『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(The Wolf Of Wall Street)
監督 マーティン・スコセッシ


 実にパワフルな映画だった。上映時間179分を疾走するディカプリオが凄い。

 開始早々の、全裸の娼婦に四つん這いの尻を高々と上げさせた股間のどこに乗せて吸っていたのか、ヤクをキメていたジョーダン・ベルフォート(レオナルド・ディカプリオ)の飛んでる顔からして圧巻で、数々の映画を観てきた僕の鑑賞歴のなかでも、並外れた成金野郎の爛れた乱痴気をワンカットで示すものとして抜群のインパクトだった。最初にズームアップされていた尻山の図像は、アート系のヌード写真のようなものによる既視感があったが、そこからディカプリオの顔が立ち現われ、白いストローで吸い始めるやカメラが引いて、頭を下げて四つん這いになっている娼婦の背中のラインが映って豊かに乱れた髪が現れるというカメラワークも冴えていた気がする。

 株屋というものをほとんどヤクの売人と違わない稼業として描いている作品のなか、「欲にくらんだ投資家などは幻想に金をつぎ込んでいるだけだが、俺たちは手数料という現ナマを手に入れるのだ! どこまでも金を引っ張り出せ! 金を出すまで電話を切るな! 諸君の成功は電話に掛かっている!」と、まるで振り込め詐欺のチームリーダーと変わらないようなアジテーションを飛ばすジョーダンの姿を観ながら、これならR18指定も御尤もと恐れ入った。こういう作品の日本公開の記者会見を東京証券取引所で行ったのは皮肉の利いた作品に相応しい快挙だが、当の証券取引所の関係者は、本作の内容をあまり確かめずに説明だけ受けて了承したような気がしなくもない。だとしたら、ジョーダンの手口そのもののようで何だか笑える話だ。

 そのジョーダン・ベルフォートは実在する人物で、本作は彼の回顧録が原作らしいのだが、エンドロールに流れていた音楽の効果も相まって、彼の人生は'87年のブラックマンデー前夜に入社した証券会社の上司(マシュー・マコノヒー)から教わった“悪魔の呪文”に呪われ取りつかれたものだったように感じられた。そのような構成というのは、映画化に際しての趣向なのか原作の持ち味なのか気になるところだ。

 こういう作品を観ると、今世紀に入ってからのムラカミファンドの村上世彰やライブドアのホリエモンのことを想起しないではいられないのだが、やはりアメリカは豪邸のスケールが違っていて、六本木ヒルズどころではなかったものの、本質的には全く同じようなものが感じられた。出所後のメディア露出が高まっているホリエモンの現況とも重なって、よくよくこの数十年、日本とアメリカは社会モデル的に悪しき部分で殆ど同じ文化を有するようになってきているのだなと哀しくなってしまった。

 本作を遡ること三十年、同じスコセッシ監督のキング・オブ・コメディ['83]において、破格の犯罪で脚光を浴びた人物が出所後にメディアで持て囃される姿を描いていたときは皮肉を利かせたフィクションだったが、今や倒錯した現実になっているわけだ。メディアの商業主義は株屋とも何ら違わないところに来ていて、それぞれの本来の役割であったはずの報道による啓発や投資による企業活動の育成などは、むしろ彼らの活動のアイデンティティではなくなり、口実と化しているような気がする。市場主義や商業主義のもたらす悪弊の本質はそこにあるのだが、市場主義による競争経済を活性化のための絶対善とみなしている輩は、そこのところに気づいていないのか、知ってて黙殺しているのか判らないが、どうも後者のような気がして不愉快でならない。本作は、その本質部分の醜怪さを鮮やかに視覚化していて見事だ。

 おまけに、本作を観ていると、結局のところジョーダンが最も求め、魅入られていたのは金やヤク以上に、自分の言葉を信じさせ同調させて人をハイにすることだったように感じられたのが、乗せられる側の人のことも含めて、尚のこと人の哀しみが浮かび上がってくるように思えて少々滅入った。司直の手を逃れるための社長職からの退陣演説のはずのものを翻してしまう演説場面が際立った印象を残していて、かの“悪魔の呪文”を全員で合唱している姿に戦慄させられた。手段を択ばない強欲資本主義を布教させる呪文のようだった。

 それにしても、アメリカ人というのは、酒にもヤクにも体質的に強そうで驚く。日本人が手を出した時ほどボロボロにはなってない気がして仕方ない。ジョーダンはあれだけひどいジャンキーになりながらも廃人に至らずに、おそらくは服役中にヤク断ちをして原作本を書きあげることができるようになるくらいに社会復帰しているのだ。凄まじいタフさだと思う。

 また、スコセッシの齢七十過ぎて尚この生臭さというのも、天晴れという他ない。先ごろ薬物の過剰摂取で亡くなったばかりのフィリップ・シーモア・ホフマンが出ていたR18作品『その土曜日、7時58分』['07]を撮ったときのシドニー・ルメット監督は八十歳を越していたし、いやはや大したものだ。




推薦テクスト:「田舎者の映画的生活」より
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推薦テクスト:「超兄貴ざんすさんmixi」より
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by ヤマ

'14. 2. 8. TOHOシネマズ8



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