『桐島、部活やめるってよ』
監督 吉田大八


 つい先ごろ観た苦役列車の変奏曲のような作品だと思った。十代後半というのは、本当に厄介な時期だったことを思い出しながら、苦笑しつつ鑑賞した。そして、『苦役列車』の貫多よりも抱えている屈託の層が“普通の人々”的だから、よりコミットしやすいうえに、映画小僧の十代を過ごした覚えのある者にはSUPER 8/スーパーエイト並みに泣き所を突いてくるばかりか、エル・ファニング一人だけではなくてマルチバリエーションでの美少女を揃えているから、深く嵌り込むファンが続出するのは間違いないと思う一方で、かなり観客を選ぶ要素も強いような気がした。

 大半が地元高知で撮られた作品ながら、ほとんどが学校のなかなので、ロケ地となった中央高校を母校としない身には格別の既視感も湧かないのだが、シネコンのほうは、映画部の前田(神木隆之介)が中学からの同窓生のかすみ(橋本愛)とぎごちない会話を交わして間の持てなかった階下のゲームセンター前も含めて、馴染みの場所だった。それで言えば、このシネコンで『鉄男』のような作品がラインナップに乗ることなど考えられないのだが、映画のなかでは、ここで『鉄男』が掛かっていることに何の違和感もなく、むしろ実に自然なのだ。そして、本作そのものが、まさしくそういう形での自然さに満ちた作品だったような気がする。

 とりわけ高校生たちの会話における言葉の省略や詰まり方、間合いには驚くばかりのリアリティがあったのだが、その一方で、映画で語られた桐島のようなスーパースターが校内にいて、皆の注目を一身に浴びるばかりか、選抜選手にまで指名されながら、誰も事情を知らないような形で部活を辞めるという椿事が、難病罹患の発覚以外にそうそうあるようには思えない。つまり、絶対に有り得ないわけではないけれども、ほとんどリアリティがないという点で、馴染みの我が地のシネコンのスクリーンに『鉄男』が掛かることと近いような気がしたわけだ。

 終幕で前田の向けたカメラのファインダー越しに出くわした宏樹(東出昌大)の泣きにしてもそういう意味では同じなのだが、この場面は映画として非常にインパクトのあるシーンで、沙奈(松岡茉優)から当て付けのキスを見せつけられた沢島部長(大後寿々花)を泣かせたりはしていなかったことが、とても効いていたような気がする。また、映画の進展とともに梨紗(山本美月)の影がどんどん薄くなっていく残酷さもなかなかのもので、学内一の美少女とされながらも所詮は桐島と付き合っていることでステイタスを得ていただけとの扱いが鮮やかだった。

 そういう面からは、女子組のなかでも付和雷同などしないかすみにしろ、スカウトも来てないのにドラフト会議まで野球を続けるという三年生のキャプテン(高橋周平)にしろ、自分の領分というものを揺るぎなく持っているように見える者が観客の目にも強く映るものだ。だが、前田たちにとっての映画製作を、必ずしもそのような領分として描いてはいないように見受けられるところに感心した。

 十代のあの時期、部活というものの持っている意味が途轍もなく大きいことは、歳を重ねるほどに思い知るとしたものだが、六年一貫教育の私学のなかで、中学の三年間はバスケ部で過ごし、高校の三年間は新聞部、文芸部、映画部、生徒会で過ごし、女子から認められる男子と軽んじられる男子という二つの世界を分かつものが何であるのかという難問に悶々とし、そのくせ、そこに飛び込むことも離れることもできなかった覚えのある僕には、共感よりもむしろ少々しんどいところのある作品でもあった。

 映画部にはいたけど、前田クンや武文(前野朋哉)のように映画製作をしなかったからかもしれないなどと思いつつ、部活や学校行事に現を抜かしていた僕に、羨ましげに目障りな奴だと苦言を呈してきた帰宅部(当時、この用語はまだなかったような気がする)の旧友たちのことを思い出した。現役で京大医学部に進学した一人は、父親のところから掠めてきたジョニーウォーカーを差し向かいで呑み明かした高三の夜に、自分より数段頭のいい兄が部活に明け暮れて落ち零れたのを見て、同じ轍は踏めないと断念した胸中を語っていた。僕が進学した大学の受験に僕を誘い願書手続きも取ってくれたのに、自分は落ちて浪人したもう一人の同窓生は、一年後に東大文一に進学したのだが、その彼が苦言を呈してきたのは、僕が生徒会活動に没頭して随分と成績を落としていた高校二年のときだ。彼には僕が動じているようには見えなかったらしく、それが気に入らないと言っていた。そんな二人にとって帰宅部の負い目というのは思いのほか深かったようで、大学では確か二人とも中途半端なサークルではなく、部活としてのボート部と柔道部にそれぞれ入部して、きっちり挽回していることを少々自慢気に語っていた記憶がある。

 他方で、僕を追って同じ大学の同じ学部に進学してきたという生徒会活動の後輩からは、一年遅れて入学してきた早々に、大学で麻雀に明け暮れている僕の有様に「失望しました」と明言されてしまったことも思い出した。二年ほど経った在学中に彼が、確か日本国憲法についてだったと思うけれども、新聞に投書しているのをたまたま目にして読んで、セクトに拠らずに、社会意識に関わる自身の意見表明をまだ続けていることに少なからず衝撃を受けたものだった。失望を与えてから後の交友はないけれども、大学卒業後、彼が朝日新聞に入社したことを、何年か後の中東特派員としての署名記事を目にして知った。今では、政治的に毀誉褒貶いちじるしいものを浴びせられる記者になっているようだ。だが、そのことよりも在学中の彼の投書を見つけたときの衝撃のほうが僕にはずっと強かった覚えがある。宏樹が前田から向けられたカメラのレンズに映っている自分の姿に見たものは、そのとき僕が感じたことに近いものだったのではないかという気がしている。言うなれば、氷室冴子の『海がきこえる』(徳間文庫)の解説文に宮台真司が記していた何かチクチクと痛くなるようなリグレットというやつだ。



推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20120815
推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
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推薦テクスト:「Healing & Holistic 映画生活」より
http://uerei.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-e2f4.html
推薦テクスト:「超兄貴ざんすさんmixi」より
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推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
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推薦テクスト:「田舎者の映画的生活」より
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by ヤマ

'12. 8.14. TOHOシネマズ3



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