『終戦のエンペラー』(Emperor)
監督 ピーター・ウェーバー


 占領政策遂行に当たり「道徳的権威こそが我々の武器なのだ」と言うマッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)、後にA級戦犯とされる要人の逮捕と調査を命じられながら「報復は正義ではない」と告げるボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)。アメリカ政府の意向や今の空気よりも、今後の世界や占領地の行く先を読んで、真摯に誠実に職務に当たろうとする彼らの姿がなかなかかっこよかった。

 人々の目にどう映るかを絶えず気にし、後にアピールできる記録写真の撮影に余念がなく、占領政策をうまくまとめあげて大統領選に挑もうとするマッカーサーの野心や、戦前から心惹かれている日本人女性アヤ(初音映莉子)へのフェラーズの想いというものが、彼らの本音であり言動の源泉であったにしても、その本音がこういう形で現れてくるのは、やはり立派なことだ。鹿島大将(西田敏行)が日本人特有の心性だとして語る本音と建前などというものが日本人の専売特許であろうはずがない。人間に普遍的なものだろう。バブル期に浮かれ始めた'80年代頃から、我が国では何だか居直りめいた本音主義が幅を利かせるようになって来ているような気がするが、ときに理想主義に対置される現実主義としての本音などというものが世の中をよくしているように思えたことは、この三十年間で一度もなかったような気がする。

 先ごろ観たばかりの合衆国最後の日['77]での会議の場でよく発せられていた「諸君(Gentlemen!)」という呼び掛けが、本作のなかでも、よく登場したのが耳に留まった。威儀を正して真摯に話し合おうとするホイッスルのようにも感じられる良い響きだ。同作の映画日誌で日本の御前会議に言及していたことへの符合と、本作が原爆投下で始まったことに対して、両作を時を同じくして観たことの縁のようなものを感じた。

 そして、関屋宮内次官を演じた夏八木勲が、日米開戦前の御前会議で昭和天皇が明治天皇の御製を詠じたのだとフェラーズに披露したときの響きの見事さに感じ入った。人々のなかにある威儀とか権威を重んじていた本作を象徴している場面のように感じた。本作は彼の遺作ではないのかもしれないが、最晩年の名演として記憶されていいような気がする。主な登場人物の皆人に真摯な“道徳的権威”なるものが備わっていて、いまの日本の政治家の体たらくを見るにつけ、ほとほと情けなくなった。

 僕のなかでは良識はあっても骨のない人物としての印象の濃い元内大臣木戸幸一(伊武雅刀)が、戦犯としての逮捕を恐れて逃亡していたというのはやはり史実なのだろうか。邦人通訳高橋(羽田昌義)からの連絡でフェラーズが深夜の訪問を受けた際の木戸の証言を聴きながら、もう随分前に観たきりになっている岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』['67]を是非とも再見してみたくなった。

 また、初音映莉子という全然名も知らなかった女優が大抜擢されていて、英語が下手なのが何とも残念だったけれども、島田陽子に似た風情があるから、ハリウッド受けするのかもしれない、などとも思った。

 それにしても、人気大統領で勇名を馳せたアイゼンハワーは後世においては、すっかり悪役になっているのだと改めて思った。本作では、エンドクレジットのなかで理由も何も言及ないままに、フェラーズ准将が彼によって大佐に降格されたことが告げられていた。今夏、広島・長崎での平和式典に参加したオリバー・ストーン監督によるもうひとつのアメリカ史では、冷戦構造を確定させ核開発競争に邁進する“力の外交”を推進した大統領として描かれていたが、『合衆国最後の日』のホワイトハウスでの機密会議で、ソ連に対抗してベトナムへの本格介入を始めたアイゼンハワーの名が恨めしく口にされていたのも、そのような文脈に立ってのものなのだろう。

 そして、本作を観て痛感したのは、日本の戦後統治がアメリカの外交に過信と勘違いを与えたことの禍根だ。占領統治下に置いた敗戦国を見事なまでに同盟国という名の属国に仕立てあげることに成功した過信が、アイゼンハワーの力の外交の推進力になっていたような気がしてならない。それと同時に、本作に描かれたような“道徳的権威”によって敵方権力の協力を仰ぐ形での介入を進めればこそ為し得たことを、逆のやり方で推し進めて成功するはずがないと思ったりした。日本占領の後に他国でCIAが展開したのは、マッカーサーの手法とは正反対とも言える国内反体制勢力への加勢による不安激化やクーデターの画策で、それ自体が“道徳的権威”とは真逆の力の行使だったような気がする。少なくとも、イラク戦争でのフセイン大統領の拘束には、本作に描かれたような威儀は微塵も見られない。もっともイラクは無条件降伏をしてもいないし、フセインには裕仁天皇のような謙虚さもなさそうだから、同列に置くことはできないと思ったりもするのだが、それにしても違いが大きすぎる。




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by ヤマ

'13. 8.10. TOHOシネマズ1



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