『一命』
監督 三池崇史

 何と言っても物語自体にインパクトがあるから、それなりの配役が得られれば、観応えのある作品になるのは道理ながら、小林正樹監督の切腹['62]に比して、かくも説明を加えなければ、今の時代の観客には伝わらないというふうに作り手が構えざるを得ない事態になっていることが際立って感じられ、少々情けない思いを誘われた。それと同時に半世紀前の『切腹』が、省略によって如何に行間豊かな作品になっていたかを再認識した。

 また、年齢的な点で、市川海老蔵に津雲半四郎を当てるのは無理があるように感じたが、半世紀前に半四郎を演じた仲代達矢の年齢のほうが海老蔵よりも若くて驚いた。市川海老蔵も瑛太も、声の響きがなかなか良くて作品にマッチしていたことが印象深く、他方で満島ひかりの喋り方は、時代劇には似合わないと思った。

 それはともかく、やはり僕は、『切腹』で三國連太郎の演じた斎藤勘解由が、彼なりに、時代の変化のなかで処すべき武士の面目について懐疑と苦慮を抱いている風情を漂わせていればこその物語だと思うので、本作で役所広司の演じた斎藤勘解由では物足りない。

 だが、三國の斎藤勘解由と仲代の津雲半四郎の対決にこそ、見処を置いている『切腹』に囚われるからそう思うのであって、今回の『一命』の趣向は、海老蔵の演じた半四郎の、幼時から彼を叔父と呼んで慕っていた娘婿である千々岩求女(瑛太)への想いをクローズアップしたところにあったのだから、斎藤勘解由が脇に回るのは、ある意味、仕方がないのかもしれない。

 『切腹』でも「半四郎、断腸の思い」として吐露されていた、娘婿の求女が疾うに大小を売り渡し竹光を腰にしていたことも知らず、自身が大小とも真剣のまま保持していたことを悔やみ恥じた半四郎が、死に場所を求めて赴いた井伊家で相手の太刀を一切奪わずに立ち回る場面を『一命』でハイライトシーンにしていたのは、娘婿が竹光で切腹したのだから、自分は、こうして斬り合うしかないとの覚悟なればこそのものだったような気がした。『切腹』にはなかった趣向を凝らしたこの場面を用意していたのは、本作がそういう半四郎の娘婿への想いに焦点を当てていたことに他ならないように思う。

 考えてみれば、半四郎の自己満足というか思い込みによって、せっかく玉の輿の声が掛かっていた美穂(満島ひかり)を、幼時から育て上げた当人たちの“想い”の部分だけを汲んで、敢えて求女に嫁がせたことから始まった悲劇と言えなくもなく、そもそも所帯を持たせるのが無理だった気がする。生活設計の見通しがなくても、若い者に所帯をもたせれば、子供ができるのは当然だし、子やらいに耐えられない病弱の娘に病魔を呼び寄せたのは、結局のところ半四郎だったような気がする。彼が稲荷神社の石段で娘婿に繰り返し詫びの言葉を入れていたのは、そういうことだったのではなかろうか。

 また、現今の格差社会を強く意識した異議申し立てを半四郎に朗々と語らせていたところには、今なぜ『切腹』の再映画化かということに対する作り手の立ち位置が明確だったように思う。去年『切腹』を観たときにも、仕官叶わぬ困窮浪人を現在の就職難に喘ぐリストラ中高年に置き換えると、たとえ千々岩求女(石浜朗)までの切迫にはない困窮での、“見上げた心底”を装った覚悟なき無心であったとしても、そもそもが食い詰め浪人のたかりなどと蔑まれるべきところではないことのように思ったのだが、このことを行間に追いやらずに有り体に述べさせていたように思う。高家の重役でいられるか食い詰め浪人になるかは、時の運次第であって、決して当人の責に帰することのできないことだとの申し立ては、ちょうど頑張った者が報われる社会とか自己責任といったスローガンによって、小泉内閣が竹中政策として格差助長社会を作り上げる“グローバル・スタンダード”なるものに便乗したことによるツケに喘いでいる今の状況を如実に窺わせているように感じた。

 ちょっと嬉しかったのは、本作と同じ三池監督の昨年の作品十三人の刺客を観たときに、作り手が“己が領分と自負していると思しきB級テイスト”を喪うまいとしているように感じられた保守性の影が『一命』には微塵もなく、堂々たる文芸作の風格を押し出していたことだった。そういう小賢しい娯楽性へのこだわりを奪い取らずには置かないだけの物語ではあるのだが、見せかけだけで内実のない“武士の面目”の象徴とも言える空っぽの甲冑を崇めることを断罪する物語を描くからには、やはりそうでなければならない。

推薦テクスト: 「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/archives/289
推薦テクスト: 「なんきんさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1790206045&owner_id=4991935
by ヤマ

'11.10.15. TOHOシネマズ5



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