『ボクたちの交換日記』
監督 内村光良

 高校の文化祭で喝采を浴びて病みつきになり、ネタ書きの相方を口説いてお笑いの道を志すも、売れないまま12年の歳月が過ぎ、行きつけのスナックのマスター(大倉孝二)が芸人の道を諦めたという30歳も目前というところにまで来、仕事がどんどんなくなってきているという芸人コンビの再挑戦劇を観ながら、諦めずに追えば夢はいつか叶うという結末になっても、思いだけでは通用しない厳しい現実が突き付けられる顛末になっても、どちらに転んでも何だか面白くないなと思っていたのだが、いくつも捻りを入れた納得の出来栄えに感心させられた。

 桜の舞い散る公園で二人で掛け合う最後の漫才によって文化祭の時の再現のような拍手喝采を浴びた日に甲本(小出恵介)が綴った、相方に読まれないはずの交換日記を、その日にちなんだ命名と思しき娘さくら(川口春奈)から18年後に田中(伊藤淳史)が教えられてからの急速な展開が、少々意表を突く鮮やかなものだったように思う。書かれた言葉や独白として口を衝いて出た言葉だけでは汲み取りきれない複雑な心情が屈託や葛藤となって渦巻くのが人の内実であって、表に現れている部分からは窺い知れないものがたくさんあるのだ。お笑いを楽しそうにやっているからと言って、決して気楽な稼業ではないように、成功を得たからと言って決して心安らかになるのではないように、何事においてもイイとこ取りはできないもので、得失は表裏一体のものとしてある。一見しても分からない側面にどれだけ知見が及ぶのかが、資質としての想像力であり、人が生きる年輪というものなのだろう。そんなことを思わせてくれる作品だった。

 一発ギャグのインパクトについてカンニング竹山(本人)から助言を受け、甲本がネタ書き担当の田中に取り入れるよう提案するも、「それは嫌だ、コントで行きたい」と抵抗する姿に、内村光良の面目が込められているような気がしたが、鈴木おさむの原作でもそうなっていたのかもしれない。TVのお笑いが、一発ギャグの連発やお馬鹿ネタ、いびりネタに堕しているなか、ウリナリとスマップのお笑いだけが牙城を守っているように感じられたことがあり、本作を観て、非常に胸のすく思いをした。

 それにしても、甲本クンも田中クンも、いい奥さんを得たものだ。稼ぎがないくせに芸人としての交友や遊興費に糸目をつけない甲本を支えて、昼は薬局に勤め、夜はキャバクラでバイトを続けていた久美(長澤まさみ)にしても、地味でしみったれた田中と結婚した麻衣子(木村文乃)にしても、過分の存在に思えて仕方がなかった。なかなか目の出ないなか、諦めずに下積みを続けている男に寄り添ってくる女性は、やはり情に厚くよくできた人が多いのかもしれない。深夜のTV局に田中を駆け戻らせたのが妻の一言だったことや、その前段での交換日記にまつわる田中の独白がなかなか効いていたように思う。

 きみにしか聞こえない風が強く吹いているなどで印象深い小出恵介の個性と伊藤淳史の持ち味が生かされていて、思いのほか沁みてくる作品だったような気がする。



推薦テクスト:「大倉さんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1898554125&owner_id=1471688
推薦テクスト:「映画通信」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1898012031&owner_id=1095496

by ヤマ

'13. 3.31. TOHOシネマズ3



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