある解釈を示している」と記しているのは、この場面のことだろう。'94年版では花世の自殺によって訪れていた別れを、本作では失踪にして再会させていたのも、それゆえであり、脚本を担った木浦里央の原作者に向けた回答だったような気がする。

 そして、本作の花世を観ていて思ったのは、学生時分に、クラスやサークルなど、ちょっとした集団のなかで一際異彩を放つ存在というのは、どの時点においてもいたものだが、そのほとんどが同窓会などに姿を現さないのは、当人自身における“かつての自分”との葛藤によるものがあるのかもしれないということだった。

 いかにも写真家が監督兼撮影監督を担った映画らしく、静止画が多用されていたのだが、けっこう効果的で、静動によらず若い女性の表情の捉え方が鮮やかで感心した。容子と花世に対して、微妙な位置にいた圭以子を演じていた木下あゆ美が印象深かった。



<参考>公式サイトに掲載の原作者コメント
 私の二〇代は「ナチュラル・ウーマン」を書くためにあった、と言っても大げさではない。
 この作品を書くことは、自分で自分にトラウマを刻印するような激しい行為だった。
 若くて、世の中に受け入れられていなくて、無力だったからこそ、そういう闇雲な試みができた。
 今でも「ナチュラル・ウーマン」の世界に没入すると、心も体も普通の状態ではなくなる。
 容子と花世という二人の登場人物とともに、私も何度も傷つく。
 そして、容子と花世は魂のやわらかい部分を、血を流すほど触れ合わせているはずなのに、なぜ別れを選ばなければならなかったのか、と考える――。
 発刊から二十三年、小説の世界は映画「ナチュラル・ウーマン2010」という新しい姿で立ち顕われた。
 正直、欠点も数多い映画だと思う。
 しかし、若い日の私が描ききれなかった、容子と花世が別れなければならなかった理由について、この映画は一つの説得力ある解釈を示している。
 製作にかかわってくださったみなさん、とりわけ、熱意を持って難しい役を演じてくださった、容子役の亜矢乃さんと花世役の汐見ゆかりさんに感謝を捧げたい。


by ヤマ

'14. 1.19. ちゃんねるNeco録画



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