『ショージとタカオ』
監督 井手洋子

 郵便不正事件で冤罪に見舞われた村木内閣府政策統括官の講演を先ごろ聴いたばかりのタイミングだったことや、お茶屋さんのサイトでイチオシになっていたことから、大いに気になっていた作品を観てきた。

 四十年を超える歳月を経てとはいえ、最終的に無罪を勝ち取った二人と処刑された二人では、結果の違いが大きいけれども、映画『死刑台のメロディ』['71]の題材にもなったサッコとバンゼッティもショージとタカオと同じく大男と小柄の対照があったような覚えがあって、作品タイトルにもサッコとバンゼッティの二人のことが意識されているような気がした。

 1996年の仮釈放からの14年間を追った井手監督の問い掛けのなかで、「冤罪に巻き込まれていなければ、どんな人生だったと思う?」との問いに「ヤクザになってもう死んじまってるか親分だな」と答えていたタカオが、その人生をかけて闘ってきている再審請求に勝利終結との答えが出ることで、職も家庭も子供も支援者も得ている今の自分の満たされた生活が変わってしまうかもしれないことへの恐れを洩らしたり、仮釈放で出てきたばかりの時期に職探しや生活設計に難儀しているなかで、むろん望むことではないけれど、刑務所にいるときのほうが精神的には楽だと思うことがあるなどと零していたことなど、数々の肉声が“ならでは感”に満ちていて、また、外見同様に、実に個性的且つ対照的な二人の人物像の魅力に、2時間半がいささかも長いとは思えない観応えだった。

 そして、五十歳前後で29年ぶりに制限付きで社会に出てきた二人が、数年のうちに、職ばかりか家庭をも得ていることに感銘を受けた。どんな境遇にあっても、人生に対して堂々と立ち向かっている姿が立派で、だからこそ、勝ち得た無罪判決の確定と伴侶だったような気がする。それぞれの別件逮捕の罪状となった窃盗や暴行をはたらくチンピラ生活の延長ではなかなか育まれないであろう人間形成を、二十歳そこそこの若者に与えてきた試練と支援の力の重さを改めて感じた。

 支援者のなかにも様々な思いがあって、愛想がよく明るいショージに比べて、彼のようなサービス精神を持ち合わせない誇り高きタカオに対し、“斜に構えている”といった蟠りを感じている者がいて、両人を交えた支援会議のなかで、タカオのそういう態度は、先に犯行を認める自白調書を取らせたショージのせいで自分に冤罪が振り掛かってきたとの思いが今なお拭えないからではないかと詰める中年女性がいて目を惹いた。それは、精力的に活動に従事するショージへの気遣いであることを窺わせつつも、かなり生々しいものだったのだが、その詰問に対するタカオの回答態度の立派さに、三十年に及ぶ闘争生活のなかで彼が果たしている人間形成を垣間見たような気がした。

 他方、いつも明るく振舞うショージこそは、自分が早々と認めてしまった不甲斐なさへの囚われを今なお拭えないでいる様子をしばしば垣間見せていたような気がする。自分の性格的な弱さや軽率な性分に直接言及する場面も複数回あったのだが、己が諦観を招いた理由は見捨てられ感と無力感にあるということが、併せて必ず添えられていて、村木さんの講演で聴いた内容と符合するところが多かった。この話をするときは、いつも自嘲の影が差し込んでいて、明るく元気な普段の様子と色合いを異にしていたが、相手に深刻感を抱かせるような表出の仕方までは決してしないからこそ、支援会議の場でも支援者たちから五日とか二日とかで自白しちゃうのは、その後の頑張りと比べても余りにも早いといった軽口を誘ったりもするのだろう。また、ショージに自白を迫る際に、長時間に及ぶ取調べはあっても、よくドラマに出てくるような暴力は一切なかったことも明言していた。

 そういうところを有り体に映し出していて、ドラマチックな煽りの部分がないからこそ、説得力があるように感じられた。あからさまな暴力による脅しがなくても、見捨てられ感と無力感を抱けば、人は思いがけなく簡単に嘘の自白をしてしまう事実のほうが、実は非常に難しい問題を孕み、提起しているはずなのだ。そこには、昨今の煽情的に過ぎる報道の失った“報道力”が確かに宿っているような気がした。

 そして、弁護士1名と二人の親族という僅か三人から始まった支援活動が弁護団だけでも三十人を数えるようになる法廷闘争に発展した背後に、何万通にも及ぶ膨大な量の手紙を書き続けて訴えた二人の、地味で弛まぬ活動があったことが示されていたが、おそらくは日本国民救援会からの指示によって行われたと思われるこの“書く”という作業こそが、実は、彼らの人間形成において最も重要な役割を果たしたのではないかという気がした。

 タカオが新しく得た家族への取材をずっと拒んでいたのも、生真面目な彼らしい見識だという気がしていたのだが、エンドロールのなかで小学校高学年になったと思しき息子さんと三人で映っている写真が出てきたときには、彼が十年の歳月のなかで築いた家族の絆の確かさを見せてもらえたようで、何だか嬉しい気分になった。わずかな時間でしっかと確認できたわけではなかったが、かなり歳の離れたなかなか美人さんの奥さんだったような気がする。



推薦テクスト: 「なんきんさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1701593090&owner_id=4991935
by ヤマ

'11. 9.11. 民権ホール



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